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01-31


 「おかえり。体調大丈夫?」


 飛鳥は何も答えずに布団へ潜り込んでしまった。

 気分が優れないのにふらりと部屋から出て行ったと思いきやこれだ。

 こういう時はそっとしておくのが一番とも言うが、何もせずに悪化するのは気に食わない。

 大月は彼女の枕元に正座し、濡らしタオルでひたいを冷やすと優しく語り掛けた。


 「やっぱり少し熱も出てきてるわね。後でお薬貰ってきてあげる」

 「うん……」

 「いつもの元気はどうしたのよ……ったく。まあいいわ、よく聞きなさい。

 私思うのよ、ホントの“友達”って“落ち目の時に支えるべき”だってね。

 “調子いい時にだけ擦り寄ってくる”って単なる“取り巻き”じゃない。違う?」


 星の数ほど正義があれど、正しい事なんて極僅か。

 そんな事は分かっているが、真なる真偽を証明するまで黙ってるとかできやしない。

 だったら今、正しいと思っている事が正義なのだ。少なくとも彼女はそう信仰している。

 間違っていれば二秒で直す。その繰り返しこそが肝要なのだ。

 大月は見栄を張る訳でもなく、ただ純粋に自分の信じる正義を口にした。 


 「……」

 「私はそう思ってる。もっと大人になっても……忘れたくはないわね。

 だから私は私の為に看病してるの。アンタが鬱陶しく思っても関係ないわ。いいわね!?」

 「……零ちゃんは強いなぁ」

 「何言ってるの、お互い様じゃない……」


 赤面―――おそらく大月の方が熱が高いのではと思わせる程に頬が紅潮している。


 「!?」


 慌てて楠木の瞳を濡れタオルで隠すもリアクションがない。気付かれていないようだ。

 動揺を客観的に分析して情けない気持ちになるも、こればかりはつける薬が無いと言った所だろうか。

 呆れた顔で「ハハ……」と乾いた笑いが漏らし、我に返る。

 さてと。薬を貰いに行こうと腰をあげた瞬間、飛鳥の体が淡く光っている事に気が付いた。

 疑問に思う余地も与えず、淡い光だったものが大きな輝きとなり室内全体に満ちる。

 それは最早太陽を直視するかのような光量に達していた。

 

 「看病してくれはって、はばかりさんどすわ」


 暴風の中に飛鳥に似た声が聞こえる。似ているが、何かが違う。

 輝きを増しながら立ち上がる少女。光は臨界点を越え、大月は不可視の衝撃に弾け飛ばされた。

 それはまるで爆風を連想させ、少女の体は軽々と宙を舞った。

 時間にして数秒の出来事であったが、意識が途絶えていたようだ。


 閉じた瞳が次に映した光景……それは理解に苦しむものであった。


 オカルトに疎い大月でも、それは確かに知っている。

 人の子に釣り合わぬ金色の毛並みを持つ大きな耳と太い尻尾。

 爆風が天井が吹き飛ばし、彼女が浴びるは満天の星空。

 星々の輝きを全身に受けて顕現せしは、闇夜に美しく輝く妖狐であった。

 奴は危険だと脳内のアラームが鳴り響く……が、何故か動けない。全身が脳の命令を拒否している。


 「勝気なあんさんも所詮は人の子。ぴくりとも動かれへんか。

 しゃあない、生まれ持った霊格が違い過ぎるんや。恥ずかしい事やあらへんで?」


 金縛りとはこういう物なのだろうか。大月は始めて体験する身の硬直に驚きを覚えた。

 恐怖よりも眼前の飛鳥らしき何かの存在に脳が理解を停止している。

 私の鍛えぬいた思考回路はそこまで貧弱なのかと嘆くのも束の間、妖狐の両手が少女の肩口に触れる。

 白魚のような細い指がまるで蛇の如く纏わりつき、所有権を主張せんと汚染していく。


 「あら、美味しそうやないの」


 獣の舌が少女の頬を舐めると、箇所がヒリヒリと刺激物を塗られたかの様な痛みを覚える。

 しかし依然身動きは取れず、一方的な蹂躙に不快感と恐怖だけが加速度的に蓄積されていく。

 ゆっくりと舌なめずりを見せ、大きく口を開けて細い首筋に噛み付こうとするが、誰かが駆け寄る足音を察知し、妖狐は身を翻した。


 「何事ですか!?」


 騒動に気付いた千代女さんが飛鳥だったモノを凝視する。

 その瞳は底冷えするかのように冷たい。


 「おや……飛鳥さん。これはどういう事でしょう?」


 金色の耳と尾が生えていようが、確かに姿形は楠木飛鳥のそれである。

 千代女は片手を鬼の爪に変化させ、身構えながら妖狐に詰め寄った。


 「なんや……“まぜもん”は礼儀を知らんなぁ。それにえらい生臭いわ」

 「話を逸らさないで! 貴女は何者です!? 事と次第によっては生かしては帰しません!!」


 千代女の鋭い眼光が飛鳥を睨むも暖簾に腕押しである。

 それどころか彼女の殺気を歯牙にもかけていない。

 何かを思いついたのか、飛鳥は耳をピンと立てて、ニコリと笑みを溢す。


 「せや、ええこと思いついた。ウチがお化粧してあげる」


 と、飛鳥が呟いた瞬間。千代女の首から上が突如燃え上がった。

 叫び声も上げられず、その場で倒れこんでのたうち回るも一向に火が消えない。

 大月も慌てて落ちていた布団で叩くも焼け石に水であった。

 無慈悲に流れる時間……鼻孔を擽る焼けた肉の匂い……次第に千代女の体は動きを止めた。

 彼女は微かに痙攣を見せるのみであり、素人目にも命の危険が迫っている事は明白であった。


 「もうええやろ」 


 飛鳥が指をパチンと鳴らす―――その音と共に、顔面を覆っていた炎が消えた。

 

