61 - 蓬原俊の相談事
水曜日の五、六時間目は家庭・技術という授業が連続で入っている。
この授業は隔週で、『家庭科』と『技術』の授業を交互に行う訳である――ちなみに僕たち三組が家庭科を受ける場合は四組が技術を、三組が技術を受けるならば四組は家庭科を受ける感じになっていて、実にわかりやすい。
で、今回は技術の方だから、技術室。
一階の体育館側にある特別室で、電動のこぎりとかの若干危険な機材も置かれている場所だ。
尚、工作部はここが事実上の部室となっていて、すぐ隣には倉庫もあるけど、倉庫は工作部の物ではなく、あくまでもこの技術室に併設されているものとなる。
事実上、図工室のアップグレード版みたいな感じかな。
技術の授業ではまず、箱を作ることになっているのだけど、この箱はある程度自由な形でよいらしい。
というわけで僕は猫型で作ることにして設計図を提出したらなぜか呆れられたりもしたけど、いや、考えてみれば本当になんで呆れられたんだろう。
僕あの先生と接点らしい接点ないんだけどな。
まあいいや。
で、ちょこちょこと調整を重ねつつ、板材に色々と加工を始めたところで今回の授業はおしまい。
まあ、こんなもんだよね。
今日の授業は終わったので、あとは帰りのホームルームだ。
緒方先生は入ってくると、いつもとは違って学級名簿に張り付けていたメモを読み上げ始めた。
「ふふ、今日から連絡事項をメモとして張り付けることにしたのだが、ちょっとみっともないかな? でもまあ、連絡事項を忘れてしまうとそれこそ問題だからね」
ちらり、と緒方先生が僕を見てきた。
どうだ、これで文句はないだろう、とでも言いたげだ。
「先生。良いですか?」
「何かな?」
「そのメモって、いつ取ったんですか?」
「もちろん、職員室を出る前に決まっているだろう。他にタイミングがあるかな、渡来くん?」
「……えっと、連絡事項だよ、と伝えられた時に順次メモしてないと、結局職員室を出る直前に覚えてることしかメモには書いてないんじゃ?」
「………………あっ」
緒方先生……。
まあ、頑張れ。努力してるのは伝わってるし。うん。
「こほん。明日からそうしよう。うん。では改めて、今日の連絡事項だ」
というわけで切り替えて、連絡事項。
まず、明日の体育の授業について。
明日の体育の授業は男女共に、晴れなら校庭、雨なら体育館集合。雨上がり直後などの場合は体育館になるけど、このあたりのさじ加減は体育委員が確認すること。で、男女ともにというのは、迫る体育祭に対する簡単なレクチャーがあるからだそうで。
ちなみに一年生については既に競技は通達されている通りで、明日のレクチャーの時点で各クラスのリレー代表や、全員リレーの順番、あとは騎馬戦の組を決めることになるそうだ。
ちょっと面倒だけど、仕方ない。
まあ、まだましな方なんだし、棒倒しのルール説明とかもあるんだけどそれはそれ。
三年生とか組体操あるからね。それの準備とかしてるのを見ると、再来年は僕たちもやるんだよなあとちょっと憂鬱だ。
閑話休題、明日の体育はそういったレクチャーとはいえ、ある程度身体は動かすので、体育着に着替える必要はある。
以上、ここまでが体育について。
「ちなみにリレー代表についてだが、男子から一人、女子から一人の選抜になる。先日行われた体力テストや君たち自身の推薦から選ぶことになるが、現状では誰になりそうかな。第一学年が走る距離は男女共に百メートルになるが」
「男子なら鶴来か渡来が早いですね」
と泰山くん。
男子一同が頷くのが見えた。僕は面倒なので遠慮したいな。それに洋輔の方が早いし。
洋輔にどうやって押し付けるか考えものである。
「女子ならやっぱり、満足かな」
とは平良さん。女子の体育委員なので、彼女の意見はたぶん正しい。
「さすがに陸上部なだけあって、頭一個抜けてるのよね」
