78 - 太陽色の掛け声
話を終えてクラスの待機場に向かうとすでに二年生の百メートル走は終わっていて、三年生の百メートル走が始まろうとしていた。
スコアボードを確認すると、三組は現状三十点。どうやら二年三組は暫定一位だったようだ。
良いペースかな。三年三組と言えば藍沢先輩がそうだけど、他の子はどうだろう。
「なあ、佳苗。さっき話してた女の人、誰? 結構仲良さそうだったけど……」
そしてそうつついてきたのは信吾くん。
見れば涼太くんと前多くんも興味ありげだ。
「演劇部の先輩で、OGってやつ。会うのは今日が初めてだけど……」
「へえ、卒業生……二人とも?」
「いや、片方だけ。えっと、男役やってそうな子じゃない方」
「ああ、そっちか」
まあそっちだと思うよな、演劇部の先輩としてみれば。
とか言っている間に三年がスタート。
それぞれ部活絡みとか委員会絡みで応援する人がいるようで、そこそこ別学年に対しても応援の声が上がっている。
良い事だ。
で、いざ藍沢先輩の番。
スタートしたところで、
「のーりーとー!」
と。
そんな大きな応援の声がどこからか聞こえてきた。
のりと……って、ああ、典人か。
藍沢先輩の名前の方。
声のした方に視線を向けると、太陽色の髪の毛をした少年が、きゃっきゃと楽し気に応援していた。
ずいぶん陽気な感じがする。そして顔立ちや短く切られた髪の毛、それに眉毛の色もそうだけど、どうやら外国人さんか、ハーフさんか。
少なくともこの学校の生徒じゃないな。私服だし。
年齢までは読めないけど、声変わりが始まって少し経った、くらいの感じはするし、身長も洋輔よりかは高い。
少なくとも同い年以上、藍沢先輩を呼び捨てしてるところからして三年生説が一番強い……かな?
「あれ、カミッロ先輩か……?」
うん?
そうつぶやいたのは来島くん。
「あの子……あの人の事、知ってるの?」
「うん。カミッロ石堂。日伊ハーフで、中三の先輩だよ」
推測が当たっていた。
そしてこの学校の生徒じゃないこと、藍沢先輩と来島くんの共通の知り合いってことはサッカー関連か。
「なあ来島、あいつとお前ならどっちが強いんだ? ポジションはもろ被りだろ」
「まあね。だからこそあんまり比べたことはないってのが実情だな……そもそも直接競ることが基本ねえし。優劣はつかないと思う」
「ふうん……? でも確かお前、」
「うん。すずの言う通り、おれの『お手本』はあの人だよ」
来島くんは少し複雑そうな表情を浮かべて、カミッロさんとやらに視線を向ける。
お手本……ねえ。
「おれにせよあの人にせよ、目標はプロだ。世界で活躍するようなフォワードに、やっぱり憧れる。エースストライカーと呼ばれてみたい、そういう感じの意識はあって当然だ。でも、それにこだわると勝てねえしな。だから目標は目標として、優等生としてのお手本が要るのさ。おれにとってはあの人がそれにちょうど良かった……おれのサッカーはあの人の模倣って部分も多い。もちろんその上で、おれなりに改善はしてるし……そもそも体格もパラメータも違うんだから、優劣はやっぱりつかねえと思う」
「じゃあ二人が揃えば最強なんじゃないの?」
僕が横から口を出すと、来島くんは「いやあ」、と苦笑を浮かべた。
「まあ俺は左右問わねえから、ポジションで言えばたしかに共存はできるけど……。でも、俺とあの人は同じようなサッカーをする癖に、びっくりするほど考え方が違うからな。考え方が違って、でも過程はだいたい同じで、結果は結構別、みたいな?」
わかんないんだけど、どういう事だろう。
「おれは『絶対に敵わない相手』を見つけたとき、その相手の身内になることで内側から弱点を探って、最終的には対策できればそれでよしってタイプ。あの人は積極的に対峙することで、百戦して九十九敗したのだとしても、最後の一勝が決定的ならばそれで良しってタイプなんだよな。『勝負に負けても試合で勝つ』のがおれの信条だとしたら、あの人は『勝負に勝てれば試合に負けてもいい』って信条だ。考え方が決定的に違う。実際に試合での動きは、おれがあの人の模倣を下地にしている以上だいたい同じなんだけどな」
ふうむ……。
つまり、
「あんまり深く考えないでいいんだよ、渡来。来島の言ってることを翻訳するとだ、来島は小賢しくって、あの人は愚直ってこと」
「ちょっと、あんまりじゃない? すず?」
……涼太くんに先に言われてよかった。うん。
というかすごい今更だけど。
「ねえ、来島くん。なんで涼太くんが『すず』なの?」
りょう、とかならわかるんだけど。りょうた、だし。
「おれ、結構仲が良い奴にはあだ名付けるタイプだからなー。すずはほら、名前を漢字で書くと『涼太』、だろ? で、その『涼』はすずしい、とも読む。だから『すず』だ」
「あ、結構雑……」
「そっちはまだマシなほうだよ。オレとか『たたすけ』って呼ばれてるんだぜ?」
そして抗議の声を挙げたのは前多くん。
なんで前多くんが『たたすけ』なんだろう。葵……のほうはいじりにくかったとか?
