83 - 勝つことが本にて候
全員リレーは無事に三組が勝利。
なんだかんだダントツという訳ではなく、いい勝負になっていた。
平均するとちょうどいいってところになってるのかもしれない。
で、体育祭午後、男子種目、騎馬戦。
この学校の騎馬戦は一年生の部、二年生の部、三年生の部の三本立で、その全てが四つ巴戦――最終的にハチマキを組として何本持っているかで点数は変わる。
最後まで勝ち残った組はこのハチマキの本数を二倍としてカウントするので、基本的には勝ち残った組が最終的にも勝者になることが殆どだけど、場合によっては勝負に勝って試合に負けるケースもあるんだとか。
逃げ回ってばかりだとかがそんなケース。
というわけで、そこそこちゃんとぶつかり合うことになるわけだ。
僕の騎馬役は泰山くんと園城くん。
上に乗る僕も含めて三人騎馬である以上、どうしても安定度では劣るけど、それを二重の意味での体格でカバーする形である。
いざ出陣、に合わせて他の組の攻勢も大まかに見えてきて、特に奇策の類を弄する組が無いことも確認完了。
結局作戦らしい作戦は無い。
というか作戦なんてものを意識しながら動けるのは僕と洋輔と、それにあと一人か二人いるかどうかというところだろう。
始まってしまえばもはやなるようになるしかない。そっちのほうが勝率も高いだろう。
とはいえ。
「まるで無策ってのも癪だな……渡来、何か策ないのか」
「僕に振るかなあ……。んー。ルール、一応確認してきたんだけど、落馬の条件は『騎馬役の一人でも膝がついてる状況』『騎乗役の身体の一部が地面に触れている状況』が一発アウト、『騎馬役がバラバラになってから十秒以内に組み直しができていない場合』は判定でアウト。ハチマキを取られたら当然そこで終了、騎馬を解いて補助に回ること。で、『他人が取ったハチマキをさらに奪うのは、生存中の騎馬に限り可能』」
「……ちゃっかり確認してきてたのな」
「当然だよ」
どこか呆れる様子の二人に答えつつ、だからこその僕の結論を出すわけで。
「多少強引に動いていいよ。そうそう簡単には落ちないから。っていうか落ちそうになったら思いっきりジャンプしてちょっと時間稼ぐから、その間にどっちかが僕の下に入っておんぶよろしく。そこから十秒で組みなおせればセーフ」
「いやその理屈はおかしい」
でもルールはルールだ。最悪の場合は使うことになるだろう。
ま。
「半分冗談だよ。実際にはそんな状況になってれば、二人のどっちかは膝ついてるだろうしね……だから、僕からのお願いは『僕のことは気にせず、二人組を崩さずに自由な敵に向かって』ってくらいかな。かなり強引でいい」
「大した自身だな」
「僕じゃできないと思う?」
「…………」
「…………」
「……いや、わりぃ。なんかお前ならマジでやりそう……」
そういう訳だ。
やりすぎない範囲では自由にさせてもらおう――といったところで、騎馬を組む合図。
バランスは……うん、大丈夫。
四つ巴ということで、トラックの中にほぼ同等の距離を取る形で四クラスがそれぞれに構えている。
他の組を観察する限り、どこも大して差はなさそうだ。どこから攻めても大差なし……うん、洋輔と連携するにも限界があるな。
ならばやっぱり個別に動くべきだ。
個別に動けば各個撃破をされる可能性はあるけど、大丈夫。
アレは確かに理想的で合理的な方法だけど、しっかり形にするためにはする側には統率力が要求される。
そのような訓練を受けているわけでもなし、不可能だ。
とはいえ結果としてそうなればいいのだから、たとえば他の三クラスが三組をまず蹴落として……としてくる可能性はある。
一つの集団としての各個撃破ではなく、個々の力による疑似的な各個撃破……もしそれをやってくれるならば、それはそれで構わない。
僕はそうそう簡単には落ちないし。
ただまあ、これはチーム戦。
それに現状、三組は成績でトップという訳ではない――だから。
「ただの乱戦になるだろうなあ……ま、よろしくね、二人とも」
「ああ」
「うん」
いざ決戦の時、来たれり。
「それで渡来、次は!?」
