89 - 僕達が臨む物語
授業を終えて、今日も演劇部は集合がないため、バレー部のほうに直接合流。
体育祭翌日ということもあって、普段と比べて活動している部活の量は半数ほどのようだ。
もっとも、体育館競技の数はさほど変わらないので、使えるコートの大きさはあんまり変わらないけれど。
なんてことを準備運動、ランニングを終えて周囲を見渡しながら考えていると、
「ほんっとうに、お前のその体力は何処にあるんだ、渡来」
と、部長に呆れられた。
どこと言われても、
「身体?」
としか答えられないんだけど……。
というわけで、基礎練習……の前に、鳩原部長はこほん、と露骨に咳払い。
「それじゃあ今日の練習を始める……前に。えーと、再来週の日曜日。合同練習をやることになりそうだ、ということを知らせておくよ」
「合同練習?」
突っかかったのは風間先輩。
「うん。……紫苑学園に行って、そこで」
「…………」
二年生一同と鳩原部長の表情が硬くなっている。
一方で一年生はというと、僕と郁也くんは言うまでもない。仕組んだ側だし。
あらかじめ伝えられていた鷲塚くんと曲直部くんもまあ大丈夫。古里くんと鷹丘くんも既に二人から話を聞いていたようだ、『本当だったのか』、って感じの表情だった。
「合同練習ってことは、試合形式……では、ないんですよね、部長?」
問いかけた土井先輩に、鳩原部長はたぶん、と頷いた。
たぶん。
まあ、まだそこまでは決めてないって感じかな……?
「ともあれ、再来週の日曜日までに、最低限、バレー部としての形にしなければならない。こんなチャンス、そうそうないだろうからね。だから皆、そのつもりで練習にあたるようにしてほしい」
鳩原部長はそれでも笑顔でそう言って、場を結んだ。
ふうん……そこまで乗り気じゃないかともおもったんだけどな、部長は。
見てる感じ、そうでもない。
自分から持ち掛けるのはちょっとと思っても、話があるなら乗ってみたいってところなのかな。
ともあれ今度こそ基礎練習。
例によって特に問題は無し。現時点ではまだ理想の動きを再生している状態だけど、いずれ身体が覚えてくれることを祈るばかりである。
いや祈るばかりじゃなくて意識もしてるけどね?
一応は。
基礎練習が一通り終われば、サーブの練習……僕にとってはレシーブの練習。
コートの中央ネット際にボールを入れる籠を置いておくことで、そこにきっちりレシーブしていければいいね、と言われたので、やっておいた。
「やばい。渡来からサービスエース取れる気がしねえ。っていうかスパイクも全部拾われそうなんだけど」
「いやあさすがに全部は無理かな……逆つかれたらどうしようもないし」
それに実戦では僕以外にも五人コートに居るわけで、言い方は悪いけど、まあ、邪魔になると思うし。
そうなると二割三割は取りこぼすだろう。
「……でも、皆サーブの威力もやりかたも全然違うのに、なんでかレシーブしたボールは常にほぼ一定の高さ、一定の場所に戻されてるんだよね。なんかこう……えげつない精度じゃないかな」
「そう?」
「うん」
郁也くんにまで指摘されたけど、でもまあ郁也くんにとってはこれも都合のいいことだろうから、一応黙認はしてくれるようだ。
ともあれ、サーブ練習が終われば次はレシーブの練習。
え、また?
と思うかもしれないけど、今しがた僕がやっていたのは一応サーブ練習である。
顧問の先生がネットの向こう側で台にのぼり、スパイク、時々フェイントをうってくるから、それをレシーブして・トスを上げて・アタック……はせずにキャッチ。
という一連の行動になる。
尚、僕はリベロとして大抵コートの中に居るんだけど、ずっといられるわけではない。
なので、僕以外も当然レシーブの練習はするわけだ。
ちなみに現状でレシーブが最も苦手なのは郁也くん。
本当にアドリブ性がダメらしい。
一応上げるくらいはできるんだけど、どこに上がるかは大雑把に決められるかどうかってところらしい。
ま、これも一朝一夕でどうにかなる類の者ではない。少しずつ調整していく感じになるだろう。
それにどこだとしても、とりあえず上げてくれれば、フォローはできる。
というわけで、二段トスの練習も始めることに。
二段トスは要するに後衛からのトス、次善の策のようなものだ。
アタックラインよりも後方からであれば、リベロの僕でもトスを上げていいんだとか。もっとも、余裕をもってボールを拾えればオーバーでトスもできるだろうけど、実際には郁也くんの『仕損じ』に反応する感じだから、アンダーからの疑似トスになるけどね。
「すまん、渡来。俺の時はもうちょっとネットから遠くにしてくれるか。高さはもうちょっと低くていい」
「はい」
で、僕が今やっているのは、僕以外の全員の『好み』を知る、というところである。
スパイクを打ちやすい場所というのは人によって全然違う。ましてや地味に土井先輩は左利きだけど両方でアタックする可能性があるなど、結構多彩。
郁也くんも同じようなことをしたらしいので、セッター的には基本なのだろうか?
