68 - 魔境と書いてえんげきぶ
「うん……なんていうのかな。こんなまともな衣装、レンタル以外で着れる日が来るとは」
「そうっすよねえ」
と、感慨深げにやり取りをしているのは祭先輩と藍沢先輩。
まだ服を着ているだけ。祭先輩は靴も履いているけど、それだけだから、役としては完成していない……んだけど。
「すげえ。王様と王子様が会話してる」
「すげえっていうかなんかこわい」
「ああ、確かに」
と、梁田くんと蓬原くん。ちょっと正直すぎるぞ、この二人。
「うわあ。らんでんもりーりんもすごい似合ってるねえ。かーくんお手柄!」
「おほめに頂き感謝します。お二人とも、サイズとかは大丈夫ですか? たぶん大丈夫だとは思うんですけど、ウェストとか、肩幅とか。結構目算で作っちゃったので」
「目算……。目算で作れるものなのか? 裁縫部に頼んだ時は片っ端から採寸されたんだが」
藍沢先輩がいぶかしげに見てきたけど、まあ、うん。
「僕は型紙作りませんから……結構ノリで作っちゃうんですよね。だから、記憶にある大きさから、適当に作ってる感じなんで」
「適当……」
「私たちのドレスもそうだったのかな?」
「もちろんですよ。採寸してないでしょ?」
「それもそうね!」
皆方部長は納得してくれたようである。
反面、その横に座っていたナタリア先輩は深刻なため息をついていた。
作ってる僕としてもさすがにやりすぎてる感はあるんだけど、まあ主要キャストの分くらいはちゃんと作りたいよね。
「そういう訳ですから。藍沢先輩。ちょっと上履き脱いでくれますか」
「うん? どういう訳で?」
「足の形を見ておきたくて……できれば触りたいんですけど」
「りーりんもやったのか?」
「やったっすよ。まあ、ちょっとくすぐったいかもしれないっすけど」
「まあ、いいけど」
というわけで、藍沢先輩が上履きを脱いだのを見てそちらに向かい、足の形を確認。
って、なんだこりゃ。ものすごい筋肉がついてる……。
どっしりしてる感じというか、ここまで筋力がすごいのは『あっち』でもそうそういなかったと思う。さすがはサッカー部。
というか、さすがは元サッカークラブチームの、名ディフェンダー、か。
「かーくん。その。なんだ」
「はい?」
「えっと……なんかこう、邪な感じになるから、もうちょっと勘弁してくれないか」
「え、そんな変な顔してましたか、僕」
「いやお前がじゃなくてぼくが」
うん?
「らんでん先輩、いけないっすよー。純情なかーくんで遊んじゃ」
「?」
「悪い。けどなんかこう……なあ?」
藍沢先輩の問いかけに、まあ、と祭先輩が曖昧に視線をそらして頷いた。
だけじゃない、ふと他の四人にも視線を向けたら、それぞれに同意を示しているようだ。
ううむ。
また僕だけ知らないあのパターンか……。
「で、そろそろ良いか。なんかこのままだと足をなめさせたくなってくる」
「それはちょっと遠慮したいですね……。概ねわかったので、ありがとうございます。うーん。やっぱりブーツ型かなあ……でも王様がブーツはちょっとなあ……。大体他の役もやるんだから、ブーツなんていちいち履いてられないし。ああ、いやむしろ普通の靴を作って、その上から履けるブーツを作ればいいのか……」
「すっげえ簡単に言ってるっすけど、それ、すごく難しいんじゃ?」
「まあなるようになると思いますよ。で、祭先輩。衣装は大丈夫そう……ですけど、靴はどうですか?」
「十分。っていうか買ってきた靴みたいで、なんか、びっくりかな」
「そうですか。まあ、本物の革材は使えなかったので、偽物ですけど。舞台上なら、そこまで気づかれないかな……」
「ああ、それ合皮だったんだ?」
皆方部長の問いかけに頷くことで答えとする。
実際には合皮ですらないんだけど……まあ、真相を言う訳にもいかないしな。
「現状、材料はこの部室にあったものをメインに、ちょこちょこ僕が使わなくなったやつとかを使ってる感じなので、元手はかかってませんし。うん。このクオリティでいいなら、とりあえず続行できると思います。ドレスの改修も進めますけどね」
