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01-18

 「これだけ距離を置けば暫くは大丈夫だろう」

 「ふぎゃ」 

 「いっ痛ぅ……」


 嘉納護の手からドサリと二人が降ろされる。否、落とされる。

 俵担ぎをしていた両の腕の力を抜き、そのまま自由落下させるのだから痛みだって走る。

 怪我の類はないが年頃のレディに対して礼節は全くもって足りてはいない。


 「アンタねぇ! 護衛とか何とか言うなら、そっと降ろすとかあるデショー!」

 「私達は嘉納君みたいに鍛えてないんだから、足首でも捻挫したら大変じゃない」

 「なんだ、そこまで脆いのか。エンゲージ範囲外への緊急離脱に成功したのだから許せ」


 それにしても女性二人を担いで走り抜けるとは驚異的な身体能力である。

 速度にして自転車や原付バイクに匹敵する加速をみせていた。

 

 「にしてもさっきの速度、アレも魔法?

 けど嘉納君は魔法使えないって言ってたから魔化物品アーティファクトか何かかしら?」


 大月零は当然の疑問を投げつけるも、思いがけぬ相手から予想外の返答が返ってきた。

 

 「いいえ、どちらでもありませんよ」


 カツン、カツンと階段を降りてくる靴の音、共に聞こえる声の主は永守誠のそれであった。

 微笑みを見せる永守とは対照的に、嘉納は眉間に皺を寄せ不快感を露わにしている。


 「永守か。いつぞやは小癪な事をしてくれたな。腕の傷がまだ癒えんぞ」

 「はは、それは大変ですね。ですがアレは不可抗力でしょう?」

 「無論だ。上の者より神国守護課と事を荒立てるなと指示は出ている。

 彼是あれこれと御託を並べる気はないが、嫌口の一つも叩きたくなるのが心情というものだ」

 「そのぐらいで済むなら安いものです」


 男二人が不穏な会話をしている中、飛鳥が割って入った。


 「あれ、お二人お知り合い?」

 「直接面識は無かったのですが、まぁ……そんな感じになりました。

 嘉納さん、まだ説明してないのですか? ちゃんと教えてあげないから混乱してるじゃないですか」

 「そうだな。最早致し方あるまい」


 飛鳥と大月が嘉納へと視線を移すと、そこには理解し難き光景が広がっていた。

 彼の左手首より先が数倍のサイズに巨大化し、しかも黒く長い爪を携えているではないか。

 それはまさしく鬼が振りかざしていた異形の爪そのものであった。

 

 「この通り俺は鬼だ。正しくは半妖の類だがな」

 「あー! アンタの声を思い出した! 学食で声かけてた人でしょ!!」

 「なんだ忘れていたのか。影ながら警護しているから安心しろという意味で言ったのだが」

 「できるか! どう考えても不審者じゃないのッ!!」

 「相互理解とは難しいものだ。キミとて人の話を最後まで聞かず爆裂火球エクスプロージョンファイアーボールを打ち込んだろう」

 「そりゃアンタあの時は仕方ないでしょ。どうみても敵ですって感じだったし」

 「感じ……で、殺しにかかるのか。矢避け(ミサイルシールド)の護符が無ければ危なかったのだぞ」


 飛鳥が宇宙人を見る目で嘉納を見ている。

 自分も大概に足らない所はあるが、この男はそれ以上のマヌケだと確信を覚えていた。

 同族嫌悪といえばそれまでだが、当事者は分からないものである。


 「まあなんだ。これが片手だけの部分鬼化だ。

 全身鬼化も出来るが説明にはこれで十分だろう……と、大月君どうした? 目眩か?」

 「あ、ああ……うん。なんでもないわ。思考がオーバーヒートしただけ」


 今までは魔法というものを無理やりに理解しようとしていたが、学生と変わらぬ生活を享受する存在が異形であった事に思考回路が熱暴走している。

 差別意識とかそういうものではなく……一般人と変わらぬほど力を制御できるのかとか、非常識な出来事に知的好奇心が刺激されるものの、それでも“小難しい事は置いといて目先の問題を解決しようと割り切れるようになった”のは、大月本人にとって驚愕に値する。

