64 - 園城丈博が出会ったひと
木曜日。
例によって大荷物なので、洋輔にも手伝ってもらうことに。
登校して職員室、そしてそのまま演劇部の部室まで洋輔にはお願いした都合もあって、ここまで来て入るなとも言えないから、部室の中までご案内。
事後承諾になるけど、まあ、やむを得まい。
で、藁半紙で覚書。
「『触るな危険』とでも書くのか」
「え、なんで。『わたらい』で大丈夫だよ。ここに入るの、基本僕以外には四人だし」
「あ、そうなのか……」
というわけでわたらいと書いてペタリ。
時計を確認、八時一分。
ふむ。
「洋輔、入り口の外も把握できるよね?」
「まあ、近づいてるのがいるかどうかくらいなら」
「じゃあちょっと見張りよろしく」
「……組み立てるのか?」
「うん。防音室だし」
ふぁん、と衣装ではない方の荷物を錬金。
はい、完成。
「これでよし」
「早えよ」
今更でしょ。
というわけで『魔法の鏡』の動作を確認。
裏側に回り込んで、と。
洋輔の姿が見えている。
「現状洋輔からは僕が見えてないはずなんだけど」
「おう。俺の姿なら見えるけどな」
持ってきた電池を入れて、スイッチをオン。
そうすると、見えたのは僕の姿。洋輔の姿は見えなくなっている。
「これでどう?」
「今度は佳苗が見えるな」
よし。意図通りの動作だ。
スイッチを落として、と。
「ふうん。マジックミラーか」
「うん。調光ミラーとかでもっと頑張りたかったんだけど。あれ、時間かかるし、思ったより構造が複雑で……パネルとかもそうだけど、もとからあるものを増やす以外だとちょっと厳しいね」
「増やす方向ならできるのか……」
「うん」
ま、その辺りはさておいて、と。
時計を確認、八時五分。
「本当は、衣装をちゃんと展開しておきたいんだけど。そこまで時間が無いね」
「だな。ホームルームに遅刻したらやってられねえ」
「じゃ、後でいいや。洋輔、ありがと」
「どういたしまして。……ああ、そのお礼っていうのも変だけど、一つお願いしてもいかな」
「何を?」
「賢者の石。一個くれ」
ふむ。
「品質値が20000ので良ければ今渡せるけど」
「いいのか?」
「うん。形変える?」
「一センチ角の立方体」
ふぁん、と整形。これでよし。
完成したものを洋輔に手渡すと、洋輔は複雑そうな表情を浮かべつつもさいころ型の賢者の石をつまみ上げた。
「やれと言ったのは俺だが、まさかやってみせるとは」
「それこそ、」
今更の話である。
教室前に到着したのは八時八分。
そのままロッカーで整理をして、っと。
「おはよ」
と、声をかけてきたのは園城くんだった。
「おはよう、園城くん」
「おはよーさん」
珍しいな、ちょっと園城くんとしては遅めか?
いつも結構早くに来るイメージがあるんだけど。
かといって寝坊した感じでもないんだよな……。
「園城くん、今日は遅かったね」
「あー。途中で犬の散歩してる女の人に道を尋ねられてな。最近この辺に引っ越してきて、初めて散歩に出たのはいいけど、帰り方がわからなくなったから、目印になるところまでの道順を教えてくれ……とな」
犬の散歩かあ。
僕、犬の散歩はちょっと苦手なんだよね。どんどん先を行かれるから。
今なら追いつけるだろうし、最悪リードをがっしり掴んでおけば問題ないとは思うけど……。
「目印があるならまだマシだな」
洋輔がそう受け答えると、園城くんは疲れた様子で首を左右に振った。あれ?
「全然マシじゃねえよ」
「なんで。目印があてにならなかったとか?」
「まあ、そうとも言えるな。目印にしてるのが駅だったんだ」
特におかしな話ではないと思うけど。
「湯島って駅でな」
「…………」
えっと……。
「何時間散歩してたんだろうね、その人……」
「全くだ。で、どうしたんだ園城は」
「まさかそこまで道が説明できねえしな。交番まで連れて行った」
「発想の転換だね」
僕たちじゃあ対処のしようがないけど、見ず知らずの人に押し付けるわけにもいかない。
が、こういう時こそお巡りさんの仕事というのはごもっともだ。
僕だったらどうしたかな?
