57 - 小野瀬佳は掴めない
一回表、三組の攻撃は三得点で終わった。
ま、こんなものか……と勝手に納得しつつ、守備について、と。
今回の敵こと一組もそうだけど、基本的に守備は『それっぽいこと』をするだけなので、フィールディングだとかそういう打ち合わせは無し。
ちなみにほかのクラスとかだと内野手は運動部の子で固めているようだけど、僕たち三組は洋輔とキャッチャーの園城くんの二人だけ。
この分配については疑問が残りそうだけど、そもそも野球に参加する子たちの大半が文化部なので仕方のない判断だったようだ。
で、僕をショートに、洋輔をセカンドに置いたのは、クリーンヒットなんてまずされないとの判断があるからなんだそう。
万が一外野まで運ばれた場合は、当然ダイレクトで戻しうる僕や洋輔が外野にいると安心だけど、そもそもピッチャーがきちんとしたピッチャーではないから、一気に持っていかれる可能性は逆に低い。
球速が無い以上当てるだけではそこまで飛ばないから、内野安打が大半だろう。
そこで、どの程度反応できるかは実戦でやってみないとわからないけど、体力テストの結果でよさそうなのを置いたら、それが僕と洋輔だったということのようだ。
そしてその読みは、幸か不幸か的中するわけで。
一人目、セカンドゴロ。
二人目、ショートライナー。
三人目、セカンドライナー。
三者凡退である。
「……渡来も鶴来も、別に経験者じゃないんだよな、たしか」
「うん。小野瀬くんは小学校同じだし、その辺は説明要らないか」
「まあな。でも小学生のころもこんなんだったっけ、お前たち」
「どうだろうなー。俺も佳苗もそこそこ動いてる方ではあったろ」
そうだったかなあ、と深く考え込み始める小野瀬くん。
小学校は同じだったし、同じクラスになったこともあるけど、そこまで仲のいいグループってわけでもなかったからなあ。
その辺りの印象とかはお互いに深くは残っていない。
大体どんな子、くらいのことは覚えてるけど、お互いにその程度という訳でもあるというか。
ま、僕も洋輔も名前呼びしてないし、逆もまたしかりであるところからもその辺りの距離感が見えるようだ。
「さてと。この試合、なんとか勝って優勝を確実にしたいところだったけど」
「三点差だからな。まだわからねえ」
「だね。三十点くらいとれば安心なんだけど」
「渡来たちは何の試合をしてるのかな……野球の点数じゃないでしょう、それ」
それもそうだ。
「スコアと言えば、コールドってあるのかな?」
「さあ、どうだろ。俺は聞いてないぞ」
「あ、それは僕が聞いてる。先生が言うには、十五点差ついたらそこで終わりだって」
「ふうん?」
そして意外な所ではあったけど、小野瀬くんのカバーはありがたい。
しかし十五点か……。
そこまで行ったら、確かにコールドの成立をさせたほうがいいのだろう。時間かかるし。
とはいえ微妙だな。このままきっちり全部抑えたところで、十五点取るのは結構つらい。
九回までならともかく五回までだし。
普通の勝利を目指すか。
結論から言うと、最終的なスコアは7-1。
完封は出来なかったけど、勝利に違いはない。
この勝利によって、球技大会一年生の部の優勝は三組で確定。
そしてこうなると、男子は全勝優勝ができるかどうかという話になってきていて、次の試合においてもそこまでの心配はない。
つまり今回と同じようにできれば、特に問題なく勝てるだろう。
と、踏んでいたのだけど。
「解せぬ」
「まあ、仕方ないよ。渡来はサッカーもやったから」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
補欠でサッカーに急きょ参加したことと、あんまりにやりすぎだと先生が判断したようで、僕は交代することになってしまった。
まあ、僕が交代したところで洋輔がいるから大丈夫だとは思うけどね。
僕の代わりに入ったのは昌くんである。
で、今僕が話しているのはどさくさに紛れて交代を果たした小野瀬くん。
…………。
小野瀬くんって、たしか野球が二競技目じゃ……?