「いやあ、かーくん。演劇部入ってくれてありがとうな。おかげで『やりたいことが出来る』。裁縫部も工作部も結構ぼくたちの無茶ぶりを聞いてくれてはいたけど、ここまでのクオリティとなるとさすがに……。工作部の子の前で言うのも何だけど」
「俺たちのことは気にしないでください。裁縫の方は門外漢ですけど、工作の分野、あの鏡が十分すでに工作部でもかなり時間かかるような代物なんで。さすがに三年になるくらいまでには、追いつきたいですけどね」
そうなのか。
確かにマジックミラーの切り出しとか大変そうだし、そうなのかも。
「あ、そうだ。ついでと言っては変なんですけど、皆方部長、藍沢先輩。大きなセットって、作ったとしたらどこに保管すればいいんですか? やっぱりここ?」
「まあ、基本的にはね。でもあんまりに大きいやつとかは、工作部と一緒に使ってる大きい倉庫があるから、そこも使えるよ。あとは四階の第二多目的室とか。そこにも入らないようなものだと、ちょっと取り回しが悪すぎるかな……。分解できるような造りになってると良いんだけど」
「なるほど。じゃあその辺りも考えながら作ってみます」
「うん。お願いね、かーくん」
とりあえずお城のセットだな。大きく四分割して、スライドしながらくっつけられるような感じにすれば良いだろう。たぶん。
「あと、もう一つ聞いておきたいんですが。舞台上のセットって、電気使っても大丈夫なんですか?」
「電気って、電球?」
「いえ、コンセント的な」
「それはちょっと……厳しいかな。絶対に無理とは言わないけど、さすがに準備に時間がかかりすぎる。移動の時にかなり気を付けないといけないし、配線とかもあらかじめの指定じゃ限度があるもの」
「それもそうか。じゃあ電池式なら、オッケーですか?」
「あんまり規模が大きいものだと搬入段階でチェックが入るのよね。安全性とか。だから、大きいやつは、可能な限り電池も使わない方向かしら。どうしても光が必要なら、ライトで照らすのが基本になるわ」
それもそうか。
ぼんやりとした明かりでいいなら、蓄光タイルとかに使うあのインク……かな。
「とりあえずは、キャンドルのイミテーションでも作りますか……火じゃなくて、電球で光るタイプの」
「ああ、確かにあると便利そうね」
「量産はできるかどうかわかりませんけど。まあ、可能な限り作ってみますね」
「かーくんに任せるわ!」
ナタリア先輩と皆方部長は口々に言う。
まあ、そんなもんだよな。実際結構数は使いそうだし、多少余ってもセットに流用できるし。
まさか蝋を使う訳にはいかないから、樹脂かな。質感的にはシリコン?
何とでもなるだろう。
「さてと。それじゃあ、キャンドル系を作って。あとは残りの三人の靴かあ。さすがにちょっと時間かかるかな?」
「そうね。セットについては工作部側との協定があるから、手伝ってもらいなさい。そこの二人も含めてね」
「はい。梁田くん、蓬原くん。色々とお願いすると思うけど、よろしくね」
「お、おう……。正直俺たちの技術でどこまで役立てるか疑問だが……」
「技術なんてものはあとからついてくるよ。楽しんでれば自然とついてくる。僕はそう思ってる」
ドレスも靴も鏡も。
真相としては、錬金術による強引な生成ではある。
でも、僕が錬金術という技術を覚えることが出来たのは……それが楽しかったからだと思うし。
作れるものが増えていくあの感覚は、今も尚、やっぱり楽しく思うのだ。
さすがに近頃は完全に新規の道具なんて作れていないけど。
というかまだ検証が終わってない道具がいくつか……。
安全なある程度広い場所がほしいものだ。
「好きこそものの上手なれ……か。かーくんらしい言い方っすね」
「ですかね?」
おそらくね、と祭先輩は言って、視線を工作部、梁田くんと蓬原くんに向けた。
どうしよう、という感じの表情だ。
ふむ。
「じゃあ、今日は無理言って来てもらってごめんね。これからいくつかお願いはすると思うけど、例の件は僕からもあらためて言っておくから」
「おう。そんじゃ俺たちも俺たちの部活にもどっとく。じゃーなー」
「また明日な、渡来。それに、今日は失礼しました、先輩方」
