63 - 佐藤徳久の好奇心
届け物も終わったし、僕用のものをどうせとりに行かなきゃいけないし、そしてなにより軽音部という部活の在り方についてちょっと相談があったので部室へと戻ると、少し意外そうな表情で祭先輩は「ちっす」とあいさつをしてきた。
「ただいまもどりました。というか、確認したいことがありまして」
「どうした?」
「えっと、僕用のものもあるって言われてたので、それをもらえればなあと」
「ああ。それならこれっす。っていうか渡し忘れてた……ごめん」
そして渡されるスケッチブック。
ううむ、何とも二度手間だけど、まあ結果的にはオッケーか。
「ありがとうございます」
「いやいや、忘れてたおれが悪いから。うん。確認はそれだけかな?」
「もう一つ。軽音部についてなんですけど……二曲ほど聞かせてもらったんですが、なんだかイメージと違っていて。演劇部とコラボするって意味だと完璧で、演劇の劇伴として聞くとすごい、完璧な出来なんでしょうけど、どうなのかなって」
「……あー」
祭先輩はペンを置き、天井を仰ぐようにしながらも視線を泳がせた。
「おれも詳しいことは知らないんだけど……。みちそー部長があの部を『変えた』、とは聞いてるっすねえ。それまではごく一般的なバンドをやる感じだったけれど、みちそー部長の説得によって今の形になった、とか」
「そうですか……」
「それに、かーくんが聞いたのはたぶん演劇部向けのパフォーマンスであって、それとは別の、いわゆる『軽音部』としてのバンド曲もやってるっすよ」
え、そうなの?
「音源あるし。聞いてみる?」
「お願いします」
祭先輩はプレイヤーに再生指示を出すと、部室の中を激しいドラムパフォーマンスの音が包み込んだ。
そして力強いベースが混ざると、劈くようなヴァイオリンの音色がそれらを引き立て、エレキピアノと二本のエレキギターがかき回していく。
…………。
軽音部?
重音部じゃなくて?
しかもなんだろう、むかつくほどに演奏が上手い。いや音源としてレコーディングしたくらいなのだからそりゃあ一番うまく行ったやつを録音してるんだろうけど、にしたって上手すぎるぞ。
「これ、今のメンバー……なんですか? 先代のとかではなく?」
「正真正銘今年のメンバーっす。新しい部長に湯迫建太という一年のベーシストが任命されて、完璧な仕上がりになったんだとか」
「その湯迫くんを頼らせたのは先輩ですよ」
そしてこの演奏があの六人のものか……いや声は確かに同じだけど……。
ミスはあったけど上手に聞こえたさっきの音楽がかなり拙く聞こえるほどに、この音楽は完成している。
完成してるけどこれはこれで軽音部の管轄なのだろうか。そもそも僕は軽音部というものの定義がわかんないけど、なんか両極端で印象が定まらない。
まあ、もしも彼らの好きにやってるのがこっちで、その上で演劇部に向けてそれに向いた楽曲をやってくれてるならばどこにも問題ないわけで、ありがたいだけだ。
それならば引け目を感じる必要もないかもし。
「それにしてもうますぎますね。中学生バンドでこれですか」
「かーくんもそう思うっすか。ライブハウス取ってそこそこ客が集まりそうだよね」
確かに。
美味いことレーベルが付けばそこそこいいところまで行けそうだ。
ま、報酬が出ると途端にやる気がなくなるパターンもあるし、バンドの方向性としての問題もでてくるから実際は厳しいか。
結局その後もう一曲聞いた後、僕は演劇部の部室から出ることにした。
祭先輩の脚本作業は既に仕上げの段階で、今週の金曜日、つまり明後日には提出されるらしい。
今日と明日が勝負という訳だ。その邪魔はしたくないしね。
あらためて挨拶をしてから部室を出て、さて、どうするかと考える。
