79 - 宿命との邂逅
体育祭というものは、球技大会と比べれば存外暇な時間が多い。
しかもその暇な時間をどうやって使うかは、割と生徒に任されているため、やるべきことがある委員会の子はともかく、そうでない僕たちとしては結構暇を弄ぶわけだ。
カミッロさんと別れた後、なんか変な空気になりつつも僕は洋輔と応援席に戻り、ふと郁也くんの姿が無いことに気づいた。
委員会……は、関係ないよな。清掃委員だったと思うし、体育祭で何かやるとは言ってなかったし。
「僕は郁也くん探してくるか……。洋輔はどうする?」
「んー。ちょっと考え事させてくれ」
「ふうん? じゃあ一人で行ってくるね」
「待った。そういう事ならぼくも行くよ」
おっと。
待ったの声を挙げたのは昌くんである。納得。
「じゃあ一緒に行こうか」
「うん」
というわけで、応援ブースからはすぐに立ち去り、郁也くんを探すことに。
僕たちとしては不本意ながら、身長が低いというのもそこそこ目立つので、すぐに見つかるかな、と思ったのだけどこれが意外と見つからない。
具合悪そうでもなかったし。一応救護テントは覗いてみたけど、いなかった。
「いないね……」
「だね。トイレかな?」
「だとしたら、体育館の……だよね?」
「そのはず」
体育祭は給食の時間くらいしか校内には原則は入れない。
保護者向けの休憩所も体育館だし。
で、トイレを使いたいときは原則、体育館の物を使うことになる。
実は校舎にあるやつよりも使ってる人が少ない分きれいなんだけど、それはそれ。
体育館に向かい、憩いの場として活用されている例のスペースになんとなしに視線を向けると、
「あ、いた。郁也くん」
「村社。なんでこんなところ、に……?」
「弓矢、と佳苗? よくここがわかったね」
「探してたんだよ。どうしたの、こんなところで」
「いやあ。偶然見つけちゃって、追いかけてお話しさせてもらってたんだ」
と言って、郁也くんが視線を反対側に向ける。
そこには二人の少年が座っていた。どちらもこの学校のものではない制服を着ている。
二人の少年は軽く会釈をしてくれて……、あれ?
「……えっと、始めまして。幼馴染がご迷惑をおかけしました」
「いいや、興味深いお話が聞けて良かったよ」
くすくすと笑って答えるその少年たちに、僕は……うん。
見覚えがある。
見覚えはあるけど、でも誰だって言われると即座につながらない。誰だろう。
「びっくりだよね。さっきのいまでまさか本人に会えるとは! って感じ。佳苗も嬉しいでしょ?」
「…………」
いや、本人も何も誰かわからな――うん?
待て。
「って……、あああああ! ええ!? なんでこの学校に来てるの!?」
「うわあ。佳苗の慌てる反応って微妙に珍しい……」
「いやそれどころじゃないよ昌くん! あと郁也くんもずるいよ! もっと早くに教えてくれたっていいじゃん!」
「あ。」
うっかりかよ!
「どうやらそっちの子も僕たちの事を知ってるんだね。それに、かなえ……かなえというと、渡来佳苗くん。かな。さっきも話を聞いてたんだ」
おっとりとした笑顔で僕にそう語りかけてくれた子と、そのよこでうんうん、と頷いている子は、まぎれもなく。
「初めまして。美土代朝撮です」
「七五三一郎だよ」
まさかまさかの、バレー部的ビッグネーム二連星だった。
いや本当になんでこの学校に来てんの!?