「いやいやあ。かーくんのこと、よろしくねー」
「はい」
思ったよりかは自然な形で梁田くんと蓬原くんが部室を出ていく。
そして、数秒ほどの待機時間の後。
「それで、かーくん。実際、あの子たちとはどの程度仲が良いのかしら?」
一番最初に口を開いたのはナタリア先輩だ。
「現状ではただのクラスメイトって感じですね。僕の復学自体が四月終盤だったので、初動って意味では友人は正直少ないです。小学校も違うし」
「そう。悪いことを聞いたかしら?」
「いえ、状況の確認のために、ですよね。特に気になりませんよ」
「聡いのは助かるわ。さて、それを踏まえた上で、だけど。みちそー部長?」
「んー。んんー。帳面的な事を言うならば、レーザー加工機、そこそこいいやつ買えるとは思うんだよね。去年に限らず一昨年から予算を少し予備費に回してるし、補正予算もあるし。教員側の承認を取るのも、まあ、たぶんできる。さゆりんが居る限りは、さゆりんがなんとかできるわ」
えっと……。
さゆりんって緒方先生のことだよな。え、何この緒方先生に対する絶大な信頼。
「あー。まだかーくんはちゃんとさゆりんの本性見てないのか」
僕の疑問が顔に出ていたのか、藍沢先輩が補足をしてきた。本性?
「さゆりんは確かにドジで、いろいろなことを忘れる人だけどね。交渉能力が異常に高いんだよ。普通に考えれば無理、って提案も通しちゃうんだ。それも相手を納得させた上で、適当な理由をでっち上げて……ね。だから、私たちは結構自由に設備を拡張できてるってわけ」
「そうなんですか? 正直想像がつきませんけど」
実際に設備が入っているところからして真実なんだろう。
世の中よくわからない素質を持っているものだ。
僕や洋輔を含めたうえで、ね。
「ただ、問題もあるんだよ。レーザー加工機、どれくらいのを買うの? そりゃあそこそこいいやつは買えるけど、そういうのを買うと材料費が足りなくなるかもしれない。そのあたりの予算を『曖昧』にしてあるからそういう設備を導入できるんだけど、その辺りは結構考えなきゃいけなくてね」
「材料費……確かに、布材とか、セットのためのべニア板とかペンキとか。ネジとか蝶番とかレールとか、接着剤とかもいりますからね……」
「でしょう。だから、その辺も含めていくらくらい残しておきたいのか。その上で、レーザー加工機が買えるかどうかとか、その辺も確認しなきゃいけないのよ。もちろん私たちが次のコンクールで優勝すれば、また補正予算はもらえるけど、優勝する前提でいくのは捕らぬ狸の皮算用ってやつになっちゃうしね」
当然勝つつもりではあるけれどね、と皆方部長は補足した。
勝つと楽しい。だから勝ちに行く。それならばいい。
それが『勝たなければならない』になると、楽しさはどうしても減る。
そう考えると妥当だな。
「でもってこれ、一演目につき、どの程度まで予算を確保するかって話でもあるんだよねー。白雪姫に現時点までには思ったよりかかっていないし、これまでの演目で一番お金がかかってたのは衣装代だから、そこが大幅に浮いてはいるけど」
「いえ、部長。それは錯覚ですよ。実際には備蓄されてた布材を贅沢に使ってるんで、そこそこの金額にはなってると思います」
「あ、そっか。かーくん偉い。となると……今回分くらいは足りそうかしら?」
「そうですね」
「なら、次の演目からは衣装の材料代はかかる。やっぱり予算く見直しが必要よねえ」
あんまり得意じゃないんだけどなあ、とぼやきつつ、皆方部長は首を振った。
「とはいえ、そのあたりはかーくんじゃなくて、私たちで決めないとダメね。まだかーくんには、予算の決まり事とか分からないでしょうし」
「そうしていただけるとありがたいです」
道具屋の会計とかならやったことあるんだけど……大迷宮の時はどんぶり勘定だったからな。
「じゃ、これはらんでんと私でやるわ。ナタリアも手伝ってね。りーりんは脚本」
「了解」
「えっと、僕はどうすれば?」
「バレー部、見学に行かないでいいの?」
……本当に、この先輩たちは目ざといし、優しいよな。
感謝を述べて、僕は体育館へと向かうのだった。




