52 - 来島与和は有名である
球技大会、サッカーの試合で、三組が戦うのは一組と四組の二つ。
一組戦におけるスタメンは背の順で言うと水森くん、蓬原くん、洋輔、圓山くん、小野瀬くん、湯迫くん、来島くん、梁田くん、上木くん、人長くんに園城くん。
ポジションで言うと、ゴールキーパーが洋輔。その他十人は全員ミッドフィルダーとなっている。
「いや……そりゃまあ、いきなりディフェンダーやれって言われてもそりゃできないだろうけど、いや、だからって無理があるんじゃないの、これ」
とは前多くんの談。
ごもっともだ、けどまあ。
「洋輔がキーパーやるなら、まあ、大丈夫じゃないかな……」
としか言いようがないよな……。
洋輔は剛柔剣を感覚として持っている。そしてそれに干渉することさえできるのだ、相手のどんな絶妙なシュートでも自分に集まる形で矢印を書き換え、完封することはできるだろうし、逸らすことだって簡単にやってのけるだろう。そのどちらが自然かを考えた上で使い分ける余裕があるかどうかは別として。
そもそも洋輔は僕の奥の手を知らないからな。教えてないし。
それとなく察してるかもしれないけど、それが何なのか、までは特定できていないはずだ。
親しき中にも内緒あり……なんていえば格言っぽいか。
実際はリスクが酷いから洋輔に渡せないだけなんだけど。
「いくらなんでも鶴来を信頼しすぎじゃないかな」
「んー……まあ、大丈夫だよ。もしその作戦で失点が続くようなら、それこそ作戦は立て直すだろうし。それに」
「それに?」
「もしそれで負けるようなことがあれば……。わかってるよね、洋輔」
にっこり微笑みながら小さくつぶやくように、それこそ僕の真横にいる前多くんや泰山くんにしか聞こえない程度の音量でそう言うと、びくっ、と反応して洋輔がこっちを見た。
「なんでこの距離で聞こえてんだ、あいつ」
「聞こえては無いよ。ただ不穏な気配を感じ取っただけだと思う」
「それはそれで怖いよ……お前たち本当にどんな絆で結ばれてんだ?」
「さあ。戦場で背中合わせに戦えるくらいじゃない?」
割と本気で。
とはいえ二人は冗談だと受け取ったらしい、少し噴き出していた。
「ちゃんと勝ってくれれば、どんな布陣だろうと文句はないしね。頑張ってほしいのは本当だよ」
「まあ、な……」
かくして、試合開始のホイッスル。
キックオフは、一組のボールでスタートした。
幸い、この学校のサッカー部はさほど人数が多い訳ではない。だから相手にサッカー部の子は居ても二人程度だろう。
多分。
洋輔のような思い切った決断をするわけでもなく、極めて無難な3-3-4のフォーメーション、のようなものを取ってきているのは、単にわかりやすいからか。
一方、こちらはまさかの0-10-0だ。誰がこれを看破できようか。
そして一方的な数の暴力によってボールは奪われ、全員で当然のようにハーフラインを越えて攻め入っている。うわあ。
っていうか洋輔もハーフラインまで出て行ってるし。
「洋輔、いくらなんでも出すぎじゃないのかなアレ」
「んー、どうだろう。最近はキーパーもフィールドプレーをするところが地道に増えてきてる印象はあるし、この流れは取っておきたいと鶴来も思ったのかも」
と、解説は前多くん。
「前多くんってサッカー詳しいの?」
「好きなだけだよ。結構見たりしてるから……0-10-0なんて奇策は、さすがに実戦範囲じゃ見たことないけど」
そりゃそうだろうな……。
子供の遊び範疇ならあるんだろうけど、それを試合でやるのはさすがに豪胆というか。
「……というか」
と、泰山くんは眉をひそめて言う。
「鶴来は置いといて、来島の動きが良いな……」
「確かに。なんか慣れてるよね」
ボールのトラップも卒なくやってるし、というか全体的に足さばきが『サッカー選手』って感じがする。
なんでだろう。
「あれ、泰山たちは知らないんだっけ。あいつ、クラブユースの選手だよ」
「クラブユース?」
「うん。クラブチームの選手。U-15の代表に選ばれたこともあったはず。三年に藍沢典人って先輩がいるんだけど、その人の熱心な後輩でね」
…………。
ちょっと待った、色々と僕の知らない情報が一気にぶち込まれたんだけど。え?
