01-17
「ねえねえ、腕の包帯って何処かで怪我したの?」
「繁華街で暴漢に襲われ不覚を取った。鍛錬が足りない証拠だ」
「へー、そうなんだー」
……何処かで聞いたことのある声なのだが、未だに思い出せない。
高校二年の途中という微妙な時期に現れた転校生はまさに珍獣扱いである。
渦中の人である嘉納護を囲ってクラスメイトが質問責めをしている。
言葉の端々に垣間見る奇妙な言葉遣いを面白がって、男女問わず会話の渦を形成している。
彼の口癖は断定口調というか何というか……良く言えば独自性に満ち溢れていた。
飛鳥は自分の席から小耳を立てるだけに徹していたが、それも長くは続かなかった。
「嘉納君はクラブは決めてあるの?」
「サブクラブは幼少の頃より嗜んでいる柔道部に所属予定だ」
「そうなんだ〜。腕の筋肉とか凄いものね」
「現代日本において対人戦とは捕縛を常とする。
これは単純な制圧と違い、高い技術力を要求されるので必須科目である」
「それじゃメインクラブは?」
「オカルト研究部に決めてある」
えっ。という表情と共に、クラスメイト全員の視線が飛鳥に向けられる。
「そ……それはどういう」
「君達は廊下に掲示されている七星新聞には目を通されただろうか?
敵対的な闇の眷属との緊張は日々高まっている。
その最前線たるは七星高校であると俺は断言する」
流石のクラスメイトも若干引いているものの、卑屈な笑みを見せながら一人の生徒が質問をした。
「するってえとアレかい? 楠木とお知り合いなわけ?」
「無論だ。詳細は伏せるが、お嬢様がいるからこそ転校してきた。
彼女の護衛こそ俺の本懐といえる」
あかん、こいつを止めなくては。
「はいちょっとごめんネー、アンタこっち来なさーい」
「何だ? 血相を変えて」
ひゅーひゅーと男子からは下品に煽られ、女子からは嫉妬の念が突き刺さる。
針のムシロのような教室から嘉納の腕を掴んで廊下へと逃げ出した。
「どうした」
「どうしたじゃない! アンタ私の平穏な学校生活を潰しに来たの!?」
「何を言っている。模範的な配慮であろう。
俺は民間人とってショッキングな内容を伏せつつも事実しか語っていない」
「アンタ馬鹿じゃないの! あんな言い方すると色恋沙汰と勘違いするじゃない!」
「それは偏見に満ちた曲解だな。思春期特有の恋愛脳という奴だ」
「やかましいッ!」
教室内からゲラゲラと笑いながら夫婦喧嘩か? とヤジが飛んで来る。
迂闊な男であるが、幸か不幸か真面目系お笑いキャラと認知されたようだ。
嘉納護が何処まで知っているか不明瞭だが、荒唐無稽かつ突拍子過ぎて誰も信じていないだろう。
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―――放課後、オカ研部室。
「……ということがありました」
「うはあ」
一連の騒動を説明すると、大月零は宇宙人を見るような目で嘉納護を見つめていた。
「えーと、嘉納君だったかしら。私は」
「大月零君だろう。今までお嬢様の護衛をご苦労であった。
これからは俺が引き継ぐので安心して学問に励むが良い」
一瞬で大月の目が丸くなり、部室の空気が変わる。
「やっぱりアンタ何者よ」
「クスノハの一員と言っておこう。
俺の戦闘力は大月君のそれを圧倒的に凌駕している。
キミは本来部外者なのだから後は専門家に任しておけ」
「悪いけどハイそうですかって訳にはいかないのよ。それぐらい分かるわよね?」
「そうか。これでも気を遣っているのだが……分からないのは無理もない話だ、恥じる必要もない。
永守は渋々認めたようだが、俺としては理解に苦しむ」
「……何処まで知ってるの」
「俺のリサーチ能力を侮ってもらっては困る。少なくとも君達の交戦記録は全て把握している。
非戦闘員が人質に取られると手間が増えるので、然るべき機関に保護されると助かる。
