80 - きっかけは何?
一年生の二つ目の競技、台風の目を終えて、一段落。
この競技、ちょっと苦手だなあ。他の子に合わせてスピードを落とすとか、意識しようとすると途端に難しくなるものだ。
まあそれはそれ、また暫く待機時間があるので、また雑談でもして待つことに。
で、洋輔に声を掛けようとしたら、
「わり。まだ考え事中」
と拒絶された。
ううむ。なんか本格的に袋小路に陥ってるんじゃないか、これ。
にっちもさっちもいかなくなれば相談してくれるとは思うけど。
じゃあ別の子、と適当に暇をしてそうな子を探すと、とりあえず昌くんが大きく伸びをしているのを見つけたので、昌くんにでも絡んでいくことにする。
「昌くん」
「うん? どーしたの、佳苗」
「いや特に。ぶっちゃけ暇だなーって思って」
「ああ。それは同感」
体育祭って暇だよね、と昌くんは呟いた。
まったくもって同感だ。
体育委員とかの役職がある子とか先生はすごい忙しいんだろうけどね。
「そうだ。佳苗に相談したいことがあるんだけどいいかな」
「良いよ。暇だし」
「それはよかった。あのさ、もし、もしもだよ? 猫を飼うなら、どんな子が良いと思う?」
「えっと……。昌くんが飼うってこと?」
「えっと……どうなのかな。ぼくの家で、猫でも飼おうか、って話が上がって」
なるほど、昌くんのペットではなく、昌くんちが飼うと。
「弟くんはどんな子?」
「どんな子って?」
「性格的な意味で。元気いっぱいな子だとしても、結構種類があるし」
「んー。ぼくよりかは活発だよ。でも、ぼくと同じくらいには落ち着いてるともよく言われてるかな」
「つまり昌くんに好奇心を足したみたいな」
「良い得て妙だね」
もちろん、昌くんも好奇心は人相応にある。
つまり弟くんは人一倍ってことだろう。
でも、基本的には落ち着いていると評価されるような子なのか……。
「猫って一言で言っても、ちっちゃいのもおおきいのもいるけど。何かこだわりはあるの?」
「ものすごく大きい子は、それはそれでかわいいだろうけど。ちょっと飼うのが大変だから、平均的な子がいいかなあ。小型の子も悪くないけども」
で、リクエストはごく一般的な子と。
「性格的な話をするならね。猫って結構、大人しい子も多いけど、やんちゃな子も同じくらいいるし。それは品種とか毛の色で判断できないものだから、どういう子がオススメだよ、と言っても、それを選ぶのは難しいと思う」
「ああ。それもそうか……。何か見分けるコツとかある?」
僕は感覚的にわかっちゃうからなあ、その辺。猫ならだけど。ああ、この子はやんちゃだなとか、この子はすごく臆病だなとか。
コツと言われるとなかなか難しいものがある。
その辺りを説明したうえで、僕はさらに言葉をつづけた。
「その感覚も、どこまで当てにできるのかわかんないしね。大体は当たってるとおもうけど、結構外れることもあるし。結局、猫に限らずペットを飼うって決めたなら、それは印象で選ぶべきだよ」
「印象? それは、性格ってこと?」
「ううん、印象。見た目とか、しぐさとか。『ああ、この子はかわいいな』とか、そういうものを感じ取った猫が一番だ」
第一印象がすべて、とは一概には言えないけど、でも猫の場合は大体の場合で第一印象は正しいからなあ……。
性格などという者は飼い主に自然と似てくるものだし。
「それにしても」
「うん」
「昌くんち、猫飼うのか。羨ましいなあ……」
僕も飼いたい。
けどこれ以上親に負担を増やすわけにはいかないし……。
「いつか一人暮らしを始めるころには、猫を飼いたいものだけど」
「…………」
「……何?」
「いや。そうなると佳苗が一人暮らしを始めると、猫屋敷になるんだろうなあと思って」
「…………」
否定できそうにない……。
猫屋敷かあ。そこでの生活はきっと幸せだろうなあ。どこを見ても猫がいるとか。
世話がものすごく手間っぽいけど……。
「佳苗ってさ。いつごろから猫が好きになったの?」
「んー……? そういえば、それはあんまり考えたことないな……」
小さいころ。
それこそ幼稚園とかに通っているころから、すでに猫は寄ってきてたような気がする。
だから自然と猫に触れる機会は多く時間も長く、そこからなんとなく猫がいて当然というか、猫をみて安心するというか、そういう生活になった……のかな。
いや、何かきっかけがあったような……気が、するような。気のせい、勘違い、思い込みかな?