 単純にヒトが持つ順応力なのか精神的に成長したのかは分からないが、生命の危機が絡むと人間とは凄いものだと客観的に称賛を送っていた。

 以前のようにパニックを起こして涙を見せる失態はもう御免なのだ。

 あの涙を男子に見せたくはない。楠木飛鳥だけに許した大事な思い出なのだ。


 ―――それでも、なんて私は無力なのだろう。


 できる事はやっている。それだけなのに何処か、惨めだ。



 /*/



 「……ちゃん? ……零ちゃん? ……零ちゃん!?」


 白昼夢。飛鳥の呼びかけにハッと応じた。


 「あ、ああゴメンね。ちょっと考え事してた」

 「うん、それならいいんだけどネ。さっきフレイムさんから連絡がアッタノ」

 「え、どうやってよ」

 「結界に入れないからテレパシーみたいなのを飛ばしてくれたんだ。

 でね、半魚人の対応を調べてくれたみたいヨー」


 飛鳥を心配してかフレイムが校舎内の状況を確認してきたようだ。

 主戦力になる鬼人と永守の二名が仲間になったと伝えると安心してくれたようで、今後の対策を教えてくれた。

 水の元素種族と呼ばれる異形は、言わば魔法によって強制的に変化させた人造の鬼であり、初期段階であれば異形化させた術者を倒す事によって解除が可能らしい。

 本人の意思によって結ばれた契約とは一線を画し、後者であれば解除手段が無かったので今回のケースはまだ幸運とも言える。


 ならば彼女も……と、胸中に後悔の念が過るが、それは結果論だ。大月はそっと胸の奥に仕舞い直した。


 「大月君。問おう、キミならば今回の事件は何が目的だと推測する?」


 嘉納から不意に降られた質問……これは試されているのか。

 大月は少し黙り込んだ後、彼女なりの推論を立てて返答した。


 「タイミング的にも私達……というか飛鳥と嘉納君が直接接触したのが原因でしょうね。

 嘉納君の警戒レベルを上げたのが下策とまでは言わない。衝突は避けられないでしょうから」

 「ふむ。それでは何故こんな大掛かりな手を打ってきた?」

 「判断材料が少ないけど……いくらなんでも形振り構わぬ大規模魔術って事は私にもわかる。

 だけど大量に異形を生み出すのならば、兵士として組織立って運用するべきなのに指揮系統がまるでなってない。統率が取れないタイプならば、せめて一か所に集めるとかあるでしょうに、それもない。

 スミスって奴は狂人だったけど用意周到な所があったし……そうね、功を急いだ彼の部下の独断って可能性を推すわ」


 嘉納の頬が少し緩む。


 「奇遇だな、俺もだ。術者探索後に討伐の流れには変わらぬが、スミス本人でなければ星の知識内においても階級の低い術者の犯行であろう」

 「そうだとしたらこれは好機よ。新薬スターダストに毒された被害者をまとめて助ける事ができる。

 スミスが地道に撒いた種を根こそぎ潰せるわよ!」


 大月も釣られて微笑み返した所で、慌てて平静を装った。

 前髪をいじり眼鏡をかけ直すも、紅潮した頬は隠せない。


 「零ちゃんやったネー。みんなで悪い魔法使いをやっつけヨー!」


 照れ隠しの助け船なのか天然が故の無自覚なのか、飛鳥が大月の手を握って大はしゃぎしている。

 平時からの言動を鑑みるに、飛鳥の行動が無自覚なのは大月も察している。

 だが……たとえ偶然であろうとも、取るに足らない些末事であろうとも、大月の窮地ピンチを救うのはいつだって飛鳥なのだ。

 だからこそ、彼女を護れるように不相応の背伸びを続けるのだ。


 騎士となるか王となるか、少女は未だ分からずに走り続けていた。

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