手を抜けるところでは徹底して手を抜くってところは小学生のころからそうだったし、僕の交代を理由に上手いことやったんだろうけど、なんか釈然としないところで才能を活用してるよな……。
「っていうか、小野瀬くんの代わりは誰が入ったの?」
「信吾」
なるほど、水森くんか。
僕と洋輔があまり小野瀬くんや水森くんと接点がなかった一方で、小野瀬くんはもともと水森くんと仲が良い部類だったからな。
その線でお願いしたのだろう、と想像はつくけど、本当に釈然としないななんか……。
「試合が始まるね。渡来はこの試合、勝ってほしい?」
「もちろん。全勝したらボーナス、なんてことはないだろうけど、どうせなら全勝優勝したいじゃない」
「ふうん」
「そういう小野瀬くんは……今一乗り気じゃなさそうだけど」
「勝ち過ぎは良くないからなー。体育祭でも順位とか気にし始めると余計に」
「そう? そもそも体育祭なんて、そうそう争う競技でもないでしょうに。個人競技が大半だし」
「でも、棒倒しとか騎馬戦とか、クラス対抗系もあるだろ?」
言われてみれば確かに。
「あんまり派手に勝ちすぎると、三組が共通の『敵』にされる。三対一じゃあ、さすがに分が悪い……」
「……分が悪いというか。サボれない、だよね?」
「うん」
正直な子だよなあ……。
実は結構共感するところはあるんだよね。
僕も勝ちにこだわるところはあるけど、楽して勝てるならそれに越したことはない。
例えば洞窟やダンジョンだって正しいルートで攻略する必要なんてなく、壁を壊して進むタイプなのだ。
ちなみに洋輔は原則、正しいルートを作り上げるタイプなので方向性が違う。
っていうか洋輔による洞窟探索を以前見たことがあるんだけど、あれは酷かった。まさか三十二マス進むのに一時間かけるとはだれが思うよ。僕だったら十秒かからないぞ。
そういう意味だと……小野瀬くんはまだしも僕に近いだろう。
まあ、小野瀬くんの場合は洞窟を探索するというか駆け抜けるというか、最低限必要な事しかやらないから早いだろうけども。
いや、そもそもあのゲームを小野瀬くんはやらないか。
ロープレ系とかは結構やりそうだけど。タイムアタックとかしてそうだ。
とか考えていたら無事に先取点。
昌くんも結構やる気だし、水森くんも頑張るそぶりを見せている。
この様子なら楽勝かどうかはともかく、勝利それ自体は問題なさそう。
ちょっと安心。
「渡来はさ」
「うん?」
「前々から結構な負けず嫌いだったけど。……なんか最近、磨きがかかってない?」
「そうかな?」
うん、と小野瀬くんは頷いた。
「小学生のころと比べると、なんていうのかな。頑固になったってわけじゃないんだけど……。意志が強くなったのかな。同じクラスだったころは、ほら、渡来っていつも鶴来と一緒で、何か言いかけても我慢しちゃうことが多かっただろ。でも今はがつがつものをいうと言うか」
「洋輔頼りは今でもあるけどね。それでも確かに、自分で言うことが増えたかなあ……」
それはちょっとずつの変化……だったとは思うのだ。
「僕なんかが言うのもアレだけど、渡来のその変化はすごくいい成長だよね。……正直、僕は渡来が羨ましいかも」
「んー……ま、隣の芝生は青く見える、とか。そういうアレじゃない?」
「渡来は僕のことが羨ましいとか思ってるの?」
「うん」
「へえ。……ちょっと、実は以外だな。僕はむしろ、渡来に苦手意識持たれてるかなーとか思ってて」
「そんなことはないよ。ま、身長面では確かに『けっ』とか思わないこともないけど」
「……あ、うん。ごめん」
「別に。それはでも、小野瀬くんが悪いわけじゃないし」
確か誕生日が四月なんだよな、小野瀬くん。
それに僕と比べれば高いし、洋輔と比べてもまだちょっと高いけど、大凡平均くらいだろうか?
