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02-04

 ―――同日、放課後、オカ研部室。



 それは一本の電話から物語は激変する。

 楠木飛鳥と嘉納護の両名は、約束通り幽霊と遭遇したとされる被害者の少女とコンタクトを取るべく、ひとまず部室にて打ち合わせをしている最中、京都に出張した永守誠から緊急連絡を受けた。


 「永守君じゃないノ。どしたの急に」

 「先輩、折り入ってお願いがあります。これは永守誠としてでなく、神国守護課としての協力要請として受け取って下さい」

 「なんかマズイ事があったようね。……もしかして私の事で何かご迷惑かけたとか?」

 「いえ、今回はそれではありません。その件に関しては明日クスノハ総帥と会談を設けていますので確認させて頂きます」

 「で、何かしら。こっちも厄介事を片付けたいのダケド……」


 幾つもの問題は背負う余裕はない。焦る気持ちを押さえつつ彼の言葉に耳を傾ける。


 「七星大学に籍を置く大月義彦教授と大原和希氏が何者かにより襲撃されました。

 現在は同大学病院内にて身柄を保護していますが安否の保証は出来かねます」


 飛鳥は絶句した。それも無理はない話で飛鳥はその二人を知っている。

 一人は大月零の祖父。そしてもう一人はオカ研のOBかつ、特別な感情を抱く青年であった。


 「え……どう、して……」

 「今は大月零先輩が一足先に急行してくれていますが、本格的な賊の対応には不向きです。

 神国守護課としても戦力を割けるのは数日後となりますので、その間の護衛任務を依頼したいのです」


 永守の声に焦りの色が見える。

 以前彼等は手数が足りないと外注先に依頼すると言っていたが、まさにこれであった。

 神国守護課だけでなく、依頼できる魔術師や傭兵の絶対数が足りていないのだろう。平和な片田舎こそ突発的なトラブルに弱いのは表も裏も同じであった。

 しかしこの依頼はその他大勢とは訳が違い、優先順位が現行の問題と逆転するのは至極当然である。


 「わかった。なんとかしてみる」

 「宜しくお願いします。代わりと言っては何ですが、相応のお土産を持って帰られるよう尽力します」


 ツーツーツーツー。

 受話器を部長机の設置された内線電話に置き、一連の内容を嘉納に相談した。


 「委細承知した。しかし被害者の確認を放置するのは得策ではない。

 学内に渦巻く負の想念が昼間とは比較にならんほど肥大化している」

 「参ったなぁ……嘉納君、何か良い案ないカシラ?」

 「よし、俺が女子寮に行こう」


 飛鳥の瞳が思わず目が丸くなり、一呼吸置いてから思わず関西人的なツッコミを入れていた。


 「なんでやねん! 男子が一人で女子寮に行くとかどう見ても不審者じゃナイノ!」

 「いやしかしだな、互いに予断を許さぬ状況である以上、不本意であるが二点同時攻略するしかあるまい。ならば大月教授や大原氏と面識のあるお前が大学病院に向かうのが自然であろう」

