53 - 六原涼太と隠し事
洋輔も別にいいんじゃねえの、と表情で言っていたので、救護テントに運び込むまでのわずかな時間、賢者の石による治癒を施しつつ移動。
ちなみに荷物を担ぐような形で持ち上げているので、本当に暴れられると落としかねない。まあもっとも、筋力強化をしているから大丈夫だとは思うけど……。
「先生。すみません、けが人を運んできました」
「…………。えっと。運び方はもうちょっと考えてあげても」
「足ですし、担架使うほどでもなさそうだったんで。だからといって歩かせるわけにもいかないし」
「そう……」
なにやらあきらめの感情を浮かべる保健室の先生は、仮設のベッドを指さした。
ので、そこに来島くんを設置。
「まさかこの歳になって俵担ぎされるとは……って時点でも驚きなのに、まさか渡来にされるとは……。お前、力持ちだなあ」
「そう?」
「はい、そこ。邪魔しない。怪我したところ、見せてくれる?」
「あ、はい」
とまあそんなやり取りをしつつ、来島くんは左足の靴と靴下を脱いで、と。
やっぱりちょっと腫れている、かな。
「少しひねった、程度なんですけど」
「そう。……うん、そこまで悪くはないけど、大事を取って休んだ方がいいわね。チーム側で何か、手当の方法に指定とかはされているかしら」
「いえ、特に。怪我の内容は詳しく説明しなきゃいけないんですけど、それだけです」
「わかったわ。じゃあ一応、写真撮っとくわね」
「お願いします」
ふうん。面倒なんだなあ、いろいろと。
八級品のポーション一個で完治する程度の怪我なんだけど……。
そろそろ賢者の石の発動も止めて、と。
「うわあ。なんか今になってじんじん痛い……」
「早めに交代しといてよかったね」
「うん」
来島くんは素直にうなずいてきた。
試合中はテンションが高まるから、痛みとかに鈍感になるんだろう。たぶん。
で、無理やりとはいえ試合から引っ張り出されて、僕に思いもよらぬ形で運ばれたことで試合モードが解除されて、結果痛みを思い出したと。
今の今まで痛みがいまいち薄かったのは賢者の石のせいだな……。
なんて思っているところで。
「来島ー、大丈夫かー?」
と、テントの外から涼太くんの声がした。
「六原か。今のところは大丈夫だよ」
「ならよかった。それと渡来、ちょっといいか?」
「うん? 僕?」
「そう」
なんだろう。
ちらりと先生を見ると、既に写真は撮り終えたようで、治療モード。
「じゃあ、僕は邪魔になるから外に行くよ。来島くん、気を付けてね」
「ああ。サンキュ」
という訳でテントを出ると、六原くんが僕の頭をがしっととつかんできた。
何事。
「いや、わりいな。二戦目のスタメンが一人欠けたから、交代役をスライドさせるんだけど、そうなると交代役が一人必要だろ。そこに誰かをいれなきゃいけないんだけど、渡来に頼めないかなって話になって」
「僕が? ……正直サッカーも得意じゃないよ、僕。学校の授業でちょっとやった程度だし」
「数合わせくらいにはなるだろ」
「それでいいならやるけど」
「ん。じゃあそうしてくれ」
数合わせでいいなら、ね。
「にしても渡来、よく気づいてくれたな。来島のやつ、結構無茶する性格だから、気づかれなかったら続行してたと思うぞ」
「そっか、小学校が同じだから、涼太くんは知ってるのか」
「うん。結構有名人だしな、来島与和と言えば」
ううむ。その割に僕が知らなかったのは……、まあ、やっぱり四月分だろうなあ……。
「しっかし、その来島が抜けた以上、戦力的にはちとヤバいかもな。三点あるからこの試合は何とかなるだろうけど……」
「次の試合は、そこそこはちゃんとやらないとダメだろうね」
「だな」
…………。
そういえば、来島くんのことは苗字呼びしてるんだよな、涼太くん。
条件を満たしてないってことか。単なる親密度ではないらしい。
「何かあったか?」
「いや。涼太くんが来島くんを苗字で呼んでたから」
「あー……まあ、あいつはなあ。仲はいいんだけど、そこまで深い付き合いでもねえし」
深い付き合い?
ってことはやっぱり親密度なのか?
