81 - 陰陽魚☯
お昼ご飯、給食を食べ終えて、軽い食休みをかねたお昼休み。
僕はさっさと校庭に向かい、適当な花壇をベンチ代わりにして校舎を背に座り、何をするでもなく空を見上げていた。
校庭から眺める空はそこそこ広い。学校から出れば多くの建物が立ち並ぶこの周辺では、ふと空を見上げても空が狭く感じることがあるから、この程度の解放感でも十分に思えてしまったりする。
ちなみに通常の手段で最も広い空を見れるのは河川敷。
手段を択ばないなら、適当に高い建物の屋上にでも忍び込めばよい。
まあ。
そこまでしなくても、僕にはこのくらい広く空が見れれば、それで十分だ。
大体、空が見たくて空を見上げているわけではない。
洋輔は僕に対して何かを隠している。
隠し事なんてものは合って当然だ。僕だって洋輔に隠していることはある。
そもそも隠し事のない関係なんて不自然極まる。
だから僕は深くそのことを追求しようとは思わなかった。
少なくともついさっきまでは、そうなのだと思っていた。
でも、
だけれども、
「…………」
あの時。
洋輔が何かを言いかけて、ぐっと呑みこんだのを見て、ああ、違うんだ、と理解した。
洋輔はずっと、僕に隠し事をしている。形で言えばその通りだろう。
でも洋輔はずっと……、僕にそのことを言いたかったんだな、と。ふと、わかった。
なのに言わなかったのは、僕がそのことを知ろうとしなかったから。
僕が臆病で、自分から調べようとしなかった。
どころか、他人がそれとなく教えてくれそうになっても、何かと理由を見つけてはそれを知らずに済むように場を仕向けていた。
洋輔もそのことを知っていたから、僕に何度となく助け舟を出してくれていて……。
それは僕のため。
あるいは洋輔自身のためでもあるのかな。
それでもだ。
洋輔は僕のためにと言い聞かせて、本当は言いたいことがあったのに、それをずっと我慢していたのかもしれない。
ずっと我慢していて。
今もずっと我慢し続けていて。
その我慢を、洋輔自身の臆病が原因だとさえ錯覚を始めていて。
根っこにあるのは……僕の臆病なのにな。
「結局」
僕と洋輔という二人組は。
親友で、幼馴染で、共通の奇妙な経験を経ている、かけがえのない、代えようのないもので。
僕は僕として、洋輔は洋輔として決して混ざらず、なのに奇妙に重なっていて、きっちりパズルがかみ合っていて、それぞれの中心、心のどこかにお互いが居て楔になっていて。
お互いにお互い自身を保つために、もう片方を必要としている状態。
ちかごろ、ちょっとずつ距離を置くようにしていたけれど……距離を置けば置くほどに、離れることは出来ないんだなあと思い知らされる。
友情とか愛情とか、そういうものじゃない。
ましてや依存ですらない――なんていうか……前提みたいな?
僕が僕であるためには洋輔が必要だし、洋輔が洋輔であるためには僕が必要だ。
お互いにお互いの存在が無ければ、そもそも成立すらしない。そんな感じ。
よくないとは思っても、ほどきかたが分からない。
あっちの世界に行くまでは、こんなことはなかったから……やっぱりあれで決定づけられた、感じ。
それまでも、洋輔はともかく、僕の方はちょっと危ういところがあったのかもな。で、そんな危うい僕を洋輔が支えていくれていたから……ああ結局は同じか。
現状を維持すれば、これ以上悪くなることはない。
現状は既に悪いけど、ここからさらに悪化したら目も当てられない。
現状を打破すれば、あるいは解決できるかもしれない。
解決できなければさらに悪化することは確定しているだけに、僕はどうしても現状維持を選んでしまう。
たとえ今が悪くても。
これ以上悪くなることはないからと、消極的に臆病に、そういう選択をしてしまう。
「……だめだなあ」
考えれば考えるほどに悪化するタイプのやつだ、これ。
なまじ答えが出ているのに、その答えを認められないから余計に。
すこし、頭の中を整理しよう。
今まで考えていたことを本かなにかにたとえて……気づいたことは、だとしたら付箋か、栞が挟んである感じかな。
それは抜き取っておこう。
これで僕は『気づかなかった』と。
そういうことにしておいた方が、短期的には良い。
長期的には最悪の選択に近いんだろうけど……。
それでも僕は、今を楽しみたいから。
今を楽しみ続けて、最後の最後まで自分を、洋輔も、だまし切れるならばそれでいい。