「……佳苗?」
「……うん?」
「いや。なんか具合悪そうだけど……」
「そう?」
言われてみれば、そうかも……?
なんか……、
「…………」
緊張してる……? みたいな。
そんな、感じがする。
身体的な性能じゃなくて、精神的な部分がかみ合ってない、感覚……いつぞや、寮で僕が僕の『本質』と向き合った時と、似てるような。
ってことは、なにかを忘れているか気づかなかったことにしていて、それに今、僕が気づきそうってことだよな。
いつ猫が好きになったのか、なんて問いかけは、これまでも何度もされてきたのに……なんで、今。
洋輔も具合悪そうだし。
まさかそこに影響された?
いやそれは無いよな……。
じゃあ、今日までの出来事で何かが引っかかってる……だめだ、心当たりが多すぎる。
ましてや今日は面識が一気に広がったわけだし、誰との会話がどう作用してるのかまるで想像がつかない。
「……まあ、自覚してるから大丈夫。自覚している間は、大丈夫……だと思う」
「そうかな……、鶴来。ちょっといい?」
「ん……なんだ、弓矢」
「なんか佳苗の調子が悪そうなんだけど、これ、大丈夫なやつ?」
「んー?」
昌くんが洋輔に声をかけると、洋輔は億劫そうに僕の方を見てきた。
そして、しまった、というような顔をして。
「大丈夫かどうかは二つに一つだな……大丈夫なら数分もしないうちに戻るだろ」
「大丈夫じゃないなら?」
「数分もしないうちに倒れるからすぐにわかる」
「こんな場所で倒れるとか論外だよ。救護テント連れて行こう。大丈夫だったらお騒がせでごめんなさい、をすればいいだけなんだから」
「……それもそうだな。佳苗、まだ立てるか」
昌くんと洋輔のやり取りを見て、何かが引っかかる。
何かが……ずいぶん前の何か、出来事、忘れてしまっていたような、でも言われれば思い出せるんだろうなって感じの出来事。
なんだかなー。
思い出そうと頑張れば思い出せそうだし、そうでなくても一度気絶してリセットすればふと思い出せる気もする。
でもなあ。
今体育祭の真っ最中だしな。
差し出された洋輔の手を取ろうとして、また何かが引っかかる。
なんだっけ、と思い出そうとしていると、洋輔が強引に僕の手を引っ張り上げてきていて、
すう、
と。
意識が研ぎ澄まされるような感覚を覚える。
ああ、
そうか。
僕はそのことを忘れていて……、でも、だけれども、その程度でなんで今、具合が悪くなったんだろう……。
「大丈夫。もう、大丈夫」
「なんだ、立ち直りが早かったな今回は」
「うん……まあ、『思い出せるかどうか』だけだったし」
それに眼鏡もかけていたし。
「……本当にけろっとしてるけど、大丈夫なの?」
「問題ねえよ。たまにあるんだ、こいつ。忘れてたこととか、気づかないふりをしていたことを思いだしそうになった時、『思い出した方がいいのか、忘れていた方がいいのか』の判断が出来ずに具合が悪くなってるように見えるんだよなあ」
「我ながら一昔前のパソコンみたいな感じだよね。その判断をしなきゃいけないって思いこんじゃって、結果どん詰まりで延々考え続けて、意識が強制終了っていうか。逆に言えばその判断が何かの拍子で出せれば、元どおりってこと」
「えっと……わかるようなわからないような、微妙なたとえだね……」
困惑する昌くんはさておいて、洋輔に向けて『大丈夫、思い出した』と視線で伝える。
通じたようで、洋輔は深く一度だけ頷いた。
「ただわかることは」
「うん?」
「佳苗はぼくなんかよりもずっと考えてるんだなってこと」
「いやあそれは無いな。佳苗が考えてるのはあれだぜ。主に次に野良猫に出会った時にすんなり名前を付けられるように被らない名前を二十くらいピックアップしなきゃ、とかそんなところだから」
ぐうの音も出ねえ。
その後、一年生が参加する三度目の競技、綱引きは無事全勝。
僕も洋輔も特に魔法は使っていなかったので、単に力勝ちしたようだった。