確かに僕も、さほど付き合いが深いとは言えないだろうけれど。
「……つーか、そこまで気にすることかよ、それ」
「なんか気になるんだよね。なんか中途半端にヒントがあって、しかもそれがどうもわかる子にはわかる、ってのが却ってダメというか。子ども扱いされてるみたいで」
「ふうん……でもなあ。これ、たぶんお前には教えちゃダメなやつだから。あきらめてくれ」
「むう」
「そういう態度をしてるから子供っぽいんだよ……」
ごもっとも。
「ま、どうしても知りたいなら鶴来の奴を問い詰めて見なよ。あいつなら確実に察してるから」
「洋輔にねえ。洋輔、隠し事をするのが苦手なくせに、一度隠すって決めたことは本当に隠し通しちゃうからなあ……はあ」
なかなか口を割らせるのも大変なのだ。
やっぱり自白剤でも用意しないとダメかな……。
今度探してみよっと。そうそう見つかるもんでもないだろうけど。
「いっそ前多くんをつついてみようかな……」
「なんで」
「同じようなコンプレックス抱えてるからね。僕も前多くんも。だから、その線から同情を誘って教えてもらおうかなあとか」
「やめておけ……、いや、本当に。鶴来から聞いた方が良いよ、お前の場合は」
「…………?」
うん?
「っていうか鶴来の奴もちょっとわかんないんだよな、そういう意味だと。なんでお前に対してそこまで情報封鎖してんだろ」
「さあ。洋輔には洋輔の都合があるんじゃない?」
「そりゃ違いないけど、俺が鶴来の立場だったら真っ先に教えてるぜ?」
ふむ。
その上で実際の洋輔は全然教えてくれないどころか威嚇してくる始末。
僕のために隠している、だけじゃないな。
洋輔のためにも隠しておいた方が都合のいいこと……あるいは。
洋輔にとって、知られたくない何かがそこにあるということだ。
おそらくあちらの世界での経験だろうな……僕と洋輔が合流するまでは相応の時間がかかっていたし、特に渡来佳苗や鶴来洋輔というそれぞれの記憶を思い出してからの一年間、僕はまだしも、洋輔はかなり過酷な環境で生きていたのだ。
殺さなければ殺される、そんな状況を経験しているくらいなのだから、……うん?
「…………」
「なんだ」
「いや。その基準になってる隠し事ってさ、涼太くん。実は昔、人を殺したことがあって、そのことを知ることとかじゃないよね?」
「何でそうなるんだよ……」
「いや、ドラマとかでたまにあるじゃん。殺人犯がそのことを隠して、親しくなった友人に罪悪感からそのことを伝え、でも友人は殺人犯を告発せずにただ友達として接する、みたいな設定」
「そんなドラマ見たことねえよ」
面白いんだけどな、サスペンス系も。
「じゃあ火遊びとか? 思い出してみると何年か前、土手ですごい火事があったけど、あれ、どっかの小学生だか中学生の火遊びが原因だって話を聞いたことがあるんだよね」
「いやあれも違うよ。おれたちじゃない。おれたちも火遊びを一度もしたことが無いっていや嘘になるけど、あんな所でやる勇気はねえよ。っていうか、犯罪から離れろ、犯罪から」
「違法行為じゃないのか」
「…………」
「……え、なんで黙るの?」
「いや改まって『違法行為じゃないのか』と聞かれるとすげえ微妙なところだなあ、と思ってな」
法的にはグレーゾーンってことか……?
これは良いヒントになるかもしれない。
「僕たちみたいな年齢でもできるグレーゾーン、うーん……あ、わかった」
「え?」
「決闘!」
「なんでだよ」
「だってあれ、実は犯罪だって聞いたことがあるよ」
「決闘罪な。確かにそりゃあるけど、なにがどうなって決闘を条件で名前呼びする流れになるんだよ」
「夕日を背景に殴り合って、そのあと草むらに二人して倒れこんで真の友として認めるってよくあるシチュエーションじゃん」
「渡来ってさあ。結構テレビとか漫画とかの影響受けまくりだろ」
まあ、人並みには。
そしてどうやら大外れのようだ。
「はあ。まあ、そうだな。どうしても……どうしても知りたくて、どうしても鶴来の奴が教えてくれなくてって状態で来月になったら、あれだ。俺んちに遊びに来な。そうなったら教えてやる、かもしれない」
「あ、『かも』なんだ?」
「うん。可能性って話だ。じゃないとあんまり熱心にお前も鶴来を説得できないだろ」
「説得……?」
「おう。『このままだと涼太くんに教えてもらわないともやもやするから、遊びに行って教えてもらってくるね』――」
あ、矢印が……。
どうしよう。助けてあげるべきかな?
