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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 体育イベント二点盛り
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65 - 弓矢昌の家庭事情

 教室に入りつつも色々と昌くんから話を聞いていたら当然ではあるけど、違う世界というのは比喩だった。

 そりゃそうだよな。うん。

 で、せっかくなのでと、

「僕、昌くんの兄弟とか知らないんだけど……」

 と切り出してみると、特に隠すことじゃないし、と前置きをした上で昌くんは答えてくれた。

「ぼくには姉さんが一人と、弟が一人いる。三人兄弟……なんだけど、あんまり兄弟がいるって感じはしないかな」

「え、なんで?」

「姉さんは二十四で、結構前から自立しちゃってるからそもそも家に居ないし。弟も弟で、やっぱり家に居ないから」

 弟が家に居ない?

 えっと……複雑な家庭の事情だろうか。

 だとしたら正直聞くのは悪い気がする。

「村社とか吉高あたりは当然知ってるし、ぼくと同じ小学校なら皆知ってるんだけどね。まあ、入院なんてあんまり言うことでもないか……」

「事情があるなら言わないでいいと思うぜ。変に気遣われるのが嫌とかならなおさら」

「うん……」

 フォローを入れてくれたのは涼太くん。

 意外にも涼太くんってこういう気配り上手なんだよね。

 ありがたい。すでに手遅れな感じもするけど。

「当たり障りのないところだけ教えると、そうだね。ぼくの姉さんの名前は、(にち)って言うんだ。日曜日とか日差しとかで使う、あの簡単な漢字」

「へえ。珍しい名前……かな?」

「だな。でも、それはそれでアリ」

「で、弟の名前は(しょう)。結晶とか、水晶とかの晶」

「そっちは比較的見るよな」

「そうだね」

 ただ読みはあきら、って場合が多い気もするけ……うん?

 ちょっとまて。

 (あきら)くんは目の前に居るぞ。

 っていうか漢字で……あれ?

 僕が気づいたのとほぼ同時だろう、涼太くんも気づいたようだ。

 というか、班の女子一同、横見さんに櫓木さん、渡辺さんまでもがあれえ、と何かしら首をかしげている。

「えっと。日お姉さんに、昌くんに、弟が晶くん?」

 なんだか一個ずつ増えてるんだけど。日が。

「そう。ちなみに父さんの名前は(とも)だよ。漢字で書くと、こう」

 と、弓矢くんが適当なメモ用紙にさらさらっと書いたのは朋という字。

 ……まさか、だけど。

「ひょっとして、お父さんって次男……じゃなくても、二番目なの?」

「その通り。お父さんにはお兄さんが一人居てね。太陽って名前なんだ」

「なんでだよ!」

 と、涼太くんが思いっきりツッコミを入れたところで先生が到着。

 この件はうやむやに、そのまま朝のホームルームが始まったのだった。


 三時間目、理科の授業を終えたところで、次の授業はいざ体育。

 体育祭に向けてのレクリエーションだとのことで、また雨の気配もないから校庭集合か。

 女子が四組に、そして四組の男子が入りはじめたところでそれぞれお着替えが開始。

 ちょうどワイシャツを脱いだところで、ふと気になったので聞いてみることに。

「ねえ、昌くん。晶くんって何歳?」

「え? 九歳だけど」

「そっか」

「なんで?」

「いや、どのくらい離れてるのかなと思って」

「ふうん」

 九歳……、三つくらい下かあ。

 どうだろうな。さすがに例の置物じゃ怒るかな?

「ちなみに晶くんって猫派?」

「……普段の様子からすると、犬派だと思うけど。実物とまず触れ合わないから何とも」

「敵か……」

「おい。なんで年下相手に敵意を抱いてるんだ」

 それもそうだ。

 そして相手が犬派だと知っても尚あえて猫のグッズを送るのが僕だし、例えば涼太くんとか昌くんとかが送り先なら迷わず猫のグッズを贈っただろうけど、昌くんの弟だもんなあ。さすがにあんまりな仕打ちだ。