「藍沢先輩ってあの、藍沢先輩かな。サボり症の」
「なんだ、渡来知ってるの?」
「……演劇部の先輩でもあるからね」
「ああ、そういやそうか。もともとあの人サッカー選手としてそこそこ有名なんだよ、このあたりだとね。ただちょっと前にクラブユースが小学生と親善試合した時に大敗したのが原因なのか、その直後くらいにチームやめちゃったんだ。で、今は普通にサッカー部で、お遊び半分にやってるみたい」
「…………」
しかも思った以上に重い経歴を持っていた。
いやなんか、僕もどこかで聞いたことがあった気もするんだけど……今にして思えば祭先輩も言ってたななんか、その辺り。
「で、与和はその藍沢先輩に憧れてチームに入って、藍沢先輩がやめた後、この中学校に入ったからって理由でここに進学したんだ。今も憧れてるって言ってたなー」
「…………。あれ? 来島くんって、小学校どこだっけ?」
「三組だとオレとか涼太、あとは徳久も同じ」
徳久……は、佐藤くんの事か。
なるほど、小学校が同じ……だから知ってる事情ってところだろう。あんまり一般的な話ではないはずだ、たぶん。
「あれ、でも来島ってテニス部じゃ……」
「うん。といっても、学校での部活なんて出たことないんじゃない?」
泰山くんの疑問にあっさり答える前多くん。
いいのだろうか、その辺りの事情を勝手に知ってしまって。
後で怒られなきゃいいけど……。
「……ちなみにえっと、前多。来島ってユースでどんな選手なんだ?」
「ばりっばりのフォワード。大体左サイドに居るかな。ストライカーでパワー型だけど、テクニックも平均よりかはかなり優秀。年齢と比べたときでも、結構上の方じゃない? 体格も選手平均は抑えてるし」
「ごめん。何言ってるのかいまいちわかんねえ。ベンチに入れてるのか?」
「入れてることもあるよ」
準レギュラー……ってことかな?
大したものだ。
「でもいつもはフィールドに居るから。あんまりベンチ入りはないかな」
「準レギュラーじゃなくて純粋にレギュラーなんだ、来島くん……」
「うん」
全然知らなかった……。
意外なところで有名な子が居るものだ……けど。
「藍沢先輩を追いかけてチームに、かあ。藍沢先輩ってそんなにすごい人なの? 確かに、サッカー部でも一人だけ動きが違うなあ、とは思ってたけど……」
正直全く想像がつかない。
いや、確かにサッカーが上手だなあとは思ってたけど……でも、今この試合中の来島くんと比べても尚、かなり劣る。
「確かにサッカーのスタイルはにてるっぽいけど、来島くんのほうが上手に見えるよ。僕には、だけど」
「んー。オレも動画で見たことがある程度だから、断言はしかねるけどな。でもやっぱり、部活での動きはほとんど『お遊び』だろ。与和に似てる時点で」
似てる時点で……?
なんだろう、そのニュアンス。似てるからすごい、とかじゃなくて、
「あの人の本気はもっとすごい。与和のあの動きじゃあ、少なくとも全く通用しないし」
「そこまで言うか? ……にしては、おれも名前を知らなかったねーぜ」
「まあ、それはポジションのせいだろうな。フォワードとかミッドフィルダー、じゃなくてもキーパーならまだ有名になる余地はあるんだけど」
…………、いや、その三つが出ちゃうと、残るのは一つしかないわけで。
「藍沢典人、専業ディフェンダー。主にセンターバックで起用されて、守備側の司令塔……その防御力は、とんでもなくて。与和が『絶対に敵わない』、『あの人だけは抜けるイメージが無い』って言ってたくらいだ。実際、あの人の守備が崩されたのも例の親善試合の一回だけで、それもたったの二点だけ、ってオレは聞いてる」
さすがにそれは言い過ぎだとしても、そう錯覚させるくらいには守備が上手ってことか。
まあ、ディフェンダーである藍沢先輩だけがすごかったんじゃなくて、キーパーも相応以上にすごい、守備特化型のチームだったってところかな?
