54 - 圓山貴也の経験値
サッカー、二試合目。
来島くん不在につき、メンバーに若干の変更が成されたり、それに伴ってフォーメーションをある程度決めることになったり。
と言っても基本的には攻めっ気の強い子ばかりなので、攻撃を受けているときに誰がどのあたりで防御をするか、程度の相談にとどまり、明確なディフェンダーは置かないことになった。
ぶっちゃけると洋輔がキーパーをしている以上点を取られる余地がまずないので、問題はこちらが一点でも取れるかどうかという話である。
同点だと勝ち点もったいないし。
で、来島くんの代わりは誰にもできないだろう、ということで、攻めの基点として選ばれたのは圓山くん。
来島くんとは違ってちょっとやっていた、程度とはいえ、小学校低学年の頃にサッカーをクラブチームでやっていたこと、それをやめて以来も遊び程度にはしていたこと、現在でも運動そのものは行っていることなどが選出の理由となった。
尚、圓山くんがサッカーをやめた理由は柔道で、柔道かサッカーのどちらを主体にするか、という二択において柔道を選んだという次第らしい。
体格は洋輔とほぼ同等で、ちょっと洋輔より背が高く、かなり筋肉質って感じ。
そんな圓山くんを主役として二試合目のキックオフはこちらボールから。
相手は前回の三組の戦い方をちらっと見て警戒していたようで、早い段階でプレッシャーをかけてきた。っていうか敵の子にやたら上手いのが居る。
あれ?
やばくない?
なんかあっさり抜かれてあっという間にゴール前なんだけど。
思いっきり振り抜かれた左足が放ったシュートは、しかし洋輔がさも当然のように回り込む形で捕球。
とはいえど、完全に余裕という訳ではないようで、洋輔の身体が少しのけぞるほどだった。
…………。
「さすが、四組の隠し玉だな」
「……隠し玉?」
「うん。サッカー部には所属していない、かといってクラブチームとかユースの選手ってわけでもない。ただ……」
やれやれ、と首を振りつつ、泰山くんは説明をしてくれた。
「あいつの父親。Jリーガーだから」
「…………」
「もちろん、親がすごければ子もすごいとは限らねえけども、あいつはすごい方だからなあ」
思ったんだけど、この学校っていわくつきの生徒多くない?
僕たちも含めてだけど。
「にしても鶴来のやつ、よくもあっさり止めるよな。おれだったら避けてるかも……」
「洋輔のとりえみたいなところもあるしね。っていうかあの程度でゴール割られてたらお仕置きだよ」
「……渡来はなんだ、鶴来になにか怨みでもあるのか?」
「え? 怨みはさすがにない、かな……結構前に冷蔵庫に隠してたゼリーを食べられたとか、お泊りしに来た時にアイス独り占めされたとか、そういうのは若干恨んでるけど」
「それいつの話だよ」
「小二くらいだったかな」
「十分怨んでるじゃねえか。そうでもなきゃそんな昔の事覚えてないぞ」
そう言われてみればそうかもしれない。
「ところで泰山くん。四組の子って、他にサッカー部の子っている?」
「一人いるな。えっと、今真ん中くらいでボール持ってたやつがいるだろ。あいつ」
ミッドフィルダー……か。
どっちかというと守備に意識を置いているように見える。攻めはもう一人の子にまかせっきり、って感じかな。
となると……ふうん。
攻めが強い子は、あんまり守備に戻っていない。システム的に動いているというより、役割理論で動いてる感じか。
かき回すならばそこだな……。
「渡来。呼んでるぞ」
「あ。ありがと、泰山くん」
考え事をしている間に呼ばれたので、そちらへ――コートの横に向かう。
そして選手交代、で上木くんと交代して中に入って、ちらりと洋輔に視線を向ける。
やるぞ、と。
洋輔は表情で伝えてきたから、こくりと頷いて、とりあえず真ん中あたりに配置。
すると、僕に二人ほど四組の子が張り付いてきた。
……あれ?
