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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 体育イベント二点盛り
63/164

60 - 水森信吾と記念写真

夢は、

見れなかった。

 水曜日。

 球技大会の翌日とはいえとくに休日というわけではなく、今日も普通に授業がある。

 幸い、三組と四組は体育の授業が無いから、その点では楽なのかな?

「おはよー」

「おはよう」

「おっはよー」

 ロッカーでの荷物整理を終えた後、教室に入りつつ普通に挨拶。

 復学直後はあんまりこういう返事が返ってこなかったけど、最近はずいぶんと馴染んできたもので、男女かかわらず結構答えてくれるんだよね。

 けどまあ、今日ほどに返事が多かったのは初めてかな?

 やっぱり球技大会で色々と変わったのかな、意識とか。

 実際、距離感はちょっと近くなった気がする。

 ……なるほど、球技大会はこれが目的でもあるのか。

 しかしちょっと気になることもあるな。

「あれ……涼太くん、昌くんはまだ来てないの?」

「いや、あいつは今日休みらしいぜ。さっき人長が言ってた」

「人長くんが?」

「家が近いんだよ。人長と弓矢と村社の三人は」

「ふうん」

 幼馴染……か。

 僕と洋輔とは違って、良い関係なんだろうなあ。

 ちょっとうらやましい。

「でも、心配だね。お休みってことは、病気かな? 昨日怪我してたようには見えなかったし」

「どうなんだろうな。人長ー、弓矢って具体的にどうしたんだ?」

「風邪。八度二分に咳も出てたから、とりあえず医者行くって」

「なるほど」

 ちょっと心配だ。

 今度お見舞いに……、と思ったけど、

「お見舞いもなにも、僕、昌くんの家知らないな……。涼太くんは?」

「俺も大体の地域をしってるって程度だな……。もし本気でいくなら、それこそ村社か人長に聞いたらどうだ」

「それもそうだね」

 苗字が独特だからその気になれば地域だけでもわかってればすぐに見つかりそうだけど、それはちょっとやりすぎな感じがするしな。

 どうしよう。

「りょーた、ちょっといい?」

「どうした、信吾」

「いや、この前頼まれてたやつ持ってきたんだけど」

 はい、と水森くんが涼太くんに何かを手渡した。

 何か。というか、写真だけど。

 写真?

「お、これが例の……」

「うん」

「何の写真?」

「五年のときの遠足のやつ。渡来もちょっと写ってるよ」

 どの写真だろう。

「五年の遠足の時の写真は、僕、例の写真一枚しか買ってないんだよね」

「あの奇跡の一枚か……」

「そうそう」

 僕に言わせれば奇跡でもなんでもないのだけど、まあ、僕たちの小学校ではそういわれていた。

 懐かしいなあ。

「なんだ、その奇跡の一枚ってのは。気になるんだけど」

「おれが説明するのもなんだし。渡来から言ってよ」

「そう?」

 別に言いふらされて困る類のものでもないんだけどね。

「五年の遠足でハイキングに行ってね。そのお昼、お弁当食べ終わった後の自由時間でみんなで遊んでたんだよね」

「うん? それがなんで奇跡の一枚?」

「僕はちょっと疲れてたから、木陰で休んでたんだよ。そしたら野良猫が集まってきてさ。いつの間にか僕の周りに猫が二十匹くらいかな、わっかになる感じになってて。それをぱしゃってとられたのが、『奇跡の一枚』。すっごいお気に入りの写真だよ」

「二十……そりゃすげえけど、え、本当に?」

「うん。大マジ。おれも持ってるよ、その写真。っていうか、ほとんどの奴が買ったんじゃないかな、あれ。すっごいインパクトあったし、猫はともかく、渡来がすっごい笑顔だったから……」