「あ、入る」
「…………?」
来島くんのミドルシュート、はドライブ回転が掛かっているのだろう。
高く、ゴールの上を飛んでいきそうなところからぐんと下がって、ゴールネットを揺らした。
お見事。
「蹴った瞬間に、よく入るってわかるなあ、渡来って」
「最近よく言われるけど、直感だよ」
矢印的な意味での直感というか確信だけども。
「ちなみにそのチーム。藍沢先輩が抜けてからどうなってるの?」
「守備がすさまじいチームから、守備が並み以上のチーム、って評価に落ちついてる。その分、攻撃力は獲得したけど……」
「へえ……」
今一ってところなのか。
でもなんか……時系列がよくわからないな。
そもそもいつ頃藍沢先輩がサッカーのユースから抜けたんだろう。
その理由は本当に、小学生に負けたからなのかな?
それとも何か別の理由があったのか。
直接聞けばたぶん、何度か誤魔化されるだろうけど、最終的には渋々と教えてくれるだろう。
でもなー。あんまり聞くのもなー。
思い出したくもないことかもしれないし、そうでなくてもちょっと心情的に複雑なものであることは違いないし。
いつか本人が話してくれるのを待った方がいいだろう。
相手ボールで試合再開、ホイッスルでキックオフ。した途端、来島くんがさも当然のようにパスをカット。
特に指示が出ていた感じはしない。咄嗟に手、というか足が出てしまったという感じだ。来島くんも『あ、』みたいな表情してるし。
表情はしてるけど、そのままボールをその場で軽く浮かせて、さながらハイキックのように左足を振り抜くと、ボールは……うわあ。
「また、入った……」
「え?」
ボールは大きな弧を描くように、ゴールネットへとそのまま突き刺さる。
いやあ、今のは無いなあ……。
「前多くんのやぶれかぶれシュートも驚きの投げやりシュートだよね……っていうか、ハーフラインの手前でも振り抜かれたらアウトって。ちょっとひどくないかな、これ」
「そんなこと言ってるけど、渡来、なんかすっごい笑ってねえ?」
「勝つことは良いことだよ」
「あ、それは同感」
「…………」
前多くんと僕のやりとりを呆れるようにして泰山くんは見つつも、まあ、勝つことは良いこと、という点には否定が出来なかったのだろう。
やれやれ、と首を振るだけだった。
「とはいえ、あんな派手なことをすると……」
「まあ、そりゃこうなるわな」
そして前多くんのつぶやきと泰山くんのつぶやきがつながる。
こうなる。というのは、マークがつくということで、しかもそれは並大抵のものではない。
四人もついてるぞ……。
さすがにあれじゃあボールに触ることさえできないだろう。
いくら相手が素人で、来島くんがプロフェッショナルだとしても……って、うわあ。
「お見事」
「だな……」
そんな四人のマークをあっさり抜き去りボールを受け取ると、そのままダイレクトにシュート。
三点目……だけ、ど。
「どうした、渡来。いきなり立ち上がって」
「一戦目のサッカー、交代要員って誰だっけ?」
「徳久と村社じゃなかった?」
そっか。
「前多くん、泰山くん、どっちでもいいから声かけてきて。僕はちょっとフィールド入ってくる」
「は?」
「来島くん、交代させよう。今のプレーで怪我してるかも」
一方的に告げて、僕はフィールドを回り込み、来島くんの近くへと。
遠目から見てもなんとなくわかったけど、近くで見れば明確だ。
「来島くん」
「……渡来?」
「無理しちゃだめだよ。怪我」
来島くんは少し考えるそぶりを見せて。
ふう、と。大きく息を突いた。
「よくわかったな……」
「まあね。もう、交代の話はさせてるから。僕じゃ頼りないけど、救護テントまで運ぶね」
「うん。わりい。肩かしてくれ」
やっぱり足首か。
んー……。
「ちょっとひねった程度だから、大丈夫だとは思う」
「だと、いいけれど」
チームの方では怒られるだろうな。学校で怪我してくるな、みたいに。
ちらり、と洋輔を見ると、洋輔は別にいいんじゃねえの、みたいな表情でこちらを見ていた。
「じゃあ、ちょっと我慢してね」
「え?」
ひょいっと担いで、と。
「はぇ!?」
「暴れないでね。落としちゃうから」