「左前!」
指示を出しつつ奪った鉢巻を握りしめ、ついでに横をすれ違った四組の子からちゃっかりハチマキを奪いつつ次の次を考える。
既に騎馬戦は佳境といったところ。残っているのは一組が一騎、二組は三騎、四組は二騎……ああ、今一騎減ったからあと一騎で、三組は、二騎。
三組で残っているのは僕たちと昌くんたちの騎馬である。
序盤は乱戦で始まった。郁也くんが即座に脱落したのは……うん、まあ、そういうこともあるよね。どんまい。っていうか相手が悪かった。
で、そこからちょっとして前多くんと信吾くんが続々脱落。なお、信吾くんは戦果一本、前多くんは戦果二本。
「つっこむぞ!」
「合点承知!」
射程に入ったところでさくっと、まずはその騎馬の上にのっていた二組の子が握っていたハチマキを奪い取り、次いでその子が頭にしていたハチマキもするりと奪い取ってあげて、と。
「取った! 左に九十度旋回して前進!」
「おう! っていうか早いな!」
これでハチマキは五本。
ここまでくるといかに上手くハチマキを守り切るかだな……生存できればそれが一番だけど、できないならば今僕が下みたいに他のクラスの子に奪われるのが最悪のパターンだ。
一気に六点献上とか笑えない戦犯になってしまう。
とか言っている間に四組全滅、一組も全滅。二組と三組が二騎ずつという状況。
昌くんの方に一瞬だけ視線を向けると、あっちはとりあえず大丈夫そう……持ってるハチマキは……三本かな。それプラス、昌くん自身の一本。
さて、ここで考えよう。
そもそも初期の騎数は全組五騎だったから、ハチマキの数は場に二十本。
で、僕が五本、昌くんが四本持っていて、脱落組は郁也くんがゼロ、信吾くんが一本、前多くんが二本。
この時点で三組が持っているのは既に十二本。残り八本というわけだ。
いまさっき落馬判定が出た四組の子は二本、一組の子は一本を持った状態で落ちているから、これで残りは……五本。
よし。
「洋輔! 頃合い!」
「オッケー」
大声で洋輔に伝えて、僕は僕とて、園城くんと泰山くんに告げる。
「二人とも、停止。下ろして。落馬しよう」
「え、なんで?」
「場にそもそも二十本。一組は最低でも一本もってて、四組の子は二本持った状態で終わってるから、残りは多くても十七本。で、三組が持ってる数は十二本」
「…………、つまり、えっと?」
「二組は最大でも『五本』しか持ってないんだよ。絶対数の問題で。だから生存ボーナスの『二倍としてカウント』でも、二組は十点。三組は等倍で十二点あるから、僕たちの勝ち。そのことをあっちが気づいてるかどうかは別だけど、勝負に負けて試合に勝った方がいい。なにせ、僕か昌くんのハチマキが取られたらその時点でこっちは最高でも十一本で十一点、二組は六本を二倍で十二点になって負けるから」
「……よくもまあ咄嗟にそこまで戦況を把握してるなお前」
呆れられつつも、足をがっしりと掴んでいた二人の手が少し緩んだので、自分から落下。
見れば洋輔も説得が終わったようで、昌くんを地面におろしていた。
思いがけない行動、だったのか。
放送のほうも実況が止まっている。
そして審判をやっていた先生の一人が駆け寄ってきた。
「どうした、怪我か?」
「いえ。これ以上続けて負けるより、落馬してトータルで勝ちます」
「渡来。一応体育祭はスポーツの祭典なんだから、スポーツマンシップにのっとって……」
「スポーツマンシップっていうのは、勝てる試合でわざと相手にゴールを入れさせることを言うんですか? ルール上自分からの落馬にペナルティ無いですし。殲滅戦で生き残った組のカウントを二倍にするだけで、その組を勝ちにするってわけじゃないんで、これも戦術です」
「なるほど。ああ言えばこう言うってこういうやつか」
「ちょっと、園城くん?」
身内から刺されるとは。
とはいえ事情は通じたらしい。
先生はあきらめのような吐息を漏らしてホイッスルを鳴らす。
決着、だ。
改めて参加者は各組のスタート地点に戻って、所持しているハチマキを所定の場所に提示する。