「幸い、遅刻はしないで済んだけど。あの人無事に帰れっかなあ」
「まあ、大丈夫だろ。警察が頑張って送るだろうしな」
「うんうん。そういうところは警察を信じていいと思うよ」
「お前らが言うとなんか意味が違ってくるな……」
確かに。
さて、ロッカーの用事は終わり、と。
教室に向かおうとしたら、しかし洋輔がまだ園城くんの話を聞きたいらしい。
なんか引っかかったのかな?
「ところでその女の人って……どんな奴だったんだ? なんか話を聞く限りど天然ってイメージなんだが」
「どんなって言われると……うーんと、だいぶ髪の長い人だったな。見覚えは無かったよ。ただ……」
「ただ?」
「すっげえ奇麗な目の人だった。青い目なんてテレビ以外じゃ久しぶりに見たよ」
碧眼……?
「外国人さん?」
「どうだろうな。顔つきだけで言えばふつーの人だったけど」
青い目の日本人。
まあ、かなり数は少ないだろうけど……居ないわけじゃあない。
とはいえ、碧眼、ヘーゼルみたいな人が居るって程度で、青い、となるとさすがに珍しい。
カラーコンタクトかな?
でもカラーコンタクトを常時するような人っているのかなあ……。
となると、ハーフ?
そうそういるわけじゃないだろうけど、まあたまには居るか。
「ハーフ……といえば、そういや先輩に居たな」
「ナタリア先輩のこと?」
「そうそう。えっと、ナタリア・ニコラなんたらさん」
「……そう呼ぶとすっごい怒ると思うけど」
まあ、同じクラスかせめて同じ学年ならともかく、別学年の女子だもんなあ。
ニコラエヴナ・ウラノヴァ、という姓をちゃんと覚えてる方が珍しいか。
「その人、僕の部活の先輩だよ」
「ああ、演劇部だったのか。羨ましいなあ……あの人すっごく美人さんだし」
「美人さんなのは認めるけど。僕より背が高いからダメ」
「…………」
「…………」
園城くんと洋輔は同時にしらーっという視線を向けてきた。
どんな見方をされたとしてもダメなものはダメなのだ。
僕よりも背の高い女性全般は村社くんあたりに譲るとしよう。
「いい先輩だし、女性としてみると魅力的なのかもしれないけど。身長が僕より高いから、僕的にはダメ」
「渡来の物差しって、身長以外にはないのか?」
「あるよ。猫が好きかどうか!」
「おい、園城。長年連れ立ってる俺が言うけど、佳苗にこの手の質問をするのは自由だが、まともな回答を期待するだけ無駄だぞ」
「ちょっと、洋輔? どういう意味?」
「『好きな女子のタイプは?』って聞いたとしようか。まともに答えてくれると仮定して、それは『猫が好きで僕より背が低い子!』だろ?」
「うん。それ以外に何かある?」
「な?」
「納得」
いや二人が勝手に納得しても、僕が納得できてないんだけど。どういう意味だ。
「ま、こっちに気が有ろうとなかろうと、あっちにはこっちに気がないだろうけど……大人の女性だし。俺たちみたいな子供相手じゃ恋愛対象にもならないだろうな」
「ん……ああ、ナタリア先輩じゃなくて、道案内した方の人か」
「そう。悪い、ちょっと話が飛んだな」
園城くんはそう謝りつつ、ロッカーでの作業を終えたようだ。
荷物を抱えて話を戻した。
「俺が言うのも変だけどさ、園城。お前、女運はなさそうだな……」
「え、どうして?」
「どうしてって。つまりだ、お前が今日道案内したその女の人、正直に言えばお前の好みだったんだろ?」
うぐ、と園城くんは声を詰まらせた。
すごいぞ、真偽判定するまでもなく一発でわかる。
「俺は正直そういう、天然系は苦手だからな……いや、度が過ぎない天然ならアリなんだけど、ほら。さすがに湯島からこのあたりまで歩いてくるような奴は度が過ぎてるだろ」
「まあな……でもそういう訳の分かんないところとかが魅力じゃね?」
二人して何を訳の分からない話をしているのだろう……。
「洋輔にせよ園城くんにせよ、女運はともかく、女の子に対して理想が高すぎるよね。そんなんじゃ彼女作れないよ」
「佳苗にだけは言われたくねえよ」
「渡来にだけは言われたくない」
僕の指摘に、帰ってきた言葉はほとんど完全にシンクロしていた。
なぜ。
「なんだか朝から騒がしいね。おはよう、佳苗。園城と鶴来も」
「あ、おはよう。昌くん。今日は大丈夫なの?」
「うん……あんまりよくないけど、休んでばかりもいられないからね」
それは僕や洋輔に対する当てつけだろうか。
いやまあそんなことはないと思うけど。
というわけで昌くんが登校してきた。
一応マスクはつけているけど、さほど調子が悪そうには見えない。
調子が悪そうには、見えないけど。
なんか機嫌が悪そう?
