92 - これも日の常
寝て起きれば木曜日。
特にこれといって特別な用事は無し、授業も順調そのもので、給食、掃除を終えて昼休み。
「渡来! ちょっといい?」
「……どうしたの?」
段ボール箱を抱えて僕の席に近寄ってきたのは、前多くんだった。
仲には何が入っているのだろうか、なんか重そうに見える。
「えっとさ、渡来って手先器用だったりするよね」
「まあ、人並みには」
「いやどう考えても人並み外れてるからな?」
「涼太くんはあとでお話ししようねゆっくりと。それでどうしたの、前多くん」
「えっとさ、これ治せないかな? って」
これ、といって、前多くんは僕の机の上に段ボール箱を置き、箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは……、おや、これは。
二つに折りたためるタイプの、持ち運びに便利な将棋盤だな。
ただ、マグネット式のやつじゃなくて、ちゃんと木造り。
「触るよ?」
「うん」
確認を取ってから手にして、とりあえず開いてみる。
この時点では特にそこまでの違和感はなかったけど、開いた状態で机に置こうとして故障している部分が判明。
蝶番の芯がゆがんでいるのか、完全に開かない状態になっている……だけじゃなくて、ちょっと緩んでもいるようで、ちょっと左右の板がズレている。
「んー」
裏返して蝶番の部分を確認すれば、案の定といえば案の定、芯の部分に歪みと緩みが。
どっちが先かはわからないけど、どっちかの故障に引っ張られた感じかな?
で、こう壊れてるとなると、修理は蝶番の交換くらいしか思いつかない。
幸いネジに問題はなさそうだし、普通に交換するだけで大丈夫、だとは思うけれど。
「このくらいなら、蝶番の交換だけで済むよ。僕が治してもいいし、工作部に頼んでもいいと思うしね。蝶番なら部室にそこそこストックあったはず」
「治してもらってもいい?」
「オッケー。これだけ?」
「うん」
わかった、と将棋盤を入れていた箱ごと借り受けて、と。
「じゃあ今から治してくるね。すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってて」
「ごめん。ありがと」
「ん」
というわけで、僕は単身、演劇部の部室へと向かった。
僕が貰った鍵で開けるのは初めてだなあ、とか思いながら中に入り、蝶番がしまってあった場所を確認。
オッケー、備品として存在する。
ふぁん。
以上、修理完了。
こっちの方が早いし確実だしね。
とはいえいくらなんでも一瞬で治ったことがばれても問題だ、ちょっとだけ時間をつぶしていこう。五分くらいで十分かな。
ふと部室の中を見渡せば、ドレスを着飾ったマネキンが並んでいた。
それはまるで、一つのシーンを具現化するかのように。ジオラマみたいな?
セットが無いからジオラマとは違うか……。
ただ、これがどのシーンなのかはそれとなくわかる。
ラストシーンだ。
『めでたしめでたし』、となるその瞬間だろう。
王妃様は王様と寄り添い、白雪姫は王子様と寄り添っている。
それはきっと幸せな光景……まあ、見れば見るほどやっぱり王様が全損だよなあと思わないでもないけれど、まあそういう役回りだからな……。
当然と言えば当然だけど、僕だって台本はなんだかんだきちんと読んでいて、おおむねの流れ、そしてシーン、場面の転換を始めるセリフだとかは頭に入れている。
それに合わせてスケッチブックに書かれた想定されるセットについても。
作るのは一瞬だから、材料を用意するだけなんだけどね。材料はちまちまと第二多目的室に持っていくしかないわけで、ま、これは我慢我慢。
大掛かりなセットは分解できるようにする必要があるから、その辺はテレビでやっていた建築技術を応用することにしている。
技術として存在しているのだ、だからこそ実現は簡単だ。それを作ったと言い張っても、それは新しい使い方ではないから、そこまで騒がれることもないだろう。
セットで思い出した。石壁とかの材料は、結局石ではなく発泡スチロールを用いることに。
最初は石材でもなんでも適当に使えばいいじゃんと思ったのだけど石材ってすごく高いんだよね。それに加工も大変みたいだし重いし。
だから発泡スチロール。加工が簡単、しかも安くて軽い。
どうしても耐久性は問題になるし、熱に弱いとかの問題もあるけれど、それは加工である程度カバーできる範囲だ。水に関してはビニール加工なり防水スプレーなりを参考にすれば問題にならないだろう。たぶん。光源とかは気を付けないといけないけども。
