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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 体育イベント二点盛り
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62 - 湯迫建太が支える形

「というわけで、レーザー加工機がほしいんですよね。さすがに僕の家にもないし」

「そういえばぐみぐみ先輩も在学中に欲しがってたっすねえ」

 蓬原くんに持ち掛けられた相談を錬金術絡みを完全に隠匿しつつも先輩一同に伝えると、まずは祭先輩がそう答えた。

 ぐみぐみ先輩って誰だ。

「ああ。かーくん向けに説明しとくと、ぐみぐみ先輩っていうのが『茱萸坂先輩』よ。ほら、球技大会の点数板を作ったりした、あなたの前任者」

 ナイスフォロー、ナタリア先輩。

 しかしまたものすごいネーミングだ。いやまあ、誰がそう名付けたのかは聞くまでもないけど……。

「それにしてもレーザー加工機かあ。またすっごい無茶ぶりだな、かーくん」

「それは承知してますけど。まあ、工作部の一年生が、部活間協定を使って……とか言ってたんですよね」

「まいったねー。今年に入ってからはともかく、去年分の積立は確かに残ってるし? らんでん、リスト出しといて」

「りょーかい」

「それとかーくん。その部活間協定についての説明はそこの赤いバインダーに入ってるから、確認しておいてね。その上で、かーくんにお願いしてきた子には、来週、体育祭が終わるまでは結論出せないって答えておいて」

「わかりました」

「以上。じゃ、りーりんの脚本づくりを邪魔してもいけないし、今日はかいさーん。おつかれさまー。あ、演劇部は体育祭の準備がないから、その辺は楽に考えてね!」

 ふむ?

 じゃあ前日は洋輔の手伝いでもするか。

 そして解散し始める演劇部の面々をしり目に、僕は赤いバインダーを確認。

 幸い、祭先輩はこの部室で脚本づくりの続きをするようだし、その間に確認しておこう。

 そこに記されていた内容を確認して……うわあ。

「補足が必要ならおれがするっすけど、いるかな」

「えっと……。そうですね、一つ確認を。この協定って、校内ではそこそこ知られてるんですか?」

「んー。関係している部活の、特に関係している子……演劇部の場合はほぼ全員が知ることになって、それ以外の部だと部長とかならば知ってるはず。おれも去年のちょうど今頃に教えてもらったっすよ」

「なるほど」

 そこまで隠していることでもない、と。

 まあ、学校なんて閉鎖的な社会の中での出来事は、案外外には伝わらない……ってことなんだろうけど。

 書面化しちゃうと色々と面倒な気がするんだよな……ああ、なるほど。だからこれは『説明』なのか。

 あくまでも説明書の一種であって、これ自体が正式な契約書ではない、って抜け道か。

 要約すると、部活間協定とは主に演劇部・工作部・裁縫部の三部活が主体となって結んだ予算共有協定である。

 演劇部は代々活躍しているその割に、人数が少数精鋭になりがちだ。人数が少ない部活には割り当てられる部費も少ないんだけど、演劇部の場合はこれをコンクールで優勝するなどして補正予算を獲得、人数に対して考えると尋常でない予算を持っている。

 で、その予算はあれば自由に使える類のものでもない。だからこそ、他の部活と共同して陳情する必要がある。

 その『共同して』陳情するあたりの『共同して』の部分をあらかじめシステム的に管理するのがこの協定の役割……だったそうだけど、いつの間にかだんだんとエスカレートして、『上限金額の突破』までこれで管理するようになったらしい。

 積立がどうとか言ってたのはその辺り。

 っていうかこれ、コーテキシキンのフセーシヨーってやつなんじゃ……?

 まあいっか。

 怒られるのは大人だし。

「そうだ……かーくんって三組だったよね。その伝手を使って一つお願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「かまいませんよ、祭先輩。何ですか?」