「そうかい。まあ、何も速さだけで決めるのがリレーではないから、君たちの意見を尊重しよう。もちろん、『チーム三組』として頑張ってもらう訳だけれどね」
じゃあ次の連絡事項だ、と緒方先生はつづけた。
体育祭が近くなることに伴い、一部の部活が制限される。
この部活の制限については、各部活で説明を受けること、だそうで。ちなみに文化部はあまり影響を受けないらしい。よかった……のかな? 微妙なところだ。
ただ、文化部でも一部は影響を受ける。具体的には工作部の面々だ。
なんでだろう、と思ったら、スコアボードの修理とかが必要なんだそうで。なるほど。
「体育祭でも球技大会と同じように、部活や委員会単位で準備をすることになる。それについても今週中に説明を受けておくこと……さて、こんなものかな。特に質問は無いかな? ……無さそうだね、ならば号令をお願いするよ」
ま。
今日も一日、おつかれさまでしたっと。
そろそろ演劇部に向かうか、と思い、ロッカーから荷物をとってきたところでのこと。
「すまん。渡来、ちょっといいか?」
と、僕を呼び留めてきたのは珍しいことに蓬原くんである。
いや本当に珍しいな。何だろう。
「どうしたの? 急ぎならすぐに聞くけど、とりあえず荷物鞄に入れてもいい?」
「あ、うん。っていうか、ついでで聞いてくれればいいんだけど」
「ああ、そういうことならもちろんだよ」
というわけで自分の席に戻って、と。
蓬原くんは涼太くんの了承を得たうえで涼太くんの席に座り、僕に話しかけてきた。
長話前提かな。着席したってことは。
「渡来って、演劇部でセット作りとかやる感じ……なんだよな?」
「うん。セットとか、衣装とか。そういうの作るの専門だよ」
「えっと、じゃあ、実は先輩から頼まれてることがあって。良いかな」
「先輩から?」
話の流れ的には……部活の先輩から、蓬原くんが頼まれた……かな? たしか工作部だし。
紛らわしい。話下手って感じの印象は無いんだけどな……ってことは、何か別なところにリソースが割かれてるのか。
となると、ここで伝言はまず間違いなく厄介ごとで、それをどう穏便に済ますかってところだろう。
「とりあえず聞こうか。どうしたの?」
「うん。工作部が演劇部と協力して色々と作ってるのは?」
「知ってるよ」
「なら、演劇部が結んでる部活間協定の話は聞いてるか?」
部活間協定?
「その様子だと知らなさそうだな」
「うん。……ネーミング的に『演劇部に対する援助の代わりに何らかの援助を演劇部および中学校として行う』みたいな約束事だとは思うけど。協定っていうくらいだし、結んでるとしたら工作部、裁縫部、吹奏楽部、軽音部、合唱部ってところかな。いや、写真部も絡んでるか……別枠で放送委員会も。運動部とは協定まではいってなさそうだけど」
「……実は知ってたんじゃなくて?」
「知らないよ。適当適当。あってた?」
「うん。大体合ってる」
実際のセージテキなものならばともかく、中学校の生徒が相互協力をするための決まり事だ。
文書化さえしていない可能性が高いけど、それは曖昧に徹して責任をはっきりさせない事と、できる範囲に制限を掛けないためだろう。
特に工作部や裁縫部、写真部あたりとは予算とか部費のやりとりもあるだろうし。
「その部活間協定に基づいて、演劇部側に要請したいことがある……んだって」
「ふうん……?」
「実は、工作部では今年、ちょっと大掛かりなものを作ろうって話になってるんだ。主に一年中心で、なんだけど……そこで、ちょっと問題がある」
「というと?」
「技術室にある機材だけじゃ足りなくってね。で、保管庫とかの問題もあって」
演劇部の部室の機材を使いたいってことか?
いや、だとしたら保管庫の問題が片付かない。演劇部の部室は広いけど、大掛かりなものを置いておくことは難しいし……。
となると――
「つまり、工作部だけじゃその機材を導入できそうにないから、演劇部も巻き込んで連名で陳情したい、ってところ?」
――かな?
