69 - 魔境住民のバレー部見学
今日、体育館を使っている部活は、バレー部とバスケ部の二つ。
この学校の体育館は柔道場や剣道場がある分だけ大きく見えるけど、実際の体育館はそこまで逸脱した大きさという訳でもないから、そこそこ狭い感じはしている。
まあ、球技大会の時と同じような区切り方だし、普段からこうしていて実際に問題はないのだろう。
で、男子バレー部はというと……。
「サーブ練習はじめんぞー」
「はーい」
十人くらいかな?
見覚えがあるのは五人。
一人は当然村社くん、もう一人も当然鷲塚くん。残る三人も四組の子だな、確か。
着ているジャージから判断するに、残りの五人のうちの四人が二年で一人だけ三年。
多少偏りがあるような気はするけど、こんなものかもしれない。
邪魔をしても何なので、僕はそのまま階段を上って二階のギャラリー部分へ。
見やすい場所を陣取って、そのまま男子バレー部の活動を観察してみる。
顧問の先生、だろう、先生の指示を聞いているのは三年生の子。部長かな。
で、残りの九人はサーブ練習を始めていて、ほとんどの子は上で打つちゃんとしたサーブを打っていた。
村社くんは例の、ジャンプサーブとジャンプフローターを交互に。他の子のサーブと比べて明らかに抜けているのは、それに特化している証拠だろう。
ちなみに一人だけ、二年生でアンダーサーブを打っている子がいるけど、その子は尋常でなくコントロールが良いようだ。村社くんと競合……は微妙な所かな、村社くんはセッターもやってるわけだし。
しかしあれ、取るの大変そうだなあ。
とか思っていたら、ホームランが飛んできたのでキャッチ。
って、あ。
「あ!」
こっそり見学しておくつもりだったんだけど……バレちゃったか。
もはや隠れるのは厳しい。
というわけで一階に戻りボールを鷲塚くんにサーブして返しつつ、
「お邪魔しますってね。言い出せる状況でもなくて」
「うお」
そしてボールを取り損ね、鷲塚くんは数歩揺らめいた。
ふうむ。
「うわあ。渡来、ジャンプフローター打てたの?」
「ううん。ちょうどサーブ練習始まったころから見てたんだけどね、それで村社くんの動き観察してて。で、今試しにやってみたってわけ」
だから打てたとは違うよね、と言いつつ合流し、そのまま顧問の先生らしき人物の方へ。
「お邪魔します。見学しにきました。迷惑でしたら、日を改めるなり諦めるなりしますけど」
「……君は、たしか」
「一年三組の渡来です。渡来佳苗」
「うん。だよね。話は聞いているよ、鷲塚たちから」
…………。
あれ?
「村社くんじゃなくて?」
「いやあ。正直本当に来てくれるかどうか怪しんでたっていうか。いつ来る、とも言ってなかったから」
「でも今週中に来るとは言ってたんだろ。だから俺が先に話したってワケ」
なるほど。
「ごめんね。演劇部側で話を今日つけるつもりだったんだよ。で、明日見学にくるつもりだったんだけど……演劇部の先輩がもう、僕がバレー部に呼ばれてるの知っててさ。急に着ちゃった」
「いやあ。ボクとしては嬉しい限りだよ。部長。この子が、たまに話してた渡来くんです。今日は見学するみたいですけど、かまいませんか?」
「そりゃあ構わないとも。……ふむ。体育着なら、ちょっとは一緒に動いてもらってもよかったんだけど」
「思いっきり学ランのままなんですよね。一応、体育着はこのなか……に、ありますけど」
そう言って僕はバッグを叩くと、先生と部長さんの間で視線が飛び交った。着替えさせるか、いやでもまだ確定じゃないんでしょう、それもそうだ、とはいえ参加はさせたいよな、みたいなやり取りが無言で行われているらしい。
なんか以心伝心って傍から見てると怖いな。
…………。
あれ?
いやそもそもなんでその以心伝心を僕が読み取ってんの?