時間的にはまだ四時十八分。
洋輔を待つとしたら最低でも四十分、場合によっては一時間以上暇がある。
先に帰っちゃってもいいんだけど、僕にせよ洋輔にせよそれで具合悪くなる可能性がまだあるからな。
依存関係というのも厄介だ。早いところ何とかしないととは思うけど、対処療法くらいしかないし。
ちょっとずつ外に興味をむけるようにはしてるから、半年くらいである程度ごまかせる程度にはなると思うけど……。
ま、今は無理だな。
どっかで暇つぶしをするとしよう――
「あれ、渡来だ。どうしたんだ、こんなところで」
――と。
部室を出てちょっと考え事をしているところを話しかけてきたのは、佐藤くんだった。
「今日の部活が解散になって、でもちょっと暇だなあって思ってね。どうしたものか」
「ふうん。意味がないなら帰ればいいじゃん」
「ごもっともなんだけど、洋輔を待ちたいんだよね」
「鶴来を? ……んー。まあ、別に自由だけどな」
ま、そういうことだ。
「そういう佐藤くんはどうしたの? ……部活、ではないようだけど」
たしか佐藤くんは陸上部だったかな。
だけど今は学ラン姿だし、陸上部の部室はこっちじゃない。
そう考えると別の事をしてたんだと思うけど……。
「学級委員として、先生のお手伝い。緒方先生いろいろ抜けてるところあるからな……まあ俺もあんまり他人の事言えないけど」
「そうかなあ。佐藤くんって結構しっかりしてると思うよ」
「そうでもないよ。お前とか鶴来とかに陸上部の助っ人を頼みかけたり」
ああ、言われてみればそんなこともあったな……。
細かいところには気が利くけど、前提のところで見落としがあるって感じなのかな。
だとすると結構なうっかりさんだ。
「って、あれ? クラス委員のお手伝いだとしても、こっちにいるのはおかしくない?」
「いや、もう学級委員のお手伝いは終わったから放課後の自由時間だよ。前多と六原に呼ばれててさー。対戦相手してくれーって」
前多くんと涼太くん……?
そういえば将棋部と囲碁部で、実質同じ部室、だったか。
そして考えてみれば囲碁将棋部の部室、確かにこっちのほうだな。
「そうだ。渡来はその二つのルール知ってるか?」
「将棋は一応、駒の動きくらいは。囲碁は……よくわかってないかな」
「ふうん。もしよかったら将棋だけでも一緒にやらないか。まあ無理にとは言わないけど、暇ならさ。今日は前多と六原しかいねえし、人数的にもちょうどいいだろ」
うん?
前多くんと涼太くんしかいない……って部活として存続できるのか?
いや、今日は、か。先輩たちが今日はお休みってことかもしれない。うん。
「じゃあ、お邪魔しようかな。せっかくだし」
「おう。じゃ、すぐそこだけど」
といって、佐藤くんに案内されたのは囲碁部と将棋部の共同部室。
……ではなく、さらにその奥にある和室だった。
あれ?
「こっち? 手前じゃなくて?」
「そっちは部室だからな」
いや部室でやるもんじゃないの?
「囲碁とか将棋は畳に座ってやるものだろ。そういうこと」
「なるほど……」
……だとすると、囲碁将棋部って地味に演劇部並には部室に恵まれてることになるな。
ああでも、茶道部とかも和室は使うから、毎日は使えないのか。
「またせたかー、前多、六原ー」
「いや全然。でもちょっと遅かったね」
「わりーわりー。渡来も連れてきたけど、いいよな?」
「もちろ……ちょっと待った! 片づけるから! 五……いや二分でいいから待ってくれ! 葵ちょっと急いで片付け! あと佐藤、そっちちょっと渡来と雑談して待ってろ!」
「うん……? だって。渡来、どうする?」
「片づけなら僕も手伝うよ?」
「いやえっと。とにかく佐藤まかせた!」
なにか都合の悪い隠し事かな?