「……うん。えっと、本当にその協定とか、知らなかったのか?」
「うん。まったく。先輩たちは裁縫部とか工作部に手伝ってもらってるんだー、程度にしか言ってなかったしね……」
ただまあ、それで僕という専門家を特に問題なく抱き込むことをきめた理由も見えてきたな。
なにせ僕が居れば、いや、僕じゃなくてもいいからその手のことを専門にする子がいれば、その分だけ裁縫部や工作部に対する負担が減る。
負担を減らすことができればその協定とやらで約束している『見返り』も削れるわけで。
たぶん演劇部としてはできるだけ控えたい、面倒な駆け引きなんだろう。それでもある程度セットや衣装はオリジナルで用意したいし、とはいえ用意してもらうとその分だけ裁縫部や工作部に対する便宜を図らなければならない……結果、本来演劇部に与えられるであろう予算だとかに制限がつくから、その辺りのバランスが大変だ。
いやもともと、演劇部の予算がどの程度あるのかはわからないけど。
ただまあ、裁縫部や工作部とはシェアしている部分があるのは違いない。具体的な数字は……まあ、先生をつついても教えてくれないだろうな。
そもそもその数字自体、明確に決まってない可能性まである。
「ふうん……。そのことを先輩に伝えて説得してってこと、だよね」
「理解が早くて助かると言うべきなのか、実は知ってたんじゃないのかと疑うべきなのか……」
真剣に悩み始める蓬原くんに僕は苦笑で答えた。
まあ、なんだ。
「ごめんね、蓬原くん。さすがにこの状況だけじゃ説得も何も。そもそも何が作りたくて、どんな機材を入れたいのか。その機材はどの程度活用される見込みで、それによってどんなメリットがあって、それがないと何が作れないのか。この辺りが説明できないと、ちょっと……」
「……渡来って、先生みたいなことを言うなあ」
いやあ、僕もそうは思うのだけど……。
まああっちの世界でこの手の取引はちらほらあったからな。そこで図らずとも鍛えられてしまった感じはする。
「で、蓬原くんたちは何を作りたくて、何を導入したいの?」
「……うん。大型工作。具体的には、お城を作るんだよ」
お城?
「もちろんジオラマだけどね」
「モデルはあるの?」
「ああ。オリジナルのものにしようって話も出たんだけど、そうすると設計が大変だから」
それもそうか。
しかしお城ねえ……。
「で、どこのお城?」
やっぱり姫路城とかかな?
個人的には熊本城とかもかっこいいと思うけど。
それとも文献をあさって江戸城とか。
「ウィンザー城だよ」
まさかの西洋式だった。
えっと……、イギリスだっけ?
「ウィンザー城をガラスで作ろう、って最初はなったんだけど。常識的に考えて、ガラスだと取り扱いが大変でしょ。そこで、アクリルになったんだけど」
「また厄介なものを作ろうとしてるね……。ってことは、導入したいのはレーザー加工機か」
「その通り」
なんていうか……まあ、やりたいことはわかるんだけど、それ、工作部としても一大プロジェクトになりそうだな。
先生は何を思って許可したんだろう。いや許可してないのか?
「……なんか妙な表情してるけれど、渡来、何考えてたの?」
「いや。先生が良く許可したなあって。それとも許可が出なかったかな。いや、許可はするけど材料の調達は機材の導入が条件で、機材の導入のための交渉は自分たちでやりなさい、と言われた……ってところかな? つまり『演劇部を説得して巻き込むことが出来ればやっていい』っていう、実質無理な条件を出されたって感じ」
「本当は渡来、どっかで聞いてたんでしょ?」
「いや全然聞いてないってば。本当に。……ふうん、合ってたんだ」
邪推のつもりが正解だったらしい。
となると、僕が先輩たちをいかに説得するか、か……。
レーザー加工機なあ。そんなもの、演劇部的にはどうだろう。使い道はあるか?
正直、僕が作る限りにおいては『ふぁん』で終わりなのだ。
どんな精巧さを求められようと、材質が何であろうと、問答無用で最上級の加工ができるわけで。
あれ? そう考えると錬金術って広まると世界的に産業を破壊するんじゃ……、いやうん、誰に教えるつもりもないけども。
そういう意味で、内緒にするための偽装手段としてならありかな? そこそこ便利だし。
それに幸い、白雪姫という題材に限らず、レーザー加工は使えるから……うん。
「じゃあ、僕から先輩には話しておくよ」
「え、いいのか?」
「説得できるかどうかは別だよ」
過度な期待はしないでねっと。