その中で前多くんたちにも色々と聞かれたけど、さっき説明した事と同じことだったのでさくっと流して、ともあれ僕たち三組の所有するハチマキは確かに十二本。
「うわあ。なんであんな指示出しながら動き回って戦況まで把握してるんだ、佳苗って」
「ゲーム的に考えると咄嗟にわかったりしない?」
「……否定できない」
前多くんが露骨に目をそらして言う。
ま、結局のところルールをちゃんと吟味したかどうか、そしてそれを実行できたかどうかの差ということだろう。
他の騎馬が持っているハチマキを奪ってもいいということを知っていた。
そして、勝利条件が必ずしも生存であるとは限らないことも知っていた。
あとはそれらのルールを生かして行動し、勝利が確定したらその時点で試合を下りてしまえばいい。
なんて説明を追加でしている間に他のクラスの詳細も出た。
四組は僕が把握していた二本だけ。一組は僕が把握していた一本に加えてもう一本、つまり合計二本。
で、最後まで生存した二組は四本。
これにより、最終結果は一位三組十二点、二位二組八点、同率三位に一組と四組。
「あれ? じゃああのまま続けてたら、どうなってたんだ?」
「僕と昌くんを倒す過程で二本以上二組が取ることが出来てれば、その時点で逆転。もちろん僕たちだって負ける気はないけど、もし僕のハチマキが全部取られると……」
「勝つための条件が付く、か。でもあの段階ならもう勝ってた。だから、あの場で勝負を終わらせた」
「うん。勝負に負けて、試合に勝つ」
これなら文句はないよね、と洋輔に視線を向けると、洋輔はため息をこらえるようなそぶりを見せつつも頷いた。
判定はセーフだな。お説教もなさそうだ――とか、考えている間に、先ほどの通りの結果発表。
先輩たちは少し意外そうな感じで、一年女子は困惑の色が強く、当事者の一年男子はやむなしって感じ。
で、先生方がものすごく複雑そうな表情をしている。
もし今回のような勝ち方をさせたくないのならば生存ボーナスを二倍から三倍にするか、勝ち残りを一位として二位以降をハチマキの本数で決めるとかにするのがよい。あとは僕たちがやったみたいな自分から騎馬を崩す行為にペナルティを与えるとかね。
その辺りを考えるのは先生の仕事だ、毎回きっちり攻略法は用意すると思うけども。
というわけで以上、騎馬戦終了。
選手一同は速やかに移動。そんなさなか、涼太くんが近寄ってきたと思ったら、
「あー。心底、渡来とクラス一緒でよかったあ……」
と髪の毛を軽く撫でるようにしながら言った。
「それどういう意味?」
「いや。なんか渡来と一緒なら楽できそうっていうか……」
「見通しが甘いよね、六原は」
とは昌くん。
その口元には苦笑がありありと浮かんでいた。
「佳苗と一緒ならたぶん勝てるだろうけど、佳苗って結構人使いが荒いタイプじゃないかな。今日の感じじゃそこまで分からないけど」
「そうかぁ? 球技大会の時もそこまで口出ししてなかっただろ」
「まあね。口出しするまでもなくなんか、操られてる感じというのかな……佳苗はそう、他人にやる気を出させるみたいな機能がついてるんじゃない?」
「機能って。僕はロボットか何かになったの」
「ロボットか何かだと言われた方が納得するよ。あんな精密かつ素早い動きをしてれば」
「あー。確かに。否定できねえ。実はアンドロイドとか?」
「アンドロイドに失礼だと思う……僕は目からビームできないよ」
「いやアンドロイドにもできないよ多分」
え、目からビームって必須機能じゃない?
ねえ、と涼太くんに視線を向てみると、思いっきり顔をそらされてしまった。
ううむ。僕的には必須だと思うんだけど。目からビームが出せないアンドロイドなんて……。
「あ、じゃあ指からレーザー?」
「佳苗ってさ……。時々ものすごく大人びてるけど、基本は前多と同じか、前多以上に子供っぽいよね」
猛烈に呆れた様子で昌くん。
レーザーも普通はないらしい。
レーザー加工機が高いとはいえ買えるご時世、その程度の機能はつけてほしいものだ。
どこでも精密加工できるぜ! 的な。便利そうじゃん。




