56 - 鶴来洋輔が保つ距離
給食を食べ終えた後はお昼休みが三十分。
今日は掃除がこの時間にはないので、ちょっと楽だったりする。
「それで、佳苗。説明してくれるんだろうな、眼鏡のこと」
「はあ。いつまでも隠し通せるとは思ってなかったけど、思った以上に早かったなあ」
「あんだけ派手なことしてりゃな」
「……移動しよっか」
ん、と洋輔が頷いたのを見て、僕は洋輔を伴い移動開始。
最悪、あっちの言葉で話せばいいんだけど……ま、変に目立つのも嫌だしな。
下駄箱のある一階、から特別室のある方向へ。
当然、球技大会の今日は誰も使うはずのない場所で、だからこそ誰も居るはずがない。
とはいえ一応確認は必要だ。
人影が無いのを入念にチェック。
まあ、大丈夫だろう。
そして僕の回答も、残念だけど。
「ごめん。詳しいことはまだ教えられない」
「だろうな。佳苗のことだ、俺に隠してるってことは、現状だとまだ俺に『リスク』があるってことだろ」
その通り。
「その上で聞かせてもらいたいのは、お前がどうやってそのリスクを回避してるかってところなんだが」
「……『コストを代替する』、って道具があるんだ。それを使ってリスクを押し付けてる。ただ、その代替品の指定に錬金術を使わないとダメだから、洋輔には使えない」
「あー。それでか」
そりゃ無理だな、と洋輔は頷いた。
「……何ができるのかは、聞かないんだ?」
「聞くまでもなく概ね想像はつくしな」
「案外的外れかもしれないじゃない」
「まあそうだけど。どうせ身体を理想通りに動かすとか、その辺りだろ。もちろんそれが主な機能であったとしても、あと一つか二つくらい、別の機能がついてそうだけどな……そこまではわかんねー」
……さすが。
鋭いどころか大正解だ。それが機能の全部ってわけじゃ無いんだけど。
「よくわかったね」
「ま、あれだけ派手に動かれればな。あんなのプロのサッカー選手だってまずできねえ。やってみたらできた、にしても妙に理想的だったし……となると、アニメ当たりが参考か? って考えてたんだよな」
「ご名答……っていうか、なんでそこまでわかんの?」
「俺とお前の付き合いだろ。今更だ」
まあ、そうだけども。
そして立場が逆だったら、たぶん僕は洋輔が隠してることをある程度察しただろうな。
いやそうでもないか。
結構僕って洋輔の隠し事を見抜けないことが多いんだよね。
まあ、問い詰めれば大体ぼろを出すので、そこから引っ張り出すことはよくあることだけど。
そう考えると例の一件に関しては洋輔のガードが堅いんだよな。おかげで僕の身長はまだ望みがあるわけだけれど。
「決め手になったのは弓矢の証言だな。剣道で剣道着を着ていたとき、動きは妙なところで素人っぽかった……んだよな。たぶんそれは、『面』を付けたとかで眼鏡を外す必要があったからだ。眼鏡に機能を集中させたからこそ、眼鏡を外したことで元に戻った。逆に言えば、眼鏡を付けてる間はなんらかの効果で『理想的な動き』を実行させる。想像通りに身体を動かすって感じかな。もちろん、その身体でできる範囲で、って前提はつくだろうけど」
鋭すぎる……。
「ただ解せねえこともあるな。身体を想像通りに動かす道具だとして、理想通りに動かすためのものだとしてもだ。ボールの軌道を完全に制御してたのは、どういうことだ?」
そしてそこも気づかれたか。
となると……うん。隠しきるのは厳しいかな?
