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01-22


 ―――翌日、放課後、オカ研部室。



 昨日の喧噪が嘘のように平穏が過ぎ去ろうとしている。

 部室には楠木飛鳥、永守誠、嘉納護の三名が違和感に首を捻っており、報道部に向かった大月零を待っていた。

 朝のホームルームに教師からガス漏れ事故が起きたと事後報告があった事と、昼間の学食で見たニュースでは同様の放送があった二点を除けば、平時と何も変わらなかったのだ。

 応急救護を行った範囲では死者は確認されなかったものの、何台もの救急車が搬送したのにあっけなさすぎる。

 事情を知る我々としても真相を公表する事も説明する術も持たないが、よくわからない厄介事をガス漏れのせいにしたい大人の事情も察するが、しばらくはガス会社の調査の為に休校にしても良かろうに、午前中にやってきた数名の社員が小一時間の検査で帰っていったきりであった。


 「ったく、ふざけんじゃないわよ!」

 「気持ちはわかりますけど落ち着いて下さいよ……」


 廊下から大月零の怒鳴り声が近づいてくる。

 報道部に聞き込みを行った彼女は苛々しながら烏丸三十郎と帰ってきた。


 「零ちゃんお帰りー。何かわかった?」

 「悪い事ばっかだけどね……詳しくはコイツに聞いて頂戴」


 飛鳥が遠い目をして“ふぇー”と情けない声で鳴いている。

 烏丸はお姫様方の期待に応えられず、バツの悪そうに鞄からファイルを取り出して説明を始めた。


 「皆さんが気になっているのは昨日のガス漏れ事故の早期鎮静化についてッスね。

 今回の一件は報道部としても頭が痛いトコがありまして……」

 「要点を掻い摘んで!」


 大月からお叱りが飛んできた。かなりピリピリしている。


 「あっはい。要するに生徒会から報道規制が敷かれてるんスよ。

 俺らもスクープの匂いがするので調査はしてるんですが、今回の一件にまつわる七星新聞の発行及び掲載の許可が下りないんですわ。

 具体的にはガス漏れ事故に関する事と、被害者に関する事の二点です」

 「お陰で“被害者は新薬スターダスト服用者が多く見受けられた”みたいな注意喚起も出来ないって事。

 全員総当たりで口頭注意していくしかないわ」


 昨晩大月が被害者とリストを照合した所、やはりと言うべきか被害者と合致した事に加え、服用者特有の表情筋の劣化等の副作用も確認されており、生徒手帳を確認した被害者は服用者であるのはほぼ確実であるとの確信を得ていた。

