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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 体育祭の日と縁結びの人
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94 - 大人の事情

 幸い、お母さんが帰ってくるまでに訪ねてくる人はいなかった。

 そしてお母さんは帰ってくるなり、

「佳苗。その男の人の顔ちゃんと覚えてる?」

 と聞いてきた。

 真剣な表情で、真剣な声音だ。

 状況からしてたぶんその人を疑ってるんだろうなあ……。

 でも犯人じゃないし。

「ちゃんと、と言われると……。でも、少なくとも町内会の人じゃないと思うよ。見覚えは無かったし」

「そう。特徴とかなかったかしら」

「特に気になるものも持ってなかったなあ……その辺に居る大学生とか、そんな感じだったよ。いや大学生かどうかもわかんないけど」

「背は?」

「百七十くらいじゃない? ていうか、問題の場所は例の公園だから。たしか防犯カメラあったよね」

 ちょうど入り口に向ける形で。

 僕がそう問いかけると、お母さんは困ったようにうなずいた。

 なんでだろう。

「あの防犯カメラね。実をいうとダミーなのよ」

「……はい?」

「設置してあるだけで、ちょっと赤いランプが光るだけで、実際には録画どころか撮影もしてないのよね……」

「なんでそんな無駄な……」

「いやあ。町内会で設置しようとしたんだけど、ちゃんとやろうとするとお金がすごいかかるのよ、維持費とか。それを省きたくて、でもカメラを設置しないわけにもいかないでしょう? だから脅しとしてダミーが置いてあるのよね」

「結局それって、設置してないってことなんじゃ?」

 僕の問いかけにお母さんはこほんと咳払いをして、話をずらしてきた。

 ううむ。

 藪蛇になりそうだから追及はやめておこう。

「確認よ。本当に見覚えは無かったのね?」

「うん。まったく記憶にございませんって感じ」

「そう……じゃあ、無関係の可能性も高いわね……」

 無関係。

 それは例の事件とのことだろう。

 僕としてはその通りと答えたいのだけれど、一応設定上、僕も洋輔も事件に関することは『何も覚えていない』ので、関係ないと断言できるわけもなく。

「それにしても、テレビ局にも、もう少し確認してほしいわね。事件のことを忘れてるのかしら」

「さあ。キャスターさんは僕のことに気づいてたみたいで、ちょっと表情が硬かったけどね」

「そう。よく見てたわね」

 観察する時間はいっぱいあったし。

「それに考え方を変えてごらんよ、お母さん」

「考えてごらんよって、また妙な言い回しね」

 それは僕も思ったけど、口に出てしまったのだから仕方がない。

「視聴者投稿の動画、ってくくりだったでしょ。だからあの動画を取った人が、テレビ局に渡したってことじゃない」

「そうね」

「そういうの、お金のやり取りがあったなら個人確認とかしてるんじゃないの?」

「…………」

 もしその人を事件の関係者であると怪しむならば、その人がどこの誰なのかを特定する必要がある。

 で、僕とか周囲の人たちの目撃情報から、まあちまちまと探すことはできるだろうけれど、あの動画を提出した人に関してはテレビ局側が押さえている、はずだ。

 そう考えればむしろ捜査はしやすいはずである。

 もちろん冤罪というか、その人はそもそも無罪なのだから、有罪の立証はできないだろうしね。

「まあ。少なくとも僕は何もされていないし。ごめんね、心配かけちゃった」

「いいえ。…………。でも、また猫に寄られる体質が酷くなってるわね」

「そう?」

 こういう時はいつもこんな感じだと思うけど。

 いつぞやの遠足の時と同じで。

 結局、その日はそれ以上の何かが起きることはなかった。


 そして翌日、金曜日。

 いつものように野良猫を撫でたりしながら登校し、教室に入って挨拶をすると、

「なあ渡来。昨日テレビに出てなかった……?」

 と、おずおずと前多くんが聞いてきた。

「あれ、勝手に撮られて、そのままテレビ局が勝手に流したんだよね。僕も両親も困ってるんだよ」

「ああ、無断で……。そりゃ厄介だな」

「だよね」

「気持ちはわかるけど……」

「…………」

 どこまでいっても前多くんは素直というか、正直者だよなあ……。

 まあそんなわけで、何人かはあのテレビを見ていたようで、ちょっといじってきたり。

 もっとも佳くんや信吾くんといった小学校が同じ組にとってはさほど珍しいものでもなく、というより遠足の歳のあの『奇跡の一枚』と比べれば数的には少ないしましてや地元だしと証言してくれたことで、思いのほかあっさりと興味が逸れていったようだ。

