01-20
見るも堪えない姿と化した神父は既に此処には居ない……否、この世に居ないと言い換えるのが適切であろう。
自らが放った光によって一瞬にして雲散霧消する様は、その場に居合わせた凡ての者が衝撃を隠しきれなかった。
確かに彼の攻撃は飛鳥に直撃したのだが、まるで鏡に反射するような軌道を見せたのだ。
それと同時、うずくまっていた水の元素種族が人の子の姿を取り戻す。
永守が即座に近寄り、応急救護の態勢に入る。
「大丈夫ですか?、大丈夫ですか、大丈夫ですか!」
「ゲ、ゴフッ……ガ。あ、はぁ……はぁ……」
意識有り、呼吸良し、脈拍良し、外傷無し。
始めは少しむせていたが次第に呼吸が整い始め、落ち着いた様子で目を閉じる。
一連の流れを理解した大月は少し俯いた後、手を一度パンと叩き、皆に声をかけた。
「さて! それでは事後処理に入るわよ!
男子は学内にまだいる学生の応急救護を。飛鳥は救急車に電話連絡しておいて!
あ、それと介抱時に学生証を見ておいて頂戴。名前と学年をササッとメモを取っておいて」
「ん? 何で?」
飛鳥が深く考えず、即座に質問する。
「フロッピー情報と照合できるでしょ。
全てがピックアップされた生徒ではなくとも、絞り込みが出来るからね。
良い偵察が良い作戦に繋がるって言うじゃない。この場における情報は後々になって響いてくるわよ」
「あ、なるほどー」
大月の返答に間髪入れず賛同の意思を示す。
分かったような素振りをしているが、飛鳥が生返事で相槌を打つ時は真意を大抵理解していない。
大月も慣れた様子で苦笑いを見せるも別段咎めもせず、人命救助に戻っていった。
…… …… …… ……
小一時間は走り回ったであろうか。運動場が幾つもの回転灯で赤く染まる。
最後の被害者を乗せた救急車を見送ると、夕暮れにまで及んだ一連の騒動は一応の終わりを告げた。
皆々はへとへとに座り込む……そこには奇妙な充実感に満ちていた。
詳細は病院での精密検査が必要であれ、水の元素種族へと変化したリスク等は見受けられなかった。
別に正義の味方を気取るつもりはないが、この感覚こそ成果であり、平穏を取り戻す第一歩である。
「あ、忘れてた」
大月がちょいちょいと手招きする。
視線の先に嘉納がすました顔で居合わせる。
「なんだ」
「嘉納君、ちょっと鬼化した写真撮らせなさいよ」
「どういう意味だ」
「報道部への交渉材料よ。素性ボカした後ろ姿でいいから」
「良いだろう」
嘉納は返す刃で快諾する。彼に打算を考えたようなタイムラグはない。
そもそもこの男が打算を考えないのか、それとも考えられないのかイマイチ読めない。
只の阿呆ならば戦場で長生きできる筈もないのだろうが、それでも抜けているようにも感じる。
飛鳥との不仲が見て取れたり、いきなり現れて場を仕切ったりと、大月個人としては内心穏やかではないものの、仲間である以上は友好的であるべきと理解はしている……してはいる、が。
想定の範疇内に留まらぬ思考は大月にとっては苦手とする人種であり、嘆願した側の大月の方が眉を顰める奇妙な光景であった。
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―――同日、学生寮帰宅後。
飛鳥と大月は道すがらのコンビニで簡素な夕食を済ませ、なだれ込むように部屋の鍵を閉めた。
シャワーを浴びてジャージ姿に着替えると、鳥籠の方へと意識を向ける。
今はフレイムと少しでも早く話がしたいのだ。
騒動の顛末を説明したいのもあるが、男子二人との実力差を痛感する一日であった。
知識で補えるには限界はあるし、一朝一夕で功を成せるとは思わないが、彼に聞けば何か変わるだろうと、根拠のない確信を感じていた。
彼女達に何処まで伸びしろがあるか分からないが、嘉納や永守のような本職と比べたら未熟すぎる。
……で、当のフレイムは窓の外に光る月を眺めている。
「……この世界の月は、白色しかないのだな」
鳥籠の中には月光浴を楽しむセキセイインコが一羽。
ぽそりと、思い出したかのように呟いた。
「まるで月が何色もあるかのような言い方ね」
「如何にも。ダイアー大陸の闇を照らすは虹色の月。
我々は善悪を問わず月を崇め、月に誓い、当たり前のように信奉してきた」
「そういや月の信仰は魔導書にも書いてたネー。色によって教義や派閥が違うんダッテ」
「へえ、面白いものね……。でさ、話は変わるんだけど」
フレイムの顔が横を向く。決してよそ見をしているのではない。
セキセイインコの構造上、真正面を凝視する事ができないのだ。
あたかもそっぽ向いて首を傾げたような態度であるが、これでも本腰入れて見つめている姿勢となる。
「二人とも雁首揃えてやってきたのだ。今日の交戦時に何か思う所でもあったのだろう?」
「見透かされているって訳ね……」
二人はまるで上司に報告でもするかのように今日の出来事を洗いざらい説明した。
