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01-27

 「うぅ〜〜、なんでエスカレーターがないのヨぅ……」


 飛鳥のぼやきに、先行く護が呆れてため息をついた。


 「お前は馬鹿か? エスカレーターがあっては何の修行にもならんだろう」

 「え? 修行? なんでそんなことしなきゃいけないの? 私たち高校生だヨ?」

 「お前は遍路をなんだと思っているのだ……まぁ、今回は遍路目的ではないがな」

 「そうそう、牛鬼、ウシオニ。そういえばこのお寺、牛鬼を退治した時に切り取った角を祀ってあるんでしょ? 見てみたいナー」

 「それは無理だ。一般公開はしていない」

 「えぇー! なんで〜? 嘉納くんのコネでなんとかならないの?」

 「そんなコネクションは持っていない」


 飛鳥は唇を尖らせて、石段に腰を落とした。


 「おい、休むな」

 「やぁだ〜。もう疲れた、帰りたい。私も零ちゃんと一緒に車に残ってれば良かったナぁ」


 護が苛ついた表情を浮かべたところを、すかさず烏丸が割って入った。

 彼は飛鳥の目線までしゃがんで、膝をついた。


 「まぁまぁ、飛鳥センパイ。この階段を登り切ったら、さっき食べたうどんの分は消化されますよ。そうしたら、旅館の美味しいご飯が待ってますよ」


 その言葉に、飛鳥の瞳はキラキラと光を宿した。


 「そうネ、その通りネ! 烏丸くんの言う通りだわ。よーし、頑張って本堂を目指すわヨー!」


 立ち上がったかと思うと、重かった足取りを軽々と持ち上げ、一番先頭の護を追い抜いてしまった。

 護は首を傾げて、烏丸に尋ねた。


 「おい、烏丸どういう事だ?」

 「わかってないっスねー、嘉納先輩は。オカ研にいるんなら、せめて飛鳥先輩と零先輩の扱いは覚えなきゃ」


 烏丸は得意げな笑みを浮かべながら、護の隣に並んだ。


 「飛鳥先輩は、ぶっちゃけおだてに弱いタイプです。ああいう時は怒るよりも、本人がやる気になるキーワードを投げて、褒めて褒めて持ち上げるといいんですよ」


 腑に落ちないが、結果として彼女はひょいひょいと階段を登っているので納得せざるを得ない。


 「逆に、零先輩は褒めてもあまり喜びません。プライドが高いですから。むしろそのプライドを傷つけられた方が、負けず嫌いに火がついて結果を出してくれますよ」

 「そうだな。大月は楠木ほど感情を表に出さない。頭の回転が速く、その知識も豊富だ。その点は信頼に足る」


 その言葉を聞いて、烏丸はくくっと笑った。


 「何かおかしいか?」

 「いや、ひょっとしたら……」


 烏丸は二段、三段と登って護を見下ろした。


 「案外、零先輩にお似合いなのは嘉納先輩なのかなーって」


 学園やオカ研の部室で見せる、いつもの顔ではない。

 烏丸三十郎という男を知っていれば知っているほど、違和感を覚えるだろう。

 年相応の少年とは思えぬ涼しげな表情からは、彼の意図する事が読めない。

 護が問おうとした時、頭上から飛鳥の声が響いた。


 「着いたーーー!!」


 遥か先、すでに最上段まで登った彼女は両手を大きく振っている。


 「こらーっ! 男子三人、遅いわヨっ! 早く上がってきなさーい!」


 護は二度目のため息をついた。


 「やれやれ、自分が優位に立ったと思えばこれか」

 「ね?おだてに弱いでしょ」


 にやにやと笑う烏丸からは、先ほどの気配は消えている。


 「それが飛鳥先輩の良い所です。ああやって僕らを引っ張ってくれる、頼もしい部長です」


 永守は二人を置いて、先に歩んでいく。


 「行きましょう。せっかく機嫌を良くしているのに、これ以上長引かせると拗れてしまいますよ」



 /*/



 「次は平成十五年ですか。機会があれば見に来たいですね」


 永守は本堂に祀られているという木造千手観音像についての立て看板を見ている。

 国が指定する重要文化財であり、三十三年に一度ご開帳されることになっているという。


 「世界がピンチの時に巨大戦闘ロボットになって助けてくれるんダヨー」

 「いや、それはない。人型の戦闘機械なんぞナンセンスだ。蜘蛛型や蛇型ならまだわかる」

 「ちぇー」


 阿呆な戯言のやり取りをすると、やがて本堂が視界に入ってきた。

 しかし飛鳥はそちらに全く目もくれず、傍らにある売店の方へ一目散に駆け込んでいった。


 「すみませーん! 牛鬼の手ぬぐいください!」


 目当ての物を手に入れると、早速袋から取り出して広げた。


 「ネ? かわいくない?」

 「「かわいく」」

 「ない」

 「ありません」


 護と永守の反応は至極当然と言えた。

 立体の牛鬼像の禍々しさには敵わぬとしても、面妖な出で立ちは変わらない。


 「牛鬼の角と共に祀られているという掛軸の絵を元に描かれているようですが……それにしても……」

 「え? 掛軸なんかあるの? 見てみ……」

 「見れんぞ。昔は公開されていたらしいがな」

