72 - 鍵束ふたつ
金曜日。
登校してクラスに入るなり、たったった、と村社くんが駆け寄ってきた。
はて?
「渡来、おはよう。鶴来も」
「おはよう、村社くん」
「おはよーさん」
「どうしたの?」
うん、と村社くんは頷いて、僕にプリントを渡してきた。
何だろう、と思ったら部活案内。
部費とかのアレらしい。
「納得」
「ごめん。昨日渡しそびれた、って顧問の小里先生も言ってたよ」
「まあ、昨日あったら確かに楽だったけどね。でもお父さんもお母さんも賛成してくれたから、正式に入部できると思う」
「本当に!?」
「うん」
やった、と思いっきりガッツポーズをとって、村社くんは嬉々と頷いた。
ここまで喜ばれるとこっちも無性に楽しくなってくる。
「それと関係あるんだけど。ちょっと下世話な話していいかな?」
「うん?」
「いや、最初にいくらくらいかかるのかなって。シューズ代とか」
「ああ。えっと……最低限、靴と下着だけど、下着は普通のでも究極的には大丈夫。靴だけは買わないとダメかな。練習着も、体操着で済ませちゃってる子はいるよ」
あれ、思ったよりかからない?
「でも、そのプリントにもあるけど、大体用意するべきものってのはあって。色々と必要なのを一気に揃えると……三、四万円くらいはしちゃうかも」
「なら大丈夫か。都合決まったら教えてね。だいたい週末とかならいつでも大丈夫だから」
「うん。ボクの方も都合は大体見えてきてるんだけど、今日帰ってからじゃないと分からないことがあるから。今日の夜に電話する」
「わかったよ」
やった、と村社くんは改めて喜び、席へと戻っていった。
ううむ。
「佳苗も楽しそうだな」
「まあね。じゃ、またあとで」
「おう」
洋輔ともいったん分かれて自分の席へ。
おはよう、と周囲の子たちとあらためて挨拶をしつつ、朝の準備。
「佳苗は結局、バレー部入るんだ」
準備中に問いかけてきたのは昌くん。
「うん。僕でも役立てるなら何よりだし、それに」
「それに?」
「身長がある程度ごまかせそうだからね」
「…………」
「…………」
ちょっと、なんで黙り込むのかな、昌くんだけじゃなくて涼太くんまで。
まったく。
授業の方は何一つ問題らしい問題はなく終わった。
ファッションショーの方も順調で、横見さんの衣装候補も見せてもらい、結構いい感じだったので、大丈夫だろう。
さり気ない感じに普段とは違う側面を見せることが出来そうで、そこそこ行けそうだし。まあ優勝できればそれが一番だよね。
そんなこんなで放課後である。
今日のバレー部は体育館の、昨日と同じ場所だそうだ。
まずは演劇部に顔を出さなければならないので、少し遅くなるよ、と村社くんにはあらかじめ告げておき、洋輔とはまた例の場所でとだけ約束をして、演劇部の部室へと直行。
祭先輩以外の三人はすでにいたので挨拶をして、雑談を始めたところで祭先輩がやってきた。
「お待たせしたっす!」
そしてそのまま間仕切りの奥へと消えていった。
少しして、コピーをする音が。
「脚本、今から人数分刷るんで。五分ください」
「おっけー。じゃあ、それを受け取ったら今日は解散。土日は集合無し、各自読み込んで物語を頭に入れておいて。かーくんは風景を思い描いて、それにあったセットを考えてみて頂戴」
はい、と皆の声が重なる。
「来週いっぱいは、りーりんに対する質疑応答が必要なときに部室に来る感じでいいよ。実際に演技の練習を始めるのは再来週の月曜日。六月の第三週からはシーンを切ってシーンごとにやったりしていって、七月頭には通しでやって、八月頭には完成させます。かーくんはそれを念頭に、だいたいその辺りまでにどんなセットを作って、どれくらいで完成するかの見積もりをお願いね。コンクールは八月十八日と十九日。今のところまだ先生と交渉中だけど、八月の前半で三日くらい、通しで体育館を抑えると思うから、そこでリハとかはやるよ!」
おお、なんか急激に部活っぽい動きになってきた。
「というわけでらんでん。必要な人は七月までに集めておいて。それが終わったら放送委員会と折り合いつけといて」
「りょーかい」
「ナタリアは軽音部と吹奏楽部へのアプローチお願いね。ある程度は事前に録ったやつが使えるでしょうけど、今回用にやり直してもらうこともあると思うわ」
「ええ、もちろん」
「りーりんは脚本が終わったらナタリアと合流して、脚本家として曲に注文付けること。完成品としての舞台は今回重要になるわよ」
「ラジャー」
「私は写真部と教員を抑えるよ。最後に、かーくん。裁縫部や工作部を使っていいわ。セットはこの予算の範疇でセットお願いね。余裕があったら衣装のブラッシュアップもお願い。小物もできたら嬉しいけど、その辺は私たちにもある程度『心得』があるわ。無理はしないでね」
「わかりました」
そしてなんか急激に頼れる人に見えてきたぞ、皆方部長が。
やるときはやる……か。
「あ、ところでかーくん。バレー部、どうだった?」
「とりあえず練習に混ざって、ちょっとやってみました。結構楽しかったですよ。部室にロッカーも貰いました」
「へえ。じゃあ、正式に入部して兼部かな?」
「たぶんそうなります」
問題でも出ただろうか?