 「いやだからって嘉納君が女子寮に行かなくとも」

 「部活動である証明書にお前がサインを入れれば潜入は容易である。女子からの嫌疑を懸念しているのであれば実害はない。

 それより噂の幽霊に遭遇した場合、お前では派手な魔力戦になるだろう。かといってフレイム氏は存在が目立ち過ぎる。

 霊体相手は不利ではあるが俺が対処するしかあるまい」


 無茶を言い出したなと思って聞いていたが、一応の筋が通った彼の言い分に飛鳥は頷いていた。

 とはいえ不利な戦況を見過ごすのは精神衛生上よろしくはない。

 何かできないものかと頭を捻ると、魔導書に使えそうな魔法が載っていたのを思い出した。


 「ん~~……そうだねぇ~~……あ、もしかしたらアレが使えるカモ……。

 ちょっと待ってね、いま出すから」


 鞄から取り出した紅い魔導書を開き、急いでパラパラとページをめくる。

 初めて使う魔法故、慣れない手つきではあるが、確実にスペルを彼の両腕に刻んでいく。


 “聖火武器ホーリーファイアウェポン


 「これは……?」

 「一時的に対象の武器を聖なる炎で魔化させる魔法よ。今回は嘉納君の拳に付与させてるヨ。

 ちなみに遅発連動のキーワードも付与させたから、嘉納君が任意のタイミングで発動できるわ。

 だけど効果時間は一分間しかないから、片腕ずつ使ったとしても二分が限度なので気を付けてネ」

 「かたじけない。これで相手が霊体であろうと物理攻撃が通用しそうだ」

 「ンフフー、いやーいいってことヨー」


 対霊兵装が無ければ一時的に魔化すればいい。

 娯楽や趣味の領域であった魔法知識が実践に応用できるのはマニアにとっては感動でもあった。

 只の知識を武器に昇華させる免罪符は、行使すべき戦場と討つべき敵兵だ。

 飛鳥も例外ではなく、この危機的状況に胸の高鳴りを隠しきれていない。

 だがそれは名刀の試し切りに酔うサムライのような危険を孕んでいるのを嘉納は見抜いていた。


 「誰しも通る道か……」

 「んー? 何か言った?」

 「……いいや、まだ問題ない」


 危険な兆候であるが緊急性はないと判断し、嘉納は説教するのを控えた。

 増長は時として自信となり、実力以上の力も出す事もあるのだ。

 方が付いたら合流すると言い残し、嘉納は一路女子寮へと向かった。



 /*/



 ―――夕刻、七星高校女子寮。



 「……はい、部活動で……はい。証明書はこちらに」

 「んー、なるほどね。けどキミ一人? ここ女子寮だよ?」

 「部長は急用ができまして同行できなくなりました。申し訳ありません」

 「部長と顧問のサインとハンコもあるから別に良いんだけど、今度は一人は勘弁してよー?」

 「畏まりました。それでは」


 提出した証明書が正規の物である以上、嘉納を引き留める訳にもいかない。

 女子寮の守衛に怪しまれつつも、内部の侵入に成功した。

 烏丸でも連れてくれば喜んだであろうが、足手まといにしかならないので選択肢から除外されていた。

 それにしても予想に反して静まり返った寮内に少し肩透かしを食らう。

 結果オーライではあるが、もっとこう、刺すような針のむしろを進むものと身構えていたのだ。

 おそらくは夕食時か風呂なのか、女子寮内のタイムスケジュールを嘉納は存じ上げないので何とも言えないが、そういう何かと重なっているのだろう。

 ……はやり、奇妙だ。それに隠し切れない魔力の淀みは何だ。

 憶測の域を越えぬ疑問が確信へと変わろうとしている。

 確証がないだけで勘ぐっていた懸念……悪い事は重なるとよく言うが、それにしては出来過ぎてはいないか。


 被害者の部屋から感じる膨大な魔力。これは近づくなと言っているのか、それとも逆か。

 ここまで来た以上、確認すれば早かろうと、彼女の扉にノックした―――。


 ―――すると扉をするりと通り抜け、周囲の風景が漆黒のそれへと変化したではないか。


 「鬼の方が釣れたか……まあ良いだろう」


 深淵から聞こえる男の声に聞き覚えはないが、ここが彼の作り出した仮初の空間なのは間違いないだろう。

 嘉納は全方位を警戒し、臨戦態勢に移行すると、眼前から銀の髪の青年が姿を現した。

 紺のスーツに身を包み、胸元には星の知識の結社員である事を示す五つ星のピンバッジが目に入る。

 20代と思わせる風貌にしては随分と出世の早い男だなと印象に残った。


 「貴様らは危険思想の秘密結社と聞いている。一体何を企んでいる?」

 「我等の偉大なる救済が、無知な黄猿に分かる筈もない」

 「随分と自惚れが激しい男だ。クスノハと全面戦争を覚悟の上か?」

 「それが矮小だと言うのだ」


 互いに煽るも平行線を辿る。間違いないのは我等を罠にはめた事実のみ。

 五つ星ほどの幹部と遭遇するのは貴重であり、殺すのは後でも良い。

 嘉納は男が口にした絵空事に食い付いて様子を伺った。


 「貴様……救済と言ったが、今回の罠と何の関係がある? 返答次第では考えなくもない」

 「魔導書の探索と利害が一致した組織があってね、都合が良いので共闘する事にしたのだよ。

 時期尚早ではあるが、この程度で死ぬならばそれが宿命というもの」


 別組織と思惑が一致した……という事は七星大学を襲撃した賊もはやり関係していたか。

 まさに挟み撃ちと知り、二正面作戦もあながち間違いでなかったと苦虫を噛み潰した。

 それにしても時期尚早とは何だ? まだ楠木飛鳥から魔導書を奪う気が無かったのか?

 一貫性が感じない、ないし理解の範疇を越えている彼等の行動に奇妙な感覚を覚える。

 ここに大月零がいたなら話が変わるのだろうなとよぎるも、居ない者は仕方ない。

 嘉納にとって、これ以上の情報を引き出す事は難しかった。


 「戦闘は避けられんという事だな」

 「なかなか理解が早い。流石は野蛮な猿だ……闘争を嗅ぎ分ける力だけはある」

 「貴様等の罠を見抜けなかったのは俺の落ち度だ。

 代わりに全力で八つ裂きにしてやろう」


 嘉納が全身鬼化を済ませるも、銀髪の男は身構えようともしない。


 「いやいや、これは褒めてやっているのだ。その戦闘力だけは本物だとね。

 だから我々も相応の準備は済ませているのだよ」

 「戯けが―――行くぞ」


 暴風の如き速度で距離を詰め寄り、鬼の爪を大上段から振り下ろす!

 しかし男は片手で身構えるのみ、細腕で止められる相手ではない。


 “鉄腕アイアンアーム

 

 「何!?」

 「おや、これを見るのは初めてかい? 冷静さを欠いているぞ」


 しかし、止まった―――。腕力では貫ける不可視の障壁がそこにあった。

 言うなれば彼の手から生じたフィールドに遮られている。

 致命的とも言える精神的動揺は嘉納護の不意を付くには充分な時間である。

 背後で呟いた声を聞き漏らすなど、普段であればあり得ないミスを犯してしまったのだ。


 「……出でよ、セントジョルジョの剣よ」

 

 始めは背中、次に下腹部。熱い灼けるような刺激が駆け巡る。

 それは錯覚ではなく剣を貫かれている事実に気が付いた時には何もかもが遅過ぎた。

 急激に力が抜けていき、全身鬼化が強制解除されていく。

 一山いくらのなまくら刀では鬼の装甲に傷一つ付けらず、普段は防御を捨てた暴力を可能にしている。

 それがどうだ。いともたやすく貫通させられたのは嘉納護とて初めての経験であり、余りの出来事に脳が理解を否定している。

 朦朧とした意識の中……網膜に焼き付いたのは、時代錯誤な甲冑鎧に身を包んだ少女の姿であった。

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