01-10
―――翌日、七星高校教室。
白衣の少女は思考する。
普段やらない事というのは何かしらの意味があり、それ即ち因果である。
なんとなくやら、気の迷いだとか囀る者もいるが、事象が発生する段階で理由があるものだ。
それが所謂キッカケという形で影響しているだけなのだ。
信仰にも似た式に相反する時は、未知数を等式に組み込めてない己の計算ミスである。
だから世界はこんなにも美しいのだ。
大月零は仏教にも似た教義を反芻する―――世界秩序は全てを包括するのだと。
化け物や魔法も謂わば未知の数式ならばxやyに置き換えて一つずつ解き明かせば良い。
偏見の足枷に囚われていたと恥じ、先人が発見した公式だけを当てはめて悦に浸るべきではない。
愛しき友人の為にも歩みを止めるべきではない。
その為には些末な事柄すら邪推する貪欲さを忘れてはいけない。
昨晩の世間話だってそうだ……きな臭い薬剤もさることながら、何故飛鳥に勧めたのだろうか。
心当たりがあるとすれば、私。
神楽恭子と楠木飛鳥の関連性は薄く、両者間に於ける怨恨の線も薄い。
むしろ、悪意の矛先は大月零に対して向けられている。
五教科の総計で言えば神楽が上ではあるが、理数系ではどうしても私に勝てず、逆恨みを受けた事は一度や二度ではない。
私への当てつけに大事な飛鳥にちょっかい出したのならば、相応の態度を取らなくてはならない。
……これだけでは私の考え過ぎとも取れるが、利己主義の権化である神楽は他人に施しを与える可能性は低い。
だから勝てないのだと説いてやったが、只の煽り文句だと聞く耳を持たない事もあった。まぁ半分正解なのだけど。
それはいい。
兎も角、神楽恭子を叩いて埃を出してみるとする。
海老で鯛が釣れる事だってある。
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昼休み。
大月は食後の心地よい微睡みに別れを告げて歩を進める。
校舎裏に呼び出した女、神楽恭子。それは沙魚のような女であった。
土気色の肌、分厚く横に伸びた唇、大きく飛び出した目は常に周囲を警戒している。
破滅的に似合わない赤いリボンはまるでヒレの様だ。
ご両親から授かった体に因縁を付ける気はないが、性格が顔の相に出るというのは嘘ではない気もする。
大きな唇がうっすらと開き、ボソボソとよく聞き取れない言葉を発した。
「お前がボクを呼ぶなんて何の用だよ」
「時間が惜しいので単刀直入に言うわ。あの薬を誰から買ったの?」
「何よ……何のことだよ。お前に関係な」
「あ? 人のツレに絡んでおいて何言ってんだ?」
大月は相手の言葉の途中に割り込ませ、首元に腕を回し、上から睨みを効かせる。
手は出さないが、限界にまで圧迫された間合いは、場慣れしていない者には脅威である。
恐喝紛いの行為は褒められたものではないが、円滑な交渉には多少の精神的犠牲は止むを得ない。
そこに神楽を申し訳なく思う気持ちは一欠片もない辺り、どっこいどっこいでもある。
「……ボクは栄養剤を売ってやろうと好意で言っ」
「アンタ私を誰だと思ってる? 何も知らずここまで来る訳ないだろ。
いいからバイヤーを教えろっつってんだ」
神楽が目と口を閉ざした……仕方ない、押してダメなら引いてみろだ。
「アンタ……もしかして、だけど。あの薬を飲んでるの?」
「アレのお陰でお前を追い越せそうなんだ。誰がバイヤーを教えるもんか……」
ポーカーフェイスを装っているが、大月は予想外の返答に急いで軌道修正を余儀なくされた。
彼女本人も使っている……という事は、飛鳥に勧めたのは自己満足の類だったのか。
てっきり飛鳥を薬漬けにしようと想定していたのだが、違っただけでもよしとする。
しかし神楽恭子の意思と反して現実が動いている場合もある。
「それにスターダストはな、もう人に売るほど無いんだよ。
残念だったナァ……凄い値上がりしたからヨゥ……お前みたいな貧乏人には買えねぇんだ」
「……そう、思った通りね」
思った通りではない。が、状況は理解した。
「何がさ!」
「アンタ、死ぬわよ」
ドスの効いた声に神楽は少し引きつった。
「アレが栄養剤って本気で思ってるの?アンタ相当依存症が出てるじゃない。
私はね、アンタを助けようとわざわざ来てるの。どんだけ嫌われてもね」
とりあえず帳尻を合わせ、説得する方向に切り替える。嘘も方便である。
よくよく思い返されると多少の違和感も出てくるが、言いくるめとは勢いで押し切るものだ。
最終的に利益が発生すれば、差異は都合の良い方向に修正されるのが人間である。
「詳細は伏せるけど報道部の人間も協力してくれてるの。
スターダストの効果は使用者であるアンタが一番わかってる筈よ」
「報道部……あ、そうか。烏丸クンと仲が良いものね」
あ、そこで釣れるのか……今日は二転三転する日だなと笑みがこぼれる。
「ああ、アンタ烏丸の事が興味あるんだ」
「いや、ボクは別に……」
「いいわ、烏丸を紹介してあげる」
「……ホント?」
「ホント」
「……恨み晴らそうって思ってないだろうな?」
「何言ってるのよ。アンタにメリットしかないんだから、好意は素直に受け取っておきなさい」
「……わかった。約束守りなさいよ」
キーンコーンカーンコーン
午後の予鈴が鳴る。丁度良い頃合いである。
別に彼女に恨みはない。足元の小石程度にしか思ってなかっただけだ。
神楽はバイヤーの連絡先が書かれたメモ書きと錠剤を一つ手渡すと、足早に立ち去っていった。
烏丸には悪いがナイト様らしく彼女とデートしてもらおう……女好きの彼の事だから快諾してくれる筈だ。
さて、ここから先は嘘を本当にする為の作業が待っている。
……と言えば響きは良いが、とどのつまりに辻褄合わせである。
報道部にスターダスト関連の情報を何か掴んでいないか照合しなくてはならない。
これが本当に単なる栄養剤で、バイヤーが只の薬剤師なら……それはそれで結果オーライだ。
だが、錠剤を手にした時から、胸元から光が漏れるのを大月は気が付いた。
それは魔力探知の羽の輝きであり、錠剤が魔化物品であることを意味していた。




