70 - 和音は未だ心地よく
一通り練習に参加させてもらい、特に問題はなさそうかな、と判断。
さすがに未知の動きはいくつもあるし、作戦とかルールとかそのあたりもかない怪しいのだけど、追々ついてくるだろう。
結構身体を動かすのも楽しいし。
そして、五時。
部活はおしまい。
「あざーっした!」
「……、」
村社くんまで含めてそんな言葉が出てきたことにかなりの衝撃を受けつつも、あざーっした、と真似をしておく。
体育会系のノリは正直わかんないなあ。洋輔にでも聞いておこう。
片付けはさくっと終わらせて、そのまま鞄を抱えて部室にお邪魔する感じ。
バレー部の部室は体育館から結構近いのだ。
ロッカーの数は……剣道部の部室と大差ないくらいかな?
まだ余裕はある感じだ。
「どうかな、渡来。やる気出してくれたなら、このまま仮入部で……できれば、普通にも入部してほしいけど。とりあえず、在籍してみてくれないかな?」
と、村社くん。
僕としては不服が無い。
けどまあ、
「条件付きでもいい?」
約束というものがあるもんで。
そんなわけで演劇部側から出された条件を通達。
正直、毎回遅刻しますよって宣言だからダメかなあと思ったのだけど、
「なんだ、そのことか。なら問題ないよ。サッカー部の例もあるし」
「ああ、藍沢先輩が……」
「うん」
部長さんはあっさりと許可してくれた。
そんなわけでこの場で仮入部届を書いて提出、両親には事後承諾になるけど、まあ大丈夫かな……部費とかでは迷惑を掛けそうだけど。
「それじゃあ、渡来にもロッカーだな。えーと……」
「ボクの隣でいいんじゃない? クラスも背丈も同じくらいだし」
「あ、僕もそのほうが嬉しいかも」
「じゃあそうするか。ほい」
そう言って部長さんが投げ渡してきたのは鍵である。
鍵は三つ。その中の二つは同じに見えるけど、一つは違うな。なんだこれ。
「二つ同じ鍵があるのは、ロッカーの鍵。念のため、ロッカーには各自鍵を掛けること。まあ、そもそも他人のロッカーなんて開けちゃダメだけどな。ロッカーの大きさは見ての通り、制服はつるせるし、シューズとかもしまえる上、鞄も入る。ハンガーとかは備え付けの分以外は自分で持ち込みする分には自由。ただし、食べ物はできる限り入れない事。飲み物くらいかな」
「わかりました。じゃあ一個は予備ですね……」
どっかに仕込んでおくか。このスポーツメガネのバンド裏部分に仕掛け作って、そこでいいかな?
「うん。で、最後にもう一個の鍵なんだけど」
「はい」
ロッカーの鍵とは明らかに違う。大きさからして。
「部室の鍵だから」
「なる……はい!?」
納得しかけていやねえよとツッコミ返す。
え、なんで最初っから部室の鍵とか渡してんの。デフォルトで。
「別にここの鍵なんて持ってたって悪用できねえもん。それに体育館から近いとはいえ、結構人目につく場所だからね」
…………。
ううむ、まあ、確かに。
文化部の部室とは違って、このバレー部の部室は体育館に沿うように作られている。
で、校舎の教室がある側からもろに見える位置だから、ここで隠れてサボるというのは厳しいだろう。
着替え用のカーテンはあるとはいえ、それくらいだし。防音性もないだろうしな。
「だから渡来。サボりに使っちゃだめだからな」
「はい。もちろんです。じゃあ、早速ロッカー使わせてもらいますね」
「うん。ネームプレートに名前書いちゃえ」
そして渡されたサインペン。ふむ。
じゃあ遠慮なく、と、鞄から大きい付箋を取り出して渡来と記入、それをネームプレートにピタッとくっつけて、鞄から改めて取り出したマスキングテープで固定、それをロッカーに設置。
これでよし。
「……いや、直接書いていいんだけどね?」
「節約は大事ですよ」
「まあ、うん」
意気込みは買うよ、と部長さん。なんだか他の子たちも呆れているようだ。
「っていうか、なんでそんな準備がいいんだ……」
「一通りの文房具はいつも持ち歩いてますからね。のりとかテープとか、いつ必要になるかわかりませんし。演劇部の製作担当なので」
表向きの理由を説明しつつ、ロッカーを開けて中身を確認。
中にはハンガーが二つ、ハンガーはズボンをつるせるタイプか。
片方は学ランとスラックス、もう片方にワイシャツかな?
