55 - 人長吉高は喧嘩が嫌い
無事に四組とのサッカーはを5ー0というスコアで勝利し、ここに至って三組の優勝が濃厚になりつつも、残るは午後の野球である。
午後、という区切りからもわかる様に、その前にお昼休憩。給食だ。
やれやれムードの漂うほかの組と比べて、圧勝ムードの三組はなかなか陽気な感じで下駄箱へ。
「それで、佳苗さ」
「うん?」
「何を使ったんだ?」
「…………」
鋭いな。
さすがは洋輔……さすがにごまかせないかな。
真偽判定以前に確信されてしまっている、そんな感じもするし。
「まあ、前々から薄々と、なんとなしには気づいてたんだけどな……バレーを見て『あれっ』て思って、サッカーを見て確信したぜ」
「なんで?」
「あんなのリバーにだってできねえだろうさ」
学校だからだろう、少し言葉はぼかされているけれど。
だけれど、かなり踏み込んだ追及をされていて。
……ま、その通りなんだけどね。
「説明はしてくれるんだろうな?」
「どうしよっかなー」
「おい」
「いや、実際悩むところなんだよ、これ。いつかは洋輔にも話すと思うけど、今話すべきかどうか。話していいものかどうか、ちょっと考えないといけなくってさ」
そう。
結構考えないといけないことだ。
別に……絶対に秘密にしなければならない類の物じゃあないんだけど。
説明をすれば洋輔だってわかってくれる類の事なんだけれど、その説明をする場として学校はちょっと、不適切だ。
「佳苗……」
「おいおい、待って待って。そこ。洋輔に渡来、珍しい組み合わせで言い合いしているけど、喧嘩はダメだよ」
と、僕たちの間に入ってきたのは人長くんだった。
けど、
「喧嘩って?」
「何のことだ?」
と、僕と洋輔が続けると、あれ、と人長くんが首を傾げた。
「今、なんか喧嘩しそうな感じになってたようにぼくには見えたのだけれど」
「まさか。こんなところで喧嘩するわけがないだろ」
「そうだね。校庭のど真ん中とか、あるいはいっそもっと狭いところなら喧嘩の遣り甲斐もあるんだけど……」
「遣り甲斐って……」
いや実際、下駄箱前というこの空間は中途半端に過ぎるのだ、色々と。
トイレの個室くらいに狭い場所か、そうでなければかなり開けた場所でもない限り、僕たちが真っ向から喧嘩をすることはないだろう。
やる前から結果がわかってるようなもんだし……。
それでも試みるとしたらそれは喧嘩ではない、戦争だ。
猫がよっぽど深く絡めば別だけど、そうでもないならわざわざするほどの事でもない。
「今一よくない雰囲気だったってのは認めるけどな。俺が佳苗の隠し事に気づいて、それを追求しただけだよ」
「本当に?」
「うん。実際図星だから、どう答えようかなーって僕も今、言い訳を考えてるところ」
「いや渡来。それは言っちゃいけないことだと思う」
「いいんだよ。どうせバレてるんだから」
いいのかなあ、と人長くんは呟いた。
しかしなんだろう、人長くんってずいぶん面倒見がいいのかな。
わざわざ仲裁に入ってくれるとは。
「吉高が騒がしいってことは、あれかな。喧嘩でもあったの?」
「いや、ぼくの勘違いだったよ、昌」
ん……ああ。
吉高って、そうか。人長くんの名前、人長吉高だもんな。
いまだにぱっと出てこない。
ちなみにそう人長くんに親しげだったのは、人長くんも呼んだけど、昌くんである。
「あれ、弓矢と吉高って仲いいのか?」
「まあまあね。ぼくと郁也と昌は幼稚園からずっと一緒だから」
「あー」
村社くんも含めて幼馴染グループだったか。
……三種三様ではあるけど、なんかみんな育ちがいい感じがするのはなぜだろう。
「あれ、珍しい。人長に弓矢はともかく、渡来と鶴来も……?」
「噂をすればなんとやら、だね。いや、なんか吉高がいつもの勘違いしたみたい」
「なるほど」
いつものって。
結構辛辣な事を言うよな、昌くん。今更だけど。
ちなみに今混ざってきたのは、渦中の人こと村社くんである。
だんだんと大所帯になってきたな……。
「とりあえず、ここだと邪魔になるし。歩きながら話そう」
「だな」
僕の提案に洋輔が乗り、自然と残る三人もついてくることに。
