73 - 二人のリベロ
バレー部に合流した後、準備体操やストレッチをきちんとやって、僕は改めて練習に参加した。
先生に提案されたので、サーブ練習をしている皆とは反対側のコートでレシーブの練習をしてみたり。
尚、レシーブした先にはボールを入れるあの大きな籠があるので、ボール拾いの手間もなく一石二鳥である。
「なんだお前のその出鱈目な精度は」
「まあ、感覚ですし」
実際感覚というしかないし。
で、色々と練習を重ねるにあたって、今後のことはさっさと決めておこうと顧問の小里先生。
今後の事、つまり僕の立ち位置だ。
「本当はリベロ、って話だったんだけどな……。お前、サーブもかなり上手だったし」
「ダメなんですか?」
「いや。現状このチームにはリベロいないんだよね」
なら問題はないような気がするけど。
「リベロには攻撃的な行為が禁止されているんだ。ネットより上にあるボールでアタックしちゃだめとか、フロントコートでオーバーハンドパス、つまりトスもできない。もちろん、サーブを打つこともない。渡来の場合、サーブも上手いから……そこを切り捨てるのが、もったいないというか」
「あー……」
これは……うーん。
つまり六人で行うスタメン争いにがっつり食い込むか、リベロという別枠で六人とは別枠の一人枠を占有するかって話だよね。
僕はどっちでも楽しいけど、前者だとほかの子がかわいそうか……?
でもな。
「僕はバレーボールのルールに鈍いからなあ……リベロって、要するに攻撃はダメってだけで、防御的な事はなんでもオッケーなの?」
「えっと、ブロックはできない。けどそれ以外はOK」
あ、ブロックもダメなのか。でもそれもともと僕の身長では無理があるやつだから、うん。どうでもいい。
「どうかな、渡来」
「……そうだね。やっていいなら、リベロが良いかな。ルールは可能な限り頑張って覚えるけど、攻撃の仕方とかをいまから覚えるのは大変だし。それなら、防御にステータスを全振りするのもアリでしょ」
しばらくは眼鏡に頼ることになるだろう。
でもいつかは、この眼鏡を使わずとも、完璧なプレーをできるように、練習を重ねる。
願わくば、それは中学生である間にやりたいところだな。
だからこそ、やることを完全に区切ってしまったほうが良いだろう。
あれもこれもと手を出すよりかは、まだしもやりやすいし。
「そのためにも、お願いがあるんだよ。村社くん」
「なにかな」
「リベロ……の子がいるチームとの練習試合とか、録画してない?」
「ボクが入ってから、だと……。先生、去年の記録はありますか?」
「あるよ。この体育館でやった練習試合は、二年前からは全部記録されてる」
…………。
いや便利なのはいいけど、本当に謎の設備って感じがする。
私立中学校でも体育館に録画機能がついてるところってそんなにないんじゃないかな……。
「興味があるなら録画記録は見せてあげられる。ディスクにコピーもできるけど、ほしいかい?」
「はい。えっと、ディスクって何になりますか?」
「BDか、DVDか。どっちでもいいけど」
「じゃあ、BDで」
画質は良いに越したことないし。
「とりあえず一校、二試合分なら今日渡せる。上手なリベロが居るところだとな。まずはそれでいいかな」
「お願いします」
「でも渡来、なんでいきなり?」
「だって、僕はバレーのルールさえも知らないんだよ。どういう動きが基本なのか、とか。そういうのも分からないから……まずは、そこをきっちり抑えておこうと思ってね」
最初は模倣でいいのだ。
そこからいかに発展させるか、それが大事というだけで。
「そういうことなら……渡来、今度買い物するときにでも、ボクの家に来れないかな?」
「村社くんの?」
「うん。きっと渡来の役に立てるよ」
僕の役に立てる……?
どういう事だろう。
「去年の中学男子バレーの全国大会でベストリベロ賞をとった学校の試合映像を持ってるんだ」
「なるほど。……じゃあ、お邪魔しようかな?」
「うん。今日、帰ったら電話するから。その時、色々と決めよう」
「オッケー」
尚、その日の部活は特におかしなことも起きず、終了後はきちんと片付け。
部室に戻って着替えを済ませた頃合い、小里先生が戻ってきたと思ったら僕にディスクを三枚渡してきた。
日付と学校名も書いてあるから、その試合かな。
思ったより多い。
「ありがとうございます。三試合分ですか」
「そうなる」
これだけあればサンプルにはなるだろう。
「あ、そんじゃ渡来。これも貸してやろうか」
「はい?」
と、僕に言ったのは水原先輩。
渡してきたのは単行本……じゃないな、指南書?
