01-19
水の元素種族との交戦自体は恐れるものではなかった。
元人間である事と人の姿に戻せる事さえ留意すれば、現行メンバーで十分対処可能だ。
彼等が持つ筋力は常識の枠外にある剛腕であったが、訓練もされず本能の赴くままに振り回すだけでは、前衛に担う嘉納護と永守誠を相手にするには余りに役不足であり、一撃すら与える事は不可能である。
ただ、永守の主装備である木刀に潜ませた仕込み刀とは相性が悪く、彼等の異様に高い耐久力の前では峰打ちが全く意味を成さず、刃で斬る訳にもいかない。
そこで嘉納が腹部に拳を撃ち込んで気絶させる手段に切り替えた。
硬質化した外皮と発達した筋組織を貫通さえすれば、彼等にも鳩尾の概念が通用するようで、この場においては斬属性より叩属性の勝利であった。
―――が、理想的な展開とは長続きしないものだ。
「何ッ! 銃撃だとッ!?」
発砲音、そして砕け散る窓―――廊下を走る一同に銃声が襲い掛かる。
意識を飛ばした相手が二桁に差し掛かろうかとした頃、室内から窓越しに銃弾が襲い掛かり、片手を既に部分鬼化した嘉納が咄嗟に受け止めた。
「洗礼を施した純銀の聖化済弾丸はよく効くでしょう。
アナタ方みたいな半端者には天敵でしょうからねぇ……」
ニヒルに笑うは黒い法衣を身に包んだ神父のような男。
年の頃にして20代後半であろうか、頬の痩せた蛇をイメージさせる容貌をしている。
銃弾を右腕に撃ち込まれた嘉納は、変わらず平静を装っているものの、脂汗が滲みだしていた。
「迂闊であったが戦闘行動に支障はない」
「痩せ我慢はいかんよキミィ……。片腕を負傷しているとの報告も聞いているぞ。
例え半妖であろうが、よくここまで耐え抜いた事だ」
「手負い? ……ああ、永守との交戦時に受けた傷の事か。
問題ない、それを含めて戦闘は継続できる。
不可能というのは四肢を吹き飛ばしてから言うべきだ」
黒い神父は嘉納の発言に耳を貸さず、只の痩せ我慢だと確信している。
しかし嘉納護という男は冗談が言えるほど器用にできていない。敵に対しても本心で説教している。
「1、2の……なるほど、三つ星ですか。
そろそろ階級が伸び悩む頃でしょうかね。道理で大それた事をする筈だ」
胸元に光る銀の星のピンバッジを見て永守は呟いた。
女子二人が慌ててピンバッジに意識を向けると、言われて見れば星の数が3つを指している。
大月が記憶を辿るとスミスとの違いに気が付いた。
「ああ、そういえばスミスの星は数が多かったわね」
「彼は六つ星。いわゆる大幹部ですよ」
疑惑から確信に大月は値踏みするように神父に問いかける。
「ねえアンタ、今回の一件はスミスは知ってるの?」
「スミス神父が知っている訳がないだろう。貴様達のような小物にお手を煩わせる等とんでもない。
今回の一件など、我々が迎えるであろう“カオスフィアー”に比べると児戯でしかないのだよ」
ありがたい御高説に大月は思わずフッと鼻で笑いが漏れた。
「小娘! 何が可笑しいッ!!」
「うっさいわね無能が。上司の下準備を勝手に使っておいて、悦に浸ってんじゃないわよ。
しかもこれから全部台無しになるんだから」
「小娘がよく吠える。この圧倒的不利を理解させてあげましょう」
神父の両脇で身構えていた二匹の異形は、彼を護衛するかのように立ちはだかり、神父は祈りを捧げると、姿形を異形のそれへと変化させた。
変貌を遂げた姿―――それは水の元素種族とは似て非なる何かであった。
それはフレイムが説明していた“本人の意思によって結ばれた契約”という奴である。
「ンフフフフゥー。君達は神化を見るのは初めてかね?
神々しい姿とは思わんか……これこそが崇拝の証ッ! 信仰の証明ッ!
信じるものすら救わぬ、紛い物の神とは違うのだよ!」
肥大化した肉体に禍々しき漆黒の翼、燃え盛る灼熱の瞳……形容し難き姿は神々しいとは程遠い。
その異形を前にした飛鳥はつい本音を漏らした。
「何の神サマか知らないケド、それって悪魔崇拝じゃないの?
神化っていうかー、どちらかというと魔人化って感じするヨネー」
「愚かな娘だ……貴様程度がその魔導書のマスターだとは悲劇としか言いようがない。
或るべき場所へ、正しき運用を成してこそ……“カオスフィアー”の先に或る、新たな世界秩序の礎となろう!」
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「永守ィ!!」
「わかっていますッ!!」
嘉納護が完全鬼化により異形の姿へと変貌を遂げると同時、深く腰を落とし一呼吸で間合いを詰める。
水の元素種族は咄嗟に拳を振りかざす―――が。
1:嘉納は逆手に構えた左手で振りかざした右腕を掴み、運動エネルギーを維持したまま引き込む。
2:右腕の肘鉄で鳩尾を破壊すると同時、掌底で相手の顎を打ち込み、掴み上げる。
3:弧を描くように一本背負いの型へと移行し、掴んだ左手でもう一人の異形に投げつける。
これを鬼の剛腕と速度で行うのだから、たまったものではない。
殴りかかった異形の姿が突如消失したと同時、二匹とも壁にめり込んでいた。
形容するならば其れは暴風。
「なッ!?」
「遅いッ!!」
継戦能力が嘘偽り無かった事と、一瞬で護衛が消えた事により神父は虚を突かれたが、その隙を永守が逃す筈がなかった。
それどころか、一瞬で護衛二匹を排除し、神父が狼狽する事を前提として永守は行動に移していた。
鬼の巨体によって死角となった所から、鬼の背を蹴って上空から永守の剣戟が神父を襲う。
「猪口才な……」
袈裟斬りにされた傷痕から黒い血が止め処なく噴出している。
“本人の意思によって結ばれた契約は解除手段がない”……つまり、神化した相手に容赦なく刃を振るうのが神国守護課であり、永守誠である。
返す刀で左脛への二連、打ち付けるが如く右脛への三連―――永守の刃は留まる事を知らず、的確に神父の選択を狭めている。
両脛を切断された神父は自重を支える事が出来ずに自然と転倒するも、蝙蝠の如き翼を羽ばたかせ宙に浮いた。
「楠木先輩! 今です!」
「え、あ? ……はいっ?」
突然話を振られた飛鳥にとって、見事な連携に付いて行ける筈もない。
膨大な魔力を有しているとしても使いこなせる訳でもなく、そもそも彼等の様に戦い慣れしていない。
「貴様から死ねィ!!」
慌てて魔導書を開くも神父のアクションの方が早い。
口内が輝くと、まるでビーム砲の如き光線が飛鳥に目掛けて放たれた。
―――しかし。
消し炭となったのは神父自身であった。
大出力の光線が間違いなく飛鳥に直撃した……したのだが。
直線的な軌道が突如反射され、矛先が発射元である神父の元へと不自然に偏向したのだ。
一瞬の攻防であったが、奇しくも己が放った攻撃により、その身を焼かれて消滅した。




