01-14
―――翌日、早朝、学生寮。
「いつまで寝てるのよ! やる事は山ほどあるんだからさっさと起きる!」
「お……おーっす……」
カーテンを開いて眩い朝日を全身に浴びる大月と、朝の微睡みを邪魔された飛鳥はまるで対照的。
死んだ目をしながら顔を洗い、不貞腐れた面構えでトーストを咥える。
日曜日ぐらいゆっくり寝ていたい気もあるが、そうはいかないのが悲しい。
「そーいえば昨日すんごいテンション低かったけど何かあったノ?」
「ええ、人を殺したからね」
朝食を大月零の顔に思いっきり噴き出し、寝ぼけまなこが消し飛んだ。
「どゆことー!?」
「そうね、詳しく説明しないと分かんないわね」
……昨日に起きた事情を一通り教えて貰ったのだけど、それじゃ仕方ないかなーって感想だった。
その一言に零ちゃんが凄くホッとした顔を見せてたのはチョット嬉しかった。
ただ、私の方が余裕なくて、零ちゃんなんか凄い落ち着いてて、ホント凄いな―って思う。
私だったら嫌われるのが怖くて打ち明けるまでに何日かかるか分かんないもの。
打算とか保身みたいなのって誰しもあると思うんだけど、サラっと言えるもんじゃない。
そんな小さな事より先の事を考えないとヤバイ事になるんだーってのが痛い程感じられた。
「でさ……飛鳥。真面目な話、これからどうするか考えて欲しいの」
「んーなにー?」
「んもう! 決まってるでしょ! 相手はそんだけヤバイ奴等だから、進退を決めるべきなの。
進むなら永守と共闘する。退くなら魔導書を放棄しなきゃいけないでしょ!」
なんだ、そんな事か。
魔導書を放棄したらピースケの身柄がどうなるか分かったもんじゃないので論外。
とりあえずは永守君と仲直りしたら上手くいくよね、きっと!
「そんなの永守君と一緒に戦うに決まってるよ!」
「……そう、飛鳥がそのつもりなら、私も覚悟を決まるわ」
零ちゃんが難しい顔をしている……私は何かダメな事を言ったのカナ。
よくわかんないけど、悪い人をぶっ飛ばすのはセーフだって偉い人が言ってた。
そうだ、昨日烏丸君から預かったフロッピーディスクを零ちゃんに渡さなくちゃ。
彼女の部屋にはワープロがあったので立ち上げる事も出来る。
これで少しは役に立てたかなと思ったら、零ちゃんは小難しい顔をしている。
どうもスミスの出現によって彼女の計算は無茶苦茶になったらしい……ちょっと残念。
そりゃ学校関係者と思ってたのに部外者が出てきたら絞り込みもナニもないよね。
それでも何かに使えるカモと零ちゃんはフロッピーを受け取ってくれた。少し嬉しい。
それからというもの、零ちゃんは自室から持ってきたワープロでフロッピーの中身と睨めっこ。
私ができる事は……煎餅を食べながら紅い魔導書を読んだぐらい。このままでイイノカナ……。
/*/
―――同日、昼間。永守宅へ。
「これで実家じゃないとかどういう事なの……」
「アレよ、ブルジョワジーって奴よブルジョワジー」
お邪魔するのは始めてではないが、使用人が出迎える門付きの豪邸は何度来ても慣れるものではない。
綺麗に手入れされた庭園は、長年放置されていたとは到底感じさせぬ美しさを感じる。
客間に通された二人が煎茶を半分ほど飲んだ頃、奥の襖が開き永守が姿を現した。
「お待たせしました。本日はどのようなご用件で?」
羽織と単衣に身を包んだ姿は普段とはまた違う顔を覗かせる。
少し不機嫌そうな表情をしているのは……前回の騒動を鑑みるに無理もない話ではある。
大月は口火を切り、昨日の出来事を包み隠さず説明した。
永守が抱く不信感を払拭しない限り、この先生き延びる事はできないと理解していたからだ。
「……なるほど。状況は理解しました……が、その魔導書を放棄する気はないのでしょう?」
永守が静かに語る。
彼としては不相応な力は封印したいスタンスに変わりはないようだ。
次に飛鳥が一番懸念している問題を質問する。
「ねえ永守君。この魔導書を処分したらピースケとフレイムさんはどうなるのカナ?」
「魔導書によって使役された従者は転送ないし消滅します。
……ただ、寄生先である宿主はどうなるか不明です。
小動物のように生命力が乏しいのであれば、命の保証は出来かねます」
「やっぱりダメだわネ」
飛鳥は即答した。ピースケの命が奪われるのであれば選択肢から消える。
口を尖らせる飛鳥と眉を曲げる永守を横目に、大月がフォローを入れた。
「で、でも永守君。ここで魔導書を放棄するのは悪手だと思うのよ。
ワルモノお得意の“知られたからには生かしては返さぬー”ってなるんじゃない?