「渡来、ボク、サッカーも見てたんだけど、すごかったね。サッカー選手だったりしたの?」
「ううん。素人だよ」
「…………」
「いや、本当に。こいつ、何の習い事もしたことねえぞ」
「素人ってなんだっけ……? ってなるね」
やれやれと村社くんが首を振り、それに合わせて人長くんと昌くんも首を振った。
なんか仲いいなこの三人。
幼稚園来の幼馴染ならこんなものか。
「ぼくも大概、いろいろとでたらめな子を見てきたつもりだけど……。渡来と洋輔は規格外だなあ」
「え、俺もか?」
「そりゃあ、あんだけ派手なスーパーセーブしといて規格外じゃない、は言い訳にならないよ」
何をいまさら、そんな感じに昌くんが突っ込みを入れると、すこし洋輔がたじろいだ。
ううむ。洋輔をたじろがせるとは、昌くん、やりおる。
「規格外かあ。……そういう意味だと、ボクとは対極ってことかな。何でも卒なく規格外みたいな」
「あれ、でも剣道部を見に来た時とか、佳苗は正直中途半端って感じがしたんだよね。アレは何でだろう」
「中途半端って?」
「まるで武術を習ってた、かのような動きは見せてくれたのに、剣道の基本はまったくなってないっていうか。足運びとかすっごい怪しかったんだよね」
よく見てたな……。
そして意外そうな顔で見てくる人長くんと村社くん。
一方、洋輔は『あれ、』と何かに感づいたようだった。
…………。
どうやら僕にとっては思いもよらぬところに伏兵が居たらしい。
案の定洋輔は、
「足運び……ってことは、あれか。佳苗は防具つけてたのか?」
と問いかけた。
やばいな。まさかこんなところからバレるとは思いもしなかった。
「うん。剣道着もぼくのを貸して、着てもらったりしたよ」
「ふうん……佳苗も幼稚園の頃に一応剣道は園でやってたけど、正直ほぼ覚えてねえだろうしな。防具の付け方も覚えてなかっただろうに、よくも着せたもんだ」
「もとむ、入門者って感じだったからね。その辺はみっちりだよ」
「弓矢は一度決めると、かなり丁寧にやるからね。それが取り柄でもあり欠点でもあり」
「ちょっと、村社?」
「褒めてるんだよ?」
「……まあ、いいけれど」
「おい、吉高。こいつらいつもこんな感じか?」
「うん。いつもこんな感じ」
「なるほど、どーりて喧嘩に敏感なわけだ」
洋輔は苦笑を交えつつ、どこか投げやりにそういった。
ま、僕から見ても確かにそんな感じがする。
この二人の緩衝剤として幼馴染をやっていたなら、そりゃ面倒見もよくな……るのかな?
そうでもない気がする。
人長くんは……。
いや、今の発想は色々と失礼な気がする。気づかなかったことにしよう。
「そういえば、鶴来。渡来をサッカー部に誘ったりはしないの?」
「ん? ああ、そりゃやらないな」
「なんで? まあ、ボクが言うのも何だけど、どう見ても渡来のあの動き、才能あると思うよ」
「才能が有ろうとなかろうと、やる気がない奴にやらせるほど俺は抜けてねえって」
言外に洋輔は、僕に才能が無いと言っているのだけれど、まあそのあたりは村社くんたちに通じないだろうな。
というより、通じさせないためにやる気という言葉を挟んだんだろうな、洋輔のやつ。
「その点、バレーの方はまだやる気がありそうだったけど。実際どうするつもりだ、佳苗」
「うん……とりあえず見学は今週中にさせてもらって、そのあと色々と決める感じかな。どうしても演劇部との兼部にはなっちゃうと思うけど、サッカー部と兼部してる藍沢先輩よりかはバレー部に集中できると思うし」
「え、良いの? この学校の演劇部って結構有名なんだよね。ボクも知ってるくらいには」
「僕は演技じゃなくて、小道具とか衣装の作成専門だから。演技指導とか、基本的には関係ないんだよ。どういう衣装がほしい、どういうセットがほしい、そんな声にこたえて物を作ったり、あとは演技の映像を見て『こうしたほうがいいかなー』とかやるだけだから、家でもできるしね」
「そっか。いや、ボクとしてはありがたいけれど」
少し頬を赤くしつつ、村社くんは二度三度と頷いた。
そしてそれを見て珍し気な表情を、昌くんと人長くんが同時に浮かべる。
はて?