 ありがたいことで。

「今回の場合は不可抗力ってやつだったんだろ。実際おれとかでも、そういう場面みたらとりあえず動画とるぜ」

「涼太くんって結構遠慮ないよね……」

「さすがにテレビに売ったりはしねえけどな」

 その辺は言われるまでもない。

 席について、涼太くんや昌くんとそんなことを話していると、あっさりと朝のホームルームが始まった。

 思ったよりかは騒がれないで済んだかな……ま、入学式直後で二人して失踪、とかと比べればインパクトは小さいか……。

 授業そのものは特に問題なく進んだのだけど、給食を食べ終わったところである。

「佳苗くん。ちょっと良いかな?」

 珍しいことに緒方先生から名指しで呼ばれた。

 なんだろう、と近づくと、はい、と二つ折りにされたメモ用紙を渡された。

 演劇部関係かな?

 と、中身を確認。

『警察の人が話を聞きたいと、校長室で待機しています。向かってください。掃除は免除、班の子には私から事情を伝えます。/緒方さゆり』

 …………。

 ちらり、と緒方先生に視線を向けると、緒方先生は笑顔で頷いた。

 なるほど、変に言葉で言うとまたクラスで浮きかねないってことか。

 洋輔は……関係なしとみられてるのかな。

 まあいいや。

「ちなみに例のセットなのだが。あれ、持ち運びはできるのかい?」

「問題ないですよ。布団取っ払えばわかりますけど、土台の上にべニア板敷いてるだけですから」

「ふむ。邪魔なようならば片づけてしまうかもしれない、と祭は言っていたが……」

「多少雑に扱っても大丈夫ですよ。あ、土台にしてあるのは蛇腹状の鉄の部品が肝で、段ボールは適当なものなので、そっちはつぶしちゃって大丈夫です。あんまり対処に困るようなら、体育館に来てくれれば、バレー部をちょっとおみして僕が片づけますし」

「わかった。そのように伝えよう。くれぐれも、『よろしく』ね」

 『話は終わり、メモの要件を済ませなさい』――といったニュアンスでよろしくといわれたので、はい、と頷き、僕はそのまま教室を出た。

 校長室があるのは職員室のあるフロアで、本校舎の二階だ。

 当然と言えば当然だけど、あまり生徒が近寄らない場所だから、そこに近づけば近づくほど人気は減って行ったり。

 それでも全くいないわけではなく、時々生徒とすれ違うことはあるけれど。

 ともあれ到着、校長室の扉をノックして、と。

『誰かな』

「一年三組の、渡来です」

『ああ。入ってくれ』

「失礼します」

 中に入ると衝立(ついたて)が。

 それを避けて進んで奥に視線を向ければ、そこには見慣れた……わけじゃないけど、見覚えのある二人組と、校長先生がいた。

「こんにちは、渡来くん」

「こんにちは、田崎さん、三好さん」

「こんにちは」

 校長先生には軽く会釈で済ませて、刑事さんたち二名にはきちんと挨拶。

 すると、おじさんの方こと三好さんがどうぞ、と席を薦めてくれた。

 長話になるらしい……できれば勘弁願いたいな、と校長先生に視線を向けたら、校長先生が「座りたまえ」と止めを刺してくれた。

 ううむ。生徒の心程度読めるようになってもらいたい。いや無理な話だとは分かっているけれど。

 観念して座ると、若い方、田崎さんが僕に写真を三枚ほど提示してきた。

「あ、これ昨日撮られた動画のワンシーン……」

「うん。我々としても一応調べてはいるのだけれど、これはどこか。君の口から直接聞きたいんだが、いいかな?」

「はい。えーと、正式名何だっけ……、米寿町記念公園? だったかな?」

 たしかそんな名前だったはず。

 僕の回答に田崎さんは二度続けて頷いた。

「ありがとう。ところでこの猫たちは……」

「この灰猫は、初めて見る()でしたね。首輪をしていたので飼い猫だと思います、オスでした。それとこっちの猫は山崎さん家の子で、マナくん。残りの六匹は野良猫ですね。でも、この()……と、この()、以外の四匹は去勢されてるみたいだったかな」