僕はリベロだから、そこまでの精度は無いんだけど、と郁也くんのレシーブを二段トス、からの土井先輩がアタック。
ずぱんっ、と振り抜かれたスパイクは、見事にコートの隅ぎりぎりに突き刺さった。
「あ。打っちった」
「おいおい……」
「いやあすっげえ打ちやすそうで、つい……」
僕としては冥利に尽きる言葉を貰ったわけど、これ、レシーブ練習なんだよね。一応。
他の子たちも苦笑している。
郁也くんだけ、ちょっと複雑そうだな――
「ま、普通のトスと比べると、やっぱり打ちにくいけどな」
――と思ったら、土井先輩がフォローを入れてくれた。
気にしてくれていたのか、それとも偶然のフォローなのか。どちらにせよファインプレーだ。さっきのスパイクよりも価値は高い。
明確に郁也くんも笑顔になってるし。
ああいや、となると偶然じゃなくて気にしてたんだな……。
さて、レシーブの練習が終われば改めて基礎練習。
ステップとかの確認で、これはちょっと苦戦気味。
一応真似っこで何とか放ってるけど、動きにぎこちなさが残っている。要改善……、紫苑学園で見て盗むか。文字通りに。
それが終わるとフライング。これは飛び込んでキャッチする感じの行動で、どうしてもぎりぎりの反応になればなるほどこれが上手にできるかどうかは差になるらしい。
要するに怪我しないように気を付けてやればいいわけで、問題なしといえば問題なしだろうか。
それが終わって、今度はポジションごとの練習。
郁也くんはセッターだからセッターとして、アタッカーはアタッカー、そして当然リベロはリベロとしての練習があるわけだ。
セッターのセットアップをアタッカーがアタックして、リベロとレシーブ担当はそれを拾う、の流れ。
まあ、
「ほっ、と、よっ」
「…………。やべえ。渡来が一緒だとレシーブの練習にならねえ……」
と古里くんがぼやいたように、二組が交互に打ってくる程度なら一人でさばききれる。
さすがに同時に打ち込まれると無理。身体が届くなら上げるだけならできるけど、僕の身長の低さは舐めないでいただきたい。
どんなに手足を伸ばしても限界は限界だ。
「やっぱり渡来、経験者なんじゃねえの?」
「いやまったく?」
「これが天才か……」
それは違うけども。
まあいいや。
一通り練習が終わったところで時計をチラ見、四時四十分。
あと二十分ほどか。
で、ちらっと他の子たちの様子もうかがってみると、結構疲れている様子だった。
ううむ、賢者の石って便利。
その後も練習をして、いったん集合。
「今日の練習はここまで、各自片づけをして、解散。なんだけど、その前に一つだけ。今週の日曜日、きちんと練習を行うつもりです」
あ、そのことか。
そこまで話すと鳩原部長は小里先生にバトンタッチ。
先生によると、朝九時には練習を開始、解散は午後の五時。つまり丸々一日分ということである。
昼食については各自お弁当を持参、お昼休憩はちゃんとあり。
日曜日、この体育館を使うのは男子バレー部のみだから、普段よりもかなりのびのびと練習できるそうだ。
「ここまでで質問は?」
「はい」
「何かな、渡来」
「紅白戦やるとしたら人足りませんよね。それ、どうするんですか」
「うん。OBを五人ほど、呼んでおいた。バレー部に関連していた子たちだよ」
ああ、そういう方法があったか。ていうか常套手段か。
僕もいずれこの学校を卒業したら呼ばれたりするんだろうか?