「あれ、どうしたの、渡来。急に首を傾げたりして」
「いや。なんでもないよ」
さすがに気のせいだと思うし。
「着替えた方がいいなら、ギャラリーなり舞台袖なりで着替えてきちゃいますよ」
「……んー。まあ、見学ならいいんじゃないかなあ。ああ、でもちょっとは動いてみたい?」
「そうですね……まあ、ちょっと運動するくらいなら学ラン脱げばいいですけど。一応動くなら、眼鏡もちゃんとしたやつにしないとなので」
「ああ、スポーツメガネもってるからね、渡来は」
「うん」
村社くんのフォローもあって、とりあえず着替えてくることに。
バレー部の部室を使っていいよ、とも言われ、位置的にはそこまで距離じゃないんだけど、まあ舞台袖の方が近いし、そこでなら特に誰かに見られることもないのでそこでちゃっちゃと着替えてしまった。
尚、ジャージも着たほうが良いと言われたのでジャージも着用。あんまり僕はジャージが好きじゃないんだよなあ。
で、荷物は舞台の上に置いておくことに。目の届く場所だし、大丈夫だろう。
……一応罠仕掛けておくか。
「お待たせしました。練習の邪魔しちゃってごめんなさい」
「いいや、気にしないでくれ。えっと、じゃあサーブ練習から、なんだけど。その前に渡来。君は、バレー経験者かな?」
「いいえ」
僕は首を横に振る。
そしてそれを見るや、他の一年生五人がしらーっという表情で見てきている。
村社くんまで……いや本当に経験者じゃないからね?
「そうか……。じゃあ、とりあえずサーブやってみてくれるかな。漁火、土井、それと曲直部に古里、……と、鷲塚、風間。コート入ってくれ」
うん?
部長さんの指示で向こう側のコートに一年生の三人と二年生の三人が向かい、臨戦態勢をとっている。
どういうこと?
「さて。漁火、手を挙げてくれ」
「ほい」
手を挙げたのは二年生、髪の毛をかなり短くしている子で、僕から見てコートの右奥。
あの人が漁火先輩か。
「できれば、でいい。サーブの方法は何でもいいよ。アンダーサーブでも、強い奴はいるしね。で、できればあの、漁火を狙ってみてくれ。あいつが一番レシーブが上手いから」
「がんばって、渡来。部長は見ての通りスパルタだから」
「……はあい」
見た目は温厚そうなので、見ての通りとは違うと思う……。
まあいいや。
ボールを受け取りコートのラインへ。とんとん、とボールを数回投げて、距離感を掴む。
スポーツメガネにゆるみは無し、大丈夫かな? まあ大丈夫だろう。多分。
機能はフルに使うためにある。
という訳で、理想形としての想像はさっき見ていた村社くんの動き。
記憶に基づき、『僕の身体』を媒体として『再生』され……っと。
フォームはそれでいい。
細かい調整は僕の仕事だ。
ベクトラベルの視界で調整を重ね、個々だというタイミングで矢印を確定させる――僕には矢印を直接的にどうこうすることはできないけれど、錬金術的な領分である程度の調整はできるのだ。
そもそも洋輔の剛柔剣は魔法ではない。魔法以前の感覚だと、洋輔は繰り返していた。
その感覚は本来、普通の人間には得られないものなのだろう。だけど僕には、それを視覚的にとはいえ、感知することが出来る。観測することが出来る。観測できればそれに調整を重ねることはできるし、自分的に都合のいい結果を強引に再現することだって、できないわけじゃない。
きわめて劣化した、視覚のみによるベクトラベルの感覚を、錬金術で無理矢理補ってる感じかな。これを自動化できればなあ。まあそんなことができたら、それこそ剛柔剣の亜種になってしまうか。
ともあれ。
村社くんの動きを再現する形で放ったサーブは、ジャンプフローター。
指定通り漁火先輩のほうにボールは向い、その早いブレ球はブレが酷くなる前にオーバーハンドできっちりレシーブされた。
……あれ?
「うひゃあ。一度だけなら偶然や奇跡、まぐれでも、二度も再現されると実力だな……村社、こいつ何者なの?」
「いや正直、ボクもここまでとは思わなかったですよ、部長。実際、スパイクは微妙だったですし。レシーブはやたら上手で、カバー範囲もばかみたいに広かったですけど……」
そこ、聞こえてるんだけど?
そしてなんか向こうのコートに居る六人はきちんとレシーブからセット、そしてスパイクにつなごうとしている。
え、六対一はさすがにひどくない?