 そりゃあ好きなものに囲まれて笑顔にならないやつはいないものだ。うん。

「ああいう、たくさんの猫に囲まれてる状態って、まあ年に何回かあるんだけど、写真撮ってくれたのはあの一回だけだからねえ」

「待て。年に何回かあるってどういうことだ」

「え? たまにない? ほら、帰り道とかで野良猫にかまってたら次から次へと猫が寄ってきて、ふと気が付いたら猫に囲まれてたり」

「ねえよ」

「おれもないなあ……。でもおれ、渡来のそういう場面みたことある……」

「え、マジで?」

「うん」

 年に大体三回くらいはあるんだよね。

 今年に入ってからは今のところないので、そろそろ来るとは思うんだけど。

「だから渡来は逆猫アレルギーとか猫寄せとかいろいろ呼ばれてたよ」

「洋輔に言わせると『猫フェロモン』なんだって」

「あー……うん。なんかすっとした」

 ま、どう呼ぼうともうどうでもいいけども。

「なんつーか、渡来って大概よくわかんねーやつなんだな」

「そうかな。わかんないのは猫の方だと思うよ。なんで僕の周りに集まるのか、とか」

「まあ、それは言えてるかも」

「ふうん……あ、これが信吾か。やっぱ言われないとわかんねーな」

「この時はまだ髪が長かったからね。お風呂とか大変だったよ」

 ふうむ。

 やっぱり髪の毛が長いと乾かすのとかが大変なのか。

 ちなみに水森くんが持ってきた写真は全部で三枚。

 基本的には水森くんがメインで写っているもので、リュックを抱えてる写真とみんなでジャンプしてるところの写真、お弁当を食べてるところの写真。

 ジャンプしてるところの写真には僕と洋輔も写っていて、懐かしい気持ちがちょっとしたり。

「あ、そうだ。水森くん」

「うん?」

「いや、昨日、佳くんといろいろと話しててさ。もしよかったらだけど、名前で呼んでもいいかな? って」

「ああ。おれは良いよ。代わりにこっちも、そう呼ぶけど」

「おっけ。じゃあ信吾くん。改めてよろしくね」

「こちらこそ、改めてよろしくな、佳苗」

 ま、それこそ今更だけどね。

 それにしても写真を持ってくるとはね。

 昨日の今日で。

 いや、偶然でしかないんだとはわかっているけども。

「ところで、このみんなでジャンプしてる写真って何がどうなってこうなったんだ。やっぱりジャンプしてるところを撮りたい! って誰かが言ったのか?」

「その通り。この写真だと左から三番目に映ってるこいつ、足立(あだち)っていうんだけど、こいつが提案したんだよな」

「そうそう」

「ふうん。でも足立……? って、この学校じゃないよな?」

「進学のタイミングで引っ越したんだよ。隣町だから、会いに行こうと思えば行ける距離なんだけど、中学校は結構遠めかな」

 足立(あだち)優紀(ゆうき)くん。

 同じクラスになったのは三年生から六年生までの四年間。小学生時代において、僕が名前呼びをしていた程度には親交のあった子だ。

 何度か遊びに行ったこともある、んだけど。

「そういえば積極的に連絡とってないな。手紙でも出してみようかな?」

「あれ、佳苗は住所知ってるの?」

「うん。引っ越すって決まったときに、教えてもらってる」

 よし、そうと決まれば今日にでも手紙は用意しよっと。

「……んー、住所教えてってのも変だよなあ。今度足立に手紙送るなら、おれの分も同封してくれない?」

「別にいいよ。いつ出す?」

「それはおれが聞きたいんだけども」

「準備自体は今日中にやっちゃうつもりなんだよね。でも信吾くんの都合にある程度は合わせるよ」

「そっか。じゃあ、うーん……」

 と、真剣に考え始める信吾くん。

 優紀くんと信吾くんもそこそこ親交はあった方なんだよね。なんで住所知らないんだろう。

「今日の放課後、僕の家に来てもらって、そこで書いてもらうか……今日中に書いといてもらって、明日学校で受け取って、帰りに郵便に出すか。どっちかかな」

「佳苗んちは大体わかるけど、んー。今日も部活があるからなあ」

「あ、バスケ部か」

「うん。佳苗は……演劇部、だったよな?」

「そうなんだけど、脚本がまだできてないらしくってね。とりあえず小道具づくりはつづけてるんだけど、ちょっと学校じゃできない作業も多くて」

「学校じゃできない小道具づくりって何作ってんだ、渡来」

 さすがに気になったのだろう、涼太くんの問いかけに、僕は笑顔で答えるのだった。

「靴だよ」

 革材はあるし、まあ、作ろうと思えば一瞬なんだけど。

 さすがに学校じゃやりにくいんだよな。音の問題もある程度解決したとはいえ。

「部活が終わるまで待ってもらうのもアレだし。今日書いておくから、明日の朝渡すよ。それでいいかな」

