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01-26

 五色台。その名が表す通り、五色の山に囲まれた山岳地帯である。

 紅ノ峰・黄ノ峰・青峰・黒峰・白峰山とあり、古代中国の陰陽五行説に由来するという。


 その中、青峰山の中腹に座する根香寺。四国八十八ヶ所霊場、第八十二番札所でもある。

 四国八十八ヶ所とは言わずと知れた空海、もとい弘法大師にゆかりのある四国の霊場で、四県にまたがり八十八ヶ所ある。

 他の霊場とは違い、四国八十八ヶ所を巡ることを遍路と言い、巡礼者のことをお遍路さんと呼ぶ。地元の人々は自宅の軒先をお遍路さんの休憩所として提供し、茶菓子などを振る舞ったりすることもあるという。


 山中にある為か、根香寺は本堂まで長い石段が続いている。

 秋ならば見事な景色が拝める紅葉スポットであるが、場違いな高校生に小石の軋む音が近づいてきた。


 「おやおやまぁまぁ、牛鬼の話をしてるだなんて、殊勝なコたちだネー」


 遍路の白装束を身にまとった……と思いきや、白い三角巾に白い割烹着姿、厚底眼鏡姿の中年女性が立っていた。

 護が怪訝な顔つきで彼女を睨んでいるが、飛鳥は全く意に介さず自らその女性に歩み寄る。


 「オバちゃん! 牛鬼について何か知ってるの?」

 「アッハッハ、オバちゃんと言われるのは癪だけど、ホントにオバちゃんの年だから仕方ないネー。どれ、挨拶代わりにコレをあげよう」


 女性は割烹着のポケットから一枚の紙切れを出し、飛鳥に手渡した。

 飛鳥はなんのためらいもなく受け取ったが、それを護が即座に奪った。


 「あー! 何すんのヨー!」


 奪い返そうとするが、身長差に抑えられて手が届かない。


 「おやおや、そこの少年も欲しいのかい。仕方ないネ。もう一枚あげよう」


 女性はまた一枚取り出して、飛鳥に渡した。


 「ありがと、オバちゃん! ……やだコレ超かわいぃ〜〜」


 その傍らで紙切れを見つめて固まっている護を、永守と烏丸が覗きこんだ。


 「……なんだこれ?」


 それは、手書き風の妖の姿が描かれてたシールであった。


 ブロンズ像に比べればかなりデフォルメ化されており、もはや原型を留めてない。しかも横に『がぉ〜』などと間抜けな手書き文字も入っている。


 「根香寺非公式キャラクター『うしおにくん』ダヨ。今グッズ展開を少しずつ進めててネー」

 「グッズ展開!? このシール以外に何かあるの?」


 飛鳥一人だけ興奮気味に女性ににじり寄っている。


 「そうだネー、こんなのもあるヨ。キーホルダー」

 「やっだ超かわいい! オバちゃん、それも欲しい!」

 「んー、これはタダというわけにはいかないネー。シールを五枚買ったら、オマケってことであげようカネ」

 「オバちゃん! それじゃ五枚買うヨ!」


 飛鳥はシールを扇子のように広げている。


 「よしよし、それじゃあキーホルダーをあげよう」

 「やったぁー!」


飛び上がって喜んでいる飛鳥に、護が言い寄る。


 「おい、楠木、落ち着け。完全に乗せられてるぞ」

 「うるっさいわね! うしおにくんのかわいさがわからない奴に言われたくない!

