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01-13

 ―――同日、日没後、学生寮。



 「主よ、職場環境の改善提案を具申する。

 穀物と小松菜だけの食生活を見直される気はないだろうか。

 私はベジタリアンでは無い故、日々の潤いを得る為にもワインや肉料理が必要であると」

 「ピースケの寿命が縮むのでダメです」

 「福利厚生は期待できそうもないな……」


 飛鳥が何言ってるんだコイツと珍しく冷めた目で小鳥を見ている。

 そもそもセキセイインコと人間では体重が違う時点で摂取できる栄養素の許容量が違う。

 人間でも塩分や脂肪分やら食べ過ぎては体に悪いというのに、たった30gの肉体がワインやら肉やら食べたらどうなることやら。

 たとえ生命力が比較的強い原種のノーマルセキセイであれ例外ではない。


 ピーンポーン


 ……と、一人と一匹の他愛もないやり取りを遮るかの如く、インターフォンのチャイムが鳴る。

 はて、こんな時間に誰だろうと、楠木飛鳥はフレイムの戯言を中断し玄関先へと向かった。


 「客人かね?」

 「あーうん、零ちゃんだったんだけど、今日は自室で寝るって」

 「大月君か……午後に何かあったのかも知れないな」

 「まぁそういう日もあるんじゃないカナ。

 零ちゃんは考えずに動いたら死んじゃう病の人だし、心配ないって」

 「随分な信頼関係ではあるが、本当に良いのか?」

 「ダイジョブだって、考え過ぎるとハゲるヨー」


 フレイムは黙して思考する。

 最優先の護衛対象は楠木飛鳥ではあるが、大月零も例外ではない。

 主が信頼を寄せる軍師的立ち位置を確立している以上、死なれるのも困る。

 それに、大月零は午後に感じた魔力の揺らぎと接触しているのは間違いない。

 差し出がましいかも知れないが、不安材料は減らしておくに越した事はあるまい。


 「主よ、それでは睡眠を取りたいので鳥籠に毛布をかけてくれないか?」

 「ありゃりゃ今日は早いのネ。イイヨーオヤスミー」


 暫くすると掛けられた毛布の隙間から差し込む光も消えた。

 フレイムが就寝するからといって楠木飛鳥まで床に就くのは如何なものか。

 やる事はないのかと心配すら覚えるが、まあ良い。本日に限って言えば好都合である。


 瞬間移動テレポーテーション


 フレイムの肉体が小型の魔法陣に包まれ、音もなく肉体の転移が完了した。



 /*/



 ―――学生寮、隣部屋。



 大月零はインターフォン越しに軽く伝言を済ませると、即座に自室へと逃げ込んだ。

 灰と雨に穢れた体を晒す訳にもいかず、平穏を装う余裕もない。

 内側より施錠すると制服を脱ぎ捨てて一目散にシャワーへと向かった。

 今はとにかく体が洗いたい。穢れた事実を否定したい、逃げ出したい。


 痛い。何度も何度も擦った肌は赤く変色しても、それでも体を洗い続ける。

 痛い。こんな事で血塗られた穢れは祓えない。しかし、手が止まらない。

 痛い。人を殺した事実は払拭できない……理屈屋な大月でも割り切れない。

 痛い。スミスによって穢された、心が痛い。


 意気消沈のまま、ふやけた体をバスタオルで包み、シャワー室を後にした。

 服も着ぬまま脱ぎ捨てた制服をかき集め、手洗いの後、部屋干しを済ます。

 明日までに乾く気配はないが、替えがあるので良しとする。

 一頻ひとしきりの作業を終えた事、今更冷えた体に気付き、パジャマに着替えベッドに潜り込んだ。


 「さて、そろそろ良いかな」

 

