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「ギュル、ピッ、ジュルルル、ジュジュジュ」
薄暗い部屋に奇声が響く―――出所は片隅にある、厚手の布に覆われた鳥籠の中からだ。
それは睡眠前の合図であり、暗黒を作る布は一日の終わりを意味している。
「ピースケカワイー、インコインコ、チョーインコ、ギョヘ」
奇声の主であるセキセイインコは、片脚を羽毛に隠し、睡眠の姿勢を取ってはいる。
が。主人である少女は、勉強机の上に置かれた一冊の紅い洋書を、興味深く読み耽けていた。
「日本大好きお爺ちゃんも意外な趣味があるもんダネー。
……いや、いらないから押し付けたのか。そうに違いない。
お爺ちゃんが“お前にお似合いだ”って言う時は嫌味しか言わないもの」
部屋の主である少女は、祖父に対する愚痴を漏らしならがも、対象をデスクライトに照らし見つめる。
紅い革張りの装丁を施されたそれは、アンティークな趣きな洋書であり、中身はこの世ならざる奇妙な知識に埋め尽くされていた。
それらは非常識と形容するしかなく、言うなれば彼女の部屋の壁に貼られた幻想的なポスターや、TVに接続されているファンタジーRPGに近い。
無駄に金をかけた設定資料集感覚である。
内容は多岐に渡り、我々の知る世界とは別の歴史、宗教、政治体系、建築様式や庶民の大衆文化にまで至った―――。
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書を読み耽る度に、侮蔑の意味が込められた祖父の言葉。
“お前にはお似合いだ”が脳裏をよぎる。
楠木飛鳥はその手の造詣が深い文学少女……と言えば聞こえは良いが、その実は所謂最近の若者であり、漫画も好きだしゲームだってする。
ただ、年相応の少女が費やすであろうファッションにかける時間まで費やしているので、髪のセットは後ろ髪をゴムでまとめるだけであり、度の強い眼鏡が相棒だ。
その容貌たるや地味の一言に尽き、祖父の嫌味は不愉快ながらも、客観的に見れば同意せざるを得なかった。
しかし、彼女の通う私立七星高校は一芸入学を強く推奨しており、彼女は面接の際に中学時代に書いた小説が演劇部に採用された実績があったので、物書きとしての後学の為と言い訳はできなくもない。
だが所詮は言い逃れであり、趣味に没頭しているだけである。眼前の洋書に釘付けであった。
お世辞にも好きとは言えない祖父の書斎で一目惚れし、小馬鹿にされながらも我慢して貰い受けた一冊なのだから、少しは元を取らないと気が済まないし、自分の作品の糧にしたい下心もあった。
―――気付けば奇声も消え、室内は静寂に包まれていた。
飛鳥はカリカリと鉛筆を走らせながら魔術の項を流し読みしている。
無論真剣に取り組んでいる訳もなく、肩肘を付きながら魔法陣をノートに落書きしている。
「魔法の設定も色々あるのネー、触媒に代償に霊脈に星の位置……ふああ、めんどくさ。こんなんで何か出たら……て、え?」
いい加減、草木も眠る。
彼女自身の眼も維持が難しくなってきた。
そもそも真面目に魔術儀式を始める気もさらさらなく、何もかも準備が整っていない。
せいぜいあるのは処女の生き血ぐらいネーと、深夜特有の妙なテンションで画鋲に指を傷付ける。
魔法陣に鮮血を一滴垂らした刹那……一筋の閃光が轟音と共に室内を貫いた!
自動書記が如く魔力の奔流が駆け巡り、火柱が血文字を追いかける。
眩い光が止め処なく溢れ出る。
ああ、これは寝ぼけているに違いない。そうだ間違いなく悪い夢だ―――飛鳥は思考を停止した。
ばたんきゅーである。