だからそこまで悪い印象があるわけではない。
「じゃあ、なんで小学校とかではあんまり話しかけてくれなかったんだろう」
「んー……特に理由は正直、思い当たら……あー」
いや、あるな。理由。
「ごめん。それは僕が悪い」
「え? 渡来が?」
「うん……僕と、時期が悪かったんだね、たぶん。ほら、小野瀬くんと僕が同じクラスになったのって三年と四年じゃん」
「ああ」
「で、僕はちょうどその辺りに例の虎騒動やってるから……。あ、深く思い出さないでね。思い出したら投げ飛ばすからね」
「……あー」
「それでちょっと、男子からも女子からも距離置いてたんだよね。頼ってたのが洋輔くらいだったから。それが、ちょっと遠巻きになった理由だと思う」
「そっか。じゃあ別に、僕が嫌われてるわけじゃないんだね」
「もちろん。……あ、一応聞いておくと、小野瀬くんは猫についてどう思う?」
え、と小野瀬くんは少し考えて。
「猫は、猫だと思うけど」
「そっか。なら大丈夫」
「?」
もしこれで猫をひどく言うようだったら前言撤回していた可能性はあるけど、ま、あえて言うまでもあるまい。
「……しかし、それで渡来との距離感がつかみにくかったのはわかったけど。じゃあ鶴来の方はなんでだろう」
「洋輔は何も考えてないと思うよ、その辺。小野瀬くんの側から洋輔を名前呼びしたことはある?」
「ないよ。僕は相手からされて、やっと名前で呼ぶ感じだから」
「じゃあ洋輔とは致命的に相性が悪いね。洋輔も大概、自分からはあんまり名前呼びしないタイプだから。あとで洋輔、って呼んでみたら?」
「うわあ。緊張するなあ……」
まあ、席替えとかを待ってもいいとは思うけど。
同じ班になれば十中八九洋輔は名前呼びするし……。
「そういえば、渡来は名前呼びに抵抗ある?」
「あんまりないよ。気分次第かな。名前で呼んで、って言われたりしたら、名前で呼ぶし」
「へえ。じゃあ、名前で呼んでくれるか?」
「いいよ。佳くん」
「…………、こんな簡単な事だったんだな。ありがと、渡来。いや、佳苗」
どういたしまして、とお礼は言っておいて、と。
しかし佳くん、そんなことで悩んでいたのか。
まあ、わからないこともないけれど。
そしてかなり今更だけど、佳くんの名前って、僕の名前の漢字と同じなんだよね。
ちょっと親近感。
「うん。これは、勝ったかな」
「だね」
さて、話を野球に戻すと、現状5-1で三組が有利、三回表が始まったところだ。
この様子ならば大逆転は無いだろう。
本来ならば最後の一瞬までわからないはずだけど、まあ、最悪の場合は洋輔がどうにかしてくれるはずなので心配するだけ無駄である。
「そういえば、ちゃっかり佳くんもヒット打ってたじゃない。佳くんも別に野球やってたわけじゃないよね」
「うん。運動系の習い事はしてないよ。でも、反射神経だけは良い方だから。当てるだけなら、なんとかなるみたい」
「へえ」
あとはバントの練習をすれば結構面白い選手にはなれそうだけど、本人にやる気がないからダメか……。
才能があるからそれを磨かなければならない、なんて決まりはないしな。僕も、佳くんも、そして洋輔も。
もちろん、別に磨きたいならば磨けばいい。洋輔みたいにね。
あるいは、僕みたいに、か。
「それにしても、優勝賞品って結局なんなんだろう?」
「参加賞のジュースと、お菓子。それと何かある、とか言ってたんだよね」
「そうそう。僕はそれが気になってしかたなくて、優勝したかったんだよね」
「…………」
わからないかな、と表情をうかがうと……あれ?
真偽判定が中途半端に反応してる。
「……もしかして佳くんって、優勝賞品知ってるの?」
「……いやあ」
知らないよ、とは言わなかった。
だから真偽判定的には特に問題が無い、けど……これは、もしかしなくても知ってるっぽいんだよなあ……。
「僕が知ってるわけじゃなくて。ただ、兄ちゃんが去年とかにそれをもらってるから」
「あ、お兄さんこの学校なんだ」
「うん。入れ違いで卒業しちゃったけどね」
なるほど、三つ学年が上か。家に遊びに行ったことがあればともかく、そういうのが無ければ知らなくてもやむを得ないか……。
「知りたいなら教えるけど。わくわく感、台無しにならない?」
「そうなんだよね。難しいところ……まあ」
「?」
「あと一時間もしないでわかることだし、それまでわくわくして待ってることにするよ」
「……ふむ。佳苗っぽい回答だ」
安心したよ、と佳くんは本心から言ったようだった。
……なんか。
掴みどころがないんだよな、佳くんって。




