87 - 僕にしか分からない
お父さんが帰ってきたところで許可を貰い、まずは鶸萌黄というものを調べてみることに。
緑色、それも淡い抹茶系。なるほど、こういう色もアリだな。
鶸、という鳥もいるらしく、その鳥の色がそっくりだから、そこが由来なのかな。
まあ色については覚えた。で、由来になる鳥がいることも、そして正しい漢字も。
正直ごちゃごちゃしている字だから困ったんだけど、鰯の鳥バージョンと思えば一瞬で覚えることはできる。絶妙といえば絶妙?
せっかくなので鞄の大雑把なイメージとして、適当なポーチの画像を検索、こんな感じかなーとイメージをあらかじめ用意しておく。
それに加えて鶸をイメージした鳥と犬を刺繍っぽくして……うん、大丈夫だろう。
あとはファスナータイプか、ボタンタイプか、マグネットタイプか、マジックテープタイプか……無難にファスナーとボタンかな?
体格聞くの忘れてたな。
昌くんは背が少し低めだと考えると、晶くんもそうかな?
九歳だったはずだから、そこまで大きいとは思えないけど……ちょっと大き目に作って調整できるタイプにしよっと。
「お母さん、メモ帳ない?」
「大きいやつ?」
「小さくていいよ」
「なら、電話の前においてあるやつでいいかしら」
「あ、それでいいや。教えてくれてありがとね」
ちょっと急ぎ気味でメモ帳とペンをとってきて、パソコンの置かれた机で簡単にスケッチ。
大体の形、と犬はどの辺で、鶸のような鳥をどこに置いて、とかそんな感じのイメージ画。
材質はどうしようかな。普通に布材で作ろうとすると水にものすごい弱いし、かといって革材で作ると手入れが大変だし。
化学繊維系? うーん。なんかイメージが違う。
撥水性とかはともかく耐水性なら別に錬金術でいくらでも付与できるし、材料用意するのが面倒なだけで撥水性も実は付与できるんだけど、その辺は材質と関係なしに付与しちゃうぶんだけ怪しまれかねないんだよね。そう考えると普通の材料で普通に作って、気持ち丈夫かな? 程度が好ましい。
…………。
羽毛とか?
どんなバッグだ。少なくとも僕は使いたくないぞ。
でも毛布みたいな生地とかはいいかな……いやあれはあれで大変か、手入れが。
いっそターポリンとか、テントで使うような生地を使ってみようかな……ビニール感は捨てたいから、うーん。
なんか面倒になってきた。
適当にふぁんとイメージすれば適当になるだろう。
材料はあったものを使ったと言い張ればよい。
それで決着として、次の要件。
メールソフトを起動して、えっと、パスワードは何だっけ……、えーと……、tabbyだっけ? トラ猫。
ログインできたので正解だったようだ。ちょっと短いし今度代えてもらおうかな。別にいっか。
そして新着は三件あった。そのうちの一件は猫系情報サイトからの通知なのでさくっと既読を付けて、あと二件。
片方は件名が『郁也です。』で、添付ファイル付き。
アドレスも教えてもらっていたそれなのでこれかな。とりあえず開いてみて、と。
内容は『約束していたやつだよ。』と簡潔に、そして添付ファイルは二つ、どちらも大きいサイズではあったけれど、確かにあの水墨画だ。
んー……?