『一から始めるバレーボール ~中学生向け~』と書かれていた。
おお。
「いいんですか?」
「うん。読み終わったら返してくれ」
「ありがとうございます」
ラッキー。あとで読ませてもらおう。
「そんじゃお前たち、いつも通り戸締りはよろしくな」
「はい」
そんなわけで先生が帰っていく。忙しそうだなあ。どっかの担任とは大違いで。いや担任も僕が知らないだけですごい頑張ってるらしいけど。
「そんじゃ週末について一応おさらいね。今週は土日の活動は無し。朝練来てもいいけど、体育館はバスケ部が使うから、走るくらいしかできないよ」
と、帰り支度を一通り皆が済ませたところで部長が音頭を取った。
「それと、来週について。体育祭の準備、バレー部は放送用テント設営が担当だよ。集合は部室前、良い?」
「はい!」
部長を除いた十人はきっちり声を揃えて答える。
うん、と頷き。
「よし。じゃあ、解散!」
今日の部活はおしまい、っと。
「それじゃあ渡来。夜、電話で」
「うん。また後でね」
村社くんは少し急ぎ気味に部室を出ていった。どうやらよっぽど急ぎのようだ。
「あ、そうだ。皆に聞きたいことがあったんですけど、今聞いちゃっても?」
「そりゃいいけど、村社はいいのか?」
「まあ、あとで電話するんで。その時に聞けばいいかなって」
そういうことなら、と先輩たちと、村社くん以外、まだ部室に残っていた九人に問いかけることにした。
それはある意味、ずっと気になっていたことである。
「バレーボールするとき、下着ってどうしてます? トランクスだと……えっと、その。あぶないですよね?」
ぴしっ、と。
部室が凍り付いたような気がしたけど、気にせず続行。
いやだって、何買うか決めなきゃだし……。
色々と意見を聞いた上で、そろそろ時間だということで待ち合わせ場所に。
すると、ちょうど洋輔もやってきたところだった。
「ごめん。遅かったかな?」
「いや、今来たところ」
それでも念のため声をかけておいて、と。
まあ大丈夫ではあったけれど。
「けどさ、佳苗。何も毎度毎度着替えなくてもよくねえか?」
「あー……ジャージで帰るってこと?」
「うん」
「本格的に始まったらなんか考えるかな」
でもなんか、体操着での登下校っていまいち好きじゃないんだよね。
たまにするくらいなら特別なだけだけど、それは登下校が両方ともならば、って感じだ。
学ランってそう変な折り目が付くもんじゃないけど、気分的にあんまり折りたたんで持ち運びたいものでもない。
肩とか。
まあ、『ふぁん』で治せるけど。僕の場合は。
「そういえば洋輔って部活用の鞄も持ってるんだよね」
「ああ、エナメルバッグのことか。そういや、お前もバレー部なら買うことになる……のか?」
「どうだろう。村社くんとかはそういう鞄じゃないんだよね。もうちょっと軽い感じのだったし」
「へえ。まあ運動部によって違うよな、その辺は」
そういうことだ。持ち運ぶものも違うだろうし。
ま、帰ろうか、と話がまとまり、校門をでて下校開始。
もちろん道中は無言ではない。
「そんで、バレー部はどうだ?」
「結構楽しいね。身体動かすのが刺激にもなるし……いずれは、眼鏡無しでも一通りできるようになればなって」
「良い目標じゃん」
「あはは。ま、僕の事だから面倒がっていつまでもつけてそうだけど」
「ありそうだな」
洋輔は苦笑して答えた。
そこは佳苗なら大丈夫だよと言ってほしい。
「そこはかなえならだいじょうぶだよ」
「うわあ腹立つ棒読み……」
「でも、そうだろ?」
「まあね」
頑張るつもりではあるけど、何かほかに楽しいことを見つけたらそっちに行ってしまうだろうという危惧はある。
でも、
「引け目がね」
「ん?」
「やっぱり、あるから」
ずるをしているという引け目は、結構残るだろう。
だからこれ無しでも今と同じくらいに動けるようになるまでは、何かほかにやりたいことが出来ても続けている……と、思う。