かといって中途半端に説明してもがっつり説明しても問題が起きそうなんだよな、これ。
「その態度からして、詮索しないほうが良さげか」
「そうしてくれると、僕にとっても、洋輔にとってもいいと思う」
「おっけ。なら、その問題が解決したら教えてくれ。それまでは詮索しないことにする」
「うん。ありがと」
引き際も、相変わらず見事というか、なんというか。
たぶんそれは僕に対する気遣いでもあって……同時に、洋輔自身どっかで危険性を察知してるんだろうな。
「当たり障りのないところだけ教えておくと、この眼鏡。完全エッセンシア使ってある」
「……完全耐性としてか?」
「うん」
僕が実験した範囲でという前提は必要だけど、完全エッセンシアを特異マテリアルとして用いた場合の完成品に与えられる耐性は恐ろしく高い。
物理的な破損はもとより、魔法的な耐性もかなり高いのだ。
物理的な頑丈さを説明するなら、車のガラスを叩き割れるポイントハンマーで思いっきり叩いても傷一つ着かなかったとかそのあたり。
魔法的なというのも変だけど、熱とかに対しても非常に強く、六千度の温度を連想に置いた火の魔法に三十分間くべてもちょっと温かくなったかな? 程度の変化しかなかった。
それでもまあ、洋輔の協力があれば僕にも破壊できるし、洋輔単体でも破壊は可能だ。
ものすごく手間がかかるけどね。
破壊じゃなくて性質変えたほうが早い。
「レンズの部分はガラスだからね。万が一でも割れると嫌だったから奮発しちゃった」
「文字通りに奮発だな……」
「あとは自動修復も」
「つまり頑張って壊してもすぐに治ると」
うん。
「絶対なくすなよ、それ。万が一が重なると大変なことになるぞ。ま、いまさら言うまでもないだろうけどな」
「もちろんだよ」
ま、その辺りの配慮というか、細工というかはしてあるから、いざという時はいざという時だ。
怪しまれるからまず使いたくないんだけどね。
「さてと……教室に戻るか」
「もうこのまま校庭に出ちゃった方が早くない?」
「それもそうだな」
という訳で洋輔と一緒に下駄箱へ。
すでにちらほらと校庭には人影もあるようだ。
「ところで洋輔、野球でのポジションはどうするか、決まってるの?」
「俺がセカンドでお前はショート。園城が色々と決めたみたいだぜ」
唯一の野球部だ、決めてくれるのはありがたい。
とはいえショートに僕で、セカンドに洋輔ねえ。
「抜け目ないね、園城くんも」
「だよな。俺たちとはさほど接点があるわけでもないのに、きっちり把握してやがる」
「そしてきっちり勝つつもり、か。ピッチャーは誰がやるの?」
「梁田か俊でマシな方、って言ってたな」
俊?
…………。
ああ、蓬原くんか。
洋輔と同じ班だから、名前呼びと。なるほど。
「って、あれ? 蓬原くんと梁田くんって二人とも工作部じゃなかった?」
「そうだぜ。『だから』、だとさ」
だから……?
「変化球は望んでねえ。球速だってぶっちゃければどうでもいい。ただ、『ストライクゾーンに入るかどうか』が問題になる。多少撃たれたとしても構わない、コントロールができる、『手先の器用な奴がいい』、だから、『工作部の二人のどちらかでマシな方』……って、言ってた」
「すごい割りきりだね。どっちかというとそれは僕の発想に近いかな」
「だな」
まあ、どう転ぶにせよ。
内野安打は、一度たりとも与えるつもりはない。
「目指すは完全勝利での優勝。この調子なら、いけそうだね」
「……佳苗は本当に、どうでもいいところに執念を燃やすよな」
「どうでもよくないよ。優勝の副賞が何か、すっごい気になるじゃん」
大したものじゃないとわかっていても、ほしくなるんだよね。
というわけで午後。
一年生の男子は野球、女子はソフトボールで、これが球技大会としては最後の競技となる。
尚、ここまでの勝ち点から、優勝条件は『男子もしくは女子が一勝』した時点で確定、万が一全敗した場合でも『二組が全勝』しないかぎり大丈夫らしい。
「つまりある程度適当でもい……」
と、言いかけた蓬原くんに微笑みかけると、蓬原くんは「いやなんでもない」と訂正した。
よろしい。
「おい、佳苗。あんまり威嚇するな」
「威嚇だなんて失礼な。僕はちょっと微笑みかけただけだよ」
とまあ、そんな茶番はさておいて、僕たち三組男子の相手は一組と二組。
一戦目は一組とになり、一戦目のスタメンは次の通り。