 オバちゃん、シールとキーホルダー以外に、ほかにもないの?」

 「んー、あるわヨー。とっておきがネー」


 そう言って、女性は一番大きなポケットからTシャツを取り出した。


 「うしおにくんTシャツ。ついこの間入荷されたばかりダヨ」

 「うっはぁ〜! かわいい! コレ欲しい!」

 「タダというわけにはいかないネー。グッズを作るのもタダじゃないからネー」

 「いくら? イクラ?」


女性はにこにこ笑いながら三本指を立てた。


 「さん、ぜん、エン」


 財布の中を覗いた飛鳥は、全身で絶望を表現した。しかしすぐさま閃いて、男子三人にシールを一枚ずつ押し付けた。


 「ハイ! アンタたち、私が前払いで買ってあげたんだから払いなさいよ」

 「……いや、全く意味がわからん」

 「アンタはうしおにくんを侮辱した罪! お詫びとしてこれだけで済ましてあげるって言ってんの!」

 「そもそもこのシールも、お前が勝手に買った物だ。何故俺たちが金を払う必要がある?」

 「仕方ないでしょ! 手持ちがなくなってTシャツ買えないんだから!」

 「そのTシャツもお前が勝手に欲しいだけだ!」

 「というか飛鳥センパイ、シールを買った所為でTシャツが買えなくなるって、たったそれだけしか持ってこなかったんスか?」

 「うるさい! こちとらお小遣い前で金欠なの! いいからとっとと金をよこしなさいヨ!」

 「アッハッハッハ、面白いコたちネー」


 事の様子を見守っていた中年女性は大笑いしている。


 「ところでアンタたち、徳島から来たんでしょ? だったら駅前のピッピ街にある北海ブックスは知ってるヨネー?」

 「北海ブックス……あー、北海ブックスか……」

烏丸一人だけ納得している。

 「烏丸、知っているのか?」

 「まぁ、好きな人はよく行く店っスけど……嘉納センパイは一生お世話にならないんじゃないスかね」


 北海ブックスは一般の書店とは違う、コミック専門店である。

 だがその品揃えは漫画本に限らず、アニメやゲームの雑誌、それに付随するグッズやカードゲームなど多岐に渡る。

 他県なら全国規模のアニメ専門店が存在するが、実は徳島においてはそれが存在しない。アニメグッズが欲しければ、この北海ブックスに頼る他ないのが実情である。


 「うん、知ってるー。スタンプカードも持ってる。漫画の新刊買おうと思ったら、あそこが確実だもの」


 さすがはオタク女子である。


 「今度その北海ブックスに行こうと思っててネー。同人グッズとしてうしおにくんグッズを委託販売しようと思うのヨー」


 その言葉に、飛鳥は再び目の色を変えた。


 「いつ!? オバちゃん、それはいつ!?」

 「まだ詳しい日にちは決まってないけどネー。うしおにくんTシャツも持ってくヨー」


 飛鳥は頭上から天の光が降りてくるのを感じた。


 「オバちゃん! 私、絶対買いに行く! お小遣い出たらTシャツ買うヨ!」

 「おやおや、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。その時また会えるといいネー。それじゃ、あたしゃそろそろおいとまするわヨー」


 そう言って立ち去ろうとする彼女を、護が引き止めた。


 「待て、女。何故俺たちが徳島から来たと知っている?」


 一瞬にして、場の空気が凍りついた。

 永守と烏丸に緊張が走るが、全く動じていないのは飛鳥だけだ。

 護は睨みつけたまま、問いを続けた。


 「貴様、何者だ?」

 「……何者、なにもの、ナニモノねぇ。ふふふ……」


 一度向けた背を翻し、彼女は護に人差し指を向けた。


 「少年! よくぞ聞いてくれマシタ!」


 右手を天に向けて広げ、左手は腰にポーズを決めている。


 「ある時は根香寺の掃除のオバちゃん! またある時はお遍路さんへのお茶出し係! またまたある時はうしおにくんグッズの製作者!」


 次々と戦隊ヒーローのようなポーズを決めて、最後は両手を挙げて左脚一本で立っている。


 「その正体は……!!」


 飛鳥は目を輝かせて、その姿を見守っている。

 ……待つこと五秒ほど。


 女性は両手と右脚をゆっくり下ろし、腰を軽く叩いた。


 「……ま、タダの通りすがりのオバちゃんダヨー」


 期待を胸に聞き入っていた飛鳥は、前のめりにこけた。


 「はぁ〜、やれやれ。毎日石段の掃き掃除をしてると、腰にくるネー。

 ぶっちゃけると、アンタ達が乗ってきた車が徳島ナンバーだったから気づいただけダヨ」


 ぼやきながら去って行く背を、一行は見守っている。


 「ほっといて大丈夫でしょうか?」


 永守が護に尋ねた。


 「わからん。だが殺気などは一切感じられん。人畜無害ということだろうか……」

 「白い服を着た女性……もしや彼女を幽霊と見間違う事は……」

 「いや。流石に違うと思うが、お遍路さんを見間違えた可能性は高いだろうな……」


 護の手元には、間抜け面のうしおにくんシールだけが残った。

 むしろ殺気だっているのは、背後に立つ少女の方だ。


「か・の・う・くーん、それいらないなら私にちょうだいヨ。こっち保存用にするから」


 飛鳥は自分の手持ちのシールを大事そうにリュックに直している。

 護はその顔に、シールを投げつけた。

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