67 - 梁田亘男とやる気の在処
体育の授業を終えて給食、掃除、お昼休み。
「渡来」
「うん?」
と、話しかけてきたのは蓬原くんと梁田くんだった。
奇妙な組み合わせ……ってわけでもないな。二人とも工作部だ。
「例の件、返事はもらえるかな」
「あ、ごめんごめん。えっとね、一応部長にも話は通したんだけど、少なくとも体育祭が終わるまでは結論出せないって」
「そっか。やっぱり無理かあ」
と、かなり残念そうにしつつ呟く梁田くんと、それに同調する蓬原くん。わかりやすいなこの二人。
「いやいや。結論が出せないってだけで、まだ決まってないからね。演劇部としてもアレがあると幅は広がるし。僕は賛成に回ってるし、先輩の一人は乗り気。残りの三人がちょっと考えてる感じだけど、多数決までは持っていけると思う。そうなれば何とかして導入を進めさせようとしてるから、まだあきらめないで」
「そうか? ……頼んでおいてなんだけど、渡来がそれを使いこなせるかどうかとか、そういうところも出てくるし。大変だろ」
まあ、それはそうなんだけどね。
…………。
ふむ。
「今日の放課後って、工作部、部活あるんだっけ」
「あると言えばある。といっても、本格的な活動じゃなくて、やりたい奴だけ集まるって感じだな。今日はたぶん、一年はあんまり来ないと思うけど」
「じゃあ梁田くんと蓬原くんは?」
「オレはいっかなーって」
とは蓬原くん。
一方、
「俺はいくつもり」
とは梁田くん。
どうやら部が同じだからと言って行動まで一枚岩ではないらしい。そりゃそうか。
「なんでだ?」
「いや、実は僕が作ったものを見てもらおうかなあと思って……昨日までは裁縫系のやつしかなかったけど、今朝は工作系のやつももってきてるからね。部室においてあるんだよ」
「ふむ。でも、良いのか?」
「どうだろう。結構思いつきで言ってるし。部長はなんだかんだ承諾してくれるとは思うけど……実は工作系を持ち込んだのは今回が初めてだから、そのチェックもしてもらわないといけないしさ。まあ、僕が梁田くんとか蓬原くんを呼ばなければ、工作部の部長を呼ぶんだろうけど。完成度とか、安全度とか、そのあたりを確かめたいだろうし」
僕の提案に二人は顔を見合わせて、しかしその後頷いて答えてくれた。
「じゃあ、とりあえず部室前にはいくよ。で、そっちで部長とかに聞いてみてくれ。もしダメなら、外まで運んでくれればそれで見れるし」
「わかった。じゃあ、放課後ね」
実際、あの鏡の改良とか、もしかしたらしてもらえるかもしれないし。
そんな下心は隠しつつ、放課後を心待ちにするのだった。
五時間目、六時間目の授業も終えて、帰りのホームルーム。
特にこれと言って目新しい連絡事項もなく、そのままあっさり今日の学校はおしまいとなった。
「洋輔?」
「おう。佳苗は?」
「そっちでいいよ」
「りょーかい」
と、なんともぞんざいなやり取りで今日の予定をたてつつ、っと。
「いやなんで今ので会話が成立してるんだお前ら」
「もともと仲が良いなあとは思ってたけどさすがに怖いだろ」
ぞんざいなやり取りに頬を引きつらせている梁田くんと蓬原くんにまあまあ、と抑えつつ、僕は二人を伴って演劇部の部室へと向かった。
ちなみに話を聞いてみたところ、蓬原くんは例のゲームで建築派、梁田くんは大海原を行く派だった。
おかしい。
あのゲームはあくまでゾンビと戦うのがメインであるはずだ。
まあその辺はさておき、無事に到着。
「じゃあ、悪いけどちょっと待っててね」
「うん。待ってる」
「よろしくなー」
二人を置いていったん中に入って、と。
「こんにちはー」
「ちーっす、かーくん」
「おはよー。ねえねえかーくん、あれなに?」
「ちっす」
「おはよう」
そして僕が一番最後だったらしい。
またこのパターンか。別にそんなにのんびり来てる感じじゃないんだけどな、僕も。
そして皆方部長のいう『あれ』とは、僕の手で布をかぶせた例の荷物たちである。
『わたらい』とだけ書かれた藁半紙で察してくれたようで、触ってはいないようだけど。
