58 - 終幕・球技大会
球技大会、表彰式。
校庭に整列した全学年の全クラスの視線は、当然と言えば当然だけれど、おおむねスコアボードの方に向いていた。
しかしスコアボードに書かれているであろう結果は幕で隠されていて、一応内緒ということらしい。
当事者たちは大体分かっているのだが。
まあ、
「こういうのは雰囲気が大事だからなー。ふっふっふ」
という前多くんの言葉に全面的に同意する形である。
結果発表は学年順。
特に大番狂わせもなく、一年三組、二年四組、三年三組が各学年で優勝。
勝ち点のみで言ったときの総合優勝は二年四組。勝ち点が僕たち一年三組と比べても尚大きく、というか、男女ともに一敗しかしていないらしい。
どんだけ偏ってるんだろう。
優勝賞品は後で教室で受け取ることになり、表彰式の場ではトロフィーと表彰状が渡された。
尚、表彰台に上がったのは各クラスの体育委員である。妥当なところかな。
そんなわけで表彰式が終われば、まずは教室に戻り、ホームルーム。
「いやあ、優勝おめでとう! 君たちならばやってくれるともちろん信じてはいたが、こうも勝ってくれるとはすばらしい。男子も女子も、全ての種目でよく頑張った。そんな君たちに、ご褒美だ!」
緒方先生がそういって持ってきたのはあらかじめ伝えられていたスポーツドリンク、と、袋入りのスナック菓子セットが一人一つ。
スナック菓子セットとはポテチ、ポップコーン、板チョコレート、スティックキャンディーなどがまとめられたもので、たぶん普通に買うと五百円はするかな?
思ったよりもいいものがもらえた感じだ。
とはいえここまでは予定調和。
結局、隠し景品って何なんだろう。
「みんなに行きわたったかな? よろしい。それでは最後になるが、最後におまけのおまけ、内緒の景品を発表しよう。他のクラスの子たちにはあまり言わないようにしてくれたまえ」
そう言って先生が黒板に張り付けたのは、給食に関する説明書きだった。
「皆はすでに知っていると思うが、この学校では毎月一回、各クラスは食堂で給食を食べる日があるよね。あの少しだけメニューが豪華になるあの日だ。その日のメニューにくわえて、君たちにはデザートが出るのだよ。そこで、デザートは何が良いかを決めて、提出してもらいたい。デザートの選択は個人ごとで、選べるのは次から一人一つ……『クリームプリン』、『シューアイス』、『ぶどうのフルーツゼリー』、『オレンジのフルーツゼリー』、『ようかん』、『カステラ』、『ホットケーキ』。決まった子はこっちに来て言ってくれ」
お、おおおお。
思った以上に豪華な感じ!
これは良いね。実にいい。
何がいいって、それは達成感に対するご褒美としてはこの上なくちょうどいいことと、そして実は僕たちだけがそれを選べる、とは一言も言っていない点だ。
僕たちに与えられている些細な報酬というのは『デザートを選ぶ権利』ではなく、『選んだデザートが出される日を食堂で食べられる権利』ってことかな。
根拠は簡単、特定の組だけそういう優遇をし過ぎれば、優遇を受けたクラスはともかく、それを受けることが出来なかったクラスの子たちは当然不満を覚えるだろう。
その不満が原因でトラブルになってしまっては元も子もない。
そんなところである。
「それじゃあ、今日はデザートを選んだら、そのまま解散。先日の準備をしているときにそれぞれの部や委員会ですでに伝えられているとは思うが、後片付け……が……」
そしてそれは例によって聞いてないんだけど?
「……例えば、演劇部の場合は得点板の撤去作業がある。皆疲れているとは思うが、後片付けまでがイベントだ。気を抜かずに頑張ってくれたまえよ」
想像してたから別にいいけど、気を抜いてるのって緒方先生の方じゃない?