「いや、なんで僕をマークするの?」
「お前のでたらめな体力テストの結果を知らねえ奴はいねえよ」
「ふうん……」
まあ僕にマークがきたらその分だけ圓山くんにかかる負担が減るわけで、当然のように圓山くんにパスが渡り、ミドルシュート。
残念ながら枠の外。
ゴールキックで再開、一気に僕たち側のコートの奥にまで蹴りこまれたボールに合わせるように、四組のさっきの子が一気呵成に攻めてきたけど、またも洋輔がファインセーブ。今ちょっと矢印が途中で変わったからズルだけど、僕以外は気づかないからうん。まあアレか。
そして洋輔が、「佳苗ー」と叫びながら大きくボールを蹴る。
僕の出番らしい。
二人のマークはすっと姿勢を低くして振り切り、洋輔が蹴ったボールの軌道を示す矢印に従うままに飛び出るように走り抜け、ちょうどいい感じにトラップ。
背後から二人、一人は普通に突っ込んできていて、もう一人はスライディング……かな、トラップしたボールをとんっ、とリフティングのように一度上げて、次にちょっと高めに、そして少しだけ横にずらしてあげて、スライディングの方をきっちり回避。
もう一人の普通に突っ込んでくるのは、たぶんあと二秒くらいあるから……うん。
そのまま空中のボールを叩き蹴って、矢印が枠内に向かったタイミングで確定、シュート。
どすん、と。
そんな音をたてつつ蹴られたボールは、そのままゴールネットに突き刺さった。
「あ、ノリでできた」
「はァ!?」
敵に突っ込まれてしまった。
いやでも、ノリだしな、今の動きとか。
「アニメとかで結構見るじゃん、今の。だから試してみたんだけど」
「なるほど……いやなるほどじゃねえよ! 何でできるんだよ!」
「知らないよそんなの。ビギナーズラックとかそういうやつじゃない?」
我ながら言い訳に無理があるなあとか思いつつも自陣側に戻って、と。
「渡来」
と、話しかけてきたのは圓山くん。
「うん?」
「ノリでできた、って言ってたよな。どこまで本当だ?」
「全部本当だけど……」
「そっか。じゃあノリでパス出しも頼んで良いか?」
「いいけど、失敗しても怒らないでね。で、どの辺にパスがほしいの?」
「俺が左手を挙げてお前を呼んだ時、七メートル前に落としてくれ。速さは、さっきのシュートと同じか、ちょっと遅いくらいで」
「了解。繰り返すけど、失敗しても知らないよ。ノリだから」
おう、と去っていく圓山くんに対して、そもそもパスを出すためにはボールを取らなきゃだめなんだよなあ、と、ホイッスルが鳴ると同時に思い出した。
どうしたものかなあと手を出しあぐねていると、また二人がマークについてきていて……。
徹底して僕狙いかよ、おい。
しかもさっきよりもマークが厚い。隙が小さいというか、何というか。
これじゃ姿勢を低くしても突破は無理だな。
なんて考えているうちに、後ろの方で事件が起きた。
小野瀬くんが相手のボールを奪うことに成功したのである。
僕と圓山くんにそれぞれ二人ずつマークがついてる上、相手にはディフェンダーが三人。
だから、実質攻め手が四人しかいなかったのに対して、現状で三組、守り手は全員自陣内にいたから、人数的には事件というよりも妥当なんだけどね。
「小野瀬くん! ボール頂戴!」
「おう……おう?」
いや無理じゃね、という表情を浮かべる小野瀬君に対して、僕は思いっきり地面を蹴って跳躍。
そのままくるんとマークについていた子の頭上を宙返りしながら飛び越えて、着地するとそのまま走り出した。
「……ちょ」
「下が抜けないなら頭上飛べばいいだけだもんね。ちょーだいー」
「ああもう、どっから突っ込めばいいんだこれ!」
困惑しつつも小野瀬くんは大き目にパスを出してきたので、それを胸で一度トラップし、僕を追いかけてきた二人をかわしつつ、シュートを打つそぶりを見せておく。
「渡来!」
そして圓山くんが左手を挙げた。
ので、そこから七メートル前にボールが落ちるイメージで……この辺りかな、って後ろから矢印。
これはスライディングだな。
慌てずにボールを少し高めに蹴って自身もジャンプ、すると僕の足元辺りを例の、四組の隠し玉の子が。
危ない危ない、取られるところだった。