合わせて衣装のほうも改善はしていく。派手すぎず地味過ぎず、それに加えて動きやすくもしないといけないし、セットを作ったらそっちに合わせて多少色の調整をしなければならない可能性もある。そう考えるとやっぱりセットが先だな。
指定された、絶対にほしいとされているセットは『石壁の背景』、『森』、『王妃様の寝室をイメージした天蓋系の装飾』。
もちろんこれらは最低限であって、必要だと思われるセット、余裕があったらほしいセットなどが並んでいて、それらを総合するとそこそこな多量である。
また、作ったセットは持ち運ぶ。言い換えれば『持ち運べる量』でなければならない。
いざとなれば洋輔にも手伝ってもらえば盤石だし、そうでなくても僕だけでそこそこの量を持ち運べる――それは確かなことで、ちょっと時間はかかっても大抵の量は問題ない。
問題ないが、それはあくまでも僕が運べる範囲の話だ。
実際にはセットは演技をする場所に持っていかなければならない。
演技をする場所とは、学校の中であればたとえば体育館であり第二多目的室であり第一多目的室であり演劇部の部室であり、しかし主な場所はそこではなく、発表会や発表コンクールが行われる会場である。
つまりトラックなりなんなりに積んで運ばなければならないわけだ。
で、そうなるとトラックに積んでも大丈夫な耐久性とか、そもそもトラックで運べる重さ・大きさとか、そういうのが出てきて……。
僕の場合は作ってから改めて『ふぁん』としてやれば分割も思うがままだからいいけど、他の学校とかどうしてんのかな?
とか思考を進めつつ、近くに布材があったのでふぁんと天蓋っぽいものを作ってみた。
仮の柱をテントのポールを使って立てて、仮設営。
ベッドみたいなのもほしいな。
ということで、支え替わりに蛇腹に展開できるタイプの鉄骨をふぁんと作成、それの合間に段ボール箱を置いて、土台に。
土台の上にはベニヤ板を置いて、さらにその上には『ふぁん』と加工した『それっぽい』感じの布団類を置いてやって、無事『天蓋付きベッド』試作品が完成。
ベッドの上には藁半紙に『しさく(てんがい付きベッド)、てんがいの柱はまだ作ってないので仮置きです かなえ』と書いて置いておく。
あとは先輩たちが適当にやってくれるだろう。たぶん。
っていうかこれ乗っても大丈夫だよね?
一応支えの鉄骨はあるから、飛んだり跳ねたりしなければそう簡単には壊れないと思うけど……。
うーん。不安だ。
藁半紙を改めて手に取り、追記。
『ベッドの強度はまだそんなにありません』、『ねっころがるくらいは兵器です』、『とんだりはねたりしないでください』と。これでよし。
実際にどうやって強度を上げるかは結構悩みどころだな。段ボールを別のものにするとか……?
持ち運びの事を考えると固形物は使いにくい。かといって液体は論外。持ち運びも大変だ。
となると……気体?
風船とか。いや風船はちょっとな。一発で割れるぞ。
でも発想的にはこれがいいかも。ウォーターベッドならぬエアクッションを土台に使う、と。箱の中にエアバッグを入れておくとかかな。
箱は畳んでおけば持ち運びもそこまで難しくないし、エアクッションも空気を抜いておけば畳めるからな。
風船ではなくビニール系。浮き輪とかに使うような奴がいいだろう。ビニール材はさすがにないから購入かな……。
使いまわしができるように小さめのブロックにしとくか。空気入れたり抜いたりするのが非常に手間なのが問題だけど、予算も有限である。
ま、その辺は先輩たちにも相談しないとなるまい。
ふと時計を見れば、時間もいい具合だった。そろそろ戻るか。
新品の蝶番を一個手に取って、ふぁん、とさっき見た『破損した蝶番』に錬金、これで交換したということにできるだろう。
教室に戻ってそのまま前多くんの席に段ボール箱を置いて、と。
「直してきたよ。一応確認しといてね」
「ありがと!」
受け取るなり前多くんは中身を確認、スムーズに開くのを確認して少し感動している様子だった。
ふうむ。
喜んでもらえるのは嬉しいものだ。
一応交換したという体なので、古い方の蝶番として例のものも置いておくと、感心したように前多くんは蝶番をいじっていた。
「すげー。よく同じ金具あったなあ」
「まあね」
同じ金具があったというか、同じ金具にしたというか……。
「ちなみにそれ、将棋部の備品なの?」
「うん、今は備品になってるよ。もともとは去年卒業した先輩の私物だったんだけど、卒業するときに置いて行ったんだって」
納得。
そりゃ買い替えよりも修理が優先だろう。
ちなみに先ほどの将棋盤、品質値はそこそこ高かったし、もしかしたら高級品なのかもしれない。
一応そのあとも確認してもらい、問題なさそうということで席に戻り、ちらりと時計を眺める。
そろそろ午後の授業、数学と書道か……ん?