ピッチャー、蓬原くん。キャッチャー、園城くん。ファースト、梁田くん。セカンド、洋輔。ショート、僕。サード、小野瀬くん。ライト、湯迫くん。センター、上木くん。レフト、涼太くん。
打順については一番から順番に、僕、洋輔、小野瀬くん、湯迫くん、上木くん、梁田くん、涼太くん、園城くん、蓬原くん。
この辺りは全部園城くんに決めてもらった。だいたい、体力テストの結果からメンバーを決めたようだ。
とても無難。
じゃんけんの結果、一組が先攻に。
そんなわけで一番最初っから打席に立つわけだけれど……。
「園城くん。念のため聞いとくと、一組の子で野球部は誰かいる?」
「えっと……今の配置でいうと、レフト、ピッチャー、サードの三人。サードはレギュラー争いもしてるやつだよ」
うげ。
「ピッチャーの子の持ち球は?」
「ストレート、カーブ。シュートも投げられないことはないんだけど、コントロールが甘いから……あっちのキャッチャーが素人だろうし、基本的にはストレートと緩いボールしか投げないと思う。とれないし」
「なるほど。ありがとう、参考になったよ。それで洋輔、とりあえず僕は洋輔の打席で三塁に居なければ三盗まで狙うよ。撃てたらだけど」
「おっけ。んじゃ時間稼ぎはやっとくよ」
「任せた」
「え? 渡来たちって野球できるの?」
「まさか」
ただ、僕も洋輔もルールについてはそこそこ知っているし、戦術も知っている。
漫画とかアニメで、だけど……。
本来それは全くあてにならない事なのだろう。
ただ、僕や洋輔に限って言えば、それはあてにしていいことなのだ。
打席へと向かい、いざ、プレイボール。
ストレートか、緩い球か。
まあ、変化球が来たら来たで別に構わない。わかるしな。
そして気持ち、外野手も前進守備をしているような気がする。僕の体格じゃあ飛ばせないと思ってるのかな?
まあ、その読みは正しくて、たぶんどんなに角度を調整したところで、ピッチャーが投げる球速次第とはいえあんまり飛ばせないだろう。
一球目、ストレート……ではないな、緩いボール。どう見てもボールなので無視。
「ボール」
審判は体育の先生なので、このあたりは安心かな。
キャッチャーの子は……いまくらいのボールならば取りこぼしは無しか。
いや、捕手が取れないボールは投げないってところか?
後逸したら大変だしな。牽制もないだろうし……ふむ。
二球目、も緩いボール。これはぎりぎりだけどストライクゾーン……この低さだと打ちにくいな。無視。
「ストライク」
「おーい、渡来! 振らねえと打てねえぞ!」
「わかってるよー」
ベンチの方からのヤジにそう答えつつ、三球目。
案の定緩いボール。高さはまずまず、ストライクゾーン。
これをライト方向に打つか。
とはいえこの球速では、そこまで飛ばすことはできないから……よし。
一度手前にたたきつけるようにゴロ打ちを実行、ボールはファースト、セカンドの間を抜けてライト方向へ。
うん。
思った通り、打球に勢いが『ない』。
筋力強化して無理やり振り抜けば外野まで運べるだろうけど、普通に打つ分には無理だな……。
二塁まで走って、とりあえずの一段落だ。
「さて、洋輔は……」
どう時間を稼いでくれるかな?
ちらりと洋輔の表情を確認すると、行っていいぞ、といった感じの表情が垣間見えた。
じゃあ遠慮なく。
一球目、が投げられると同時に塁を蹴ってスタート、特に問題なく三塁に到着。
ちなみにボールだったようだ。
「早速三盗……」
「気にすんなよ。ホームに戻らなきゃ点にはなんねー」
「おう」
相手のピッチャーとサードがそんなやり取り。野球部かあ。
いいよなあ。猫がいる部室。
っていうかずるいよなあ。
なんか許せなくなってきたからこてんぱんに叩きのめしたい気分だ。ホームスチールでも決めてやろうか。
いや、さすがにそれはやめておくか……。野球部の子に対する意趣返しとしてはともかく、野球部じゃない子に対してはそこまでする必要もないし。
それに僕がなにかをするまでもないだろう。
実際、洋輔は二球目をあっさりと打ち返した。
矢印で軌道を確認。こりゃ誰も取れないなと判断した上で、悠々とホームへと走っていく。
「一点目!」
「……容赦ないよね、渡来たちは」
と、飽きれるような感じで言ってきたのは小野瀬くん。
もっとも、その表情にはどこか楽しそうな感じも残っていた。
「僕も遠慮する気はないけど」
「その調子、その調子。とりあえず一巡目指しておこう。点はいくつあっても足りるとは限らないんだからさ」




