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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 体育祭の日と縁結びの人
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84 - 僕たちがいる限り

 全競技中最後の大トリを飾る代表リレーを除いたとき、一年生男子が参加する最後の競技、棒倒し。

 時間の都合上、棒倒しは一戦のみ。対戦相手はくじ引きで決定、くじ引きを引くのは一組の体育委員で、一度だけ。

 ま、総当たりなんてやってたらいつまでかかるかわからないので、妥当と言えば妥当かな。

 二戦やるのかなーと思ってたけど。

 で、くじ引きの結果、一組の子が引いたのは三組だった。

 よって、一年生は一組対三組、二組対四組というマッチアップが決定したのだった。

「一組と言えば……力持ちが三人くらいいたよね。ベンチプレスかなにかで記録出してた子」

近江(このえ)か。野球部だね」

 厄介だな、と昌くんに頷き返す。

 たしか足もそこそこ速かったはずだ、選抜には選ばれてなかったけど、一組でもトップクラス……となれば、攻めに回ってくるかも。背丈もあるし。

「なんだか今日は渡来の考えてることがなんとなーくわかるんだけど、『厄介だなあ』とか思ってねえか?」

「さすが涼太くん」

「言っとくけど、厄介だなと思ってるのは一組の方だと思うぞ。『げえ、よりによって三組かよー』って」

 なぜ。

「三組かよ、というか、鶴来とか渡来がいるクラスかよ、って感じだろうね……」

 昌くんもなぜ。

「何故って。お前らどうせろくでもない作戦考えてるんだろ」

「まさか。ただ……、あんまり長期戦になるのも面倒だよね。洋輔」

「だな。じゃ、そうするか」

「うん」

「佳苗たちのその以心伝心っぷり、なんかすごいよね。……えっと、ぼくたちにもわかるように説明してくれるかな?」

「簡単だよ。護りは僕と洋輔の二人で『なんとかする』から、残り全員で攻撃に回ってくれればそれでいい。基本的には数の多い方が勝つけど……、でもさ、僕と洋輔が全力で護ってる棒を倒せるビジョン、見れる子いる?」

「…………」

 ろくでもねえ、と。

 涼太くんは小さくつぶやいた。

 しかし異論はなかったようで、結局この作戦が採用されることに。

 そんなことをやっている間に三年生の騎馬戦も終了し、女子、ダンスの部。

 創作ダンスというのもなかなか難しそうだなあ。

 ちなみにダンスと言っても適当に踊る感じではなく、そこそこ整っている感じがしてなかなかだ。

 で、そんな中できびきびと動いている皆方部長とナタリアさん。さすが。

 他にも数人すごい動きがいい人がいる。誰だろ。

「チア部の先輩だなー」

「…………。この学校、そんな部まであったんだ」

「結構訳の分からない部活もあるよね。亀部とか」

「待って。それ本当に何する部なの?」

「さあ?」

 体育祭でまさかの謎が浮かび上がってしまった。どういうことだ。亀部。亀?

 亀の世話をする部活だろうか、いやしかしそれは飼育委員会の管轄なのでは……?

 そんな雑談をしつつ――


 ――そして、棒倒し。

 一年生の部、一戦目は一組対三組。

 棒倒しのルールは一般的なそれと同じで、棒が倒れた時点で敗北、倒した時点で勝利。

 攻撃と守備の割り振りは自由、ということで、僕たち三組側は僕と洋輔が死守する形と相成った。

 究極的には洋輔の剛柔剣(ベクトラベル)がある限り絶対に動かないんだけど、さすがにそれはまずいので、僕と洋輔がちょっと大人げなく筋力を強化した状態で押さえておくだけという方向で。

 尚、ベクトラベル抜きで、かつお互いに筋力を全力で強化している場合だと僕の方が力は強くなることがつい最近判明した。

 なんでだろうか、としばらく話し合った結果、たぶん使っている頻度が原因だろうと一つの推測が。

 僕は何かと必要になったら即座に使ってたからな。洋輔の場合はベクトラベルの方が融通も利くのでそっちを使っているらしい。

 で、結果的に僕の方が筋力強化を使い慣れていて、習熟度も高いから、最終的な力の強さは僕が上、と。

 あとは適正的なところもあるのかもしれないね、とはなったけど、この辺りの真相は不明だ。あっちの世界できちんと解析してれば違ったんだろうけど、今となっては僕と洋輔だけ。細かい検証は不可能である。