 「少しは綺麗になったやないの。お似合いやで?」


 焼け爛れ、見るも無残な美貌に対し、確かにそう言い放った。

 飛鳥本人であろうか、それとも別人だろうか、はたまた何か憑依したのだろうか、そんな事はわからない。

 しかし、大月の怒りのスイッチを押すには充分過ぎる所業である。

 姿形がなまじ飛鳥と同じなのが余計に腹が立っていた。

 唇を噛み潰し、動かぬ体に活を入れると、キッと妖狐を睨み付けた。


 「アンタ……やっていい事と悪い事があるだろ」

 「こわいこわい。あんさんウチに媚び諂ってたさかい、可愛がったろ思てたのにそんな目するんか」

 「飛鳥の声で……飛鳥の姿で言うなあ!!」

 「あんさんみたいな只の人の子に何ができはるん?」

 「何が出来るかじゃない! 私はアンタを許さないと言っている!!」

 「さよか。ほなさいなら」


 飛鳥は興味を失った子供のように背を見せると、大月は反射的に頭を両腕で抱えた。

 何の対策もない。手段もない。鬼の血を引く千代女さんを瞬殺する相手にどうする事もできない。

 機嫌を損ねると同じ目に合うだろう。だからといって信念を折るなんて死んでも嫌だった。


 だが、奇跡は起こった。


 「よくぞ吼えた」


 ―――王子様が、そこにいた。

 不可視の炎を赤薔薇の西洋刀サーベルで切り裂き、大月を片手で抱きかかえるは金髪の騎士。

 透き通る白い肌に燃え盛るかの様な深紅の瞳、そして聞き慣れた美しくも影のある声。

 麗しき姿はまるで少年の夢、少女の憧れのカタチそのものであった。


 「うっそ……フレイム、さん?」

 「如何にも。大変だったね……お疲れ様」

 「う……う、うわあああああああああん!!」


 号泣―――溜め込み、抑え込んでいたものが一気に噴出した。

 飛鳥以外の人に、しかも男性の胸の中で涙を見せてしまった。

 ずるい。このタイミングは卑怯だ。こんなの惚れるに決まってる。

 男に興味がないなんて強がりが音を立てて崩れてしまう。

 だが、だめだ。そんな事では自分が嫌いになってしまう……その先は、まだ怖い。

 喉元に気合を込めて歓喜と羞恥が混ざった感情を抑え込むと、歯を食いしばって現実を直視する。

 本当にフレイムならば治癒魔法が使えた筈だと思い出し、千代女の治療を願い出た。


 「フレイムさん! 千代女さんが大変なんです! 何とかしてください!!」

 「承知した」


 “大治癒メジャーヒーリング

 彼の長く白い指が空中にスペルを刻むと、千代女の体が温かな光に包まれた。


 「ゴフッ……ガハ……ハ……ハァ……ハァ」


 一度ビクンと体を震わせた後、気道確保し、自力呼吸を再開させた。

 まだ意識が朦朧としており会話や歩行は出来ないものの、焼けた皮膚や髪が再生を始めている。


 「……流石の生命力といった所か。暫くすれば落ち着く筈だよ……それよりも」


 回復呪文を施したフレイムは、変わり果てた主へと視線を向けた。


 「酷い匂いやなあ……あんさんも“まぜもん”かいな?」

 「私の事はいい。それよりもキミのこれからについてだ。

 主に相違ないとお見受けするが、魔力が溢れて暴走しているようだね。

 お陰で私もこの姿に戻れたのだが……」

 「さいか。お互い邪魔いうワケやな」

 「私としてもキミの存在は目障りだ。ひとまず元に戻ってもらおう。大月、その女性を頼むよ」

 「はい、フレイムさん!!」


 “透明看破シー・インビジブル

 フレイムの呪文により、今まで隠されていたモノが姿を現す。

 其処には巨大な炎の眼球が幾つも宙に漂っているではないか。その数は二桁近くにのぼる。

 それらは各々自我を持ち、フレイムを睨む眼球、周囲を警戒する眼球、飛鳥を見守る眼球と様々であった。


 「炎の精霊か……どうりで。何の詠唱も無しに突然襲い掛かってくる筈だ。

 しかし主よ、この程度の手品では私は倒せないぞ。さあどうする?」


 騎士の不敵な笑みに飛鳥は心底気に食わない顔を見せる。


 「しょーもな。死にさらせ」


 炎の眼球がフレイム目掛けて一斉に襲い掛かる!

 しかしフレイムは数に物怖じする事もなく、逆に深紅の瞳で炎の眼球を睨み返した。


 「フレイム・アーディールが問う、汝の主は誰ぞ」

 「我等は生ける炎、フレイム・アーディール様の下僕也……」


 そう言い残すと炎の眼球は動きを止め、フレイムの周囲を取り巻いていく。

 彼の持つ瞳の力は精霊の精神を侵し、瞬く間に主導権を掌握していた。

 

 「魅了の魔眼とはええ趣味してはるなあ」

 「信念の浸蝕は美しくないのだが、あえて使わせて頂いた。

 何故だかわかるね? キミにはお仕置きが必要だからだよ。

 ふふ、次は何をしてくれるんだい?」


 紅い騎士は無数の炎を従えて形勢逆転の様相を呈しているも、妖狐に焦りの色は見えない。

 互いに底の知れぬ力を探りつつ、じわりじわりと距離を詰めていた。

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