もう二本くらいほしいな。
というわけで、鞄の中に手を入れて、鞄の中にピュアキネシスで器を作成。
例の消音処置を施したうえで錬金術を行使、音は……よし、ほぼしない。そうでなくても結構ガチャガチャと音がしているから大丈夫だろう。
完成品のハンガーを取り出して、設置。
「待て。文房具はまだわかる。まだわかるが、ハンガーはどうして持ってたんだ」
「衣装類も作りますからね。念のためいくつか持ち歩いてるんです。それにほら、このハンガー、針金のやつだから、いざという時には針金としても使えますから」
ちなみに真相として言うと、鞄の中に入っているのは被覆針金である。それを錬金術でハンガーにしただけだ。だから、今の論も詭弁である。
それでも決して嘘ではない。なにせ針金であることに違いはないのだから、針金として使えるのは当然だ。
ともあれロッカーの大きさもある程度把握したし……。
となると、だ。
「ふむ」
「どうした?」
「いえ。シューズとか買ったほうが良いんですよね?」
「あー……まあ、そうだな。あと、その、部費とかも」
「それは覚悟してるんで構いません。親の説得は大丈夫ですし。シューズ以外もなにか買っておくべきものってあります?」
「下着とか」
下着?
パンツの事?
「試合するとなるとスパッツ履くことが多いから。それに合わせていろいろとな」
「なるほど……」
スパッツ……いざとなれば現物を見たうえで作るくらいはできるけど、なんかな。他人に下着を見せてくださいと言うのはちょっと変態な気がする。
シューズもどういうのがいいのかわかんないし。どのみちスポーツ用品自体、これまで買ったことないからなあ。
「村社くん」
「うん?」
「とても申し訳ないんだけど、今度暇なときに買い物手伝ってもらってもいいかな。シューズとか下着とか、どういうのがいいのかまるでわかんない……」
「あー……そうだね、いいよ。ボクがお願いして入ってもらうようなものだし、そのくらいはもちろんだ」
よかった。断られたら割とどうしたものかってレベルだったし。まあ鷲塚くんあたりを頼っただろうが。
「じゃあ、今度都合がいい時を教えてよ。僕は今のところ習い事もないから、ある程度自由にできるし」
「わかった。じゃあ……、明日はちょっと、うーん。明後日……もなあ。電話番号交換しよっか。ボクケータイもってないけど」
「僕もだね。じゃあ電話番号……メモはあるから、ペンはこのまま借りて」
というわけで自宅の電話番号を村社くんと交換、ちょうどいい日にちが決まったら連絡を受けることに。
ふむ。
とりあえず着替えて、と。
「あ。バレー部の活動日とか、教えてもらっても?」
「集合は平日はほぼ毎日。土日は練習試合とか、その前の集中練習であることもあるな。今週の土日は無いよ。まあ、村社か曲直部に聞けばいい」
「わかりました」
それもそうだ。
で、そろそろ帰るか、とみんなが向かったところで、今更ながらに一応。
「じゃあ、今日はありがとうございました。そして今更ですけど、一応皆さんの名前とクラスを教えてください……」
「ああ。……ちゃんと自己紹介してなかったなー」
部長さんは気まずそうに言った。
うん。まあ、お願いしよう。
というわけで纏めると、部長は三年一組、鳩原淳介先輩で、三年生は一人だけ。
二年生は四人、一組の漁火勉先輩、水原京司先輩、三組の土井地広先輩、四組の風間なお先輩。
残りの五人は全員一年生、一人は当然村社郁也くんとして、他は皆四組で、鷲塚一多くん、古里順博くん、鷹丘幸司くん、曲直部咲くんというラインナップである。
正式部員はこの合計十人。
で、僕が入ると十一人。
演劇部と比べるとかなりにぎやかだ。
あと剣道部の倍近い。
バレーはそこそこ人気らしい。
「じゃ、今度こそお疲れ様。また明日な」
「はい、また明日。演劇部に出てからなので、十分から二十分ほどは皆より遅くなりますが」
「ああ」
というわけで改めて解散。
先輩たちが帰っていき、残ったのは僕と村社くんの二人だった。