さて、しばらく悩んでデザートはカステラを選択しつつ、洋輔を待つことに。
洋輔はちょっとしたヒーロー扱いをされていた。まあ実際に、サッカーにおいての活躍は本物だったしな。
尚、似たようなヒーロー扱いをされている子は前多くん。
やはりあの破れかぶれシュートの連続成功は皆の印象に強く残ったようだ。
正直誰かしらが録画してないかな? とか期待もしてたんだけど、まあ、持ち込みができるわけもなく。
無念。
「いや、それが無念ってわけでもないんだよな……」
「え?」
ちなみに洋輔を待っている間暇なので、涼太くんと昌くんを捕まえて雑談していたり。
今日も色々あったよね、みたいな感じから始まって、今の録画の話題に入ったところである。
「どっちかというと残念だろ」
「なんで?」
「なんでって、体育館はほら。うちの学校、録画設備あるからな」
「…………。え、待って。僕はそんな設備知らないんだけど。っていうか何のためにそんなのが」
「何のためにって……え? むしろ渡来、お前聞いてないのか? あれだぞ。演劇部のリハーサルとか、あるいは本番だとかをきちんと映像として残すために設備として導入してあるんだよ」
「知らない……けど、でもそれなら、別に舞台上しか録画できないでしょ」
「いいや。演目によってはステージの大きさが違うからな、体育館全体が録画範囲になってるらしい。二階にコントロール室あるだろ? あそこで全部できるんだよ。放送委員会も手伝いで入ることが多いから、今度機材の使い方を教えてもらうことになってる」
なんだって……。
むう。いや確かに演劇部の設備って大概でたらめなものが揃ってたけど、まさか体育館にまでそんな設備を用意していたとは知らなかった。
この様子だとほかにも何かでたらめな設備があるな。
これでいいのか、公立中学校。
「でも、佳苗が知らないっていうのも変だよね。演劇部なら……」
「まあ、僕はまだ正式に入部してからちょっとしか経ってないからね。部室の設備とか覚えるだけで精いっぱいだから」
「ふうん。演劇部の部室……、あれ? あるの?」
「あるよ」
詳しくは教えられないので適当にぼかすことになるけども、まあ昌くんなら大丈夫かな?
いや、昌くんも涼太くんも口は堅そうだけど、だからと言ってぽんぽんしゃべっちゃったらたぶん致命的な所でミスをするな。
ごまかしとくか。
「衣装とかセットとかを置かなきゃいけないからね。ちょっと広めの部屋を使ってるんだ」
「なるほど……」
「衣装といえばさ、渡来。例の鞄あるじゃん。ファッションショー用のやつ」
「うん」
「あれ、どこで買ったんだ? あの写真と動画を親に見せたら気に入られてさ。同じものがほしいんだって」
「デパートの七階に服飾品の材料うってるお店があるでしょ。あそこで材料買ってきたんだよね」
「ふうん。……って、材料?」
うん、と頷き返してと。
話題がこっちに傾いたか。部室の秘密を守る意味合いでは渡りに船だし、まあよしとしよう。
「あれ、僕の手作りだからね。だから、どこで買ったんだ、と聞かれると材料を売ってた所を教えるしかないし……」
「ええ……いやあの鞄、何の違和感もなかったぞ」
「そう? なら良かった」
「うわあ。手作りか。マジか」
「欲しいならあげるよ、あれ」
「んー。でもなー。手作りってことは材料は必要だったんだろ。ならタダじゃ貰えねえよ。親には一応相談しとく。もしそれでもほしいって言ったら、悪いけど、値段つけて教えてくれるか」
「うん」
いくらくらいが妥当なんだろう……材料費だと八百円くらい?
品質的には決して悪い品じゃないし、普通にあんな感じのバッグを買おうとしたらノーブランドでも三千円はくだらない。五千円はしないだろうけど。
かといってフルプライスで要求するのも違うよなあ。中古みたいなもんだし。新品だけど。
「佳苗って手先器用なんだね……。無人島生活とか、余裕でこなしそう」
「それって、手先の器用さ関係あるかなあ……」
まあ実際、無人島の規模にもよるけど問題ないとは思う。
魚が釣れるような海の島なら、無人島というか岩って感じの場所でもなんとかなりそうだしな。
錬金術は便利である。僕の場合はピュアキネシスもあるから余計か。
「でも、渡来が鞄まで作れるとはね。型紙とか、どうやって作ったんだ?」
「え、そんなの使わないよ。だいたいノリでできるじゃん」
「…………」
「……まあぼくたち、まだ中学生だからね。そんなものじゃない?」
黙り込んだ涼太くんに昌くんがフォローしてくれた。
いや、フォローかな?