 とても通った男性の声。まさに美声と呼ぶに相応しい。

 真っ暗な室内では余計に澄んで聞こえる。心地良い……けど、何処か、影のある声。

 大月は寝返りもせずに、背中を向けたまま声だけを返した。


 「……女の部屋に忍び込むとは穏やかじゃないわね」

 「この姿で何をしろと言うのか。下らぬ心配は無用だよ」

 「そう……」


 中央のガラステーブルに鎮座するのはフレイムと呼ばれる小鳥だ。

 楠木飛鳥が召喚した、異世界の住人。大月零とは何もかも違う生き物。


 「姿形はどうであれ、貴方は人間なのでしょう? だったら人間なのよ」

 「そうか……私を人間と呼ぶか……」


 大月は神楽恭子を思い出しながら呟いた言葉に、フレイムは悲しい目をして聞いていた。

 小鳥と同期した自身への歯痒さからか、それとも他の記憶が交差しているのかは分からない。

 ただ、人間扱いしてくれる事実が嬉しくて、つい本心を滑らした。


 「大月君は優しいのだな」

 「……何よ。褒めても何もしないわよ」


 大月は頭から布団を被り、小さくも曇った声で返答した。

 正直の所、彼の相手をする元気などなく、痩せ我慢と自尊心でなんとか応対しているに過ぎない。


 「ねぇ、今日は早く寝たいんだけど」

 「それは昼過ぎの衝突が原因か」

 「……気付いてたの?」

 「見ていた訳ではないので詳細は知らんよ。

 だが、魔力の揺らぎは感知していた」


 そうか……と、フレイムの台詞に複数の感情が入り乱れる。

 飛鳥に信頼されてパートナー扱いされているのは、とても嬉しい。

 それとは別に、異変に気付いているなら助けに来てくれれば良かったのに。

 そして、自分本位で無力な自分に不快感を覚える。


 「単刀直入に聞こう。何があった? 主に言えないのであれば、他言無用としよう」

 「はは……フレイムさんって、女性の相手って苦手でしょ?」


 乾いた笑いを見せてベッドから起き上がった少女の目は落胆していた。

 フレイムの対応が原因ではなく、心が疲れ果てていた。


 「それはいい。随分と憔悴しょうすいしている様だな。

 大治癒メジャーヒーリング……どうだ?少しは楽になったか?」


 フレイムの羽ばたきから柔らかい風を感じると、筋肉疲労や節々の関節の悲鳴が嘘の様に消え去った。

 それは外傷があっても部位が切断や欠損でもしていない限り回復するほどの回復魔法である。

 それでも、大月零の顔から笑顔が戻らない。


 「凄いわね。私なんかの為に魔力を使わせて、ごめんね」

 「それでも治せぬ傷があるようだな」

 「うん……」


 沈黙―――蛍光灯の消えた室内は、漆黒が支配する。

 すー……はー……。大月の深呼吸が夜のしじまを切り裂き、場が動いた。


 「んとね、人、殺しちゃった」

 「なるほど。つまりは初陣を済ませた新兵に見られる恐慌状態だな。

 心配はいらない、暫くすれば慣れる」

 「慣れる……って何よ!? ここは戦場でも何でもないのよ!」

 「何を言っている。ここは戦場だぞ。

 永守誠……だったか。彼の配慮を蹴った時点でな」


 絶句―――分かってはいたが、理屈で納得できない事だってある。

 この大月零であれ簡単に切り替えられない程、平和な現代日本において異質でしかないのだ。

 常識が、倫理観が、社会通念が、総動員で理解を阻んでいる。


 「頭では分かるのよ……けどね、釈然としないのよ。

 化け物に変えられたとはいえ、見知った人間を殺した事実は一生変わらない。

 ただ……手を汚したのが私で……良かったかな」

 「主の代わりになれて良かった、と」

 「……ええ」


 フレイムは“てれび”なるもので情報収集はしていたが、それでも大月零は重症だと確信に至った。

 彼は今回の一件だけではなく、彼女が内心抱える歪みを見つめていた。


 「大月君、キミからいびつなものを感じる。

 王を目指すのか騎士を目指すのか。それを考える時期が来ている」

 「……? それって、どういう事かしら?」

 「騎士はね、姫の前を護る盾になれても、横に立つ王子にはなれんのだよ。

 姫を護るは国の為、そしていずれは新たな王である王子の為なのだ」


 比喩に塗れた言霊であるが、それは魔術の様に大月零の心に突き刺さる。

 平穏な日常が続くものだと目を逸らし続けた未来。見て見ぬふりをしていた、飛鳥への想い。

 そこに追い打ちをかけるは、異世界の男。


 ―――少し、昔話をしよう。


 「私の古い友人に、フィリアという男がいた。

 彼はエッケルト王国の王女であるホープ姫に一目惚れしてね。

 姫は絶世の美女ではなかったが、屈託のない笑顔と人柄で、誰にでも手を差し伸べる人だった。

 そうだな……我が主に何処となく似ているかもな。

 で、フィリアは身分の差を乗り越えて親衛騎士団長の座まで上り詰めたよ」

 「あら、素敵なサクセスストーリーね」

 「まあ、ここまではね」

 「で……その人、どうなったの?」

 「友を殺し、姫を殺し、自責の念からか……正義の奴隷に成り果てたよ。

 今も何処かで剣を振るわされているだろう」

 「そう……」

 「彼はね、騎士とは何たるか理解せず、王の椅子からも逃げたのさ。

 私の言わんとする事は、分かるね?」

 「うん……」

 「大月君、キミは主の片腕として実力を発揮してもらう為にも、着地点は見誤らないで欲しい。

 愚者は経験により学び、賢者は歴史により学ぶのであろう? そういう事だ。

 無論、答えは一晩で出る筈もないだろうが、どちらの道を選ぶにしても……だ」

 

 「その情けない顔では主の騎士にも王にもなれんよ」

 「……そんなの、やだ……やだ!」

 「宜しい。ならば常に考え続けよ、動かぬ天秤を動かす為に」


 フレイムは翼を広げると空間に魔法陣を描く。


 「それではまた、明日」

 「うん、今日はアリガト……私、頑張ってみる」


 優しくも強い、温かな声。

 想像も絶する経験から裏付けされたかのような、一つ一つが重い言霊。

 大月零は魔法陣に消える一羽の鳥に、騎士の姿が見えたような気がした。

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