とか思いつつも相手のスパイクの軌道を見切ってしっかりレシーブ。
レシーブは無理矢理高く上げておいて、時間的猶予を持たせておいて、それに合わせて今しがたむこうの二年生、漁火先輩じゃないうちのどちらかが放ったスパイクを参考に『再生』した理想の動きとしてスパイクを放ってみる。
調整は……うん、これはできる方だから、もう一度漁火先輩を狙って、と。
「うおっ」
まさかの反撃だったのか、漁火先輩はそれを何とか受け止めたけど、ボールは素っ頓狂な方向へと転がって行った。
よし、勝った。
「いやなんでだよ。六対一で勝つって……」
と、抗議の声を挙げたのは四組の子。たしか鷹丘くんだったはず。
一応訂正しておこう。
「今のは僕の反則負けだよ。ボールに二回連続で触ってるから」
「まあそうだけど……」
「それにやっぱり、サーブもスパイクもだめだなあ……一回一回、ものすごく疲れる……」
「……だとしても、まさかここまできれいに模倣られるとはね。ボクも最初は真似だったけど、最初っからここまではできなかったよ」
そしてかなり複雑そうな表情で村社くん。
僕の場合は……うん、まあ、ズルしてるようなもんだし……。
やっぱりこれを使ってる状態で部活やんのは邪道な気がするなあ。
気が引ける。
まともにやってる子たちに悪いって意味で。
でも矢印視界はないと不便だし……。
「村社くんとはちょっと方向性が違うんだけどね。要するに僕は、真似っこが得意なんだと思うよ。レシーブは……まあ、単に判断力かな」
「真似っこ……ね。じゃあ、たとえばだけど。ボール貰っていいかな」
と、それに答えたのは鷲塚くん。軽くボールを叩いてこちらに飛ばしてきた。が、ちょっとずれて僕の方にきているらしい。
特に視線を向けるまでもなく手でキャッチ。
「はい」
「……うん」
なんか妙なものを見た、といった表情で村社くんは頷き、ボールを部長に渡す。
部長はおおむね理解したようで。
「残りもコートに入ってくれ。渡来、お前もな」
「僕もですか?」
「ああ」
まあ、良いけど。
そして指定されたのはコートの後ろ、真ん中のところ。
といっても、こっち側には五人しかいないから、ちょっと向こう側と比べると少ない。
「そっちの判断で適当にアタックしてみてくれ。渡来のリベロ適性を実際に見たい」
「了解」
向こう側からそんな声がしたのを確認するなり、部長は軽めのサーブを打つ。
そのサーブはポイントを取ろうというものではなく、当然漁火先輩がそれを上げて、別な二年生の子がトス。
最後に曲直部くんがきっちり合わせてスパイクを打った。
ので、軌道が確定した時点でボールの落ちる場所に先回り、矢印を調整しつつ村社君の頭上に帰るように、高めに上げて……っと。
「はいっ」
「っし」
レシーブしたボールを使って村社くんがきれいにトスを上げ、部長さんがそれから、叩きつけるような強烈なスパイクを放つ。
おお、すごい。
あっちのコートでは二年生の先輩がボールを取り損ねていた。
「……なるほど。話には聞いてたけど、マジでレシーブが上手い」
「いや、上手いっていうより……なんか……」
部長のつぶやきに、しかし二年の別の先輩が首を傾げた。
はて?
「渡来。ちょっと、ここに立ってくれる?」
「はい」
言われるがままにその二年の先輩、が指さしたところに立ってみる。
ちょうどコートのど真ん中だ。
「バレーのコートは、横幅が九メートル四方ある。で、お前の守備範囲ってどのくらい?」
「えっと、つまりうたれた瞬間に反応しきれる距離、ですよね」
「そう」
どうだろう。
「一歩で手が届くところなら、何とかできるとは思いますけど。幅跳びはあんまりやってないからなあ……」
立ち幅跳びの時はルール上できなかったけど、今回は『はずみ』をつけてばねにしても大丈夫かな。
とん、
と飛んで、着地と同時に大きく踏み込む。
一番遠い、角のほうへと飛んで、っと。
「うん。だいたいこの辺ですね」
四隅から一メートルは離れていない程度のところ。
「滑り込みながら、なら、ぎりぎり届くかな?」
「なんつー出鱈目な……」
え、そうなの?




