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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 体育祭の日と縁結びの人
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77 - 開幕・体育祭なんだけど

 体育祭。

 小学校で言うところの運動会。

 僕たちが通っているこの中学校においての体育祭は、次のルールで行われる。

 一、紅白ではなく、それぞれの組番号で全学年チームとなる。つまり一年一組、二年一組、三年一組で『一組』って感じ。色は一組が白、二組が赤、三組が深緑、四組が藍色で、配布されているリストバンドがその色を示す。

 二、得点は勝者に、各競技ごとに定められたルールで分配される。得点については、校舎に設置された点数板がお昼休みまでは開示されていて、午後最初のイベントである応援合戦において途中経過が発表された後、得点板はマスクされ、更新もされなくなる。

 三、優勝したクラスには優勝旗が渡される。この優勝旗は学校中央階段に飾られる。また、表彰状が各学年に一枚。球技大会とは異なり、それ以外に賞品は無い。

 主に重要なのはこんなところだろうか。

 一般的に競技は学年・男女で区分けされている。ごく一部の種目に限って、特定の誰かが出場……となることはあるけど、稀。

 体育委員会や風紀委員会に所属している生徒は自身が出場しない種目においては各種目を終えた生徒の誘導や、ゴールテープなどの補助を行い、放送委員会は放送を一手に担う。また、保健委員会の生徒は決められた時間に救護テントで救護係。

「つまり、球技大会はクラスとしての結束が目的で、体育祭は組織的にとらえた学校としての結束が目的……ってところなんだろうね」

 昌くんのつぶやきに、僕と近くにいた面々、具体的には郁也くんと前多くん、信吾くんはそれぞれ頷いた。背の順だからな、まあこんなものだろう。

 そう、今回のコレは優勝を目指すというよりも、勝ちを目指すというよりも、皆でいかに上手に協力できるか、ってところに重点があるような気がするのだ。

 集団行動、か。

 僕たちにとってはこれが当然で、基本的な行動だったけど、異世界(あちら)では異常だったからなあ。なにもそこまで飛び越えなくても、国境を越えればここまでの整列は学校ではしないとかあるのかな。

「それで、佳苗。今回も勝ちにこだわる?」

「そりゃ、負けて嬉しいことはあんまりないからね。勝てるなら勝ちたい、けども……」

 そこまで強くは思ってないかな、と正直に答えると、他の子たちはそれぞれ、だけど概ね苦笑で返してきた。

 負けず嫌い。

 洋輔は僕を称しているし、僕も自覚はしているけれど。

「今回は勝ってもなにかがもらえるわけでもないし。そこまでこだわらないかな。むしろ一回負けておいて、次のイベントで大勝したい」

「……筋金入りって、まさしく佳苗のためにある言葉だよなあ」

 いやあ、それを言うと本物の負けず嫌いに失礼な気がする――とか、雑談がちょうど区切られたところでいざ、開会式を始めます、生徒は指定の位置に集合してください、と呼び出しが。

 ふ、とグラウンドの周囲に視線を向けると、そこそこお客さんもいるようだ。お客さんとはつまり保護者の人たちや地域の人たち。

 当然ながら知らない顔のほうが覆い。

 逆に言えば、知っている顔で珍しい人も来ているわけで。

 僕が気づいたことに気づいたようで、その人たちからはすっと会釈をされたので、僕も会釈で返事をしておく。今は開会式だ、話はあとにしよう。

 でも、なんでこんなところに?


