01-32
「良かれ悪かれ甲乙つけ難し、ですね……」
深紅の騎士は言葉を漏らした。
フレイムと飛鳥は魔力の供給ラインで繋がっており、それがあるからこそ彼が現世に留まれるのだが、裏を返せば妖狐とのラインが確認されると、彼女が飛鳥である証明となる。
結果は妖狐は紛れもない楠木飛鳥であった―――そして奴が憑き物か多重人格か探るには手札も時間も足りない。だがフレイムは不敵な笑みを見せている。
「……されど窮地は好機と同義。大事に使わせて頂きましょう」
「あんさん何ぶつくさ言うてるんや?」
妖狐の顔に苛立ちが見える。自尊心を傷つけられ小馬鹿にされていると感じたのだろう。
莫大な魔力とは裏腹に、その思考回路に幼さが残る。
「これは申し訳ございません。勝利するのは容易いのですが、どれが一番効率が良いか検討しておりました」
「ほう……えらそうに言うてくれるやんか。なら見せてもらおうか?」
「承りました」
“眷属召喚”
フレイムは両手を大きく二度パンパンと叩いた後、空中に指でなぞるように術式を展開し始めた。
すると妖狐の足元に巨大な魔方陣が形成され、地の底から無数の蛇が噴き出している。
蛇は妖狐の体に絡み付くと、ぐいぐいと締め付け、妖狐の自由は奪われていく。
しかし妖狐も一筋縄ではいかない。首から下が完全に拘束されていようとも、不遜な態度を崩そうとはしない。
「この蛇は我が眷属の中でも随一の耐久力を持つ。どこまで痩せ我慢が通用するかな」
騎士は未だ片手で術式を描いている。
従属の維持に手間取るほど強大な眷属なのか、妖狐は調べる様子もない。
彼女にとってこれから燃え尽きる羽虫に興味など無いのだ。
「それはウチの台詞やで? 何匹おるか知らんけど根絶やしにしたげるわ」
“肉体炎化”
絡み付く蛇球がスッと縮むと突然燃え上がる。
それもその筈で、今まで中心部に閉じ込められていた妖狐の肉体が炎そのものとなったのだ。
実体のない彼女を捕縛する事もできず、這い上がる数多の蛇が燃え尽き地に還っていく。
それでも赤い騎士は術式を止める事はせず、大量の蛇をいたずらに消耗していくのみである。
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(おかしい……フレイムさんとあろう人が戦力の逐次投入をするだなんて)
千代女を担いで距離を取った後、大月は戦況を観察していた。
戦術は専門外だが一般論ぐらいは知っている。彼の取った選択は愚策としか言いようがないのだ。
炎化した妖狐に対し蛇は成す術も無く燃え尽きるだけなのに、次から次へと再召還を繰り返している。
足止めにはなっているが、これでは援軍の来ない籠城戦だ。
つまりこれは魔力の根競べなのだが、膨大な魔力を持つ妖狐に対し、ジリ貧になるのはフレイムである。
だけど彼は勝利するのは容易いと言ってのけた。その言葉は嘘だと思えない。
ならば彼は何を待っているのか。それとも既に終わっているのか……?
「大月、その通りだよ」
「ひゃい!」
戦闘中のフレイムが突然話しかけてきた。
「心を読むの禁止! 禁止ですっ!!」
「これはレディに失礼をしたね。君に心配をかけたくなかったのさ」
おそらくは最後とおぼしき蛇が朽ち果て、妖狐がくすくすと笑みを溢す。
「法螺吹くのも大概にせんかったら無様どすえ?」
「さあ、それはどうかな」
ふと、ここで妖狐に奇妙な違和感が襲った。
あの男は“眷属が消えた今になっても何故に術式を起動し続けている”のか。
「あ、あやや……」
妖狐がガクンと片膝を付く。疑念を払拭せんと思考するのが遅かった。
魔力の消費が尋常ではない。肉体炎化の維持すらままならず、その身を本来のそれに戻してしまった。
「なんや、何が起きてるんや……」
味わった事のない感情―――その名は恐怖。底より湧き出す微かな震えが止まらない。
今、何をされているのか分からない……が、このままでは大変な事になる確信だけが纏わりつく。
(眷属が駆逐された今、何の術式を維持している……?)
疑惑の元に辿り着く。それは足元にある本来消滅されるであろう魔方陣。
「ま、まさか!」
「ふふふ、ご名答」
解に辿り着いた妖狐が地面に尻尾を叩きつける。するとパリンと地が割れた。
幻術―――実に簡単な幻を地面に被せていた。
その下から顔を表したのは二つ目の魔方陣であった。
簡単な幻術。これが曲者で、高度な魔法ほど長い集中や口語、指先による術式展開を必要とされる。
が、低級であるほど詠唱時間もアクションも簡略化ないし不要とされる。
実践慣れした魔術師であればあえてレベルの低い呪文を織り交ぜて使うのだが、そこまでの手練れはダイアー大陸ならいざ知らず、チキュウには現存しているか怪しい。
妖狐は超人的な魔法の素質と魔力量を持ち合わせている。フレイムの故郷ですら五指に入る程の強者だろう。
しかし、経験が圧倒的に不足していた。
「その魔方陣は“魔力奪取”と言いましてね。性質上、魔力探知が非常に難しいのです。
貴女の膨大な魔力を無駄にするのは勿体ないですので、私が預かっておこうと思った次第です。
魔力とは生命力と誰かがレクチャーしていたでしょう? 低級悪魔なら三桁は消滅する魔力をお預かりしたのですが、まだ妖狐化が解けない辺り流石としか言いようがありません。褒めて差し上げます」
「こんないけずされたらかなんわ……。
けどな、やられっぱなしはおもっしょうあらへん……覚悟しいや」
妖狐がふらふらと立ち上がると、全面に突き出した両の手に莫大な魔力が収束されていく。
まだここまでの魔力が残されていたのかと騎士は感動すら覚えるも、その性質が変わらぬ炎霊系魔法である事を察すると声をかけた。
「およしなさい。その魔法では私を倒す事は不可能」
「どうせあんさんは“矢返し(リバースミサイルズ)”でもかけてる言いたいんやろ。
古龍の吐息に匹敵する炎、反射できるもんならやってみいや!」
“火吹”―――! それは五色台の森を焼き尽くす程の戦略級魔法。
ダイアー大陸ですら禁術として習得が制限されており、チキュウの民は存在すら知る由もない大魔術である。
単体を狙う撃つ射撃魔法とは別に、広域を巻き込む範囲魔法では矢返しの効果は及ばない。
トランス状態に陥った飛鳥が使用した“爆裂火球”や今回の“火吹”がそれに該当する。
フレイムは“飛行”を使用し、彼女の頭上に陣取ると、両の手に魔力を集中させる。
「禁術まで繰り出すとは面白い。かかってきなさい!!」
「ごちゃごちゃいわいでも!!」
彼女の魔力が極限にまで達した時、第二の太陽が闇夜を照らす。
雷光の如き超高温の炎は天空を切り裂き、放たれた後は静寂が訪れた。
…… …… …… ……
「飛鳥! フレイムさん!」
直視できない閃光から視覚が回復した時に写り込んだのは、少女を抱きかかえる騎士の姿。
少女は気を失っているものの、金色の毛並みを持つ耳と尾は消え失せており、いつも通りの飛鳥に戻っていた。
その後、白峰寺より帰還した嘉納護と永守誠と合流し、爆風で気絶していた烏丸三十郎を回収する事となる……。