「良いことね。らんでんもそうだけど、運動部と兼部していると、結構いいことがあるわよ」
「良いこと、ですか?」
「すぐには分からないだろうけど、いつかはわかるわ。だから、がんばってね」
はいと頷き、ちょっと考える。
良いことって何だろう?
「あと、バレー部ってことは合宿とか練習試合があるわね……。さっきも言ったけど、コンクールは八月十八日と十九日。この日に限らず、発表会とかがある場合は、こっちをできる限り優先してほしいのだけど、いいかな?」
「それはもちろん。僕が最初に入ったのは演劇部ですから」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
なんて話をしていると印刷が終わったようで、祭先輩が出てきた。
大量の紙束を抱えて。
「製本するんで、もうちょっと」
「どのくらいになったの?」
「実際に演技をすると、そんなにかからないかな。場面転換を含めても二十分ってところっすね」
…………、いや、それ長くない?
演劇部の演技としてみると。
「そこそこセリフ面では配慮しましたけど、長台詞もそこそこあるんで。ちょっと暗記は大変かも。アドリブも入れてもらう感じになるとは思います」
「いつもの事よ。きにしないわ」
あ、いつもの事なんだ。
で、祭先輩はてきぱきと印刷した紙を並べていき、奇麗に重ねて専用の装置でがちゃんと閉じた。
なんでそんな装置がこの部室にあるのだろう、と問いかけたいけど、この部室だから、と返されるのがオチのパターンだよなこれ。
「みちそー部長。どうぞ」
「うん。確かに貰ったわ」
「らんでん先輩も」
「ああ」
「ナタリア」
「ええ」
「かーくん」
「はい」
そして一人一冊ずつ受け取って、ぱらり、とめくる。
思ったより分厚い。
そしてこの脚本、ちゃんとした台本形式になっている……。
すごいな、場面転換とかもちゃんと書いてあるし、どんな場面なのかの挿絵までついている。
場面の数。
セリフの量。
登場人物……。
なるほど、結構読み込みが必要だな。
「部長、一ついいですか」
「なにかな?」
「セットの仮設置とか。どっか部屋を使いたいんですけど……」
「そうねえ。広さ的には……うーん。じゃあかーくん」
「はい?」
「いい機会だし、これをあなたに渡しておくわ」
と、渡されたのは……キーホルダー。
鍵は二つ、ついている。
片方には演、もう片方には多2、とサインペンで書きこまれていた。
これは……。
「それとりーりん。あなたにも同じものね」
「いいんっすか?」
「さゆりんと話して決めたのよ。次の部長はりーりん、あなたになるでしょうし、そろそろ責任を持ってもいいころよ。だから、渡しておく。悪用したら一発で取り上げるから、そのつもりでね」
「はい!」
祭先輩はとてもうれしそうに頷いた。
まあ、そっちはまだしも。
「僕は……まだ、受け取れる立場でもないんですが」
「うーん。そのあたり、さゆりんと私とでかなり悩んでたんだけど……。セットって作るにせよ保管するにせよそこそこ場所を取るし、ね。だから、まあ、仕方ないかって」
「…………」
「もちろん、悪用しちゃだめよ。授業のサボりとかは論外だし、だめなことはだめ。でも、部活の範囲内ならば……多少部活の範囲内から外れるとしても、それが必要な事ならば、まあ良しとしましょう。この部室は当然演劇部のものよ、演劇部以外が使うことはないわ。第二多目的室も原則は私たちの部室みたいなものだけど、他の部や授業で使うこともあるわ。だから、その時は使えないし。となると結局、両方の鍵を渡すべきだろうってなったの」