「あ、うん」

 そして聞かれたから答えたというのに、何やら田崎さんは素で頷いた。

 慌ててフォローするように三好さんがはっはっは、と声を出して笑う。

「渡来くんは本当に猫が好きなんだね」

「猫が好きだし、猫に好かれてる自信もあったりしますよ。頻繁に、とは言えませんけど、でもこのくらいなら集めれば集まりますからね。頑張れば十五匹くらいはいけるかな?」

「……君はこの周囲の野良猫を掌握しているのかい?」

「ボス猫じゃないんで、そんなことはしてませんけど……」

 ていうか猫って呼べば来るじゃないですか、というと、刑事さん二名と校長先生が目をそらした。

 どうやらこの人たちは猫を呼べないようだ。まあ呼べる方がおかしいというのはさすがに自覚しているけれど。

「でも、これがどうしましたか?」

「うん。二枚目と、三枚目を見てもらってもいいかな」

 言われるがままに写真をめくり、二枚目と三枚目をテーブルに広げる。

 そこに映っていたのは……、

「あ、この青年(ひと)。昨日、僕に話しかけてきた人だ」

「見覚えはあるのかい」

「はい。猫が直前まで肩に乗っていて、うとうとしてたんですけど……まあその辺は例の動画を見ているならわかると思いますけど、そのあと猫が肩から降りて、あれ、って目を開けたら、この人がいたんですよね。『奇妙な光景だなあ』とか、そんなことを言われました」

「正直我々もその言葉には同意したいが……ふむ、面識は?」

「ないです。その日あったのが初めて、の、はず。やっぱり町内会の人じゃなさそうだな……そうだとしても、最近引っ越してきたとか、そんな感じかな」

「そうか……」

 ちなみに二枚目は真正面から撮影した、何かの証明写真かなにかに使われていそうなちゃんとした感じの姿で、三枚目は本を片付けている様子だった。どっかの本屋さんだろう、見覚えはないけど。

「例の動画ね。この人が、テレビ局に持ち込んだらしい」

「一言くらい言ってくれればいいのに……。まあ、お断りしてたと思いますけど。この上目立ちたくなかったし……」

「そうだな……」

「こんなことをお願いできる筋でもないと思いますけど、このひと……は知らなかっただけかな、ならまあ仕方ないかもとは思いますけど、忠告くらいはしておいてください。テレビ局側には最低限でも警告を。その反応も教えてくれると助かります」

「ふむ。どうしてかな?」

「それで『また』騒がれ始めて鬱陶しい。大体許可も出してないのに勝手に動画をテレビで放送するとか。色々と『侵害』してますよ」

 学生手帳を胸ポケットから取り出して、その後ろの方、自由連絡欄を開いて刑事さんに提示する。

 僕は想像してなかったけど、この状況を実は昨晩、お母さんが読んでいたのだ。

 だからこうして、先手を打っていた。

「僕の両親は肖像権の侵害を根拠に、放送したテレビ局に対して被害届を出すことも考慮するそうです。撮るだけでも迷惑なのに、それで『お金稼ぎ』してるんだから。ましてや、この一番騒がれたくない時期に……。もちろん、考慮段階。まだ考えている、程度の話ではありますから、ちゃんと説明していただければ撤回すると思いますけどね」

「これは、真剣に、ということかな?」

「そうですね。だからこの青年は、ごめんなさいの一言がもらえれば終わりです。テレビ局側は大人の事情もありそうなので、僕がとやかくいえませんけど。でも、何らかの対応はしていただけるものと、ここにお母さんが書いているように、僕もそう思っています」

 実際にはごめんなさいの言葉もないでしょうけどね、とお母さんは書きながら言ってたっけ……。

 よくて遺憾の意を電話越しってところ、それもないだろうとか。

 ま、その辺は大人に任せればいい。

「……わかった。ならば、我々からこれを伝えることにはしよう」

「お願いします。動きが無いようならば来週にでも、こちらから向かうと思います」

 色々な届けを出しに、と言外に含めて言うと、刑事さんたちは困り顔を浮かべつつも頷いた。

 そう言えって言われてるんだから、仕方がない。

「結局この人、どこの誰なんですか?」

 それは内緒と三好さんは言って、ごめんね、と謝られた。

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