呼んでくれたら絶対行くだろうなあ。
「……あー。渡来が何考えてるのかなんとなくわかる……」
「答え合わせしてみる、曲直部くん?」
「渡来。今はミーティング中」
それもそう。
「他に質問はなさそうだね。お弁当は必ず持ってくること……飲み物についてはスポドリなどは用意しておくけれど、自分で水筒を持ってきてもいい。練習着は体操着でもいいし、トレーニングウェアでも構わない。その辺はまあ、自由だ。OBの助っ人を混ぜて紅白戦とかもする予定だから、各自きちんと準備はしておいで」
はい、と部員の声が重なった。
「病気、怪我などをした時は無理に来ないこと。ただし電話は入れるように。心配だからね。以上、連絡事項おしまい。明日も頑張ろうな」
そしてそれがミーティング終了の合図にもなって、あざーっした、と片づけへ。
ボールは既に籠の中なので、ネットを外してポールを抱えて倉庫に持っていくだけである。
まあ、ネットを外すのは他の子たちに任せておいて、僕はポールの片方を引っこ抜き、そのままもう片方のポールも引っこ抜いて倉庫へと運ぶ。
「……いや」
と。
声を挙げたのは郁也くんだった。
「ボクもなんか今、すごい自然に受け入れてたけど、あれ? そのポール、結構重いよね?」
「でも持てるよ?」
「…………」
「ははは、おれたちとしては楽でいい。……まあちょっと不気味なくらいのパワーだけど」
とは水原先輩。
正直者だ。
で、片づけを終えれば簡単に掃除。
モップを使ってさっさとしかし丁寧に終わらせて、部員皆でそろって部室へ。
皆で適当な雑談を交わしながら、紫苑と合同練習かあ、楽しみだなあと風間先輩。
してやったりという感じはするけど、そういえば美土代さんに直接連絡まだしてないんだよね。
今日帰ったらしてみようかな? さすがに突然すぎるかな。
さて、着替えもそこそこに荷物を整え、窓辺から猫の置物を取ってロッカーへ。
「渡来さ。前もそれを飾ってたけど、何か意味があるのかな?」
「あ、はい。これがあるときは僕が部活でてるよ、って合図で……やめたほうがいいなら、別の手を考えますけど」
「いや、そういう事なら構わないよ」
鳩原部長からも許可を貰えた。ラッキー。
というか自分から聞くべきだったな。反省しとこう。
で、改めて解散したので、鞄を抱えて挨拶をして部室を出る。
そしていつもの待ち合わせ場所に行くと、洋輔がぼんやりとどこかを眺めていた。
「洋輔?」
「…………、あー。おつかれさん、佳苗」
「そういう洋輔の方が疲れてるのかな。どうしたの?」
「いんや。なんかどーもなあ。五月病って感じだぜ」
「もう六月だけど……」
軽口は叩ける、か。
そこまで深刻じゃあなさそうだけど、何かまた考え込んでるパターンっぽいなあ。
「ま、帰るか」
「うん。ごめんね、最近は待たせること多くて」
「いやあ。別に」
苦笑を浮かべつつ洋輔は答える。でもちょっと寂しそうだ。
やっぱり暇、してるよなあ。たかが十分、されど十分だし。
「……これまでは、ずっとお前を待たせてたわけだし。今更どーとは言わねえよ」
「あはは……うん。でも、ごめん」
「ん」
立ち上がる洋輔に歩調を合わせ、一緒に下校。
下校途中、野良猫を見つけては撫でるのいつもの儀式は欠かさない。
そして二匹目の野良猫、今日つけた名前はセルゲーエヴィチくんの頭を数度撫でたところで。
「佳苗はさ」
と、洋輔が口を開いた。
悩み事……を、明かしてくれる感じかな。
「何かを言うことで、誰かに嫌われるくらいなら何も言わないって選択肢を取るやつを、どう思う?」
「消極的だなあとは思うけど、それくらいかな。僕だって好き好んで嫌われたくはないからね」
「……そっか」
「うん。何かを言うことで洋輔に嫌われるくらいなら、黙ってると思う。それを教えないと相手に危機があるなら、別だけど」
佳苗らしいなあと洋輔は笑って、一度だけ頷き。
「ん。ありがと」
とだけ、僕に言った。
洋輔は……らしくないような?