「って、あれ。去年卒業……?」
「うん。だから直接面識があるわけじゃないんだよな」
遊びに来たこともないし、と前多くん。
なんとも希薄なつながりだった。
「いやあ。でも有名なんだよ、その人」
「どういう感じに?」
「チェスの大会で優勝してる」
チェス……、
「そういえばこの学校、チェス部はないけどチェスが強い、みたいな話を聞いたことがあるような……。その人が源流?」
「どうかなあ。その前から囲碁部と将棋部の交流戦でチェスは扱ってた、んだったかな。涼太のほうがその辺は詳しいはず。気になったなら、涼太に聞いてみなよ」
「ふむ。……ところで不躾な事を聞くけれど、囲碁部とか将棋部の先輩って誰がいるの?」
「先輩って、在校生?」
「うん。なんかあんまりイメージがわかないんだけど」
「接点がないだろうからなー。数も少ないし。二年の星野先輩だけだよ」
それは数が少ないのではなく、一人しかいないと言った方がよっぽど正しいと思われる。
……三人で部活ってよく成立してるな。
まあ演劇部も僕が入るまでは四人だったわけで、亀部なる奇怪極まる部も存在するくらいだから、その辺は甘いのかもしれない。
顧問の先生をよく見つけられたものである。特に亀部。
「その星野先輩も幽霊部員気味だしね。だから実質、オレと涼太の二人だけ」
「あー」
とても納得。
「前多くんは試合とかさ、どうなの? 出ないの?」
「出ることは出るよ。囲碁とか将棋は三人でのチーム戦が殆どだから、オレと涼太、に助っ人を引っ張ってきて、三人。星野先輩が来れるなら、星野先輩に頼むけど」
「へえ。強いんだ」
「どうかな。オレは将棋、涼太は囲碁が得意なんだけど、得意な方でなら問題なく勝てる。そうじゃない方だと負け越すから、バランス型みたいな?」
そう考えるとバランスは良い……のかな。
「だからこそ、実は渡来に助っ人頼みたいなーって話もあったんだけど。さすがに演劇部やってバレー部やって、その上で助っ人はちょっとアレだろ」
「……僕も別に、そこまで強いわけじゃないけれどね」
あんまり買いかぶられてもなあ……。
といったところで予鈴が鳴った。そろそろ午後の授業が始まる。
前多くんには挨拶をして、そういえば教科書を出してなかった、とロッカーへ。
ロッカーを開けて数学の教科書を取って、「渡来、ちょっといいかい」と。
声をかけてきたのは……、
「どうしたの、曲直部くん」
珍しい。
部活の用事ならば郁也くんを通すはずだけど。
「わりぃ。あのさ、社会科の教科書、持ってない?」
「持ってるよ。今日社会科の授業もあったし。忘れたの?」
うん、と曲直部くんが頷いた。
そういうことなら、とロッカーから社会の教科書を取り出して、曲直部くんにはい、と手渡した。
「部活の時にでも返してね」
「サンキュー。助かる」
「どういたしまして」
なんか教科書を他人に貸すのって久々な気が。
小学校の時はよくやってたなあ。
そういえば足立くんに連絡とりそこねてるな……。
今日帰ったらしようっと。