「うん」

「切手代とかは、半分だそうか?」

「いや、別にいいよ。切手は結構、大量に持ってるから」

 猫柄のも、猫柄ではないものも。

 猫柄のやつはあんまり使いたくないけど、こういう友達に当てての手紙とかならばバンバン使うのが僕だったり。

 その後も優紀くんがどんな子だ、といった話をしていると、あっという間に朝のホームルームの時間になってしまった。

 今日も一日、頑張るか。


 というわけで三時間目、音楽。

 音楽室へと移動しないと、と皆がわいわい動き始めたところで、

「佳苗。さっき懐かしい写真見てたんだってな」

 と、洋輔が。

 表情はちょっと硬い。

「タイミングがね。すごいというか」

「だな」

 写真。

 昨日の夜、僕が無理やり作ったアレも……まあ、写真なわけで。

「そういや、あれはどうしたんだ?」

「どうって?」

「いや、まさか飾るわけにもいかねえだろ」

「ああ、そういうこと。普通に写真アルバムに差しといた。『友達の写真』のバインダーだから、大丈夫だと思う」

「そっか」

 なら大丈夫だろう、と洋輔も少し安心したようだ。

 といっても、僕はもともとそこまで心配していない。

 あれが僕と洋輔の別の世界における姿だ、などとは誰も想像しないだろうし、ならば見つかっても『友達だよ』と告げればそれでいいのだから。

「言い逃れができるもなにも、言い逃れしなきゃいけないもんでもないしさ」

「そうかあ?」

 思いっきり訝し気な洋輔である。

 なんかイラっとしたので反撃しておこう。

「洋輔がこの前、洋輔のお母さんに没収されてたアレと比べて見なよ」

「ごめんなさい」

 よろしい。

 なんて話をしている間にあっというまに音楽室。

 ちょっと離れた場所にある、とはいえ、そこまで離れすぎているわけでもない。

 で、僕たちの学校の音楽室は座学ではない場合、机を使わない。

 よって、椅子がずらっと並んでいれば今日は実技、机もあれば座学、と傾向がわかるんだけど、今日は実技らしい。机が無いし。

「まだちょっと時間あるな」

「だね」

 とりあえず自分の席に音楽の授業で使う楽曲本と筆記用具を置いて、と。

 不意にピアノの音が聞こえてきて、そちらに視線を向けてみたら、信吾くんが座っていた。

「そういえば信吾くんってピアノ弾けるんだよね……」

「俺たちは楽器が全然だめだからな」

「ね」

 今なら見た通りには弾けるかな?

 でもな、それをやると洋輔に怪しまれそうだ。

 まあ、機能的にはもうバレてるようなもんだし、いまさらと言えば今更だけど。

 今回信吾くんが弾いてる曲は……んーと、……この前までやってたドラマのテーマソングかな?

 結構有名になったよな、この曲は。

「ピアノと言えば、合唱コンクールとかどうするんだろう。ピアノ弾くのも生徒なんだろ?」

「まあ、ピアノ弾けるのは何も信吾くんだけじゃないだろうし……。男子でも他に一人や二人は弾ける子いるんじゃないかな。女子ならもうちょっと多いかも」

「それもそうか」

「むしろ問題は、歌の方だろうね。最悪ピアノは僕が何とかできるし、一人できればなんとでもなるけど、歌はそうもいかないし」

「大した自信だな」

「自信なんてものはあるということにして、必死に努力して、そうしてれば案外何とかなるものだし」

「ならなかったらどうすんだよ」

「自信が足りなかったんでしょ」

「なんでだよ。そこは足りないのって努力だろ」

 それもそう。

 そんなやり取りをしていると、

「なんか面白い考えするんだな、渡来って」

 と話しかけられた。

 話しかけてきたのは珍しいことに湯迫くんである。

「できるできないとかじゃなくて、まずは自信をもって努力してみれば。面白い考えだ。おれも見習いたいね」

「そう? 教訓になったなら嬉しい……けれど、正直今思いついたことだしね。あまり過信して結果が出なくても知らないよ。ま、その時は自信が足りなかったってことで」

「くくく。やっぱいいいわ、その考え方。もーらい。おれはそれで行くか」

「?」

 どういうことだろう。

「あれ、建太。何楽しそうにしてんの?」

「いや、渡来がなかなか面白い切り口で考え事をしててさ。『自信をもって努力をすれば何とかなる。何とかならなかったら自信が足りないのが原因』ってやつ。なかなか面白い考え方だろ、亘男」

「まあ面白いといえば面白いけど……やれやれ」

 思いっきり呆れつつ、梁田くんが湯迫くんに首を振った。

 そういえばこの二人は小学校が同じなのか。

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