水の元素種族や星の知識属する神父との交戦、奇妙な攻撃の反射、被害者の救援等……。
フレイムはただ静かに二人の言葉を受け止めている。
彼女達の話題は男性陣との実力差に移行する。
民間人と比較にならぬのは百も承知なれど、それでも一歩前に進まねばならないからだ。
二人が一頻り喋り終わった所で、フレイムがゆっくりと口を開いた。
「つまり、私に師事を請いたいと言うのかね?」
「うん。いきなり即実践できて、何年も鍛えてきた彼等と肩を並べるのは無理だろうケド……」
「ごもっともだ。今から達人になるまで敵は待ってくれん。
一先ずの安寧を得る為に永守の獲得を優先しただろう。
これも戦術的視点においては立派な戦力増強だ」
「うん、それは分かるんだけど……」
ごにょごにょと威勢が消え、女子二人の語尾が尻すぼみしていく。
本人達も無理難題を吹っ掛けていると自覚しているようだ。
フレイムはこの流れを察していたようで、まるで用意していたように切り口を変えた。
「ふむ……そうだな。それではこんな話をしよう。
ダイアーの民である私から見た、この異世界チキュウの戦略的欠陥を教えよう」
「欠陥……? つまり地球人全てに当てはまるって事?」
「“てれび”や書物で集めた知識から推測した事実だ。おそらく間違いはない。
まずはこの世界の戦争の歴史……は、お前たちの方が詳しいな?」
「あ、そっからお願いシマース」
「そうか。端的に説明すると、戦争とは射程距離との戦いであった。
これは素手より剣、剣より槍、槍より弓、弓より銃、銃より砲……といったようにな。
個人間による戦術レベルでは多少の違いはあれど、国家規模の戦略レベルにおいてはアウトレンジからの攻撃が勝敗に直結している。
これは我等の故郷でも同じ事が言えるのだが、ただ一つの違いが決定的な差を生んだ」
「それは……?」
「魔術と科学だよ。この世界は科学を選んだようで、彼我の文明レベル差が約500年はある。
この500年の差は恐ろしく大きい。確かに銃弾や戦車は驚異的な力を持つが、魔術の進歩はほぼ停止している。
初歩的な魔術すら民間に普及せず、失伝された魔法も、生み出されていない魔法も山程ある。
呪符による使い捨ての魔化ですら、専門の術者に任せるのが関の山ときた。
主の持つ紅い魔導書を目の色変えて奪いに来るのは当然の帰結だ」
「う、うん。それでも銃や戦車は強いヨ?」
「いいや、とても弱いんだよ」
「……は? どゆこと?」
流石に二人は虚を突かれた。自分達……というか現代人そのものを否定されたのだ。
魔法が凄いのはわかる。それでも剣や魔法の住人に銃撃や戦車が弱いと言われる筋合いはない。
無意識に、自分達の文明にアドバンテージを感じていたのだ。
「この異文化における対立構造はたった一つの魔法で終わる。
それが君達の防護服に魔化した矢返し(リバースミサイルズ)の魔法だよ」
飛鳥のリアクションは薄かったが、大月は単語だけで全てを理解し、そして戦慄した。
それは遠距離攻撃全ての否定であり、近代戦の否定であり、近接戦闘への邂逅を意味していた。
「あ……飛鳥への攻撃が反射したのって、そういう……」
「左様。なお、大月君の防護服にも同様の魔化を施している。
他にも回避率を上げる盾や装甲を上げる鎧の魔化も重ねており、
“対象が近接戦を挑んできた”というキーワードをトリガーに技能取得/剣の魔法も遅発連動している」
「ワーオ……」
「銃弾や戦車砲の一撃はこれで無効化を通り越して反射する。
ただ、接近戦の一撃や範囲型の衝撃ダメージには対応しないので、装甲を別途上昇させている。
厄介なのは爆撃機による無差別空爆や弾道ミサイルによる衝撃ぐらいだ。
まあ……それも対策がない訳でもないので、さしたる脅威でもない。
矢返し(リバースミサイルズ)を受けた被術者に対して直撃さえすれば、隕石もミサイルも反射する。
必要であればシェルター型の完全障壁でも張ればいい」
あ……やっぱり本当はすごいひとなんだ。と、改めて痛感させられた。
根本的な解決はしていないものの、想像を絶する強化が成されていたと今更理解した。
……我々地球人は科学の目まぐるしい発展により、宇宙にまで進出したのは事実だ。
しかし彼等ダイアーの民は魔術の飛躍的進歩によって、アポロ12号の様に月に至ったのかも知れない。
おそらく本質的には同様……否。こと闘争においてダイアーの民は我々の遥か先を行く。
フレイムの言葉を全て鵜呑みにすれば、彼一人で国家規模の戦力を有しているのだから。
……これは地球人にとって脅威としか言い表せないのではないか。
「この世界ではローマは一日にて成らず、とか言うのだろう?
だがそれを可能とするのが魔法だよ。
ただ、注意しておこう―――“私は本当の意味での専門家ではない”―――と。
万が一にもダイアー大陸の魔術師が現れたなら、即座に逃げなさい。
それは君達にとって神にも等しい存在だろう」