 ともあれ。

 いざ、開始の合図に合わせて僕と洋輔が棒をたててきっちり固定、あとは不動。

 一組の子たちは比較的常識的に半数を攻撃に回してきたけど、こっちの攻撃が二人を除いた残り全員だということに気づいてか半分、のさらに半分ほどが慌てて守備に戻った。わちゃわちゃしてるなあ。

 そんなわけで僕たちの方にやってきた一組の子たちは四分の一弱。

 人数にして四人だけである。

 よし、勝った。

 たとえ僕と洋輔が全力で筋力を強化しているとはいえ、梃子(てこ)の原理とかいろいろあるから数にもよるし、というか僕と洋輔を引きはがすことが出来ればいいわけで、数を頼りにそれをされたらばたぶんどうしようもなかったと思う。

 具体的には『四人くらい』が限界だろう。五人以上になればどんなに筋力を強化していても、数で負ける。重力のほうまでいじれば特に問題はないだろうけど、それはベクトラベルと似たようなものだから自主規制。

 そして――改めて、一組の子たちで攻めてきたのは四人。

 その四人が、しかも僕に二人、洋輔に一人で、もう一人は直接棒を倒しにかかってきていた。

 せめて洋輔に二人ならば、洋輔を引きはがせる可能性はあったんだけどね……強化を使っている状態ならば、僕よりも洋輔の方が力はないし。

 まあ、魔法なんていう訳の分からないものを前提に作戦を立てるような子がいてたまるかという話でもある。

 常識で考えれば洋輔の方が力強いしな。体格分。

 だから数を減らすことを優先しての分配だろう。そう考えると、結構作戦は理にかなっている。

 まず僕を排除し、残った洋輔を排除するか、あとはもう四対一で棒を倒すなりしてしまえばいい。

 あるいは排除に手間取るようなら、四対二でも構わないわけで。

 そんなわけで、僕を引きはがそうとする二人には力を入れて抵抗。

 ふはは無力!

 身長なぞ圧倒的な力の前では無意味なのだ!

 …………。

 なんだろう、見落としがあるような気がする。

 洋輔にちらりと視線を送ると、洋輔も何か見落としに気づいたようで……。

 なんだろう。とりあえず咄嗟にその見落としが何だとは分からないから、大丈夫だとは思うけど……、どうかな……。

 しかしながら僕たちのそんな見落としに対して、一組の子たちは本能的にかそれに気づいたようで。

「渡来とか、いくらなんでも力強すぎるだろ!」

「バレー部だし」

「いやそれ関係ないだろ?」

 なんて会話の後に、僕を引きはがそうとしていた子の片方、森宮(もりみや)くんが僕の腹回りをがっしりとつかんだ。

 ふっ、どんな力で引っ張られようと所詮は一人。

 引っ張られたところで何の問題もな……、ない……?

「まあどんなに力があろうとも」

「え?」

「持ち上げられるんだけどな、お前軽いし」

 地面に立つ感覚が消える。

 ひょいっと持ち上げられる、奇妙な感覚。

 ああなるほど。抱っこされてる……って、え?

 これやばくない?

 さすがに地面に足がついてない状態で棒を維持してるのって無理なんだけど……っていうか抵抗もできないんだけど。

 どうしよう。

 振りほどくのは簡単だ、ちょっと暴れてもいいし服の上からなのだから、うまいこと摩擦を減らしてするっと抜けるとか、まあいくつか手はあるけど……暴れるのは論外、間違いなく怒られる。先生からも、洋輔からも。

 となるとするっと抜ける方?

 こっちもちょっと問題だ、というのもそりゃあそう動かそうと思えばきちんと身体は駆動するだろうけど、棒を支えながら動かすって……、できるのかな?

 棒を支えつつ僕を持ち上げている子に危害を加えずにするりと抜けるって。想像つかないぞ。

 想像がつかないだけでやれと命じれば身体は動くんだろうけど、そこまで条件を絞ると……、たぶん僕の身体の安全が考慮されなくなるから……。

 ええ、さすがにここで抜け出すためだけに骨を折ったり筋肉を切ったりするのは嫌だぞ。賢者の石はあるし実を言えば水筒に仕掛けをしてあってエリクシルもちょっとだけ持ってきているから、骨を折る程度ならば即座に治せるし、洋輔に頼み込めばとりあえずは治してくれるだろう。そのあとすっごい怒られるのも間違いないけど。