いややめとくか。これ、洋輔なりの制裁だろうし。
「――とか言えば、さすがの鶴来でもちょっとまったの声をかけグフぉっ」
というわけで見事にサッカーボールが涼太くんの背後から脇腹のあたりにヒット。
どうやらゴールキックを蹴り損ねたふりをして大きく校舎側に蹴り、背後の壁にぶつけて角度を変えて死角からの攻撃を試みたようだ。
僕には直接攻撃ならともかくそういう死角を突くような攻撃となると到底真似できないけど、洋輔には剛柔剣があるから余裕だったという訳だろう。
「わっりー。佳苗ー、ボールとってくれー」
「うん」
そして何事もなかったかのように遠くから話しかけてくる洋輔に向けてボールを蹴って返すと、洋輔は僕に苦笑いを、そして涼太くんには殺意一歩手前の笑みを向けてからプレーに戻ったようだった。
「え。何。おれ今、何されたんだ」
「何も。不幸な事故があっただけじゃない?」
「本当に事故か? 実は今の、鶴来の予定通りに攻撃が完了したとかそういうやつじゃねえの?」
あ、結構鋭い。
「偶然だよ。そんなこと、さすがの洋輔にだって狙ってできるわけないじゃん」
「まあそうだけど……なんかあの笑顔すげえ怖いんだけど……」
「あはは……。まずは洋輔に聞くかあ。あの様子だと教えてくれるかどうかは微妙なところだけども」
「はあ。お前らみたいな信頼関係が羨ましいよ、本当に。あー、いやでもどうかな。おれはおれで、前多とか信吾とか、結構好き放題してるからなあ……」
好き放題、ねえ……。
そして、一応だ。
訂正しておこう。
「涼太くん。一つだけ、訂正しとくね」
「ん?」
「僕と洋輔の間にあるのは信頼関係じゃない。いわば、依存関係だから」
「……は?」
会話が途切れつつも応援ブースに戻ると、ちょうど一試合目が終了した頃だった。
スコアは3-0で三組の完勝。まあとはいえ、その三点が全部来島くんの得点で、来島くんの交代後は一点も取れなかったのだから、完勝とはちょっと違う気もするけれど。
完封したという点で洋輔をほめるのは、まあ、いいだろう。たぶん。
「佳苗、水飲みに行こうぜ」
「ん」
試合と試合の間、わずかな休憩時間を使って冷水器に洋輔と共に向かう。
その最中で先ほど涼太君とはなしていたことを伝えてみると、
「ああ。やっぱりそういう話題か……ボール蹴っといて正解だったぜ」
と、洋輔は心底安心するかのように言ってきた。
「そんなに気になるのか、佳苗は」
「気にならない方がおかしいでしょ……」
「ふうん。まあそうかもな」
「でも教えてくれる気は無いんだ?」
「…………。正直さ」
はあ、とため息を隠そうともせずに洋輔は言う。
「お前がどうしても知りたいって感じなら、教えると思うよ。でも、俺にはお前の知りたいが『どうしても』じゃなくて、単なる興味にしか見えないんだよ」
「実際、単なる興味だしね。涼太くんがなんでそれを基準にしてるんだろう? とか、そういうのは気になるけど。別に知らないと死ぬ類のものでもないんでしょ?」
「うん。知らないと死ぬわけじゃない。ただ、いずれは絶対に知ることになることだよ、それ」
ふうん。
だとしたらますます隠されている理由がわかんないんだよね……。
どうせいつか知るなら、早い段階で知ってたって問題はないのに。
「いや、問題があるんだよ。早い段階で知ると」
「どんな?」
どうせどうでもいい問題だろう。
「個人差はあるけど、身長が伸びにくくなる」
「オッケー。洋輔。そのこと、絶対に僕に教えちゃだめだよ。教えたらあれだよ、ひどいことするからね。薬で」
「……はい」
危うくもこれ以上身長が伸び悩むところだった。
なんて危険な情報なんだ、それは……もっと早い段階でそれを言ってくれればいろいろ悩まず済んだのに。
「あれ、でもそうなると前多くんは……」
「ま、そういうことだろ」
……あー。




