96 - 争えないもの
アルバムを見せてもらいつつ、昌くんに色々と話を聞いてみると、何のことはない。
いや、何のこともあるけれど。
晶くんは三歳になったころから入退院を繰り返すような生活だった。
それに加えて身体的特徴――極めて珍しい青と茶のオッドアイ――は他人から奇異な視線で見られるものだし、『違う』ということが際立ってしまったんだとか。
今時の子供は、なんて僕も昌くんも言えるような歳じゃないけど、だからこそリアルタイムに感じている空気として、僕たちは『違うもの』をどうしても気味悪がったり、疎遠にしたり、いじる対象にしたりしがちだ。
それはたとえば僕だって身長が低いだとか、小動物じみた動きだとか、そういう点でいじられキャラと言える。
僕はそこまで深刻にとらえていないというだけで、そして中学校にあがってからは――厳密には異世界で経験を積んでからはだけれど――色々と吹っ切れた点が精神的にも身体能力的にもあるから、他の子たちも下手に僕をいじると後が怖いと判断されているようで、本格的にそれを突いてくる子は幸いなことに居ない。
それでも、小学生のころ、虎騒動やらなにやらのころは結構いじられていたし、それ以降も猫キャラが定着して『渡来佳苗=猫の奴』といった妙な図式で描かれることもあって、それはちょっと嬉しかったり……あれ、別に深刻じゃないなこれ。
まあともあれ、そういういじりをしている側に悪意があるとは断言するまいが、それをされる側は常にいい気であるとも限らないのだ。
その認識のずれがいじめの原因になることもしばしばだし。
ああ、だからこそ、か。
「いじめられているわけじゃないんだよ。ただ……、まあ、入院していて学校に行かない時期もそこそこ多い。院内学級とかで勉強はしてるから、勉強面では他の子と同じか、場合によっては上なくらいだし、調子がいい時は運動能力も当時のぼくと同じくらいはある」
「……当時の昌くんを僕は知らないけど、えっと、おおむね同じってことだよね?」
「うん」
それはつまり、つねに万全ならばというたられば論をするならば、昌くんを大幅に超える素質があるってことだ。
普通の日常を暮らしている昌くんと、入退院を繰り返している晶くん、なのだから。
常識論で言うならば入退院している時点で体力的には劣りやすいはずだし。
「でも、そういったパラメータの高さは、さらに不気味さでもあるみたいでね。……やっぱり、クラスの子からは『どう扱っていいのかわからない』状態みたい」
いじめではなくても、疎遠ではある。
どう扱っていいかわからないから――とりあえず放置される。
そんな感じかな。
「復学直後の僕……が、延々続いてる感じか」
「……確かにそうかも。中学生と小学生の差はあるけれど」
「それに僕には洋輔も居た。……だから、状況はやっぱり違うかなあ」
「…………」
そう、僕も同じような状況になる可能性は多々あった。
だけれど現実には洋輔がいて、だからそのあたりは分散されたんだと思う。
分散されたから――僕も洋輔も、そういった疎遠さをそこまで時間を掛けず、あっさりと解消できたのだろう。
けど晶くんには僕にとっての洋輔がいない。
それだけでずいぶんと心細いだろう。
何かと特別扱いされて、普通であることをゆるしてくれない……みたいな。
「ただでさえ厄介なことに、血の問題もあるからね……」
「……うん?」
血の問題?
一瞬、どきっとしたのは……僕が血というものを正直好んでいるという点を突かれたからかと怯えたからだけれど、そんなそぶりは一応学校では見せていないから、違うよね?
「ぼくもそうなんだけど。弓矢の家系も村社の家系って、ちょっと血液型が珍しいんだよ」
「珍しい血液型というと、なんだっけ、Rhマイナス? とか?」
「いや。ボンベイ型」
う、うん?
何それ?
