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01-21

 ガラス張りの室内を間接照明が仄かに照らす。眼下には徳島の夜景が広がっている。

 この場に居合わすは支部長と呼ばれる男、スミス神父、そして場違いな風貌の男が二人。

 眼鏡をかけた糸目の男が8オンスタンブラーに何杯も酒を注ぎ、乾いた喉を潤している。

 服装は欧州貴族の礼服に身を包んでおり、その姿はまるで劇団員のようだ。

 それよりも異質なのは、彼の長い髪は生え際まで綺麗な銀色をしており、それは地毛であると証明していた。

 一杯、また一杯。男の頬が紅葉するにつれ、細い糸目が一層細くなっていく。


 「支部長さーん。このプラムワインおいしーねー」

 「それは神山七年物の梅酒だ。知名度は美郷に勝てんが味は負けていない」

 「そうなんだー。こんなにおいしーならフレイムちゃんにも飲ませてあげたいねー」


 支部長と呼ばれた男は簡単な蘊蓄を済ませると、青い缶から紙巻き煙草を取り出した。

 煙が皆の鼻腔を擽る。その香りは香ばしく、少し甘い。

 年の頃は齢50を越えてはいるが、張り詰めたワイシャツは鍛え抜いた肉体を隠し切れず、実年齢よりも若く見えた。

 糸目の男は嬉しげに支部長を見つめると、彼にこう問いかけた。


 「神山ゴッドマウンテン……ふーん、随分大層な名前だね。すんごいいわくでもあるんじゃない?」

 「流石は勘が良いな。既に神山と剣山に目星を付けて調査団を派遣してある。

 相応の当たりを引いた時はアイス・クローゼット卿の力を借りるだろう」

 「ゴッドソードの山かぁ……。ふふ、まるで虹の月に至る山みたいだねー」


 気付けば梅酒のボトルが空になっている。

 それを見かねて隣に座る黒コートを羽織った青い髪の男が諌め始めた。


 「アイス、飲み過ぎだ。ペースが早いぞ」

 「大丈夫だよフィリアちゃーん。それに何かあったら酒が“抜けるようにしてある”からねー」

 「まったく……」


 少し不愉快そうにフィリアは頬の刀傷を撫でている。注がれた酒は唇を少し濡らす程度に留めた。


 「ところでジョン・スミス殿。我等は酒盛りをする為に集まったのではない。近況報告を聞かせていただこう」

 「はい。そうさせていただきますね、フィリア・トルネーズ卿。

 まずは本日の七星高校での一件については報道機関への圧力は済ませております。

 若干の手違いはありましたが軌道修正できる範囲内かと。

 それよりも、どうも国内外問わず以前から……紅い魔導書の“所有者の方”が監視対象に入っていたようです」

 「なるほど。そこに魔導書が確認されて目の色が変わった……と」

 「はい。クスノハや神国守護課のみならず、イングランドの魔術教団や、バチカンの聖堂騎士パラディンからケガれの騎士も潜入しておりますね。

 とはいえモノがモノだけに派手には動けないかと」

 「そうか……。相手が誰であろうと構わないが、尖兵に子供を使うのは気に食わないな」


 フィリアは眉間に皺を寄せて各組織の選択に不快感を抱いたものの、それも致し方なしと割り切った。

 表情を察してか、スミスが言葉を挟む。その言葉の裏側に何を含ませているかはさておき。


 「彼等は代理戦争に選ばれた犠牲者……いや、生け贄みたいなものですしねぇ……。

 それよりも問題は楠木飛鳥の従者スレイブの方です。

 遅かれ早かれ戦闘は避けられないでしょう……勝算はあるのですか?」

 「フレイムならば過去二回殺している。問題はない」


 スミスがわざとらしく微笑みを作る。まさに作り笑いであるが、その笑みは本心からであろう。

 まるでフィリアを試すように、そして挑発するように顔を歪ませた。


 「その言葉が聞けて安心しました。旧友に情けをかけられると予定が狂いますから」


 スミスは棚から四輪の赤い薔薇が描かれたバーボンを取り出し、ショットグラスに注ぐ。

 琥珀色のそれを眺めながら、その先に座るフィリアに対して蛇の如き微笑みを見せた。


 「これは女性に告白する時に飲む酒と言われております。

 さしずめ私は今貴方を口説いているのかも知れません」

 「勘弁してくれ……」

 「恋煩いしちゃいそうですねぇ……まるで昔の貴方の様に。んふふふふふ……」

 「…………」

 

 意味ありげな微笑みをかき消すように、支部長がスミスに問いかける。


 「二冊の魔導書が此方にある限り他の勢力も迂闊に手は出せまい。

 スミスよ。紅い魔導書の確保を盤石にする為にも、四冊目の魔導書探索確保を最優先にせよ」

 「仰せのままに」


 大仰しくお辞儀を済ませ背を向けるが、何かを思い出して踵を返す。


 「それと、もう一つ。

 まだ学生ながらも大月教授の付き人をしている若者が興味深い論文を提出しております。

 教授の提唱する幽子学が証明できればモノになるやも知れませぬ」


 「ほう、名は?」

 「大原和希と申します。何やら人工生命体ホムンクルスの再現を目指しているとか」

 「ふ、実に冒涜的な試みをする。星の知識に推薦するのも一興ではないか」

 「しかも因果な事に楠木飛鳥の関係者のようで」

 「はっ、そうか。そういう事もあるのか! 本当に“クスノキ”は呪われているな!

 カオスフィアーに見染められた宿命の子に相応しいぞ」


 支部長の低く渋い笑い声が静かに響く。

 嘲るように嘆くように……声を殺し、むせ)び、笑う。


 彼こそが宇宙の深淵に触れた男、日本支部長の大司祭であり、真実から神託を受けし者。

 未来を知る者であり、混沌の恐怖を知る者。胸に輝く七つ星は、己が正義を躊躇なく執行する。

 彼の描いた未来図が若人達に暗い影を落とす事になるのは、近くも遠い未来の話。


 「それでは今宵は之にて失礼」

 「支部長さんまーたねー」


 フィリアとアイスが挨拶を済ますと、支部長とスミスの持つ魔導書へと帰還していく。

 其処に訪れるは、静寂。異世界からの客人が消えた後、周囲を沈黙が支配する。

 残された男達はグラスに残った酒を飲み干すと、漆黒の夜空の遥か先。

 崇拝する神を仰ぎ、祈りを捧げていた。



 ―――今はまだ見ぬ虹の月は、何処かの夜空で微笑み続ける。

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