結構微妙なところな気がする。
でも中学生なのは事実だしな……。
「すまん、待たせたか、佳苗」
「ううん。昌くんと涼太くん捕まえてたから、僕は特に」
「なるほどな。じゃあ二人には謝っとけよ」
「いや、謝る必要はないさ。おれは正直億劫だからサボりたい」
「ぼくもサボりたいけど、ぼくがサボると剣道部として示しが……」
「昌くんは部長だもんね……」
でもサボりたいのか。
欲望に素直だなあ。
「ま、さっさと片付け終わらせて帰るとしようぜ」
「そうだね。じゃ、昌くんに涼太くん、また明日」
「うん。また明日」
「またなー」
洋輔と二人で廊下に出て、しばらくは会話無しで下駄箱へと。
下駄箱についてから上履きを脱いで、外履きに履き替えて、と言うところで。
「で、佳苗は満足したのか?」
と、洋輔が聞いてきた。
僕はうん、と頷き返す。
「勝てたし、優勝賞品も満足だしね。これ以上の結果は無いよ。これで満足しないと」
「まあ、そうだが」
「そういう洋輔はどうなの?」
「んー。ま、俺も大概好き勝手やったし、別にいいかなって」
ただ、と。
洋輔は靴のつま先でとんとん、と地面をたたきつつ続ける。
「今日のアレはがっつり見られたからなー。サッカー部ではキーパーやらされるかもしんねえ」
「それは自業自得でしょ。っていうか、洋輔の場合はどこでも一緒でしょ」
「まあそうだけどさ。俺は遊び半分だからどこでもいい。それは本当だ。でも、俺以外でちゃんとやりたいってやつがいて、もしそいつがキーパーを志望してたら……」
「やる気がない遊び半分がレギュラーで、やる気のある真剣な控えってのが嫌ってこと?」
そんな感じ、と洋輔は言う。
その表情は、ちょっと複雑そうだ。
洋輔にそのつもりが無いのはわかってても、確かに今のは自惚れに聞こえるもんな。
「こんなことを言うとそれこそ自惚れだけど、俺はそこまで情熱的にサッカーやってるわけじゃねえ。来島とかに対しては、恐ろしく無礼な感じだろ?」
「まあ、そうだね……」
ちなみにその来島くんは念のためお医者さんへと向かっているらしい。
一応賢者の石による応急処置はしたし、その後の様子からして大丈夫だとは思うけど。
いざとなったら洋輔も居るからな。生きてればどうとでもなる。
「洋輔はその辺、考えすぎな気もするけど」
「考えすぎねえ」
「うん。だって僕は楽しければそれでいいって最近は思っちゃうしね」
「楽しければ……か」
「もちろんそのための努力は惜しまないし、逆に言えば楽しくないならさっさとやめちゃうけども」
「……その論で言うと、お前が演劇部を続ける理由がつながらねえぞ」
それは自覚している。
そして分析もしている。
「結局さ。洋輔があの時言ってたことが、真実ってことなんだろうね……僕は少しでも、覚えていたいんだと思う」
あっちの世界のことを、懸命に。
覚えているつもりで、明確に記憶しているつもりで……なのに。
なのに、だ。
「洋輔は笑うかもしれないけど」
「ん?」
「あの僕の家の構造を、僕は漠然としか覚えてない」
「…………」
洋輔は、笑わなかった。
代わりに、僕の頭を抱えるようにして。
自然と、洋輔の胸元に僕の頭がくっついた。
「わりぃ。俺のせいか」
「違うよ。洋輔のせいじゃない」
確かにあちらの僕が、地球に帰ろうと最初に考えたのは、洋輔のためだった。
だけど、あっちの自分も、最終的には自分の意思で、帰りたいと思っていたのだ。
それもまた、真相だから……だから、決して洋輔のせいではない。
渡来佳苗としての僕には理想通りの結末だ。そのことはたとえ洋輔にだって否定させない。
ただ……その時の僕は、後のことを考えてなかったというだけで。
その時の僕は渡来佳苗としての僕しか考えていなかったというだけで。
カナエ・リバーもまた僕なのだということを、忘れていたというだけで。
『ホームシックみたいなもんなんだよ。僕にとっての……カナエ・リバーにとってのね』
『カナエ……』
洋輔は、強くぼくの頭を抱えて。
ごめん、とだけ言った。
謝られてもな……。
僕は洋輔を、嫌いたくない。