話を聞いてみると、ABO型の例外みたいなもので、あえていうならO型の亜種。
Oh型とも表記される、稀な血、らしい。
そのためうかつに大けがをすると、咄嗟の輸血さえも難しいんだそうで……。
ううむ。
赤いエッセンシア、エクセリオンならばどんな血液としても扱えるから、たぶんアレでどうにかできるとは思うけど……そりゃ僕ならば選択肢に上がるってだけで、異世界でもエクセリオン作れる人なんて片手で数えられるくらいだって師匠が言ってたもんな。
ましてやここは地球、錬金術など空想上でしか存在しないようなものだ。
「まあ、珍しいと言っても血は血でしょ?」
「……まあね」
昌くんは頷きつつも、なにやら釈然としないものを感じているようだ。
ううむ、少しは珍しいねえとリアクションを返してあげるべきだったのだろうか。
でもそういう特別扱いをされるのが嫌だ、と晶くんは感じてるんだろうし、ならばこれで正解のはずだ。たぶん。
「本当に。晶が健康的に普通になれないのだとしても……せめて、普通に接してくれる子が、晶のまわりに居てくれたら違うんだけれどね」
「……普通に、か」
「うん」
それは何重もの意味で……困難なんだろうなあ。
仲良くなる分かりやすい手段は、家に遊びに行ったり来てもらったりして共通の趣味を探すとかだけど、こんな家に招かれたら常識的に考えて思考が固まる。
よしんばそれで仲良くなれてもなんか利用される感じになりそうだし、それがいわゆる友情かと聞かれると微妙なところだ。
健康的な普通。
健康的な普通なあ……。
「昌くんは、しっかりお兄さんだよね。……きちんと守ろうとしてるし」
「そうかな?」
「そうだよ」
くすりと笑って、ふと思う。
聞いていいものか、悪いものか。
……聞いちゃうか。
「ねえ。変なこと聞いてもいい?」
「変なこと……いいよ、佳苗だし。なに?」
まて、その佳苗だしっていうのはどういう意味なんだ。
まあいいや。
「そんなお兄さんが、弟が犬が好きなのを知っているのに。しかもこの家で飼うなら、犬のほうが都合がいいというのも踏まえた上で、あえて猫を選んだのって……。共通点が、あるから?」
視線を晶くんに向けて言うと、昌くんは声には出さず、小さく頷いた。
オッドアイ。
確かに……犬のオッドアイってあんまり聞かないな。っていうかいるのかな。いないことはないだろうけど。
一方で猫のオッドアイは、どちらかといえば普遍的というか、ある程度認知されているものだ。
でもなあ。
オッドアイの猫って難聴を抱えていることもあるから……まあそれを言うなら別に、普通の猫だってそうだけど、割合で言えばやっぱり多い。
そういう意味では却ってコンプレックスの刺激になりそうだ。
でも、自分と共通項のある子のほうが嬉しいとかはあるのかもな。
だとしたら止める筋合いのことでもない。
「当てはあるの? 比較的見つかりやすいって言っても、他の動物と比べればの話だし。それでもやっぱりかなり貴重だよ、そういう子って」
「片っ端から、ペットショップに行くしかないねって。そんなことは話してたけれど」
「…………」
まあ……そうだよなあ。
ならばせめて、そっちで役立つか。
僕は善人でありたいとは思うけれど。
やっぱり、聖人にはなれそうにない。
「知り合いに猫のブリーダーさんがいる。その人には貸しが結構多くてね……。そういう子、探してもらおうか」
「……良いの?」
「うん。ま、友達のためならその程度、縁を利用するのも悪くないでしょ」
一応家に居るとは思うけど、電話してからにしないとな。
とはいえ、あの人もオッドアイの子は持ってない気がするから……。
「すぐに見つかるとは限らないから、あくまでも可能性。見つかるかもしれない、その程度で考えてくれる?」
「うん。ありがとう。恩に着るよ」
「どういたしまして。それにしても……」
そう、それにしても。
「晶くんってさ」
「うん?」
「寝相悪くない?」
「……のーこめんと」
昌くんは視線を露骨に逸らして、顔も逸らした。
昌くんの膝枕ですやすやと眠っている晶くんは、なぜかテーブルの脚をぎゅうっと抱きしめている。
ちなみにその段階で足をテーブルの角にぶつけたりもしていて、それで微妙にお茶がこぼれかけたりもしたんだけど、それはそれ。
痛くないんだろうか。
「いや、ぼくも晶の事いえないから……」
「…………」
ちょっと意外だな、と同時に、遺伝ってすごいなあ、と思った。
さて、お昼ご飯として出された料理は、さながら懐石料理のような和食だった。
こんなの旅館で食べたことがあるくらいだよ……。
ちなみに晶くんは当然、彼らのお母さんも同席している。お父さんはお仕事なんだとか。
「いただきます」
ちょっとお箸の持ち方とかもきちんと意識をしながら、まず一口。
おお、味付けが完璧。とてもおいしい……、え、こんなご飯毎日食べてるの?