「軽音部にこれを届けてほしいんだ。軽音部の新人に一年三組の、湯迫建太って子が入ってるっすから」

 湯迫くんって軽音部だったのか。

 前にも誰かに聞いた気がしたけど、結構聞き流してたからな……。

 そしてこれ、と渡されたのはスケッチブックだった。

「次の公演、白雪姫の、イメージカットみたいな感じっす。かーくん用のは別に用意してあるんで、大丈夫っすよ」

「そうですか。……でも、軽音部にイメージカット?」

「音楽の演奏を頼む都合で、大体の雰囲気を伝える必要があるっすよ」

 なるほど。

 どんな雰囲気かわからなければ、どんな曲を準備するかもわかんないもんな。

「じゃあ、届けてきますけれど。届けるだけでいいんですか?」

「そうっすね。それを届けてくれたら、あとは自由っすよ。ここに戻って作業してもいいし、もう解散してるんで帰ってもいいし」

「ふむ」

 どうしよっかな。

 まあ、届けてから考えるか。

「じゃあ、先に一応、今日はおつかれさまでしたと言っておきますね」

「うん。お疲れ様っすよ、かーくんも」

 何もしてないけどね、今日は。

 というわけで部室を出て音楽室……じゃなくて、第二音楽室か、へと向かう。

 位置的には真隣なので方向的には差が無いけども。

 ちなみに第二音楽室は第二多目的室、演劇部のホームグラウンドの横でもあるので、結構付き合いは多いのかもしれない。

 というわけで到着。

 中に入ると、演奏中だったらしく、それが不自然にぴたりと止まる。

「すみません。お邪魔します」

「あれ、渡来?」

「あ、湯迫くんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」

 そして応対してくれた湯迫くんにきちんと反応しておく。

 湯迫くんが抱えてるのは……えーと、エレキベース、かな?

 ちょっと意外。

「ん……、そいつ湯迫の知り合い? 一年か」

「あ、はい。クラスメイトの……」

「渡来佳苗です。演劇部に所属してます。鹿倉祭先輩から届け物を頼まれまして。次回公演のイメージだそうですけど」

 というわけで先輩らしき人物にスケッチブックを提出。

 先輩らしき人物はうん、と深くうなずいた。

「確かに受け取った。そんじゃお前ら集合。演劇部からのリクエストだ。曲の準備するぞー」

「はあい」

 さて、ここでちょっと観察してみると、軽音部に所属してるっぽい子は六人。

 エレキベースを抱えている湯迫くん以外を見ると、ドラムセット用の椅子に座っているたぶん二年生の女子、エレキギターを抱えているのはたぶん三年生男子とたぶん二年生女子で、キーボードの前にたぶん一年生男子、そしてエレキバイオリンだろうか、を担いでいる二年生男子。

 えっと……メンバーの数だけで言うなら、いわゆるフルバンドというやつか?

 しかもツインギターでストリングス入り。

 技術があるかどうかは別だけど、結構すごいメンバーだよな……。

「ところで渡来だっけ、このスケッチブックと一緒に何か言われたりしなかったか?」

「伝言って意味ですか? 伝言は無いですよ。それを渡してくれ、とだけです」

「ふうん。祭にしてはあいまいな……っていうか、当の祭は何してるんだ」

「脚本作業の追い込みですよ、今月が締め切りなので。『間に合わせつつ品質をどこまで高めるか、ううむ、悩みどころっすねえ』とか呟いてましたし」

「あー……。じゃあさ、えっと、この中身、お前は見たのか?」

「いえ、僕には別に用意がある、らしくて。それをもらうことになると思います」

 そういえば今日貰っておけばよかったのでは?

 あとで取りに行ってもいいかもな。

「なあ渡来、お前って演劇部ではどんなポジションなんだっけ?」

「僕は裏方専門。衣装とかセット作りとかだよ、湯迫くん」

「ふうん。……えっとさ、このカットに描いてある絵によると、なんかずいぶん豪華なドレスがあるんだけど。さすがにイメージだよな?」

「ううん。ちゃんと作ったやつだね。ただ、白雪姫のドレスはまだまだ改善する予定ではあるけども」

「そうか。作っ……作った?」

 湯迫くんは一度納得し、しかし二度見をしてきた。

 湯迫くんに限らず、他の子たちも。

 なんかこのリアクションってとても懐かしく感じるんだけど、つい最近なんだよな、あれも。

「今度その、作ったっていう衣装を見せてもらってもいいだろうか?」

 と、聞いてきたのは三年生男子。

 十中八九この人が部長かな。

 ……いや昌くんの例を思い出そう。ああいう例外もあり得るんだ、忘れちゃいけない。

「かまいませんよ。えっと……でも、部室に入れていいかどうかは、皆方部長あたりに判断してもらいますから、今日は無理ですね。帰っちゃいましたし。明日以降、先輩から直接聞いてもらってもいいですか?」

「ああ、……じゃあ、藍沢に聞こう」

 うん……皆方部長じゃなくて?