その子が勢いあまって奥までスライディングで行ったのを確認しつつ着地、そのままダイレクトでさっきの場所へとパスを試みる。
うん。
「圓山くんっ!」
矢印的には成功かな。
おおむね想像通りの形でボールが飛び、圓山くんが指定した場所にボールが落ちる。
そして圓山くんはそんなボールを受けとると、トラップはただ一度、足でしただけで、そのままシュート。
ゴールキーパーが反応らしい反応もできず、見事にネットを揺らしたのだった。
「圓山くんって上手だよね、サッカー」
「いやお前の方が大概おかしいだろ……なんだ今の動きは。あんなのJリーガーでもそうそうできねえぞ……」
リスタートのために戻ってきたところで話しかけると、思いっきり訝しがられた。
ううむ。さすがにちょっとやりすぎているかもしれない。
参考元はアニメとかをやめた方がいいかもな。
で、リスタート。
さすがにマークが無駄だと判断されたのか、圓山くんに対するマークは一人、僕に対してはゼロ人に。
敵こと四組もディフェンダーを諦めて、徹底して全員で攻めてくるようだ。
まあ、
「ふっ」
例の隠し玉くんから放たれるシュートは特に問題なく、洋輔が止めるんだけどね。
こうやって見るとキーパーが天職すぎるぞ、洋輔には。
さすがにプロじゃ通用しないだろうけど、高校サッカーくらいまでは若干軌道が変でもごまかせそうだし、そこまで真剣にやってれば干渉抜きに観測だけのベクトラベルでも十分に色々とできそうだ。
まあ、そこまでやる気を洋輔が保てるかどうかは別だけど。
「佳苗ー、上がれー」
「ん……」
そして洋輔の指示に従って前へと。
幸い、四組は先ほどの攻撃失敗を受けてカウンターを警戒したのか戻り始めているから、オフサイドギリギリのあたりで待ってればいいだろう。
洋輔が大きく蹴ったボールの落下地点に待機して、地面に着く前にダイレクトで足を振り抜く。
いわゆるボレーシュートというやつで、さすがに距離があるから枠のぎりぎりを狙ってはいたのだけれど、四組のキーパーがこれをファインセーブ。
ファインセーブというか、なんか手を伸ばしたら当たったって感じか?
「やっぱりうまく行かないなあ……」
「……おれも一応、低学年まではサッカーやってたけどさ。渡来ってどこのチームに所属してたんだ?」
「チーム?」
「だってそんだけできるんだ、どこかのチームでやってたんだろ?」
ううん、と圓山くんの問いかけに首を振る。
「僕は習い事、したことないしね。来月から家庭教師さんは来るけど、それが初めてだよ」
「嘘だろ……」
「本当だって」
「だとしたら尚更悪い……」
さすがにやりすぎてるかな?
でもなあ。
調節のやりようも……ちょっと、思いつかないし。
どうしたものかな、と考えつつも、コーナーキック。
ボールは圓山くんにわたり、圓山くんはきっちり胸と足を使ってトラップし、突破を試みる。
が、例の隠し玉の子が圓山くんをきっちりガード。圓山くんはちょっと悩んだ末に佐藤くんにパス、佐藤君は迷わず僕にボールを渡してきた。
僕がボールを持った瞬間、四組の子たちに緊張が走るのが手に取るようにわかる。ううむ。
まあ、僕だけ目立ってる感があるけど、実際の能力、素の数値でいえば圓山くんの方が本来は上なわけで。
とりあえず隠し玉の子が僕の方に向かってきたのを見て、圓山くんにパス。
圓山くんは卒なくそれを受け取ると、きっちりゴールキーパーまでかわしてきれいにシュートを打った。
やっぱり上手だな。
「圓山くんってさ、今もサッカー続けてるの?」
「いや、特には」
「ふうん。その割には……なんか、動きが良すぎる気が」
「お前には言われたくねえよ」
それを言われるとごもっとも、って感じなんだよね……。
「ま、丁寧に身体を動かすってことを心がけてるだけさ。来島みたいな本物には叶わなくても、おれだって小さい頃はサッカーをやってたから基礎が無いわけじゃない。基礎に忠実に……身体に命令を下してるだけってわけ。柔道とやってることは同じさ」
「基礎に忠実に……か」
それが出来たら苦労はしない。
苦労はしないけど、そのことを僕は指摘できないんだよなあ。
僕も似たようなもんだし。
「それで、守備はしないでいいのか、渡来」
「洋輔が止めて、蹴ってくるでしょ。それ待った方が疲れないよ」
「同感だ」