洋輔は……ああ、窓から見える。待ってるようで悪いけど、もうちょっと待ってもらおう。
「で、村社くん。念のため聞きたいんだけど」
「鍵と、あと活動する場所の事だよね」
「そう」
ああ、よかった。わかってくれる子がクラスメイトで。
「えっと、まずは活動場所については、ほら。そこにホワイトボードがあるだろ。そこに部長か水原副部長が書いてくれる。そこに集合すればいい」
「ふむ」
「で、鍵については、そのホワイトボードの横。名前の書いてあるプレートと、その下にフックのついてる板があるでしょ。あれはそこに設置されてるんじゃなくて、活動するところに持っていくんだよ。だから、そこに引っ掛けることで出席になるんだね」
なるほど納得。
それならば鍵の持ち歩きもそこまで気にしないで済みそうだ。
「うん、ありがと。じゃあ、週末……? かどうかは分からないけど、買い物の付き合いよろしくね」
「こちらこそ。できるだけ早くに都合のいい日考えてみるから」
ばいばい、またあしたね、と村社くんが帰っていく。
一人になったバレー部の部室、の真ん中に置かれたベンチに鞄を置いて、僕はぐるりと周囲を『見渡し』ておく。
…………。
大丈夫。赤は無い。全部緑だ。
コーティングハル使って防音しちゃおうかな。魔法で鍵をかけているときに限り防音する感じなら不審がられることも少ないだろうし。
手持ちのコーティングハルは……大丈夫、これだけあれば足りる。
ふぇんっ、という例の音と共に、無事完遂。
今の音が聞かれていたとしても……ま、一度だけならごまかせるだろう。大体、この音がこの部屋からしたと確信できる子なんてそういない。
鍵の魔法は結構簡単な、維持コスト型のものにしておいた。洋輔にも使えるはずだ。たぶん。防衛魔法にちょっと連想加えるくらいだし。
さてと。
これ以上待たせるのはさすがにかわいそうだ、ということで、荷物を集めて部室を出て、鍵を閉め、鍵を指に引っ掛けつつもいつもの場所、ベンチへと。
「だいぶ遅かったな」
機先を制するように洋輔は言う。
「ごめん。色々とあってね……ま、説明もちゃんとするけども」
「ん」
洋輔はだいぶ不機嫌そうで、僕の方を見ようともしない。
時計を見れば五時三十二分。
そりゃ三十二分も待たせりゃ怒るよな。
「って、なんでそっちの眼鏡つけてんだ」
「ん? ……ああ」
そういえば普通の眼鏡にかけ替えていなかった。
だいぶゴーグルタイプにも慣れたようだ。
「いや、演劇部の後、そのままバレー部の見学に行ってね。見てるだけのつもりだったんだけど見つかって、そのままちょっと参加してきたんだ」
「あー。なるほど。じゃあその鍵は……」
「バレー部の部室と、僕のロッカーの鍵」
「ふうん。バレー部は部室の鍵を配布してる方か」
サッカー部は違うんだけどな、と言って、洋輔は立ち上がった。
まだちょっと機嫌は悪そうだけど、遅かった理由が分かったからかだいぶ緩和されている。
「っていうかお前、そのままバレー部に入るのか? 演劇部側の許可は?」
「もらった。先に演劇部に顔を出せば、あとは良いって。もともと僕は演技するわけでもないし……それに」
「それに?」
これは先輩たちがそう言ったという訳ではないけど。
「さすがに、何かおかしいって感づかれたかも」
「そりゃ、どういうことだ」
「演劇部に顔を出したとき、もう先輩たちが揃っててね。僕も決して遅かったわけじゃないんだけど……。で、部室に絵本がいくつか転がってた」
「朝見たときにもあっただろ」
「うん。増えてたって言った方がいいかな」
「何が」
「鶴の恩返し」
先輩たちは僕の作業を見ていない。
なのに出てくる代物は使えるものだ。
童話や絵本をアレンジするならば、当然そりゃあ見つけるよね。
「ふすまを開けないためにも、今回の僕の行動は好ましいんじゃない?」
茶化して言えば洋輔も笑った。
「鶴は佳苗じゃなくて俺だけどな」
こぼれ話:
体育イベント二点盛り(球技大会+バレー部入部)
……うん間違っては無いな!