 別にどっちでもいいけど。

「それじゃあ確かに請け負った。他にも何か用事があるかな」

「そうですね……特にないかな。湯迫くんがどんな演奏するのかは結構気になるんだけれども」

「なんなら一曲、聞いていくか?」

 とは、先ほどの先輩。

「演奏してくれるんですか?」

「ああ。他の四人は俺たちのことを知ってるだろうし、湯迫がベースで入った後も聞かせてるけど、お前は初めてだろ。なら、聞いておいてもらおう。そういうわけだから全員、配置についてくれー」

 おー、ちょっと嬉しい。僕のためだけのライブみたいな。

 実際どんな感じの演奏レベルなのかは気になるよね。

 というわけで用意されたパイプ椅子に座って、聞いてみることに。

 ドラムの子がスティックで四回、リズムを宣言するように音を鳴らし、それに合わせてヴァイオリンがピアノと共に音色を奏でる。

 前奏はゆっくりと。ドラム、ベース、ギターがゆっくりと入ってくると、コーラスワークでその歌は紡がれた。

 これは……英語か。

 聞き覚えがあるような、ないような……、あったとしても知ってる曲って感じじゃないな。お母さんかお父さんが聞いてるのを見たとか、そんな感じかな?

 歌入りのBGMみたいな感じ。誰だっけ、こういう曲を作ってる作曲家さんいたよね。

 お母さんがファンだったはずだ。名前忘れたけど。

 ヴァイオリンの音色はコーラスと馴染むように、コーラスを支えるのはベースとドラム。ギターとピアノはそれをうまく引き立てている。

 コーラスも複雑な四重奏、歌ってるのはギターの二人とピアノに湯迫くん。

 先輩のほうはともかくとして、湯迫くんはまだ声変わりが始まったばかりといった感じだから成立してるのかな……でも声質的にはちょうどいい。

 これ、原曲あるのかな?

 たぶんあるよな。曲として完成されている。あとやっぱり聞き覚えのあるフレーズだ。

 覚えておいてお母さんにでも聞いてみよう。もしかしたらわかるかも。

 そして最後の一音が消えて。

「……うん」

 ぱちぱちぱち、と、僕は心を込めて拍手を送った。

 ミスが無かったと言えば嘘になる。そりゃ学生の部活がやっているのだ、完全な演奏にはなりえない。

 それでも今、こうやって聞いていて圧倒されるほどには……上手かった。

「すごいね。僕もこういう曲、好きだなあ……お母さんが聞いてる横で、聞いたことがあるかもしれない。まあ、オリジナルだったら悪いんだけれど」

「いや、カバーだよ。ひょっとして知ってるのか、この曲。だとしたら渡来のお母さんは良い趣味だな」

 肩をすくめて湯迫くんが言う。

 少し誇らしげに、同じくらいの恥じらいを添えて。

 そして、仮に部長さんと推測するギターを弾いていた三年生の子が僕に楽譜を貸してくれた。

 タイトルは……えっと、ぴんとこないけど、作詞・作曲の欄でやっぱり正解だったか、と安心。

「……でも、これって軽音部としてはどうなんですかね?」

「まあ、今やったのはBGMとしても使える類のものだからな、おちついた感じの。結構好評なんだぜ、皆方とかにはな。……とはいえ、今のじゃ確かに軽音部の名が泣くか。石のやついくぞ」

 了解、とドラマーさんが言うとタンタンタンタン、とスティックが鳴って、今度は確かなPOPS系の音楽が始まった。

 あ、でもこの曲もさっきの曲書いた人のやつだ。お気に入りなのもありそうだし、練習用の題材としてもちょうどいいのかな?

 そしてこっちはまだしも軽音部らしい。

 ドラムとベースがしっかり支えて、コーラスワークが編まれていく。

 このコーラスワークが好きなのかな?

 それとも劇伴、BGMとしての演奏に特化してるのか……あるいは、演奏の腕にまだまだ不満が残っているのか。

 演劇部としてはとてもありがたい方向性だ。

 やってる子たちも楽しそうだからいいんだけどね。

 ベースとドラムがしっかりしてるというのは、それだけで上手に聞こえるのか。

「ちなみに、部長はどなたが?」

 拍手を送りつつ聞いてみたら、答えてくれたのは三年生。

「湯迫だけど」

 予想通りのオチがついていた。

こぼれ話:

曲名がなんとなくわかったあなたはエスパー。

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