「前多の『だ』が、『多』だろ。それをばらすと『タタ』になる。でも『タタ』って微妙に呼びにくいから、たたすけ。わかりやすいだろ?」
「あ、更に雑……」
まだ原型があるからマシか。
でもって確か、
「佐藤くんも小学校同じだよね。その様子だとなんかあだ名あるの?」
「とっきーだな。徳久だから、とっきー」
「ごめん。僕にはちょっと、その発想がわかんない」
皆方部長の同類っぽいぞ、来島くん。
「ねえねえ。じゃあおれとかにあだ名付けたらどうなるの?」
この流れでそれを聞くのか、信吾くん。
勇者すぎる。絶対ろくでもないあだ名がつくぞ。
「んー。水森信吾……。もっち……は別にいるから、」
いるのかよ。何もりさんなのかは知らないけどすごいあだ名をつけられてるな。
「うん。シンシンかな。呼びやすい」
「おれはパンダか何か?」
信吾くんの心からの突っ込みに、周囲が笑いに包まれた。いや、全然笑い事じゃないんだけどね。
で、この流れだと、
「渡来にもなんかつけてみろよ。あだ名」
やっぱりそうなるよな。
怨むぞ、野良猫三匹くらいに協力してもらって微妙に邪魔しに行くからな、覚えていろよ涼太くん。
そんなことを内心で思いつつも、しかしどんなあだ名がつけられるかなあと覚悟を決める。
「単純に考えれば『わたあめ』だけ――「…………」――ど撤回。撤回します。渡来、睨まないで。なんか虎かなにかの赤ちゃんににらまれてる気分になるから」
「いや実際、そのあだ名他のひとにもつけられそうになったんだけど。なんで僕の名前からわたあめを連想するかなあ」
「なんで、って言われると確かにわかんねえんだけど。なんか渡来ってわたあめって感じがしない?」
「オレはしない」
「おれも」
「おれもあんまり」
フォローしてくれるのはとても嬉しいけど、結果として来島くんが妙に浮いてしまった感じがする……。
さて、百メートル走の競技が全学年分終わったところで、前多くんは風紀委員会として作業があるらしく離脱。
それに合わせていったん会話が途切れたので、洋輔を捕まえてついでに聞いてみることにした。
「ねえ洋輔。カミッロくんって知ってる?」
「ああ。雑誌で見たことがある。来年プロ入りが内定してるんだってな」
「…………」
そして僕が思っていた以上の情報を知っていた。
なぜ。いやサッカー部だからな、その辺の雑誌をチェックしててもおかしくないか……。
そういえばバレーボールも雑誌あるのかな?