「お母さん……じゃだめか。お父さん、これ印刷してもいい?」
「どれ?」
「この写真、とこっちのも」
「別にいいけれど……やり方はわかるかい」
「やってくれると嬉しい!」
「はいはい」
というわけでお父さんに任せて、画面に表示されていたあの水墨画二つを眺める。
なんかなー。
印象が違う。郁也くんの家で見たときと、今見ているものは確かに同じもののはずなのに、あの時感じた違和感がない。
あの時は何か考え事でもしたっけかな。なんか違う。
それとも今は整理が付いちゃってる、とか? 心当たりがないとは違うんだけど、でも違和感がない……。
「はい、佳苗。どうぞ」
「ありがとう、お父さん」
「うん。お礼と言っては何だけど、この絵がどうしたんだい?」
「えっとね、これ、郁也くん……クラスメイトで、バレー部仲間の子ね、その子の家に飾ってある絵なんだけど。なんか調べてみたくなって」
「ふうむ。佳苗はこういう絵に興味、あるのかい?」
「見る分には。描くのはちょっと……」
それっぽい感じのものを想像して錬金すれば作れるとは思うけど、それは水墨画ならぬ錬金画だしな……。
大体そんなことをやった日には洋輔にどやされるので却下。
「お母さんにも見せてくれる?」
「どうぞ。返してね」
「もちろんよ。……あら。これは、雪舟……? いや、違うか。似てるだけね」
「せっしゅー?」
「室町時代だかの有名な人よ。水墨画のね」
ふうん。知ってる人はすぐにわかるタイプか。
でも……、
「これ、紙がずいぶん新しいよ。室町時代のものとは思えないけれど」
「そうね。だから、誰かが真似をして描いただけかもしれない」
「真似……贋作?」
「うーん。贋作っていうか、模倣っていうか。レベルとしては真似っこね。墨の使い方もなんか大雑把すぎるわ」
なるほど、納得。
納得はしたけどお母さん、なんでそんなに詳しいんだ。
僕のよくわからないところにこだわるところはお母さん似なのかな……。
「ま、いいや。お父さん、ありがとうね」
「どういたしまして。でももう一件メール来てたけど、いいのか?」
「あ、忘れてた……。あと返信もしないと」
返信はするとして、もう一件は誰からだろう。
僕のメールアドレス知ってる子なんてそうそういないはずだけど。
差出人に見覚えは無し。件名は……題名無し。
なんだろう。間違いメールかな。
添付ファイルもなさそうだし、開くだけ開いてみるか。
で、開いてみると内容は、今日の体育祭は大活躍だったね、お疲れ様、みたいな感じの内容。
いや誰だこの人。
いいや、放っておこう。
知らない人からメールが届いたときは、返信せずに放置するのが正しい対処法だと学校で教わってるし。
というわけで見なかったことにして、郁也くんにはお礼の返信をありがとう、手間かけてごめんね、みたいな感じで入力して送信、これでよし。
「今度こそいいよ。ありがと、お父さん」
「はいはい。どういたしまして」
「それじゃ、僕は色々と準備あるし、もう部屋に戻るね。おやすみ、お母さん、お父さん」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
コップに一杯だけジュースを注いで、僕はプリントした写真もきちんと抱えて自室へと戻った。
自室に戻った時点では洋輔がいなかったのだけど、十分ほどで洋輔が帰ってきた。
どうやらお風呂に入っていたらしい、まだ髪の毛が濡れている。
「洋輔」
「ん?」
「この写真。見覚えある?」
「なんだ?」
窓越しに水墨画の写真二枚を見せると、洋輔はうーん、としばらく唸って、「いやまったく」と答えてきた。
ふうむ、洋輔にも見覚えは無し、と……。
正直この手の既視感は異世界の記憶に引っかかってるんだろうなとあたりを付けていたわけで、洋輔にもとくに引っかかる様子が無いなら、記憶的な方向での既視感ではないということになる。
どっちかというと感覚的な?
でもなあ、たとえばこれを描いた人にどことなく心当たりがあるなら、それこそ写真越しでもわかりそうなもんだけど。
「で、結局それは何なんだよ」
「郁也くんちに飾ってあったやつ、の画像を印刷したんだよね」
「ふうん……見覚えはねえし、特に既視感とかもねえよ。水墨画ねえ……色使いがずいぶんと荒っぽいけど、それはそれでアリだな」
確かに、言われてみれば。
どっちかというと水墨画って淡い感じのイメージがあるけど、これはずいぶんと濃い色を使っているというか。
んー。それが違和感の正体なのかな。
よくわからない。
「まあいっか。思い出せない程度なら大したことはない――」
はず、と言いかけたところで。
「待て。佳苗、写真ちょっとこっちに」
「うん?」
やっぱり心当たりでもあるのだろうか。
窓越しじゃ遠いからな……窓を開けて写真を渡すと、洋輔は小首をかしげてそれを眺めた。
「なんかわかりそう?」
「んー……」
「……時間かかるなら、ちょっと作業するから。十分後に教えてね」
「おう」
時間がかかりそう、ということなので、晶くんに向けてのポーチづくりを開始する。
材料は一通り集めておいたので、あとはメモの想像図を改めて頭の中にイメージして、ふぁん。
はい、完成。
我ながら身もふたもないけど。
一応完成品の中身も確認、特に不備はなさそうである。
ベースになる色は濃い目の緑で、そこに鶸萌黄色で犬のワンポイントと、その対角に鶸のような鳥を数匹飛んでる感じ。
思ったよりも落ち着いた感じになったし、使い勝手は悪くない……はず。
これなら僕も使えるな。同じの作っちゃおうかな。いや、同じ形で図柄は猫にして、でも猫と鳥って致命的に相性が悪いから……、良いや別に。
というわけでふぁん、色も大幅に変えて自分用も作成。よし。
「相変わらず理不尽だよな……」
「使えるものは使うんだよ。で、わかったの? まだ十分どころか一分すら経ってないけど」
「おう。いやまあ、直接見たわけじゃないから断定はしかねるけどな」
窓越しに写真を指さして洋輔は言った。
窓は閉めたまま、こちらに返そうとはしないで、だ。
窓を開けると条件的に解除されるから……防音状態が解除されるから?
