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01-25

 「うぅ〜〜〜〜〜」

 「うぅぅぅうウ〜〜〜」


 車内に妙な声が響き渡る。


 「おい、前の女子、うるさいぞ」

 「やかま……うぅぅううン」


 反論しようと振り返りざま、飛鳥は座席シートに突っ伏してしまった。

 讃岐の国のうどんをすっかり堪能した一行だが、女子二人が呻き声を上げていた。


 「いくら小の一杯が少なめだからって、三軒続けてハシゴはないデショ。

 アンタたち男子は食べ盛りだからいいけどサ」

 「そう言いながらお前も完食したではないか。最後まで残さなかった事は褒めてやろう」

 「アンタに褒められても嬉しくない!」


 食べ物は粗末にしてはいけないと親に教わった礼儀だ。例え満腹の丘がそこに見えていても、ご飯一粒だって残してはいけない。

 とはいえ少々無理が祟ったか。それとも七曲り八曲りの道で車に揺られている所為か。

今回のメインイベントである五色台の山道に入った辺りから、飛鳥と零の二人は苦悶の声を抑えきれずにいた。


 「零ちゃ〜ん、ダイジョウブ?」

 「私より最後まで食べ切ったあんたの方が大丈夫なのか聞きたいわ」

 「ヤダぁーん、こんな時でも私の心配してくれるの? 零ちゃん優しぃネ!」


 思い切り体重を預けてくる飛鳥に、零は余計に吐き気を覚えた。こんな時でなければ素直に喜べるのだが、今はそれどころではない。


 「というか、男子は平気なわけ? 特に嘉納君、あなた最初に大サイズ食べてたわよネ。

 その後の二軒でも続けて大サイズって、成人男性でも食べ過ぎだと思うんだケド?」


 零の疑問を、護は全く意に介してない様子だ。


 「確かに今日は久々に香川へ戻ってきたので、心持ち嬉しくなって食べ過ぎた感はある。

 しかしこれからの運動量を考えれば、決して多いわけでもないぞ」


 これからの運動量などという不吉な単語が聞こえたが、それよりも永守の反応が早かった。


 「僕たちは昼食を終えた後でも、うどん屋に誘われれば付いて行きますよ」

 「え?デザートは別腹じゃなくて、うどんは別腹ってコト?」

 「はい。小はおやつのようなものですから、昼食の後でも問題ありません」

 「香川県民は平均にして週に十食くらい食べているというデータもある」

 「んん〜〜ン? チョット待って。それって一日二食以上食べてない?」

 「そういう計算になる」

 「「飽きないの?」」


 女子二人の声が重なった。


 「「飽きるはずが」」

 「ない」

 「ありません」


 男子二人は同義を唱えた。


 「一口に讃岐うどんと言っても、その種類は多岐に渡る。ぶっかけ、釜玉、生醤油、釜揚げ……」

 「やめて、嘉納君、やめて。うどんの話題はもうやめて。思い出すだけで気分悪くなってきた」


 零の方が先に根を上げた。


 「ウーン、確かにアレはアレで美味しかったけどー。私やっぱりきつねうどんがイイなー。あと贅沢言ったら親子丼も欲しいー」


 なおも食べ物の話題を続ける飛鳥に、零は呆れて頭を抱えた。



 /*/



 駐車場に停車するや否や、後部座席のドアに近い零は我先にと車外に出た。しかしほとんどその場から動かないまま、膝をついてうずくまってしまった。


 「大月、そこで止まると踏みつけるぞ」

 「アンタは女子に対する気遣いが足りない!」


 飛鳥に怒鳴られても、護は聞く耳を持たぬ風に辺りを見回している。

 全員が一旦車から降りた後、飛鳥と烏丸は零を抱えて車内のシートに横たえた。


 「零ちゃん、ホントに大丈夫?」

 「大丈夫……ちょっと休めば治るはずよ。私はここに残ってるから、調査の方お願い」


 見た目にはぐったりしているが返事はしっかりしている。

 永守の御付きのおじいさんも残ると言っているし、ここは任せても安心だろう。

 飛鳥は両手を腰に、胸を張って発言した。


 「まっかせなさーい! 私がユーレイだかヨーカイだかチョチョイと調べて、チョチョイとやっつけてやるわヨー」


 そう言って振り返った飛鳥は、零に気づかれないよう肩を落とした。まさか、いきなり、頼りの親友を失うことになるとは。

 頭脳労働は苦手だし、問題が起きるとパニックを起こすし、肝心な時ほどポカミスをやらかす。

 オカ研部長とは名ばかりで、実質部として活動できているのは零が取り仕切ってくれているおかげとも言える。

 そうだ。なんで自分が部長なんかやってるんだろう。なんであの時、先輩は「君がやると良い」って言ったんだろう……。

 不安に眉をひそめていると、護が手招きして呼んでいるのが見えた。


「見ろ、楠木。あれが根香寺に伝わる妖怪、牛鬼の像だ」


 指差された先、小高い岩山の上にブロンズ像が見える。岩山の上にあってなお優に五メートルは超えているであろうか。

 その姿はなんとも形容しがたい、地球上にいる生物に似て異なる面妖な姿をしている。

 飛鳥はふとその顔を見て一瞬固まった後、思い切り吹き出してしまった。


 「……? 何がおかしい?」

 「いや、だって、あの顔……」


 彼女は笑いをこらえるのに必死な様子で牛鬼像を指差した。


 「なんか、妖怪って言うから怖いものを想像してたんだけど……何アレ? 意外ととぼけた顔してるのね」

 「とぼけた顔、ですか? これが?」


 その感想は永守にとって理解しがたいものである。

 ぎらりと光る目をしており、全身を覆う鱗のような皮膚を携えた異形は、口から大きく裂けた牙が伸びている。高く掲げた腕の先の鋭い爪が生えており、指の間には水かきのような指間膜が見える。


 ……どれを取っても禍々しい妖そのものに見えるのだが……。


 「あ、思い出した。どっかで見た事あると思ったら、アレだわアレ」

 「アレ?」

 「ぴーすけにさ、鏡とか見せると興奮するのよネ。メスがいるもんだと思って求愛行動を取ろうとするの。

 その時に黒目がキュッと縮んで小さくなるのよ。それに似てるワー」


 飛鳥一人で大笑いをしているが、男性陣は全く理解できなかった。


 「あぁ〜、そう思ったらめちゃめちゃかわいくない? この牛鬼って! ほら、手の爪とかサ。

 アレはインコ類じゃなくてスズメとかそっち系だよネ。

 胴体がモコモコしてるのはやっぱり羽毛? やーん、フカフカの胸に飛びこみたーい。

 あ! 腕の下に皮膜みたいなのあるけど、あれってひょっとして翼みたいにして飛べるのカナ?

 ねぇねぇねぇ! 絶対そーだよネ!?」


 やたらとテンションが上がっていく彼女を、護と永守がどうしようか考えあぐねているところへ、烏丸が助け舟を出した。


 「あー、あー、飛鳥センパーイ、本堂にその牛鬼の手ぬぐいが売ってるらしいんスけど、その手ぬぐいには魔除けの効果があるらしいっスよ」


 途端に、飛鳥は目の色を変えて振り返った。


 「手ぬぐい? 魔除け! それは買わなくっちゃ! ホラ早く案内して。嘉納くん詳しいんデショ?」


 先程まで軽くしょげていたのは何処へやら。

 飛鳥はぐいぐいと護の背中を押しながら、山門の方へと向かって行った。

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