名より実を取った……か。
「それになにより、ぐみぐみ先輩もそうだったけど、セット作りって集中してやりたいものなんでしょう。となると演技練習をするであろう私たちが邪魔になるかもしれない。私たちがどっちにいるかはその時に寄るけど、私たちが居ないところで作業ができるようにするって意図もあるわ」
そしてその言葉は心遣いから出たものだ。間違いない。
ただ一瞬。
ナタリア先輩の視線が絵本を置いている場所を捉えただけで。
…………。
真偽判定的には、特に反応は無いし。
色別的にも、赤ではない……か。
ならばこれは、信頼であると同時に首輪ってことか。
何かがあったときに責任のある立場に押し込むことで、囲い込む。
その上で――『鶴の恩返し』、を成立させると。
やっぱり皆方部長は底が知れない。
どこまで意図してるのか、それとも意図していないのやら。
「色々とありがとうございます。じゃあ、とりあえずセット類は……うーん。第二多目的室に置くことが増えますかね?」
「そうね。あんまり大きいやつを作るなら、言ってくれれば倉庫を開けるし。ただ……前も言ったけど、あんまり大きいとコンクールの解除まで運ぶのが大変だし、移動も大変だから、分割できるようにしてね」
「もちろんです」
「よし」
じゃあ今日はこの辺ね、と皆方部長は手を叩いて区切る。
「それじゃあ、次の集合は再来週の月曜日よ。それまでは一同、きちんと台本を読んで、どの場面で何が起きるのかを頭に叩き込んでおくこと。以上、解散だよ!」
バレー部の部室へと向かいながら一通り台本に目を通す。
内容は以前、祭先輩が構想として語ってくれたものから若干変化があるようだ。
王妃と白雪姫は互いに好きあっている。
けれど王妃は王様の愛情を独り占めしたい。白雪姫は自分の幸せを求めたい、その上で母や父にも幸せでいてほしい。
そこで王妃と白雪姫は共謀、隣国の王子との政略結婚を決意。
ただし、これに王様が大反対。そこで白雪姫は事件を装い、森へと逃れ、その森に王子が訪れる事情を与えることで、既成事実化を図る。
これを阻止しようとした王様は狩人を用いて白雪姫を捜索するが、実はその狩人は白雪姫や王妃の側に立つ人で、無事白雪姫は隣国の王子と既成事実の作成に成功。
それを根拠にされたことで王様は白雪姫の結婚を認めざるを得ず、寂しさから王妃様をより深く愛するようになったという。
めでたし、めでたし。
「…………」
いやめでたしか、これ?
白雪姫と王妃様はまあ得をしている。王子様も何らかの算段があって白雪姫を嫁に迎えたのだろう。もとより政略結婚だ、あるいは領地のやり取りもあるのかも。
でも王様が全損してる気がする。ことごとく裏切られてるし……。なんかもうちょっと救いをあげてもなあ。
いや、でもそれでいいのか。
全ての登場人物が得をするとは限らない。誰かが得をすれば、その分だけ誰かが損をする。
今この場面で割を食うのが王様というだけで、別の場面を切り取れば王様は独り勝ちしている場所もあるかもしれないじゃあないか。
いまいち想像つかないけど。
ま、あとは場面をきちんと想定して、必要なセットをスケッチブックで指定された大きさに作って、あとは衣装のブラッシュアップか。
最後のが大変そうだなあ。
家でやることも多いだろうけど。
というわけでバレー部の部室に到着。
鍵がかかっていたので開けて、中に入ってボードを確認。
今日は体育館で活動、と書いてあるから、その通りだろう。
急いで着替えて向かわないと。
そう思いつつも、とりあえず鞄から猫のぬいぐるみを取り出し窓辺に置いた。
これも習慣づけないと、ね。