「えっと、どなた? 二人との接点っていうことは、バレー部……の?」
「うん。去年の全国大会で大活躍した『ベストリベロ』の美土代朝撮先輩と、そのチームで正セッターを務めていた七五三一郎先輩!」
「え」
郁也くんの回答に昌くんは少し固まって、
「本当に?」
と僕に聞いてきた。
頷くことで解答とすると、おお、と昌くんもおどおどと頭を下げる。
「弓矢昌、と言います。村社の幼馴染です」
「君がしっかり者の幼馴染くん、か。いいなあ。僕にはそういう子がいないし」
そう言って美土代さんはゆっくりと頷いた。
「僕は姉さんに誘われてね。ついでだったから、暇してた七五三も誘ってきたんだ」
「お姉さんに、ですか?」
「うん。今、姉さんの姿は無いけど……誰かに挨拶しに行くって言ってたな」
ふうむ。姉妹がこの学校にお友達でもいるのか、あるいはお姉さんはこの学校の出身なのか。
しかし今日は妙に来訪者が多いな。他の学校だって授業はあるだろうに……。
まさかサボってきてる人はいないと思いたいけど。
「これもまた、何かの縁。どうだい、村社くん。こんどうちの学校の練習に混ざってみるかい? 合同練習って形で」
「え、いいんですか?」
「俺らの学校は結構やってるしな。地域の公立校とも多いし、ま、大丈夫じゃねえの。俺らの学校のその辺りは、結構選手側のわがままが通るから。むしろそっち、この学校はどうなんだ? そんなに離れては無いけど、それでも電車使う距離だろ。正式な合同練習って形をとると、結構大変だと思う。もちろん数人が自由意志で来るくらいなら、学校はとやかく言わないだろうけど」
七五三先輩の言うことは真っ当だ。
とはいえ、この機会。
あるいは……活かせるかも?
郁也くんに視線を向ければ、どうやら郁也くんも似たような着想を得ているようだ。
まあ、現時点ではそれを生かすための手段が無いわけだけど……。
顧問の小里先生の首を縦に振らせるのは結構骨が折れそうだし。
「あ、姉さん。こっちだよ」
「ああ、いたいた。ごめんね、色々と話し込んじゃってさ」
ん……?
考え始めていたら突如、美土代くんがお姉さんに話しかけた。
で、そのお姉さんとやらの声に聞き覚えがある。うん?
「あはは、本当はこのあと紹介するつもりだったんだけど、その手間は省けたみたいね?」
そう言って笑いつつ、適当な席に座ったのは茱萸坂さんで。
…………。
あれ?
踏み込み過ぎない程度に話を聞いてみると、大体のことは教えてくれた。
美土代朝撮先輩は今の、バレー部強豪校とされるその私立学校に進学するにあたって、親戚の家に下宿することになったんだそうだ。
でも下宿先から色々と書類のやり取りをするのが非常にめんどくさい。
それを理由に、その下宿先の叔父・叔母の養子になったんだとか。
だから美土代先輩は小学生まで、『茱萸坂朝撮』という名前だったんだそうで。
複雑な家庭というやつのようだ。
ただし、平和な方向で。
「姉弟の仲はそこそこいい方だと自負してるんだけどね。でもまあ、当時は私も中学校の卒業って頃だったし、朝撮は朝撮で中学生になろうって時期だったから、ちょうどいい機会ではあったのよ」
「……僕は姉に発情する類じゃないんだけどね」
「私は朝撮の事大好きよ?」
「というわけで逃げたんだよ」
「発情って。猫や犬じゃないんですから……」
「……あ。ストップ。うん。その話は無しでお願いしますお二方。ごめん」
と、会話を突如止めたのは昌くん。
なんで?
「いや。なんか今は止めないと、あとで鶴来にめっためたにされそうな気がして……」
「洋輔がそんなことをした日には僕も穏やかじゃいられないけど……」
「……ふうん。僕たちも他人のことは言えないけれど、どうやらそっちも複雑みたいだね」
くすくす、と笑いつつ、美土代先輩は言う。
「さてと。じゃあ僕たちの学校との合同練習、考えるなら適当に返事をもらえるかな。何も今日中にとは言わないよ」
「そうだな。今月中ならいいだろう」
「七五三。今日の日付は?」
「え? 五月三十一……って、あ。すまん。えっと、来月中ならいいだろう」
よかった、結局今日中かよと突っ込むところだった。
「ふうん。合同練習か。朝撮、そっちの学校は来るもの拒まずだったわね?」
「うん。僕たち選手が活躍している限りは、結構我がまま聞いてくれるよ。姉さんのアドバイス通りに……ね」
「そ。じゃあ……こっちの学校は、私が何とかしてあげようか?」
茱萸坂先輩はそう言って、ぞっとするような笑みを浮かべた。