「今日の持ち込み分です。まあその辺もかねてなんですけど、実は今、部室の前にクラスメイトの、例の提案を持ってきた工作部の子たちが居まして。ちょっとその子達にも手伝ってもらうことが増えると思うんで、できればここに入れてあげたいんですけど……」
「ああ、そういうことなら良いよ。かーくんがほとんど全部やってくれてるのは事実だし、かーくんだけじゃ限界もあるだろうからね。そうね、かーくんが居る時で、かつ、かーくんが必要だと思うなら、部室に入れてもいいわ」
「ありがとうございます」
つまり僕が監視しろ、何かあったらお前のせいだぞということである。
「かーくんは察しがいいっすねえ」
「あなたとは違ってね、りーりん」
「ぐぅの音も出ないっす」
そしてなにやら漫才を始めている二年生組は見なかったことにして、とりあえずお披露目の前に部室のドアを開けて、っと。
「二人とも、入っていいって。ただ、中の設備とかは基本内緒なのは知ってるよね。それは守ってくれる?」
「もちろん」
「わかった」
よろしい。
という訳で二人を伴い改めて部室の中へ。
すこしおどおどとしながら入ってきた二人に、
「ちっす。鹿倉祭っすよ」
と最初に声をかけたのは祭先輩だった。
「こんにちは。梁田亘男です」
「蓬原俊です」
とまあ、そんな感じでそれぞれ自己紹介が始まる。
「藍沢典人だ」
「皆方智恵だよ!」
「ナタリア・ニコラエヴナ・ウラノヴァよ」
「!?」
まあそうだよな。一人だけ明らかに異質だもんな。
でもそれ本名なんだよね。戸籍上。
驚いた様子の二人をとりあえず招き入れ、適当な椅子に進めつつ、僕はようやく持ち込んだものを披露することに。
布を取り払えば、そこにあるのは例の魔法の鏡である。
「というわけで、今日の持ち込み分なんですけど、魔法の鏡の基礎です。とりあえずここまでは作りました」
「相変わらずでたらめな速さで、しかも完成度も妙に高いわね……」
「足元はキャスター付けてるんで、移動はそこまで手間じゃないかな。たぶんですけど。で、裏はこうなってて」
「まって。まって、かーくん。ちょっとストップ。え? いつ作ったの、これ」
「完成したのは昨日です」
困惑を隠さずに聞いてきたのは皆方部長。
というわけで裏返し。
「裏側は見ての通り、LEDライトついてます。単三電池を使いますけど、このスイッチを押すと」
ライトが点灯。当然だ。
「マジックミラーの原理を利用するので、光量は強めになってます。スイッチ一つですけど、どうします? ダイヤルみたいにして光量調整できるようにしたほうが良いですか?」
「…………。いや、ちょっとまってくれ、かーくん。えっと、昨日作ったのか?」
藍沢先輩の声にも困惑が浮かんでいる。
「はい。大きさはこんなもんでいいですか? 小型化するなら簡単ですよ。大型化はちょっと、時間貰いますけど、できないことはないかな」
「そうか……。えっと……。りーりん、どうだ?」
「どうもこうも、おおむね注文通りの者がすでに完成品として存在することに焦ってますよ……ええ……」
「そうよねえ。かーくんって裁縫が得意なのは知ってたけど、まさか工作もここまでとは……」
ナタリア先輩と祭先輩もそんなやり取りをしてくる。なんか呆れられているらしい。
「まあ、こんな感じでセットの方は作っていきますね。品質だいたいこんな感じなので。ただ……現状、設備的な問題で学校で作るより、家で作る方がいいんですよね」
「……レーザー加工機かあ。まあ、検討はしてるけれど。さすがに額が額だからねー、さゆりんの説得が大変かも」
「その辺は部長に任せます。一年がかかわれることでもないですし」
「うん。任せて頂戴。……でも、この鏡もそうだけど、大概かーくんって器用すぎるよね」
「セット作りとかの方は、僕に任せてください。必要なものを言ってくれれば、頑張って作りますから」
「ええ。任せるわ」
くすりと笑い、皆方部長は数度うなずく。
そして、すっと視線を鋭くして、僕に改めて向けてきた。
「だからこそ、かーくんにひとつ、確認しておきたいんだけど。いいかな?」
「なんですか?」
「実はね、バレー部の子たちから聞いたんだけど。兼部したいんだって?」