だとしたら、あまり聞かれたくない理由か?
「何?」
「いやさ、これ墨じゃねえかも」
「…………? インク、ってこと?」
「うん……いや、インクっていうと違うかな。でも墨じゃない。ただの墨じゃない……何かが混ざってるんじゃねえかな。墨ってこういう色の伸び方しねえもん」
……ふむ?
墨に混ぜものねえ。
確かに色に違和感があるというのはお母さんも抱いた感想だし、その通りなのかも。
でも……、だとしたらなぜ僕が、明確に感じ取れたのかってところだよな。
「眼鏡で見たらね」
「ん?」
「いや、現物の方だけど。緑色だった」
「そりゃそうだろうな」
「だから、変なインクってことはないだろうけど……」
「それでもお前が違和感に気づけた。俺もかなり疑りながら見てやっと、『なんか墨にしては色の伸びが変だなあ』とは思ったけど……、よっぽど目利きに優れていないかぎりは気づけねえようなもんだろ」
じゃあ、何だろう。
「単純に考えるなら、一つ二つの候補はあるぜ? 俺には気づけそうにもないけど、お前になら気づける。それも本能的に……ってね」
「もったいぶらずに教えてよ」
「一つ目の候補、マタタビとかの猫系のもの。お前が猫が好きすぎるあまり、猫と似たような反応を示している可能性。柑橘系とかの可能性もあるな」
ああ、ありそう。
「二つ目は?」
「血」
そっちも……ありそう。
ありそうだけれど。
「一つ目であることを願うばかりだね……」
「ああ、まったくだ。村社自身がどうかは知らないが――これを入手した張本人は、何で描かれているのかも知ってるだろう。もし血が混入している、とかがわかったら、普通は買わねえし飾らねえ」
だからといってマタタビエキスとかかんきつジュースが混ざってるとも思い難い。
なんかなー。
「なんか心当たりねえのか、その辺」
「さあ。僕、結局郁也くんのご両親とは実際にはあいさつできてないんだよ」
「え? でもお前、あいつの家に行ったんだろ?」
「うん。ばあやって人……お手伝いさんが、応対してくれた」
「……もし」
仮定の話だから怒るなよ、と予防線を張りつつ、洋輔は続ける。
「村社が『両親に合わせたくない理由』があってのその行動だとしたら。ちょっと、怖いな」
「…………」
やだなあ。
疑いながら一緒に頑張るというのは嫌だ。
「ぶっちゃけさ、佳苗の場合はどちらにせよ親近感を抱くだろ。いやむしろ二つ目より、一つ目で柑橘系のほうが嫌だろ」
「実を言えば、ね」
「聞いちまえば? お前らの様子をうかがってる限り、村社はお前がいないと『成立しない』ってタイプの才能みたいだしさ。だとしたらそこそこ技術を駆使して突けばぼろを出すと思うぜ。……いざとなったら俺も手伝うけど、そこまではしたくねえだろうしな」
「うん」
写真を返してもらいつつ、僕は感嘆する。
なるほどなあ。水墨画、だけど僕が反応するような何かが混入されている、か。
とはいえ、血を混ぜている……って、なんのためにだろう。
まさか呪術やらなにやらではあるまい。
いやでも否定しきれないな……村社くん家は豪邸だったし、風水的な何かの一環で入ってるかも。
「明日、聞いてみるか」
最後まで。
今日は、つくづくいろいろあったなあ。