 新聞に掲載できれば手っ取り早い話ではあったが、生徒会は被害者と新薬の関連性を表沙汰にしたくないのだろう。

 とはいえ、異性からの知名度が高い烏丸・永守・大月の三名がこの場にいるのは不幸中の幸いである。

 彼等が真摯に忠告すれば角も立たないであろう。違和感は服用者が一番理解しているのだから。


 「それとっスね、センパイに渡したフロッピー情報と照合すると、おそらく現場に居合わせた被害者の内、数名が昨日の夕方から行方不明になってるんですよ」


 大月を除いた初耳の三名は目を丸くした。

 あくまで可能性の問題であるが、神楽恭子のケースを鑑みるに異形の姿で死亡し、消失した可能性がある。

 と、なると……第三者が水の元素種族と交戦した事に他ならない。

 もしくは身柄を拘束されたのかも知れないが……件の異形を捕獲できるとすれば、どう考えても“此方側”の人間である。


 「あ、ですがセンパイが持って来てくれた化け物の写真は掲載させて頂きますネ。

 よく現像できましたね。誰かに頼んだんスか?」


 嘉納護が完全鬼化した姿を捉えた写真の件だ。烏丸は興味本位で大月に話を振った。

 昨日の今日でまさかフィルムではなく写真自体を持ってくるとは予想外だったのだ。


 「写真部の子達に胸元を開けて上目遣いでオネガイ♪って言ったら快諾してくれたわよ」

 「はは……自分の武器をよくわかってるっスね……」


 烏丸の乾いた笑いに大月の邪悪な笑みが交差する。

 噛み合わない流れに生まれた少し微笑ましい空気が、重く粘性のある場を緩和するかのように響く。

 その中で“あえて”一歩を踏み出さんとする少女がいた。

 動かぬ者ではないのだ、歩まぬ者ではないのだ。

 諦めぬ者。気付く者。それが呪われし希望。


 「零ちゃん、行こう」

 「へ? 何処によ」

 「生徒会だよ。だって簡単に諦めるだなんて零ちゃんらしくないヨ」

 「あーうん。そうなんだけどね。

 生徒会判断って事は教師からの指示があったって事で、覆る事はないと思うのよ」

 「可能性を否定するなんて零ちゃんらしくない。

 生徒会長のジョエルなら面識があるし、やってみる価値はあるよ」

 「いやだから」

 「……いこ?」

 「大丈夫、私に任せて」


 彼女の願いを叶えないでどうするのだ。想定外の懇願に大月の目が座る。

 男子達を部室に残し、飛鳥と大月は生徒会室へと赴いた。



 /*/



 ―――同刻、生徒会室。



 「たのもうー。たのもうー」


 生徒会のスライド扉をガラガラと開け、二人の少女がドカドカと入り込んだ。

 室内の最奥部に構えるは、まるで社長机のように大きなテーブルに肘をつく少女が一人。

 ボリュームのある長い金髪を三つ編みにし、幼さの残る美貌を隠すように眼鏡をかけている。

 大月零に勝るとも劣らぬ恵まれたスタイルをしており、異性ならば無意識に豊満な乳房へと視線が釘付けになる程だ。


 ジョエル・ジョバンナ。七星高校の生徒会長を務める、飛鳥の同級生である。


 「あら、何か御用でしょうか?」

 「何をすっとぼけてるのよ。ウチの若い衆を追い払ったのを知らないと思ってるの?」

 「大月さん。私は決まり事に従って粛々と職務を全うしたまでの事。

 烏丸君の事でしたら申し訳ありませんがお引き取り下さい。消した火種を再燃させる事もないでしょう」


 ジョエルは二人を流し見すると、また涼しい顔で手元に溜まった書類に視線を落とす。

 まるで興味なし、といった所だ。


 「ちょっと待ちなさいよ。こちとら手土産無しにハイそうですかと引き下がる訳にはいかないの。

 アンタも新薬スターダストの事は知っているでしょう? あれは只のガス漏れじゃない。

 病院送りとなった被害者と新薬服用者の共通点はこちらでもネタを掴んでるのよ。

 大々的に告知できれば抑止になることぐらいアンタも分かってるでしょ!?」


 大月はまるでマシンガンの如く畳み掛けるが暖簾に腕押しである。

 ……しかし、会長の心には響かない。

 動揺する事もなく、愛想笑いをする事もない―――まるで、人形のような少女。


 「けど私知ってるヨ。ジョエルって草花の世話としてる時は笑顔だってコト」

 「……覗き見は感心しませんね。まあ、綺麗な花を嫌う人はいないでしょう」

 「私達は綺麗な花ではないケド……少しだけで良いから笑って欲しいな」


 生徒会室に入るまでは交渉のテーブルに就こうと考えてはいた。いたのだが。

 ジョエルの冷淡な対応が、とても寂しく思えて……咄嗟に出た言葉がこれだった。

 泣き落としをするつもりなんて毛頭ない。妙な搦め手を使えるほど頭も回らない。

 飛鳥はただ、仲良くなるのが王道であり正道であると無意識に判断していた。


 「……噂通り、変な人ですね」

 「零ちゃん! いま噂通りって言われた!」

 「ええ、変な人よ」


 慌てる飛鳥を見て大月から笑みが零れた。そして、ジョエルも僅かながら微笑みを見せていた。

 嘲笑であろうとも、鼻で笑っていようとも、子馬鹿にされていようとも、それが笑顔には違いない。

 飛鳥は小さくガッツポーズをしていると、ジョエルが話題を切り替えてきた。


 「……こほん。楽しいひと時でありましたが、報道部の一件に関して変更はありません。

 これは教職員からの指示であり、生徒会の一存で覆るものでもないのです。

 ただ……新薬スターダストに関しては我々も危惧しておりますので、別件にはなりますがポスターを作成致しましょう」

 「うん! それだけでもないより全然マシだよ! ジョエルありがとう!」


 飛鳥の等身大の感謝にジョエルの頬が少し赤らむ。


 「それと、これもまた別件ですが。少し宜しいでしょうか?」

 「うん、なになに!?」

 「烏丸君がお持ちになった化け物の写真ですが、何処で手に入れました?」


 飛鳥と大月から嫌な汗が出る。


 「あ、うん、あれは零ちゃんが撮ったんだヨー」

 「えっ!? ……あ、うん。そうね、確かに私が撮ったわ。

 すぐに裏山へ逃げ去ったから詳細は不明よ。続報は追って報告するわ」


 飛鳥からのキラーパスに慌てて反応したものの、流石の大月も肝を冷やした。

 その二人のやり取りに、ジョエルは一瞬だけ眉を歪めるも、すぐに平常心を取り戻した。


 「そう……いえ、よく似た石像を見た事がありまして。

 オカルト研究部に説明するのは釈迦に説法かもしれませんが……」


 二人のきょとんとした顔を見て、ジョエルは何も知らないなと確信を得た。

 優しい風を吹かせてくれたお礼とばかりに言葉を続けた。


 「確か……香川県の五色台にある根香寺ねごろじにあったと記憶しております。

 お節介も結構ですが、部活の課題提出が迫っているのではなくて?

 もし宜しければ調査されるのも一興かも知れませんね」

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