なんだろう。ろくでもないことを考えてるってのはわかるけど……。
「ま、何とかするのは私じゃなくてさゆりだけども」
「……緒方先生?」
「ええ。あなたも演劇部なら、あの先生が交渉得意なの知ってるわよね」
「はい」
つい最近知ったことだけど。
そして納得、緒方先生に小里先生を説得させるという事か。
生徒側としては合同練習も練習試合も大差ないし、大きな反発も無いだろう。
「……お願いしてもいいですか?」
「ええ。あなたがそれを望むなら。さてと、そんじゃあお姉ちゃんはさゆりにお願いしてくるね。朝撮、お昼頃まで適当に時間つぶしてなさい。七五三くんもいるし、大丈夫よね?」
「もちろん。姉さんも無理はしないでね」
「もちろんよ」
ウィンクをして去っていく茱萸坂さん。
ううむ。行動が早い。
学ぶべきなのかどうなのか……。
「ごめんね、皆。姉さんも悪気があるわけじゃないんだけど……。まあ、常識がちょっと欠けているから」
「気にするな。お前も大概だから」
「……ちょっと、七五三?」
「自覚が無いってのはこれだから……」
この会話からして、どうやら学ぶべきではないようだと判断。
にしても意外なところで意外なつながりだな。
運命、宿命、あるいは偶然。
まあ単に世界は思ったより狭いってことなんだろうけど……。
でも、なるほどとも思う点がある。
僕がバレー部を兼部することを、演劇部の先輩たちは『いいこと』だと言った。
それは、美土代先輩が茱萸坂さんの弟であることを知ってたから……か。
となると、今回美土代先輩たちが来ていること自体も何らかの作意があるのかな?
作意は言い過ぎでも配慮はあったかもしれない。
「やれやれ。先輩たちは何を考えてるのやら……」
生きてる時間は一年二年しか違わないはずなのに、その一年二年があまりにも大きい。
「さて、邪魔者も居なくなったし、改めて聞こうか」
なんか今、『ねえさん』のニュアンスが変だった気がするんだけど……。
「渡来佳苗くん。君が、リベロを始めた子、だよね?」
「はい。リベロを始めた子というか、バレーを始めたというか……。正直、ルール的にも怪しいところが多いんですよね」
「身内びいきっぽくなっちゃうけども、それでもやっぱり佳苗は上手だと思うけどね。毎度毎度レシーブがきっちり、ボクの頭上に高く帰ってくるし」
「ふうん……映像がほしいね。姉さんが動いた以上、合同練習は何らかの形で実現するだろうから、そこで見れるとはいえ」
「そういえば、ボクたちもまだ試合の映像は無いかな?」
当然と言えば当然か、とは郁也くん。
新入生、の五月末なのだ。
まだ試合云々というには早すぎる。
「春季大会は出場しなかったってのもあるかな。夏季大会には出るって方向だけど」
「ふうん。ちなみに春季大会っていつやってたの?」
「決勝はこの前の日曜日だよ」
まさかのつい最近というか一昨日である。
うわあ。それなら試合見に行けばよかった。
比較的暇だったのに。
「ちなみにその大会の結果、僕たち紫苑学園は準優勝。残念ながら優勝は逃しちゃった」
「ありゃ仕方ねえと思うけどな。こっちにけが人が多すぎた」
「まあね。そういう訳だから、村社、渡来。きみたちがたとえどんなに上手なのだとしても、というより君たち二人が上手であるならば上手であるほど、怪我には気を付けてね。君たち自身の怪我もそうだし、仲間の怪我もそうだ。つめの手入れは、欠かさずに。オーバーワークも論外。ま、君についてはいうまでもないか」
美土代先輩はそう言って、郁也くんの手を取った。
手入れの行き届いた爪。たしかにあれは大丈夫だろう。たぶん。
「ただ、渡来。君の方はもうちょっとちゃんとしたほうが良いね。見るまでもなく」
「はい。まだ始めたばっかりだし、何をすればいいのかとかもわかんないんですよね……」
「指導を受けているんだろう?」
「コーチとか監督とか、その類のは公立校のこの学校には居ませんよ」
あー、と七五三先輩。
美土代先輩もそういえば、といった様子で頷いた。
「なあ、美土代。ちょうどいいし、それもいいんじゃねえの?」
「うーん……まあ、確かにね」
「ちょうどいいって、何がですか?」
「ごめんね。まだ決まったことじゃないから、答えることはできない。でも……そうだな。合同練習の話がどっちに転ぶにせよ、その答えが出るころには教えてあげるよ。あとで電話番号、教えてもらってもいいかな?」
そんな問いかけに、考えるまでもなく筆記用具を要求する僕と郁也くんだった。