「どうしたんだ、弓矢。なんか気分……はともかく、機嫌が悪そうだけど。休めなかったのが不服か?」
そして洋輔、それは言っちゃいけないことだと思う。
ぴくり、と昌くんは反応しつつもロッカーに向かい、しかし首を横に振った。
「どっちかというとぼくは学校に来たかったからね……そもそも昨日だって休みたくて休んだわけじゃないんだよ」
「ふうん」
洋輔、昌くん怒ってるからね、これ。
あとで言っておこう。
ちなみに園城くんはお口にチャック状態。こちらはどうやら察しているようだ。
「まったく。だいたい姉さんのせいなんだよ」
あ、でも昌くんの怒りは洋輔にではないようだ。
っていうか。
「昌くんってお姉さんいたの?」
「かなり歳が離れてるけどね。ぼくの倍生きてるから……」
ってことは、二十四歳くらい……?
たしかに歳の差がすごいな。
そうなると姉弟というより、ほとんど二人目のお母さんみたいな感じがするのかもしれない。
「へえ。弓矢の姉さんって、なんかイメージがつかないけど……どんなやつなんだ?」
洋輔の追撃に、昌くんはちょっと呆れるようなそぶりを見せつつも、律義に。
「前々から髪を伸ばしててね。今は腰のあたりまでかな……背も高いね。正直、弟としては複雑だけど」
「背が高い時点でどうでもいいや……」
「渡来はぶれねえな……」
「六年前に自立したんだけど、つい一昨日、こっちに帰ってきたんだ。アパート借りて一人暮らししてるけどね。ちょうど六年前から犬飼ってるんだけど、その犬がなかなかぼくには懐かなくてちょっと悔しいなあ」
ふうむ。って、あれ?
気のせい?
「ま、犬は犬だから、いつかは懐いてくれるかもしれないけどね。それに姉さんは方向音痴だから、犬の散歩で周囲を歩き回らないと地図も思い出せないだろうし」
「……なあ、弓矢」
「どうしたの、園城」
「いや。そのお姉さんって、実は目の色が青かったりしねえか?」
「え?」
何を突然、と視線を園城くんに向けつつ、昌くんは言った。
「なんで園城が知ってるの?」
どうやら世界は狭いらしい。
「ぼくのお母さんもそうなんだけど、目が青くてね。別に、ハーフとかじゃないんだけど」
「あ、そうなんだ」
「遺伝だとしたら珍しいな」
洋輔の口ばさみに、昌くんはちょっと嬉しそうに頷いた。
嬉しそうになのか……僕が昌くんの立場だったらジト目で睨み返してるな、今の。
「で、なんで園城が知ってるの? 姉さんのことなんて、それこそ村社とか吉高くらいしか知らないのに……」
「たぶんその人と今日、俺、合ってる。学校来る前に道を聞かれたんだよ。犬の散歩をしてたら迷った……って」
「……え。それ、どこで? そのあとどうした?」
「湯島駅まで戻ればわかるって言われたけど、まさかそこまで案内できねえしな。交番に送って、そのままお巡りさんに託してある」
「そっか……、まったく、姉さんらしい……。ありがとう、園城。おかげでだいぶ安心だよ」
……まさか昌くんが昨日休んだのって、そのお姉さん絡みだったんだろうか。
ありえない話じゃないよな……邪推の域は出ないけど。
それに家庭の都合は家庭の都合だからな。
風邪だと昌くんたちが言い張るなら、風邪だということにしておくべきだ。
「でも、どうして湯島駅なんだ」
「前に住んでたのが湯島の方だからじゃない?」
「どんな目印だよ……」
一度元の家に帰れば新居までの道がわかる、みたいなやつだったのか……。
よかったと言えばよかったのかな。うん。
まさかそんなに遠い場所から歩いてくるとは思いたくないし、それに帰りも徒歩かと思うと、それこそ気が遠くなるしな……。
「……園城、さっきからぼく見てるのは、なんで?」
「いや。その、お姉さんとは違って目が普通だなって」
「ああ……姉さんの目は、特別だからね。ぼくたちとは違う世界を、見てるみたい」
違う世界……?