それが、良い。
しばらく空を眺めていると応援合戦が始まった。
それに伴い、各組が取得した点数の途中経過が発表される。
現時点で一位は二組、二位に四組、三位に三組、四位は一組。
残りの競技に割り振られている点数からして、順位で言うと結構な差にも聞こえるけど、実際の点数としては二組と一位の間で三十点しか離れていないので、午後の協議次第でどうとでも転がりうる。一組だってそうなのだから、三組も優勝圏内。とはいえ、一年三組だけが頑張ってもどうしようもない領域だし、最善は尽くすにしても他人にまでそれを求めるのも酷な感じ。
午後、一年生の男子が参加する種目は『全員リレー』、『棒倒し』、『騎馬戦』、あと別枠で『代表リレー』。参加競技少なくない? って思わないこともないけど、こんなもんらしい。というか、午前も実質三種目だったことを考えてみると、時間的には午後のほうが忙しいのか。片付けもあるし……。
けが人もクラスメイトには出ていない。貧血で女子が一人少しの間休憩していたようだけど、今は復帰しているし問題ないだろう。
視線を移していく。わちゃわちゃと動く生徒たち、とその生徒たちの対応をしつつも色々と捌いているらしい先生たち。
見に来ている地域の人たちは、生徒の総数と同じくらいかな? あんまり多いわけではないように見えるけど、これは校庭で見ている人たちのみのカウントだ。
実際にはまだ体育館で休憩中という人も多いのだろう。
そんな見に来ている人たちの中でも、あの太陽色の髪の毛は良く目立つ。カミッロさん、か。楽しそうに誰かと会話をしていた。
誰かと。
ってナタリア先輩じゃん。
割と親し気だ。もしかしたらどこかで接点でもあったのかな?
今一思いつかないけど。
でもハーフって珍しいからな。カミッロさんがこの辺で暮らしているなら、その線でナタリア先輩の存在を知っててもおかしくはないかも。
なんか珍しいな。ナタリア先輩うんざりした様子って。
とか考えていたらナタリア先輩のハイキックが容赦なくカミッロさんの脇腹に命中、カミッロさんはその場にうずくまってナタリア先輩は我関せずと去っていった。
うん。親し気といったのは撤回しよう。
どうやらカミッロさんがナタリア先輩に一方的に話しかけたようだ。
「かーくん、どこ見てるの?」
「どこと言われると困りますけど、カミッロさんとナタリア先輩、何話してるのかなあって見てました。そういう皆方部長はどうしたんですか、こんなところで」
「いやあ。かーくんがなんか、ぼーっとして空を眺めてたから、何か考え事でもしてるのかなって思ってね。ちょっと心配になってきたんだよー」
……そして、皆方部長は鋭いんだよなあ。
「私はほら。演技をする側の人間だからね。他人の心情はある程度考えるようにしているわ。こういう時に、こういう人は、こう考える。そういう積み重ねが演技を鋭くするからね」
「向上心にあふれてますね。人間観察ですか」
「ううん。観察はしてないよ。私はあくまでも、心情を推測してるだけ。言っちゃえば『誰がどう』っていうのは関係ないのよねー。だから……実を言えば、今さっき私が心配したのもかーくんって個人じゃなくて、かーくんみたいな性格の子がそういうことをした時、じゃあなんでそんなことをしたんだろう? って。その答え合わせも兼ねているのよ。私はそれを『考え事、それも悩み事に近いことをなんとか折り合いつけようとしているんじゃないかな』と回答欄に書いて採点者に確認しにきたんだけど、何点かしら?」
「百点満点で八十五点くらいですね。ほぼほぼ満点だけど、僕自身僕が何を考えているか分からないところが十五パーセントくらいはあるので」
そう答えると、皆方部長は嬉しそうに笑った。
「そうね。自分が考えてることだって、完璧に理解しているひとなんてそうそういないわ。私もそうだし、らんでんも、ナタリアもそう。だからこそ……私は、りーりんがすごいと思うのよね」
そうそういない。
なのに祭先輩は除外されている。
つまり、そういうことなのだろう。
「それで祭先輩が次の部長、ですか」
「ええ。ナタリアも悪くはないのよ。天性の素質としか言いようのないあの容姿にせよ、演技に対する情熱にせよ、それらは素晴らしいものだわ。でも……りーりんと比べると、やっぱり劣っちゃう。りーりんのあれは天性の素質というより、天賦の才ってやつね」
なるほど……って、あれ?