 「ナンデ!? なんで今は見れないの!? 私たち何の為にここまで来たのヨー!?」


 「待て」


 参拝客も引いた夕暮れ時の境内にて、男子二人の眼光が戦闘時のそれとなる。

 張り詰めた空気の中、太陽を背負った男が一人、道を遮っていた。


 「成程……確かに面影はあるな」


 頬の刀傷が特徴的な、黒いコートを羽織った男。

 靡く青髪を烏丸は違和感を覚え、つい呟いた。


 「綺麗に染めてるもんだな……地毛? いやまさか」

 「烏丸、離れていろ」

 「え? 嘉納センパイ、一体どしたんスか」


 護と永守が男の前に立ちはだかる。隠し切れない魔力、隙の無い立ち振る舞い、鍛え抜かれた肉体……どれを取っても普通の人間ではなかったからだ。


 「異世界の従騎士エスクワイア達よ。今日は争いに来たわけではない」

 「ほお……随分と気前がいいのだな。何が狙いだ」

 「他人事に見えなくてね……いわゆるお節介の類、忠告という奴だよ。

 すぐにこの地を離れろ。後ろのお姫様にとってマナが濃すぎる。強すぎる力は毒となるぞ」


 男の言葉に対し、真っ先に反応を見せたのは飛鳥であった。


 「え? え!? 今このお兄さん私の事をお姫様って言った!?」

 「おうそうだな。お前少し黙っていろ」

 「そっスよ飛鳥センパイ。ちょっとヤバそうな奴なんで離れていましょう」


 烏丸が腕を伸ばし飛鳥の身を確保するも、僅かに口元を歪ませているのを飛鳥は見逃さなかった。


 「どしたの? 烏丸君。何かイラっとした?」

 「あ、いやいや全然そんな事ないっスよー。俺とした事がすんません」


 二人が後ろでボソボソと話をしている様を、黒コートの男は何処か悲しげな目をして見つめている。

 殺意はなく悪意も感じられない。だが、鵜呑みにできるほどお人好しでもない。

 魔導書を狙う者であったとしても、この男の言葉に論理性は感じられない。

 とは言え神国守護課やクスノハの関係者でもない以上、敵対的ではない第三勢力なのだろうか。

 ならば名乗りを入れても害はないだろうが……何か事情でもあるのだろうか。


 「五色台の地が普通ではないのは承知の上だ。しかし楠木にとって毒とは如何なる事だ?」


 背後に部外者の烏丸がいようと、これだけは確認せざるを得ない。

 護はやむを得ず男に詰め寄った。


 「彼女の背負う血の宿命、とでも言おうか」

 「貴様……何処まで知っている……」


 絶句―――護が何かを察した。男は踵を返し、背中で応える。


 「誰も彼もが聞けば答えるものではない。

 素性も知らぬ初対面の言葉。世迷い言と一蹴するのも、君達の自由だ。

 だが、散らばるピースを正しく組み上げないと……後悔するのもまた、自分自身だ。

 本質は真偽ではない。言霊の中から何を見出し、何を成すかだ。

 ―――常に考え続けよ、動かぬ天秤を動かす為に……ね」


 今まさに立ち去ろうとする男に、我々は思わず言葉を漏らした。


 「待て、貴様は」

 「デッドエンド(終わった者)とでも、名乗っておくよ」


 一陣の風が舞う……それは穏やかな微風。

 彼は言葉を置き去りにすると、風の中に姿を消した。

 幻覚? 白昼夢? 否。確かに彼は存在した。

 それは……まるで若人に何かを託すかのようであった。


 「楠木に悪影響……? 馬鹿な、本部から報告は聞いていない。

 魔導書の隠された力か? 否、あの男は飛鳥の血を指摘していた。

 クスノキの血を引くとはいえ、相応の修行を受けている筈だ。

 しかし何故だ。飛鳥にその様子はなく、半ば島流しのように徳島の地に来ている。

 もしや、本人にすら知らされていないのか……?」


 「嘉納君? 何をブツブツ言ってるノ?」

 「ん? ……ああ。大丈夫だ。問題ない」

 「それよりさっきの見た!? ひゅーって消えちゃったよ! 手品かな!? 幽霊かな!?」

 「多分手品っすよ。それっぽい事を言って注意を逸らすのはマジシャンがよくやる手法っス」


 らしくない。考え事が声に漏れていたようだ。

 鵜呑みにはできない……それでも、何かが喉元にひっかかる。


 「センパイ、よくわかんねーっスけど、あんまり気にする必要ないと思いますよ」

 「どういう意味だ」

 「人の動機なんて大抵は損得で説明できます。それが低俗なのか高尚かは知りませんけど、飛鳥センパイがここにいるとアイツが不利益被るのは間違いないんスよ。どうせ本腰入れて都合が悪くなるとまた出てきますって」

 「いや……それで手遅れになると取り返しがつかないだろう」

 「大丈夫ですって。センパイは心配性だなぁー。ほら、ご馳走と温泉が待ってますよ。早く行きましょう!」



 烏丸の言い分も一理ある。純粋に塩を送られたとは考えにくい。

 だが、何か見落としているのではないだろうか……己が心に問いかけるも解に至らない。

 後ろ髪を引かれながらも一行は根香寺を後にした。

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