 仕方ない、あんまり気のりはしないけど犬型にするか……。

 あ、でも置物を贈るのはあんまりよくないな。

 入院が長引きますようにってことになってしまう。

「何かプレゼントにできそうなの有ったかなあ……」

「あんまり気遣わないでいいよ。却って晶のやつ、機嫌悪くするかもしれないし」

「そっか」

 それもそうだよな。病人扱いなんてされて面白いもんじゃないし……となると適当なものに遷移術で、いやでもそうするとさすがに機能的に問題が……。

 うーん。

 あ。

「じゃあさ、鞄とかどうかな」

「鞄?」

「うん。手作りだけど、肩から掛ける感じの小さめのポーチ。具体的には小銭入れとかくらいは入るけど、500mlのペットボトルは厳しいくらい」

「うわ。それ、俺の親がほしがるぞ多分」

「なら涼太くんはおとなしく親に聞いてきてよ。早いところ。こっちとしても準備あるから」

「あ、はい。作ってはくれるのな……」

「……さすがに、悪くないかな?」

「材料ならちょっと余ってるくらいだしね。演劇部のアレの息抜きで作る感じだから、そこまで品質は良くないかもだけど」

 あとは男の子だし、あんまりかわいい系はダメかな。

 となると、

「好きな色とか、何色?」

鶸萌黄(ひわもえぎ)あたりかな。前に晶の服を仕立てたとき、気に入ってたし」

「ひわも……えぎ?」

 えっと……聞き覚えのない色の名前が出てきたぞ。

 何色だそれ。

 名前的に和風の色かな……、お母さんに貰った色見本とかの本に書いてあればいいのだけど。

 いや最悪パソコンで調べればいいか。

「まあ、鶸萌黄なんて使わないでも、少し褪せた感じの薄い緑色が好きだから。その辺り、ぼくよりもさらにちょっとアレだよね。若者としては」

「ちなみに弓矢、お前の好きな色は?」

枯草色(かれくさいろ)かな」

 だから何色だ、それ。枯れた草というくらいだから茶色か?

「ぼくは結構、黄色系統が好きなんだよね。ちょっと褪せた感じの」

「…………」

「…………」

 そして今、僕と涼太くんはたぶん意見が一致している。

 さすがに洋輔とは違って明確にそうだとは断言できないけどたぶん同じだろう。

 『弟のことを言っといて、自分も大概若者としてどうなんだ』と。

「……大体二人が何を考えてるのかはわかってるつもりだけど、あれだよ。絵具とかで使う色と比べて、伝統色ってすごい目に優しいし、数も多くて細かく指定されてるから、結構好みの色が見つかると思うよ」

「おれは灰色が好きだからな……」

「灰色一つを取ったって、薄いやつなら紫水晶(むらさきすいしょう)とか灰黄緑(はいきみどり)、濃いやつだと褐色(かちいろ)黒紅(くろべに)とかたくさん……ちょっと、聞いてる?」