今度郁也くんに聞いてみよっと。
「で、来島くんが言うには、優劣はつかないって言ってたけど。洋輔的にはどう思う?」
「さあ? 来島与和。結構あの子は強いからねー、わかんないや!」
あっはっは、と。
答えたのは当然洋輔ではない。
いつの間にかその洋輔の隣に座っていたカミッロ石堂さんだった。
一体いつの間に……。
「初めまして、お二方。さっきのりとに挨拶しに行ったら、君たちに挨拶しとくといいぞって言われてね。それで来たんだけど、邪魔なら帰るよ?」
「別に邪魔とは思いませんよ。初めまして、渡来佳苗です」
「鶴来洋輔、です」
「カミッロ石堂。よろしくね」
太陽色の髪をした少年は、満面の笑みを浮かべて言う。
つくづく、太陽の申し子みたいな子だった。
微妙に僕とは相容れない感じがする。猫って太陽よりもお月様の方が好きみたいだし……。
「しかしまあ、のりとがわざわざ挨拶を進めてくるとはね。二人ともサッカー選手目指してるのかい?」
「いえ別に」
「僕に至っては演劇部とバレー部の兼部ですよ」
「なんと。じゃあなぜ」
「さあ。藍沢先輩って時々よくわからない方向からよくわからない方向にアドバイスしてきますから、その線じゃないですか」
洋輔が投げやりに答えると、カミッロさんは納得した。
いや、それで納得するのか。
っていうか……。
「藍沢先輩と仲、いいんですか?」
「うん。親友……と思ってくれてるかどうかは微妙だけど、親しい友人ではあるつもりだよ。なのにのりとのやつ、勝手にチーム辞めちゃうし? 張り合いがないんだよねー。のりと相手だと延々壁にボールを打ち付けてるみたいですっごい楽しかったのに……」
それって楽しいのか……?
「のりとにはのりとの事情があって辞めたってわかってるから、その辺は良いんだけどね」
「……えっと、カミッロさん、はその辺の事情。知ってるんですか?」
「うん。本人から聞いたから間違い。なんだ、その辺の事情知らないの? 後輩で、それぞれ部活の後輩なら教えてるもんだと思ったけど」
「聞いてません。変に聞くのも悪いと思って」
洋輔が遠慮がちに言うと、カミッロさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
悪戯っぽいというか、人の悪い笑みというか。
具体的には他人の内緒を暴露しようとしている笑みだ。
「なるほどなるほど。『自分から言うのはなんか嫌だ』けど『事情は教えておきたい』……あたりかな。葛藤としては。ちょっとついてきて」
そう言ってカミッロさんは立ち上がると、少し後ろの方、校庭のフェンスのほうへと指をさした。
確かにここで話したら他の子たちにも聞かれる、か。
ちなみに露骨に舌打ちをしたのは来島くん。盗み聞きする気満々だったようだ。
内容次第では教えてもいいのかもしれない。
誘導された先で、カミッロさんはとんとん、と胸のあたりを叩いた。
胸のあたり、というか、肋骨を。
「のりとはね、例の小学生に負けた試合で肋骨を折っちゃってね。それ自体はしかたのない事故みたいなもん……っていうか、のりとの無理なプレーが原因だった。だから自業自得だね。で、それを契機にクラブをやめることになった。表向きはこういう場所で怪我をすると日常生活に支障があるからって理由」
表向きって堂々と言ってるけど、じゃあ本当は? ってなるよな。
「実際はクラブを辞めたかったのが半分だろうね。あのまま続けてれば自分と同じで、のりとは間違いなくトップに引き上げられてただろうし。最終的にはのりともプロになれたらいいなとか言ってたけど、それ以上にあいつは『高校サッカー』に憧れてた」
「高校サッカー……」
「そう。そこで応援をされつつ、皆で頑張って勝ちたいんだって。それが、実際の半分」
半分。
ということは、それに匹敵する別な理由もあるわけで。
やっぱりショックだったのかな、年下に負けたのが。
「で、もう半分は恋煩い。比重で言えばそっちの方が大きいのかもね。のりとは、皆方智絵って子が真剣に好きになった。サッカーよりも、あるいはね」
「…………」
洋輔が黙り込んでしまった。
心なしか頬が赤い。
とはいえ何も反応しないわけにもいかないので、僕が聞くことに。
「……あの。すみません。カミッロさん」
「なに?」
「それ、聞いていいやつなんですか? なんかこう、他人の恋愛事情ってそうそう口にしていいもんじゃないような……」
特に思春期真っ盛りな中学生となれば尚更。
あんまり表に出して事でもないと思う。
「確かにね。でも、恋愛なんて『子供』のうちにしておかないと、大人になってから急に誰かを好きになりなさいって話になったところでうまく行かないじゃないか。子供だから誰かを好きになっちゃいけないなんて法律は無いよ。誰かを好きにならなきゃいけないってルールもないけど、でも自分は少なくとも……」
誰かを好きになった方が楽しいと思うよ、と。
カミッロさんは、やはり太陽のように言った。