「……珍しいこともあるもんだね。郁也が自分から他人に近づくなんて」
「だね。悪くない。良い変化に違いはないけど、思いがけぬところからって感じだ」
「ちょっと、二人とも。それじゃあボクがとんでもない人見知りみたいな言い方じゃない?」
「いや実際人見知り極まれりって感じじゃん、郁也って。たとえばだけれど、三組の男子でぼくたち以外で、授業関連以外で話しかけたことがあるのは誰が居る?」
「え? ……えーっと……、渡来とか」
え、早速僕の名前が出るの?
ここで?
「あと鶴来とか」
そして洋輔の名前も今出てしまった。
「あとは……えーっと、梁田とか、湯迫とか。前多とか」
「ほかには?」
「…………」
ついー、っと、村社くんの視線がそれた。
えっと……。
僕と洋輔は今はなしてるから、まあ、うん。
で、梁田くんと湯迫くんは班が同じだからだろう。彼らは第五班だ。授業関連以外で、たとえば給食の時間や掃除のときに話したのをカウントした可能性が高い。
そう考えるとちょっとわかりにくいのが前多くん……ってわけでもないな。背の順か。
三組の背の順は一番前から僕、前多くん、村社くん、昌くんの布陣。
僕が復学するまでは村社くんの体育でのペアは前多くんだったはずだから、たぶんその関連……、うわあ。
確かに人見知りするタイプっぽいな。
「あれ、でも部活の子とは話してたよね。鷲塚くんだっけ?」
「鷲塚って四組の奴か?」
「うん」
「じゃあノーカンだね。鷲塚も小学校が同じ」
あ、これ筋金入りのパターンっぽい。
人見知り、か。
「洋輔……についてはノリかもしれないけど、僕に対してはそこそこ話しかけてくれてるのは、バレー部として戦力がほしいから?」
「……その打算が無いって言えばうそになるよ。実際、渡来が部員になってくれたらボクの力も大きく発揮できるだろうから……ね。でも、……それだけじゃないよ。なんか、渡来になら話しかけても、大丈夫かなあって思って」
「僕なら、大丈夫……」
なんでだろう。
身長的な事だろうか?
村社くんも大概気にしてる類だしな。自分よりも背の低い僕や前多くんにはそこまで警戒しないで済むとか、あるいは同族的な好感度があるとかかもしれない。
それ以外だとすると……なんだろう。本質的なところが猫っぽいとか?
「どうしたの、渡来。なんかすごい……名状しがたい表情になってるけど」
「いや、変なこと思いついて……」
「言ってみてよ。気になるし」
「……いや、村社くんって猫っぽいところがあるのかなーとか。で、もし本質的なところが猫っぽいなら、猫よろしく僕になついたのかな? とか。変な事っていうか、失礼なこと思いついちゃったんだよね」
「…………」
僕の回答に対して、村社くんと人長くんの二人が奇妙な表情になった。
なるほど、これが名状しがたい表情というやつか……。
「まあ、うん。猫っぽいかどうかはともかくとして、なついた、というのはあるかもしれないね……」
「猫っぽくはないんだ」
「ボクはどっちかというと狐派だから……」
答えたのは村社くん張本人で、しかも第三勢力だった。
この学校、あらゆる分野で第三勢力が多すぎるぞ。
この様子だと例のちょこ菓子で戦争を起こしても第三勢力が出てくる気がする。
っていうか、どんな題材でも奇麗に二分化できないんじゃないかこれ。
「立ち位置的に、ボクが狐で人長が狸って感じかな」
「狐と狸かあ……じゃあ昌くんは?」
「猟師じゃない?」
「猟師かなあ」
村社くんと人長くんはほぼ同時にそう答えてくる。
猟師って。
「仕方ないんだよ。村社は自分で決めたら貫き通すけど、決めるまでに時間かけ過ぎだし。吉高に至っては自分で決めることが滅多にないし。だから、ぼくが決めることが自然と多くなっちゃって……」
「で、ボクたちとしてもそれにあんまり異議もないから、猟師に従ってる感じだね」
「撃たれたくはないしね」
昌くんが精神的には優位に立ってるのか……。
ちょっと意外な感じだな。
等と話している間に教室に到着。
「じゃ、また後で」
「ん。後でね」
「佳苗は後で呼び出しな」
……誤魔化しきれなかったか。