 さすがに割に合わないぞ。かといって負けるのも癪だ。

 ううん……。

 考える時間はたくさんあるけど、何か他に解決法あっかなあ。

 森宮くんの抱える力を分散させるか、そもそも抱える力を弱めるか……。

 現状で自由に動かせるのは両足と肩から上あたり、腕は可能な限り棒の維持を続けなければならない……となると。

 足を使って急所を攻撃、は論外。ダメ。やられたらこっそりやり返すけど現状やられてはいないのだからやることはない。あれは地獄だ。

 となると僕がフリーになることを優先するんじゃなくて、あくまでも『棒を倒させない』を優先する……棒が倒れるの厳密なルールは、『明確に棒が倒れている状況』。必ずしも地面に接していなくても、つまり間に人が挟まってたりしてももはや回復が不可能と判断されたらそこでアウト。

 逆に、多少揺れてもセーフではある。

 ただ、セーフなのは揺れるところまで。完全に地面から離れたらそれはそれでアウト。

 だから持ち上げるのはダメ……と。

 んー。

 顔の向きを変えて森宮君の耳でも齧ってみるとか。たぶん力抜けるよね。

 でもなあ。なんかそれやると多方面から怒られそうな気がする。それこそ洋輔とか先生どころじゃなく、観客一同からも非難されそうだ。それはちょっと本意ではない。

 となると……。

 自分だけでどうにかするのではなく、ちょっとでも時間を稼ぐか。

 ちらり、と視線を一組側の棒へと向ける。既にかなり傾いていて、郁也くんがさくっとその先端部に居るのが見えた。

 あと数秒……だけど、その数秒が僕たちにはちょっと辛いな。

「ぬ、ううう! 渡来あきらめろ!」

「ネバーギブアップの精神がスポーツマンシップ!」

「ええい猪口才な!」

 ちょこざいって。

 そんな言葉を使う同年代久々な気がするぞ。

 そしていい加減限界……。

 洋輔に目配せをして、意思が通じたと判断した時点で棒から手を放す。あとは洋輔、任せた。

 僕は僕で森宮くんではない方、つまり生方(うぶかた)くんを羽交い絞めにしておく。

「げっ」

 しまった、という声を挙げる生方くんにざまあみろと若干思いつつも、これで少なくとも洋輔が三対一になることは回避。

 とはいえ洋輔の側もこれで二対二というわけではない。あちらは棒も抑えていなければならないわけで、さすがにあちらも時間稼ぎにしかなんないだろうなあ。

「ちょ、放せ渡来!」

「やだよ。離したら倒しに行くでしょ」

「そうじゃなくて! なんかこれ棒倒し関係ねえ!」

「仕方ないじゃん。邪道なんだから」

「わかってるならそういう作戦を立てるな!」

「じゃあ僕と洋輔の二人だけが攻め込んだ場合とこの場合、どっちのほうがマシ?」

「…………」

 あ、黙られた。

 どうやらこっちのほうがまだ勝算があると判断したようだ。失敬な。

 さすがに僕と洋輔だけじゃ筋力を強化したとしても九人そこそこ相手じゃ厳しい……、厳しいかな?

 洋輔に土台になってもらって一気に飛びつけば結構簡単じゃない? 倒すの。

 とか思考が脱線したところで、ホイッスル。

 見れば、棒はほぼ同時に倒れていたようだ。

 審判役の先生は、一組側の赤い旗と三組側の白い旗を十字に重ねるようにあげていた。

 たしかあれは、

「……引き分け?」

「の合図だな」

 とりあえず生方くんを解放、森宮くんも僕を解放してくれた。

「まさか棒倒しで引き分けなんて見るなんて……」

「お前らが奇策取るからだろ。やり直しになるんだから、今度は普通にやれよ」

「……はぁい」

 苦笑を浮かべて去っていく一組の四人を見届けて、僕は洋輔から棒を預かり片手で立て直す。

「いやあ。普通にだっこされるとは思いもしなかった」

「だな。想像力が足りなかったぜ」

「二度目は全力で答えようか」

「手段は?」

「洋輔に射出台やってもらおうかなって。飛びつけばすぐでしょ」

「ああ。オッケー」

 三組の仲間たちが帰ってきたところで取り直し戦の作戦を説明。

 といっても、今度は普通に、僕と洋輔が攻め手に回ること、それに伴い防御を八人以上にお願いすることを伝えた感じで、すぐに承認された。


 取り直し戦はそうやって始まり、十三秒で決着。

 洋輔と僕が一気に走って、くるりと反転した洋輔の手に飛び乗り、洋輔にそのまま僕を放り投げてもらい、一組の棒の先端に飛びつき、そのまま引き倒しただけである。

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