「…………。いえ、まだ見学もしてないので、結論は出してませんけど」
「そう。もしかーくんがその気なら、かまわないわ。らんでんの例もあるし、私たちと違ってあなたはそういうモノづくりの専門だから、四六時中練習に参加してなきゃいけないわけじゃない。それこそ、動画とかで確認できるものね。でも、一つだけお願いがあるの。バレー部との兼部をするにしても、まず、こっちに顔を出してくれるかしら?」
「ああ。そのことならもちろんです。藍沢先輩とも意思疎通はしないといけないんですから、その件についてはバレー部も説得してきますよ」
「ならいいわ!」
うん、なんか思いがけぬ方向から話題が出てきたな。
そして特に驚いた様子が無い、ということは、僕が来るまでの間に話し合いがあったってことか。
「じつはぼくが聞いたんだよ、その話。らっこの弟が同級生の、わたらいってやつを入れたがってる――ってね」
「ああ、その線ですか。納得」
村社くんのお姉さん、裁縫部の部長だもんなあ。
そりゃ漏れるか。
「裁縫部で思い出したんですけど。靴づくりは何部なんですかね?」
「……そもそも靴は買ったり借りたりするもので、作るものじゃないと思うけど」
ナタリア先輩の至極まっとうな突っ込みに、ちょっと困りつつも僕は鏡の横に置いてあったアタッシュケースを手に取り、机の上に移動させる。
その時点ですでに演劇部の先輩四人組は表情を緊張に染めていた。
一方、梁田くんと蓬原くんはいまいち理解していないようだ。そりゃそうだけど。
ケースを開けて、と。
「えっと、衣装面で作ってきたのはこれです。藍沢先輩用の『王様の服』、それと祭先輩用の『王子様の服』。遅くなってすみません」
「いや十分早いけど……すげえ、なんだこれ。裁縫部が見たら泣くぞ」
藍沢先輩は受け取りつつもそんなことを言った。
そして祭先輩も呆れと感動が複雑にブレンドされた表情で頷く。
「試しに着てみるか。りーりんも着替えるだろ?」
「そうしますか」
と、立ち上がった祭先輩たちを、「待ってください」と僕が引きとめる。
「えっと、藍沢先輩のはすみません、まだ間に合ってません。で、祭先輩。これを」
「……えっと。かーくん。何すか、この箱は」
「見ての通りです。着替えるついでですから、履いてみてください。靴も」
「……まさか、作ったっすか?」
「はい。初めてなので、どうしても造りは甘いと思いますが」
冗談っすよね、と祭先輩は現実逃避を開始したので、冗談じゃないっすよ、と口調を合わせて言ったら、祭先輩の首元を掴んでそのまま藍沢先輩が奥の間仕切りの奥へと運んで行った。まあ、サイズ的には大丈夫だと思うけど。
「かーくん。あなた、ドレスの時もそうだったけど、大概ばーって一気に作るタイプなのね。夜ちゃんと寝てる?」
「もちろんですよ、ナタリア先輩。そりゃもう、ぐっすり!」
「そう……。ところでええと、蓬原くんと梁田くんだったかしら。かーくんって授業を居眠りしてない?」
「残念ですけど、今のところそういうのはないかな……」
「そう……」
え、なんで残念なの?
「ていうか、渡来。なんだあの衣装。あとあの鏡。え、本当に作ったの? 買ってきたんじゃなくて?」
「うん。足りない材料はちょっと適当に調達したりはしたけど。でもマジックミラーとか、結構予備があったから」
「なんでだよ」
「演劇部だからじゃない?」
実際に部室の隅に置かれているのは把握済みである。
たぶん前任者の茱萸坂先輩、が用意したやつがそのまま放置されていたのだろう。
「ねえ、二人とも。やっぱり二人から見ても、かーくんの手先って変かな?」
「手先っていうか全体的にスペックが変人じみてるかも……。体力テストもそうでしたけどね……」
「なんだろうなあ。渡来みたいなやつが天才ってやつなのかな……おれたちも結構、いろいろと手先は器用な方で、いろいろ作れるつもりだったけど。なんかなー」
……いけないな、さすがにやりすぎてるかも。
本気でやってる子たちのやる気を削ぐようじゃあ――
「燃えてきた!」
「だな。負けてらんねえ」
――あ、杞憂だった。