私達としては永守君と協力関係を結べたら最高だと思うの。
そもそも大事な後輩と敵対なんかしたくないし」
「つまり、一連の騒動が終わるまで魔導書を使う……代わりに我々にも協力する、と」
「そうそう、それそれ。飛鳥?それで良いわよね?」
「私は力が惜しい訳じゃないの。
フレイムさんやピースケ、それに零ちゃんや永守君……。
みんな、大事なだけ。それだけ」
大月と永守が困った顔をしている。
言われて悪い気はしないのだが、現実主義者には心苦しい言葉でもある。
「それって答えになってないんだけど……まあいいわ。できる限り尊重しましょ」
「大月先輩と同感です。そりゃ僕だって皆が幸せならば、それに越した事はありません」
「それはそれとして、永守君。次はキミの事を教えてくれるかしら。
ここまで言っておいて何だけど、もしキミが悪の秘密結社のナントカーだったら考え直したいし」
「ああ、確かにそうですね」
やっと永守が少し微笑んだ。やはり彼は笑顔が似合う。
「普段は民間人に言えないのですが……こうなってしまった以上、仕方ありません。
僕が所属する組織は防衛庁所属の神国守護課に属しています。簡単に言えば公務員です」
「あの……どゆこと?」
「古くから物の怪と呼ばれる怪異は実在し、国としても対策は取っているんです」
「えーっと、それって映画とかで出てくる陰陽師や検非違使みたいなモノ?」
「だいたいそんな感じです」
「チャンバラしたり、呪文唱えたり、そういう感じで……」
「ええ、人手が足りないと外注業者に依頼もしますが、大体我々が対応します」
「うわあ……」
軽く脳がフリーズしながら質問を続けるも、常識外の返答に理解が止まる。
あーそっかーなるほどーと、二人してアホの子みたいなリアクションである。
「それはそうと大月先輩。僕からも質問良いでしょうか」
「ええ、いいけど何かしら?」
「本当にスミスは鬼の事を“クスノハの犬”と言ってたんですね?」
「そうだけど……心当たりあるのかしら?」
「“クスノハ”とは国内最大派閥の魔術結社です。彼等の手の者ならば事実確認をしてみましょう。
我等とクスノハは協力関係にありますので、手打ちに出来るかもしれません」
「そーねー、ケンカしなくて良いならそれが一番ヨネー」
「その通りです……が、スミスが所属する“星の知識”とは絶望的でしょうね」
「そっちは?」
「“星の知識”は国外の魔術結社で、いわば日本支部と言えばいいでしょうか。
昔は過激派が少なかったのですが内部分裂以降、穏健派が粛清されて今に至ります。
我々も星の知識の動向は追っていましたが、学内が汚染されていたとは情けない限りです……」
確かに永守が魔導書の破棄を勧めるのは合点がいった。
民間人が拳銃を持っていれば、警察はそれを認める訳にはいかないのと同じだ。
飛鳥と大月は二つ返事で協力関係を取り、有事に対して手助けすると契約した。
未成年二人と一匹の彼女達を組織として扱ってくれるのは感謝の極みであった。
こんな形で国防に携わるとは想定外であったが、火の粉を振り払う手段としては最高かも知れない。
まだまだ永守の話を聞いていたい所ではあったが、今日の所は帰宅の途についた。