君さえ良ければ我等が転校の手配をしよう」
クスノハと言えば例の鬼が関係する魔術結社の名だ。
永守が交渉すると言っていたが、その結果なのだろうか。
敵意がないとは言え、嘉納護の言葉を鵜呑みにする事は出来ない。
永守に確認したい所ではあるが、この期に及んで大月零が逃げ出す選択肢を提示する辺り、嘉納と永守が連携を取っていないのは間違いないと確信を得ていた。
「嘉納君の下調べがお粗末だって事は理解したわ。
そんなの断るに決まっているじゃない」
「確かに調査不足であった。
足手まといになり周囲に迷惑をかけてでも、己の我を通す愚か者だったとはな」
嘉納の物言いにスミスを思い出し、苛立ちが溢れ出す。
「アンタ、喧嘩売ってるの?」
「事実を述べたまでだ。
敵勢力と衝突した際には民間人が余りに無力なのを理解した方が良い。
水の元素種族との勝利はあくまで偶然だ。
一撃でも攻撃が当たればキミの首から上が無くなっていたのだぞ」
嘉納然り永守然り、身を案じてくれているのは大月零も分かっている。
それでも。引き下がるのは嫌だった。
臆病者と思われたくないのか、星の知識が許せないのか、楠木飛鳥から離れたくなのか、それは本人にも分からない。
ただ今は、いきなり現れた新参者に仕切られるのが癪に触る。
「ご忠告どうも。けどね、それは嘉納君も同じでしょう?」
「否、そうでもない」
嘉納護の目付きが変わる。
彼の視線の先は窓の外に向けられている。
「どうしたのよ」
「ある意味丁度良いか……」
鋭い眼光を向けたままではあるが、小さな溜め息をつく。
女子二人の脳内に疑問符がつくと同時、窓の外が暗い霧に包まれ始めた。
先程まで差し込んでいたオレンジ色の夕焼けすら遮られ、飛鳥が慌てて室内灯のスイッチを入れた。
「随分と良いタイミングね。これは嘉納君の仕業かしら?」
「いいや、俺ではない。
その霧は外界との接触を遮断する他に、魔力を奪う効果もあるので触らない方が良い」
「なら私は触っても良い訳ね」
大月が霧に触れようとした瞬間、嘉納が彼女の腕を掴んだ。
「何よ」
「言い方が悪かった。魔力とは生命力に等しい。
魔力を奪われると、お前や俺のような魔法の使えない者でも効果を及ぼす」
その言葉を聞いた大月は、口をあんぐりと開けて呆れ返った。
「はあ!? アンタ魔術結社に所属しながら魔法使えないの!?」
「如何にも。魔法知識、魔法発動、魔法の素質は全て別物となる」
「いやそこドヤ顔する所じゃないでしょ!」
「俺の場合は特殊でな。こうなってしまっては嫌でもすぐ分かる」
ギギ……ギギ……。廊下から何かを擦り合せるような聞き慣れぬ不快音が聞こえる。
びちゃり、びちゃり。水に濡れた足音が近付くにつれ、耳障りな音も大きくなる。
扉の隙間から覗き見た光景は、大月にとって辛酸を嘗めた記憶が蘇り、無意識に表情を曇らせる。
しかし、それとは正反対の感想を漏らす少女がいた。
「零ちゃん! 三匹も半魚人がいるよ!」
「何でキラキラした瞳で見てるのよ……」
「だって凄くない!? 多分雷属性とかよく効くんだよ! 二倍ダメージぐらい!」
「ああうん、そうかもね。すごいね」
大月は呆れながらも、つられて笑みを溢す。
飛鳥の歯に衣着せぬ物言いにまた救われた。
「さて。お前達も知っての通り、奴等の相手は最小限にするのが筋であろう」
「だけど窓の外には結界があるし、強行突破しかないよね」
「そういう事だ。お前らしっかり掴まっていろ」
嘉納はそう言うと、躊躇いもなく両腕で二人を担ぎ上げた。
「ちょちょちょ! ちょっと待って!」
「騒ぐな。舌を噛むぞ」
速い。視界に映る風景が高速で流れる。
女性とはいえ、人間二人を俵担ぎしたまま出せる速度ではない。
水の元素種族との間合いが詰まったかと思いきや一瞬で隙間を掻い潜り、あれよという間に距離を離していった。