ちなみに魔法を使っていいならば僕だろうと洋輔だろうと一人で一クラスは余裕で相手にできるし、洋輔に至ってはうん、力比べの時点で負けが無いという。矢印ずらせばいいだけだからな。
尚、この綱引きの競技をもって一年生が参加する体育祭の種目は終了。
あとは二年生の種目を見てから、生徒は教室に戻って給食となる。
応援くらいはしておくか、と移動を始めたところで、
「待て」
と、洋輔に引き留められた。
そしてちょいちょい、と服を引っ張られて、そのままフェンス際へ。
「それで、さっきは何を思い出したんだ」
「昔のことだよ。幼稚園に通ってた頃……『いつごろから僕は猫が好きだと思ったのか』、その原点」
「…………? それ、具合悪くなるほど葛藤するもんか?」
「それが僕も不思議でしかたないんだけどね」
それは、幼稚園。お絵かきの時間。
『ねえ、よーすけ。なんでまたわんこの絵なの?』
『おれは犬がすきなの。かっこいいし』
『そうかなあ……』
好きな動物を描いてみましょう、そんな保育士さんの言葉に対して、当時の洋輔はそんな感じで答えて犬を描いていた。
だから、僕は。
『じゃあ、ぼくはにゃんこにしよっと』
『そういうかなえは、なんで猫なんだ?』
『だって、おもちゃとかでよーすけとけんかしないですむじゃない。だいすきなともだちと、けんかしたいわけもないし』
『……ふうん』
そんな感じに答えたのだ。
それが、全ての切っ掛け。
今にして思えば、幼稚園に入るまでは動物全般にやたらと好かれる体質だったんだよね。犬とかも。
それが幼稚園を卒園するころには、猫に限定されていた。そして好かれるの段階も跳ね上がっていた。
徐々に変化していったから、当時の僕はというか今の今まで僕は気づいてなかったけど、その時僕が『猫』を選んだから、猫に好かれるようになったのかも。
猫を好きになることを選んだから――猫はそれに答えてくれて、逆に他の動物たちは僕から遠ざかったと。
「さすがにそれは考えすぎだと思うけどな……」
洋輔は苦笑を浮かべて答えた。
「だがまあ、お前らしいといえばお前らしいこと言ってんだな、そのころから」
「まあね。喧嘩しないで済むならそれで一番――分け合うだけで済むならばそれがいい」
「……お前らしい、けど。そうだよな。佳苗はそういうやつ、なんだよなあ」
仰々しく洋輔は空を仰いで、そう言った。
洋輔の考え事も、どうやら一段落したようだ。
「なあ、佳苗。変な事聞いてもいいか」
「あんまり変な事だったら答えないけど、何?」
「なんでその程度の真相で、ああなったんだ?」
「それは……僕も、気になってるんだよね」
似たようなことに心当たりはあった、とはいえ、今日みたいに誰かに指摘されるほどの葛藤となるとそれはさすがに珍しい。
それに今日のそれは偶然処理できたというだけで、偶然葛藤が解決できたというだけで、深刻度は上から数えたほうが早いだろう。
さすがに一瞬で倒れたあちらの世界での出来事と比べればだいぶ猶予はあった方だけど……。
「僕が思い出したのはさっき言った会話の部分くらいだけど、その部分を思い出すことに抵抗があった、んだと思う。平和な一幕なのに、なんでだろうね?」
「…………」
洋輔は何かを言いかけるように口を開いて、しかし声には出さなかった。
何か心当たりがあるらしい。だけど、それを僕に言う訳にはいかないと……理性が待ったを掛けたように見える。
「いいよ、無理に言わないでも。洋輔が僕を想って……かどうかは分かんないけど、何か理由があって言えないんでしょ。僕が気づくまでは、そっとしておきたいみたいな」
「まあ、大体な。でも……それだけじゃないんだよ」
「というと?」
「俺もさっきまで、結構悩んでたんだけどな。言って現状を打破するか、言わずに現状を維持するか――まったく。俺も、思いのほか臆病だぜ」
「それは違う」
僕は、思わず否定を口にした。
これは、いずれ言わなければならないから。
「臆病なのは僕の方だよ。知ることが怖いんだ」