 開会式、準備体操、そして最初の競技は一年生百メートル走。

 結論から述べれば、僕たち三組は暫定二位だった。

 スコアボードに反映された十点を見て、ふむ、と軽く頷き、早速休憩に向かおうとしていた洋輔を捕獲して先ほど見つけたその人たちの方へと向かう。

 学校という場所に合わせてくれたのか、普段からは全く想像のつかないカジュアルな恰好……だけど、何だろうな。

「こんにちは」

「こんにちは……って、佳苗。この二人、誰? え、俺の知り合いだっけ?」

「…………」

 洋輔って服装でこの人たちを認識してたのかな……。

「三好さんと田崎さんだよ」

「…………?」

「警察の」

「あー」

 よくもまあ忘れられるものだ、と思いつつ、すみませんと頭を下げると、その人たちこと三好さんと田崎さんは少し困り顔で数度うなずいた。

 確かに久々な感じもするけど。

 でも今日、ここに来たってことは、なんか動きを掴んだ……いや、逆か。動きがつかめなかったから、可能性から詰めていくしかなかったのかもしれない。

 つまりこの場に『来栖夏樹さん』がくるかもしれない、そして場合によっては僕たちに接触……、いや、これは違う。

 もしそうなら僕たちに気づかれないように、たとえば校内の準備室とかからこっそり観察するはずだ。じゃないと意味がない。

 少なくともまだ、僕たちが結託した上での狂言って可能性は残して捜査してるはず……。

「すまないね。特に何がわかった、という訳でもないのだが。邪魔だろうか?」

「いえ、別に。今日は地域の人とかもいますし、二人やそこら増えたところで問題はないです」

 一応、色別をオンにした上で周囲をぐるりと見渡す。

 赤いシルエットは……無し。

 まあ、害意まではいかないか……あくまでも『疑い』だろうし。

 難癖付けての別件逮捕、とかを目指されたら、さすがに害意になるだろうけど、現状ではすぐにあれそれするつもりも無いらしい。

「ただ、せっかく学校になじみ始めた頃合いではあるので。あんまり邪魔されるとそれはそれで困りますよ」

「もちろんだ。午前中だけになるが、君たちが楽しそうにしているところが見たくてね……解決のための何かが得られたらとても大きな幸運で、そうでなくても君たちを見ればやる気が出てくる。済まないね」

 嘘はついてない……かな?

 少なくとも邪魔をする気はないらしい。

「じゃあ、僕たちは戻りますね」

「ああ。鶴来くんも、がんばって」

「はい」

 そんなわけで刑事さんたちから離れたところで、小声で洋輔が言った。

「何しに来たんだろうな、あの人たち」

「さあ。他に手掛かりがなくって行き詰ってんじゃないの?」

「ありそうだな」

 これ以上の進展が見込めない、だから今は藁をもすがる思いで、なんでも良いから手がかりがほしい。それを見つけることが出来れば最善。

 そうでなくとも、僕たちの無事を確認できればそれがモチベーションになる。

「結果の出ないことなんて、基本的にはやる気が続かない。やる気が無いのに続ければ、それはもう苦痛にしかならないし」

「だからこそ、やる気を補充する、か」

「推測だけどね」

「ふうん。良い事言うのね」

 と。

 僕と洋輔の小声の会話に、さも当然のように割り込んできたのは女子の声だった。

 女子。でも聞き覚えは無いな。

 誰だろう、と声のした方向に視線を向けると、花壇の壇を椅子替わりに座っていたのはブレザー姿で黒い髪を肩のあたりまで伸ばした、すこしゆるりとした印象の顔立ち。目立つ感じではないけど、奇麗な子って感じ。いや、奇麗な人か? 年上っぽい。

 当然、この学校の制服ではない。他校生……?

 だれかの姉妹だろうか。

 そう考えてみると、確かになんか面影に見覚えはあるけど……。

 誰だろう。

「色々と話は聞いてたからね、すぐにあなたがそうだとわかったわ。はじめまして、かーくん」

「…………? かーくんって呼ぶってことは、演劇部絡みの人、ですか?」

「ええ。私も当事者の一人だったから」

「ん? 佳苗、その人、知り合いか?」

「知り合いじゃあないね。一方的に知られてるみたいだけど……」

「あはは! それもそうね」

 楽し気に笑って、その女子は言う。

 とんっ、と壇から降りて姿勢を正し、奇麗な角度でお辞儀をしてきた。

「こうやって話すのは初めてだから、一応、はじめまして。私の続きをしてくれているようで、助かるわ」

「続き……」

 演劇部で続きというと……えっと、

「私の名前は茱萸坂(ぐみざか)夕映(ゆえ)。皆方には『ぐみぐみ』とか呼ばれていたせいで、あなた以外の四人には揃って『ぐみぐみ先輩』って呼ばれてるあなたの前任者よ」

 あー。

 こういう感じの人だったのか。

 僕は何となく納得しつつ、も。

 うん。

 この人は……。

「……ちょっと? 佳苗? あと、えっと、ぐみざか? さん? なにいきなりにらみ合ってるんだ?」

「洋輔。だめだよ。その人、敵だから」

「え、敵?」

「奇遇ね。私もそう思うわ。私の続きをしてくれていることについては感謝の言葉を述べるけれど、でもやっぱりあなたは私の敵みたいね」

 不敵に笑って茱萸坂さんは言う。

 ううむ。やりにくいな。ここが学校じゃなければ言い合いの一つもできたんだろうけど。

「はいそこまで。あんまり後輩で遊ぶんじゃないよ、夕映」

(ゆい)……」

 ん……また、知らない人。

 しかも茱萸坂さんと同じ制服を着ている。

 顔つきから何から、奇妙なほどに『男前』な人だな。王子様役とか、すごい映えそう。っていうかどこぞの歌劇団で男役のスターになりそうな感じだ。声もかっこいいし。

「初めまして、渡来佳苗くん。夕映が失礼をしたようだね、夕映の代わりに謝罪しよう」

「いえ……」

 で、この人は僕のフルネームも知ってる、と。

 茱萸坂さんに聞いたのだろうか?