天賦の才ってそもそも天性の素質と同じ意味じゃないっけ……?
「それにナタリアのあの容姿は、たしかに素質だけれど、同時に欠点でもあるのよ」
「そうですか……? 確かのちょっと第一印象で言うと強さが出てきますけど、演技に入るとすって入れ替わりません?」
「ええ。でもそれは印象の話よね。今回やる演目は『絵本』系統だし、西洋系のお話だから、ナタリアのあの容姿はメリットなんだけど。現代劇、それも舞台を日本に限定しちゃうと、ナタリアはどうしても浮いちゃうのよね。整いすぎちゃってて」
まあ、それは言えてるかも。
ハーフであることは武器になるけど、欠点にもなりうる……か。
解決できそうだけどな。
「メイクである程度ごまかせるとはいえ、もともと良い素材を劣化するのも癪じゃない?」
「なるほど」
その気持ちはわかるなあ。わざわざ品質値を落とすのってなんか釈然としないっていうか。
一定値以下の品質値じゃないと作れないものがあるから仕方ないんだけど……。
「さてと。そろそろ私は戻ろうかしら。かーくんの元気も戻ったようだし」
「……ありがとうございます。お気遣いさせて、すみません」
「いーのいーの。ま、精々悩めよ青少年! あ、今のは現実でも言ってみたかったセリフその八ね」
その八って。少なくともあと七つはあるのか。
「ちなみにその七十六まであるわ」
「生きてる間に使いきれると良いですね」
「かーくんって時々びっくりするくらい辛辣よね?」
実際無理だと思うし。その数になると。
舞台の上ならともかく、現実でその手の言葉が使えるシーンなんて限られすぎているだろう。
「……そうだ。皆方部長」
「うん?」
「さっき、茱萸坂さんと会いました」
「ああ、無事に会えたんだ? それは良かったわ。ぐみぐみ先輩とは早いところ面識あげないとーって思ってたんだけど、ごめんね」
「いえ。それと、美土代先輩にも会いました」
「おー、みとみと! って、みとみと今日来てるの? うわー。私のところに挨拶にこないなんて生意気な後輩ねー。いや後輩でもないけれど」
たぶん『みとみと』というそのあだ名で呼ばれるのが嫌で来ないんだと思う。
「みとみと、だれか連れてきてた?」
「えっと、七五三先輩も来てましたよ」
「お、なごみんも来てるのか。後で探して襲撃しなきゃね」
ごめん、七五三先輩。たぶん僕のせいで皆方先輩がそっちいきます。いまいち付き合いも無いんでごめんもなにもないけど。うん。
「ついでに聞くんだけど、ぐみぐみは一人だった?」
「いえ。えっと、江藤さんという方も一緒でした」
「ああ、やっぱりゆー先輩も来てるんだ。どう、かーくんなら話、合ったんじゃない?」
え、なんで?
首をかしげると、あらあら、と皆方部長はにたり笑みを浮かべる。
いや本当になんでだろう。
「この街の隅っこ、河川敷の近くに猫屋敷があるの知ってる?」
「はい。何度か通りかかったことがありますよ。でも僕が通りかかるとあそこ、家の中から勝手に猫ちゃんが出てくるから……だから、最近はご無沙汰かな?」
「……思わぬところで思わぬつながりってあるものねえ」
…………?
「まあいいや。そのゆー先輩のお家よ、そこ」
「マジですか?」
「マジよ」
「ちょっと今から挨拶しに行ってきます!」
「どこにいるかわかるの?」
「江藤さんがどこにいるかは知りませんが茱萸坂さんの場所ならわかるので!」
「え、なんで」
「敵ですから!」
呆然とする皆方部長はさておき、僕は江藤さんの近くにいるであろう茱萸坂さんの所へと向かうのだった。
こぼれ話:
☯得固体。と、それを作る☯得個体。
彼らの本質、根底の処の設定をようやくふわっと自覚させることが出来ました。
彼らが望んだ『つまらない日常』は、だから……。