ずるくない?
覚えておこう……見た目とか味とか覚えておけばとりあえず再現はできるからな……。
「どうかな。お口に合えばいいけど」
「とっても美味しい!」
「それはよかった」
あえて言うならばガッチガチの和食なので食べ慣れていないという点だけれど、まあ、変にフレンチとか出されるよりかはだいぶマシ。
テーブルマナーなんて知らないよ。
異世界のやりかたでいいならわかるけど。
「渡来くん。こんなことを言うのも何だけれど、今後も昌や晶と、よろしくしてあげてね」
そして昌くんたちのお母さんがそういったので、こちらこそお願いしたいくらいです、と答えると、笑みを浮かべて頷いてきた。
いいお母さんだ、と思う。
晴れの日は毎日縁側でお茶を飲んでそうだ。いやそれっていいお母さんと関係あるかな? ないかな?
「そうだ、お母さん、と、晶。さっき佳苗がね、猫のブリーダーに連絡してくれるって」
「まあ。渡来くんは猫のブリーダーさんと知り合いなの?」
「はい。昔から僕、妙に猫に懐かれるみたいな体質で。その流れで、知り合ったんですよ」
主に虎騒動と僕たちが読んでいるあの事件を発端になので、実際に知り合うに至った詳細についてはあまり教えたくないのだけれど……。
「僕が知っているそのブリーダーさんが、お探しの要件を満たす猫ちゃんを育てているとも限らないですけど。でも、ブリーダーは横のつながりもある、みたいですから。そこからもしかしたら、見つかるかもしれない」
「手間をかけさせちゃって、ごめんね」
「ううん。このくらいは電話するだけだしね……それに、最終的にはブリーダーさんを紹介するから、実際に交渉するのは昌くんたちになるけれど」
「うん。それでも、助かるよ」
結局のところ、該当する子。つまり、オッドアイの子がいたとしても、それ以外の部分が気に入るか気に入らないかという話もある。
短毛種に長毛種、毛の色に性別、性格とかね。
「そうそう、これも聞いておきたいんだけれど、渡来くんは猫に詳しいのかしら」
「一応猫好きを名乗ってるので、相応には。でも、研究者ってわけでもないので……。必ずしも正しいとは限りませんよ」
「なるほど。ええと、猫を飼う時、やっぱりリードは必要かしら?」
「リード?」
「ええ」
えっと……。
回答に困って昌くんに視線を向けると、昌くんはまたまたわざとらしく視線をそらした。
ので、晶くんに視線を向けてみた。晶くんはきょとんと首をかしげている。だめだ、これでは僕が悪者である。
「基本的にはいりません。室内で飼うにせよ、紐を付けておくとあっちこっち飛び跳ねますから、部屋の中が大惨事どころか、猫ちゃんにも危険が及びかねません」
首が締まりかねない。
なのでリードはNGだ。絶対にダメという訳じゃないけれど。
「猫を運ぶときはケージとか、専用の鞄を使ってあげるのがいいですよ。……まあ、問題もありますけど」
「問題?」
「猫って狭いところが好きだけど、それはあくまで自由意志の話。閉じ込められるのは極端に嫌う子が殆どですから。ケージで運ぶと、三日くらいは不機嫌になりますね……」
「なるほど……」
僕がやってもたぶん半日は怒りっぱなしだろう。翌日になれば大体許してくれそうだけど、僕でさえもそれだ。
「じゃあ、檻で飼うのもダメねえ」
「そうですね。できる限り動き回れる場所が望ましいかと」
「滑車を付けておいてもダメかしら?」
……滑車?
「ハムスターみたいに」
「すみません。猫は猫なので……」
「残念」
なんだこの人、いい人っぽい印象とは裏腹に言うことが怖いんだけど。
その後もいくつか質問を受けたりしつつ親睦を深め、帰り際に晶くんの頭を撫でた。




