01-23
「課題か……そんなのもあったわねー」
「いやー、綺麗に忘れてたヨー」
二人は道化を演じているが、実際の所は相当まずかった。
ジョエルの述べた通りお節介が過ぎた。学校方針として結果を出さないと部の存続が危うくなり、残された月日も気付けば後一か月を切っていた。現実逃避だってしたくなる。
とはいえど人命がかかっているのだから見過ごす訳にもいかず、警察沙汰にも出来ない手前、優先順位が上になるのは致し方ない事でもある。
しかし不幸中の幸いか、件の神父が勇み足を踏んでくれたお陰もあり、新薬に関する騒動は鎮静化するであろう。ならばそろそろ自分達の為に時間を使うべきだ。
……レポートの提出にあたり、二人は部員達を招集し香川県の風土について下調べを実施する。
図書館から地図をコピーしたり、地元の観光資料や民俗資料を適当に搔き集め、基本的な事前準備を始める。
その際に香川出身の部員が二人(永守誠と嘉納護)もいたのは僥倖であった。はやり地元民の知識があると雲泥の差である。
―――香川県。現在地である徳島県に隣接する“讃岐うどん”で超有名な県である。
余りにもうどんが有名過ぎて忘れられがちだが、他にもオリーブや魚介類の名産が名を連ねている。
気候は夏季が乾燥しており、まるで地中海性気候のようだ。
四国の水がめである早明浦ダムの貯水残量が朝のニュースで事細かく報道される程であり、台風が香川だけまるで何かのバリアーが張られているかのように回避する様は地元民には落涙モノである。
何故ならば給水制限が起きるのだ。他県民には理解し難いだろうが、水が無くて水道が止まるのだ。
つまり、土地があってこその名産であり、小麦やオリーブも乾燥地の民が選んだ必然とも言える。
うどんをパスタに置き換えると、まさに日本のイタリアと言っても過言ではない土地であろう。
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「さて……問題はここからね」
「根香寺? だったけ。図書館に関係資料無かったし、ドウスルー?」
永守誠と嘉納護が目配せをしながら口を開いた。
「先輩方、根香寺は実家の近くなので僕がご案内できますよ」
「右に同じだ。その近くで親戚が小さな旅館を経営している。おそらくまだやっているだろう」
二人の申し出に頬を緩ませるのは意外にも烏丸三十郎であった。
「これはこれは……偶然にしては余りにも出来過ぎてるんじゃないかな……」
永守と嘉納から変な汗が出る。
「ふふ……間違いない! 神の思し召しに違いありませんね!
センパイ! いっその事、次の連休に取材旅行しませんか!
嘉納センパイんトコの旅館で一泊してしっぽり温泉とか入りましょうよ! そうしましょう!」
男子二人の汗は引いたが、女子二人の顔色が変わった。
「部費で! 温泉! ご馳走! こんなにも素敵な事は無いじゃない!」
「そうね飛鳥! 一緒に入りましょう! 温泉!」
彼女達の胸中に渦巻く煩悩のベクトルは違うように見えるが、癒され満たされる事に変わりはない。
二人はそそくさと生徒会室に部費の追加交渉に向かったものの、凄い勢いで門前払いを受けて帰ってきた。
ジョエル生徒会長も流石に我欲に見抜けない女性ではない。というか、物欲が駄々洩れの二人にくれてやる金はないのだ。
仕方ないので顧問の榊先生に筋を通しに行くも、急に言われても時間は避けないと、こちらも門前払いである。
「困ったわ……」
「零ちゃんどうする?」
「こんなのまだ逆境ではないわ。温泉には行く。これは決定事項よ!」
「きゃー零ちゃんカッコイイー!」
虫を見るような目の男性陣をよそに、女子二人は必死に策謀を張り巡らしている。
「お前らちょっと良いか?」
「ハイ嘉納君! 発言を許可しますヨ!」
「隣県なら走って行けばいいだろう。女子は自転車という手もある」
「却下! アンタみたいな筋肉バカじゃないノ!」
一蹴された嘉納の次に挙手したのは永守であった。
「あー……その、ちょっといいですか?」
「はい永守君! 発言を許可スルヨ!!」
「そんなに行きたいなら使用人の車を手配するので、それで行きましょう。
大型のボックスカーなら全員ゆったり乗れますし……」
それだ。女子の視線が永守を捕捉した。やはり持つべきものは友である。
「永守君は足の準備担当に任せます! 嘉納君は旅館の準備を! ちゃんと値切ってくる事!」
「やはり亀行屋に行くのか……致し方ない。手配はしておこう」
女子の気迫に圧倒される二人であったが、それをよそに満面の笑みを漏らす男が一人。
烏丸は鞄からファイルを取り出して場を仕切り始めた。
「確かに温泉や旅館も魅力的なんスけど、そろそろ本題に行きましょうか。
おい永守! お前地元民なんだから何か知ってるんだろ?」
「まあね」
根香寺について、である。
四国八十八箇所霊場の第八十二番札所。その昔、信者が超常的な力を得る為の修行場と言い伝えられている。
が、本題はこの寺に纏わる伝説の方であろう。
牛鬼伝説―――。
江戸時代初期の頃、この地に現れた牛鬼が人や家畜に危害を加えていた。
そこで讃岐にいた二人の弓の名人の片割れである山田蔵人高清に退治を依頼し、3本の弓で見事に牛鬼を退治した。
高清は退治した牛鬼の角を切り取り、根香寺に奉納し菩提を弔ったと伝えられており、そして現在……根香寺にはその牛鬼の角と呼ばれるものと、牛鬼の姿が描かれた掛け軸が伝わっている。
「……というのが、根香寺に伝わる伝説です」
「どうして初めに言わないのよ!」
「あ、いや……言い出すタイミングを逃したというか、話が脱線したというか……」
「へー、そんな話があったんスね。てっきり心霊現象の方かと」
烏丸の心無い一言に女性陣の顔色が変わる。
「その界隈では有名っすよ、根香寺のオカルト話。
山門横の電話ボックスの霊とか、白い着物を着た女性の霊とか、牛鬼は女性の姿で現れるとか。
どれにしても、夜中に根香寺に近づくなって言うのが四国心霊スポットの定番になってるッス。
……って言うか、オカルト研究部なんスから知っておいて下さいよ」
返す言葉もない。烏丸の説教はごもっともであるが、初耳なのは仕方ない。
―――が、内情を知らない烏丸には悪いが、嘉納護の鬼化を知る二人には他人事ではない話であった。
伝承とは、もしや“此方側”の者が刻んだ爪痕なのではなかろうか……そんな推測に至るまでに時間は必要ではなかった。
歴史と暗部が交差する……噂話も意味はあるのだと再認識させられる。
ならば、他に存在しているのか? それは敵か味方か? ……否、この場において全ては憶測の延長線上に過ぎない。
それよりも肝を冷やすは朴訥の男についてだ。嘉納が部外者に何を口走るか分かったものではない……暗部に触れる会話は口外せぬよう釘を刺さねばと心に決めた。
始めは煩悩のままに導かれた取材計画であったが、それは天命の如く点と点が繋がりを魅せ、それは既に必然の旅路となって姿を現していた。