「それと、そっちは鶴来洋輔くんか。初めまして。私は江藤(えとう)(ゆい)。夕映のクラスメイトだ」

「はあ、初めまして……って、なんで俺の名前知ってるんですか?」

「なんでもなにも、君たち二人はこの一帯では有名人だろうが。確かに私はこの地域に生まれ育ったわけでもないからその疑問もあながち間違いでもないが、それでもある程度テレビや新聞などでニュースに触れていれば、君たちのことは知っているさ」

「……ああ。不本意ながら、そっちで知られてましたか」

 納得。

 長期間失踪からの奇跡の生還、しかし現在進行形で事件は解決していないとなれば、そこそこニュース的に楽しんでる人も居ておかしくないか……。

 江藤さんにも改めて挨拶をしておいて、と。

「で、佳苗。敵ってどういうことだ。そのままの意味じゃなさそうだけど」

「え、そのままの意味だよ?」

「気が合いますね、かーくん。さすがは私の後継者」

「そういう茱萸坂さんこそ、さすがは僕の前任者」

 意気投合する僕たちに呆れかえった様子の洋輔と、江藤さん。

 説明が必要のようだ。当事者の僕たちは通じ合ってるけど。

「簡単なことだよ、洋輔。難しく考えないでいい。僕と茱萸坂さんは同じくらいだけど、僕は猫派で、茱萸坂さんは犬派ってこと」

「……いや控えめに言っても簡単じゃねえよ。え? っていうかなんでその、犬派とか猫派とかがわかるんだ?」

「感覚?」

 答えたのは茱萸坂さんだった。

 うん、実際感覚としか答えようがない。

「やっぱり茱萸坂さんも、歩いてると犬に近寄られるんですか?」

「ええ。散歩中の犬がたくさん集まってきて、結構大変なことになったりもしたわね。今もだけれど。そういうところ、かーくんはどうなの? 猫はさすがに、人と散歩はしてないと思うけど……」

「主に野良猫が集まってくるくらいかなあ。飼い猫も時々、部屋から抜け出した子とか、放し飼いされてる子は寄ってきますけど」

「へえ。それはそれで賑やかそうでいいじゃない」

「待て。夕映。話が読めない。なんだ、夕映が犬を集める体質だという事は身をもって知っているが、つまりこの子はその猫版ってことなのか?」

「たぶんね。感覚だけど確信してるわ。『ああ、この子は私と同じだわ』、『でもこの子は私の敵だわ』」

「『絶対に猫の方がかわいいのになあ』、『でもこの人はたぶんそれを犬の方がかわいいというんだろうなあ』。茱萸坂さんなら逆ですか」

「そうね。……私の事、ぐみぐみって呼ばないのね?」

「まあ、直接の面識は今が初めてですし。そもそも僕、あんまり愛称では呼ばないですから」

「へえ。そういうところも私と似てるのか……時代が時代なら、場合が場合なら、私とあなたは立場が逆だったかもしれないし、時代が同じならばいい友達になってたかもね。彼氏彼女になってたかもしれない」

「で、何かとつけて犬か猫かで大喧嘩して、翌日けろっと仲直りですか」

 目に浮かぶようだなあ。

 と、僕と茱萸坂さんのそんな会話が弾むところを、洋輔と江藤さんは白けた視線を向けているのに気づく。

 茱萸坂さんもほぼ同時に気づいたようで、肩をすくめて話題を強引に戻してきた。

「私、今日は弟も連れてきたんだけど。その弟は今、別の子に挨拶しに行ってるみたいね……ま、今日は一日いるから、またお話してね」

「こちらこそ。色々と聞きたいことは、ありますから」

 そして逆もまた、そうだろうな。

こぼれ話:

茱萸坂(ぐみざか)先輩、満を持して登場。

ちらほらと、重要人物もそろい始めて……やっと物語がきちんと動きそう。

……助走にすごく時間がかかってしまった。

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