「いやおれは灰色でいいかな……」

 意外なことにどうやら昌くんは色フェチのようだ。

 ……使い方違うかな、さすがに。

 ただまあ、伝統色マニアではありそうだ。

「なんか面白そうな話してるけど、さっさと着替えなよ、渡来。ちなみにボクは榛色(はしばみいろ)が好きだよ!」

「だからそれってどんな色なの、村社くん」

「ヘーゼルっぽい感じだね」

 和名あったのか、あれ。

 とりあえず急いで着替えを済ませて、

「あれ?」

 と。

 声を挙げたのは昌くんだった。

「佳苗。見間違いだったら悪いんだけど、なんか脇のあたり、怪我してない?」

「え? どっち?」

「左。……ごめん、ぼくから見てだから、佳苗にとっては右」

 こっちか。

 肩をあげて袖から見えるかな、と思ったけど案外その隙間は狭く、確認不可。

 しかたないので大胆に裾を挙げて、っと。

 あ、本当だ。なんか引っ掻いたみたいな傷がある。

「赤くなってる……ね。何かが引っかかったのかな?」

「痛くねえの?」

「全然。言われてみればちょっとむず痒いけど、でも気にならない程度だな……。まあ、いいんじゃない?」

 という訳で無視の方向。

 服を直して、っと。

「何かが引っかかった程度なら、すぐに治るだろうしね」

 タイミングもちょうどよかったので眼鏡を外し、眼鏡入れへと収納。

 代わりに体操着と一緒に入れていたゴーグルタイプの眼鏡を取り出して、そっちを着用っと。

「よし」

「よしじゃねえよ。用意周到すぎんだろ、佳苗」

「いやだって、騎馬戦とかもたぶん試しに騎馬組むところまではやるでしょ。なら普通の眼鏡じゃあぶないかなって」

 ね、と昌くんと村社くんに話題を振ったところ、残念ながら同意は得られそうになかった。

「まあいいけどよ」

 しかしながら涼太くんは却ってその状況に困ったようで、そんな感じにごまかしてくる。

 そんな様子を見ていたのだろう。

「お前ら、仲が良いのは良いけれど、いい加減移動しないと間に合わねーぞ」

 四組の子、鷲塚(わしづか)くんがそう告げてきた。

 時計を見れば、確かにぎりぎり。これ以上はゆっくりしていられそうにもない。

「それもそうだね。ありがと、鷲塚」

「どーいたしまして」

 村社くんがお礼を言うと、割とどうでもよさそうに鷲塚くん。仲が良いのかそれほどでもないのか、今一把握しにくいな……。

 ていうか。

「昌くんは着替えないの?」

「……佳苗。ぼく、一応昨日風邪で休んだんだけど。覚えてるよね?」

「あ」

 見学か。

 そりゃそうだよな……。


 というわけで体育、昌くんの見学はとりあえず許可されたらしい。

 ただ、できる限り参加はするようにとのこと。

 それ、見学じゃないよね?

「っていうか体育着でやるならまだしも学ラン姿でやるのって却ってつらくない?」

 僕がツッコミの声をつい上げたところ、

「あー……うん。えっと。弓矢、参加しろとは言わないが、とりあえず今日やる動きは頑張って覚えてくれ」

 と先生が折れた。

 どうやらあんまり考えてなかったらしい。

 昌くんも「はい」と答え、僕に軽く目配せをしてきた。ありがとう、そんな感じの意思を込めて。

 あれ、今のは結構分かったぞ。なんでだろう……単純だったからかな?

 ううむ。

 なんか最近、人の表情から感情がある程度わかるようになってきてるような……いや単なる気のせいだとはおもうけど。

 割と色々機能を盛ってるこの眼鏡とはいえど、そんな機能付けた覚えはないし。

「で、渡来。なんだ、そのゴーグルは。……球技大会でもつけていたような気はしたが、必要が無いなら外しなさい。目が悪かったか?」

「視力は悪くないですけど……。なんか、眼鏡系統を付けてないと安心できなくて」

「……じゃあ、外しても大丈夫なんだな?」

「まあ、大丈夫と言えば大丈夫ですよ。でもあれ以来、どうもつけてないと落ち着かなくて」

「特別扱いはできないんだが」

「なら、教室に戻ってもいいですか。普通の眼鏡にかえるなり、制服に着替えるなりしてくるので」

「……今回はそれでいいよ。それ、スポーツメガネだろう? だが……。今度、職員室で話そうか」

「いいですよ。絶対外しませんけど」

 結局、思いっきり深い深いため息とともに体育の先生は了承してくれた。

 よし。

「ほんっとうに渡来って負けず嫌いというか、一度決めたことはそのまま貫き通すよな……」

「そうでもないよ、前多くん。僕だって途中で間違ってるって指摘があったら多少は考えるし」

 聞き入れるかどうかは別として。

 って、前にも似たようなことを考えたような。

「さてと、それじゃあ授業を始める。といっても、今日は体育ではなく体育祭のためのレクリエーションだ。小学校の時は入場、退場などで列を作ったりしただろうが、本校での決まりを発表するから、よく聞くように」

 ともあれ、そういう訳でレクリエーション開始。

 簡単にまとめると、開会式・閉会式ともに入場、退場といった行進は無し。当日はクラスごとに決められた位置のシートから直接校庭の指定されたエリアに移動する形を取るらしい。

 尚、クラスごとに指定されるシートは男女別になっている。みだりに異性のほうにはいかないように、また椅子はもってこれないのでそのつもりで。ただし各クラスに四台ずつ籠は用意されることになるから、水筒などはそこに置くと良いだろう、とのこと。

 妥当だな。椅子が無いのは正直困るけど……でもまあ、いちいち運ぶのも面倒だし、別にいいか。

 で、そもそも全クラス全学年が校庭に整列するのは開会式と閉会式くらい。

 それ以外は競技ごとに学年や男女で区切りがあり、それらの区切りに合わせて体育館側、入場門前に集合するらしい。

 タイミングについては放送がされるから、それに合わせて体育委員の子が指示を出すようだ。

 ようするに僕たちは自分の出る競技で呼ばれたら行けばよい。

 で、次に棒倒しのルール説明。これは怪我に注意しなければならない都合もあって、入念に。

 最後に騎馬戦について、騎馬の組み合わせ方は生徒である程度決めていいんだけど、全員参加だから、人数にどうしても問題がある。

「さて、それじゃあ相談を始めようか。どう勝つか」

 だからこそ、この相談こそが重要なのだ。

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