僕がそういうと、洋輔は何年掛けるつもりだ、と冗談めかして言った。
「まあ案外、そんなにかかんねえかもしれねえけどな」
「…………」
「俺はその辺割り切ってるし、お前もとっくにそうだと思ってたんだけどな……意外だぜ。予言しようか?」
「良いよ、別に。その言葉で大体わかったし」
要するに洋輔は僕がそのあたりをできるようになるよりも、何らかの折り合いをつける方が早いと判断しているわけだ。
意地悪だよなあ。
何が意地悪って、実際そうなるだろうと僕も思っているから、否定もできないことだ。
話題を変えよう。
「そういえば洋輔、サッカー部の方はどうなの」
「どうって」
「ほら、キーパーがどうこうとか言ってたじゃない」
「ああ……それなんだけど、色々と相談してな。結局リベロがいっか、って話になって」
…………。
えっと……、
「サッカーってハンド反則だよね?」
「サッカーにもリベロって役割があるんだよ。バレーボールみたいに手を使う訳じゃねえし、バレーのリベロとは役割も違うけどな」
「どんなの?」
「攻撃的ディフェンダー……とでも言うのか?」
えっと……、
「守備的ミッドフィルダーとは違って?」
「大体同じかな。全然違えけど」
どっちだ。
その二つは両立しないぞ。
「いや、リベロってポジションは今時とは言えなくてさ。サッカー史って単位で見るとそれが活躍した時代もあった。今のシステムに基づくサッカーとは、相反するとまでは言わねえけど、そこまで有効とも言えないって感じ。『必要なときに、必要な所に』。自由にあらゆる場所に現れるディフェンダー。それがものすごく乱暴な言い方をしたディフェンダーだ」
ふうん。つまり遊撃隊……ああ、なるほど。
自由なのは自由に出入りができるという意味ではなく、ポジションに囚われない自由という方向性か……競技が違えばそりゃ同じ名前でも意味が違って当然と言えば当然で、そして実に洋輔らしいといえば洋輔らしいポジションに落ち着いたな、という感想だ。
でも確かに最近はまず聞かないな。
「スタンドプレー……個人技の部分で圧倒するより、チームとして勝ちに行く。それが今のスタイルだからな。そういう意味で、リベロは自由にやれってことだから……まあ、時代には逆行してるかも」
「今時ならボランチとか言いそうだけどね」
「まあ俺、他人に指示はできるほど詳しくねえからな」
それもそっか……。
司令塔って感じではないから、ボランチとしては失格気味……ふうむ。
「もともと経験が無い以上、経験を今からこさえるしかない。剛柔剣にばかり頼ってはいられない、経験値は貯めなきゃいけない。その辺りはお前と結論が同じだな」
「でも、その次が違うね。専業に行くか、オールラウンダーを目指すか」
「ま、その辺は好みだろ。俺はそっちのほうが良くて、佳苗はそっちのほうが良いと思っただけで」
意見が異なるのも別におかしなことじゃないよ、と洋輔は結んだ。
気が付けば、もう家の前。
なんとも下校時が短く感じるなあ。
「…………」
「どうした?」
「いや。今日は野良猫が一匹も居なかったなあって」
「そういや、そうだな……」
ほんのすこしまえにわんさか来た時はあれはあれで困ったけど、一匹も見ないとそれはそれで不安になるんだよね。
「ま、いっか。洋輔、今日の夜はどうするの?」
「どうするって? ああ、飯か」
「うん。また一緒に食べる? 作るよ」
「いや、今日は良いや」
おや?
「母さんが作っておいてくれてるもんがあるからさ。それを食べないともったいないし」
「そっか」
そしてそっちの方が当然というか自然というか。
いろんな意味で。
じゃあまた後でね、と挨拶を交わして鍵を開けて玄関をくぐり、靴を脱いでホワイトボードを確認。
今日の帰宅予定は……どちらも夜の八時すぎ、九時前か。
いい加減夜ご飯のメニューを考えるのもおっくうになってきたなあ……。
映像見ながら電話を待つか。