だとしたらなかなか根性があると言わざるを得ない。
演劇部の部室は防音設備がされてるからいいとして、この和室はその手の防備ないだろうし、あんまり派手な音を出したりしたら一発でバレるしな。
もっとも、まさか和室でちゃんばら遊びをするでもあるまいし、その辺りは大丈夫か……。
「ま、僕も自分から掃除の手伝いがしたくてしたくてたまらないわけじゃないから待つけども。佐藤くんが呼ばれる時っていつも散らかってるの?」
「どーかなあ。まあ多少散らかってることはあるけど……紙とか」
ああ、チャンバラに使う新聞紙か。あれは頑丈に作るのが楽しいんだよね。
ふぁん、でちゃんとした剣は簡単に作れるけど、あれは作るのが楽しいので別問題。
「ふうん。じゃあ隠し事か……ま、別にいいけども」
「結構渡来って我慢強いところがあるよな」
「そう?」
「うん。俺だったらまず間違いなくこのままつかつか入ってるぜ」
佐藤くんは遠慮というものを置いてきたらしい。
もしくは好奇心旺盛なのか。
好奇心ネコをなんたらという物騒なことわざもあるのだ、そのあたりは慎重に行くべきだろう。
……他人の事あんまり言えないけど。
「そういえば、佐藤くんは囲碁とか将棋、どのくらいできるの?」
「俺は弱いよ。かなり。ルールは知ってるけど……それだけって感じかな。あの二人の相手はできねーもん」
「へえ。僕はいまいちピンときてないんだけど、前多くんにせよ涼太くんにせよ、どのくらい強いんだろう」
「地域の大会でそこそこ勝ってる程度かな。優勝はできてねーけど、そこそこいい成績ってところだ」
なるほど……プロとしては通用しなくても、同世代では強い方って感じのアレだろうか。
ふうむ。
囲碁のルールって、どんなんだっけかな……。ちょっとだけ触ったことはあるんだけど……。
将棋と違ってちょっと広いからなあ。
「将棋の方かなあ、今日は」
「ははは。ま、渡来がどの程度やれるかにもよるだろうけどな……とりあえず俺と勝負してみようぜ」
「いいね。でもそうすると、佐藤くんが呼ばれた意味が問われない?」
「あ。」
考えてなかったのか……。
まあそんなものかもな。
「……ところで渡来、その手に持ってるスケッチブック、さっきから気になってんだけど。何?」
「ああ、これ。演劇部の次の公演でやるやつの、イメージだって。まだ僕も見てないんだよね」
家に帰ってからゆっくり見ようかと思ってたんだけども。
「見たい?」
「え、良いの? まだ渡来も見てないんだろ?」
「別に誰にも見せるなとは言われてないし」
だからいいんじゃないかな、ということでぺらっとめくってみる。
一枚目には何やら複雑極まる線が敷かれ、数字が置かれていた。
「なんだこれ……?」
首をかしげる佐藤君に対して、僕も僕で首をかしげかけ、途中で気づいた。
「これ、ステージの大きさの指定だ」
「あー」
ステージの奥行や幅、についてとか、そういうやつ。
どこに紗幕が入る、とかの説明もついていて、左右の舞台袖の広さも解説されている。
で、ところどころに書かれている数字はその線の長さ、サイズだろう。
「なるほど、僕用ってそういうことか……」
「どういうことだ?」
「僕、演劇部とはいっても演技じゃなくて、舞台セットとかの担当だからね。大きさを掴むのは大事な事だから……説明してもらうより規格があるほうが楽だしね」
「ふうん」
で、次のページ。
そこにはいかにも白雪姫という活発そうな女性とその横に王子様らしき人物が舞台右側に、そして王妃様ドレスを纏った女性と王様っぽい男性が舞台の左側に。
さらに、このページには『キービジュアル』とも書いてある。つまりこれが基本になるわけだ。
実際、王妃様の背後には魔法の鏡らしきものが、逆に王子様の背後にはガラスの棺らしきものも描かれている。
っていうか。
「これ、すっげえ手が込んでるよな……」
「絵、すごく上手だよね……」
佐藤くんも同感だったようで、しきりに感心している。
で、次のページ。魔法の鏡に問いかけるような王妃様のカット。
鏡に映っているのは王妃様の顔だけど……『魔法の鏡』の大まかな大きさと、可能ならばマジックミラーのような仕掛けがほしいんだとか。
マジックミラーを採用するなら照明の強さで反射させるか透過させるかは決められるけど、そうするとバックステージに仕掛けが必要になるんだよな
お父さんに聞けば調光ミラーの原理とかもわかるかな?
原理がわかれば作れるだろうし。そっちでやってみよっと。
「結構、指定が詳細だから。作りやすそうでよかったよ」
「……え、作れそうなの?」
「うん。形とか大きさとか、やりたいギミックまで書いてあるし。あとは組み立てるだけじゃない」
「渡来って……、いや、まあ、できるというならできるんだろうな。すげえよお前」
そうかな?
錬金術があれば誰にでもできそうだけど。
「おまたせー」
と、そんなことをしている間に呼ばれた。
早速お邪魔しますか。




