51 - 泰山紘一は知っている
バスケットボールの二戦目でも前多くんはキレッキレだった。
具体的には変態シュートが四本決まったわけだけど、本当に楽しんでるなあ……って感じが半端ない。
もちろん、そんな自由な前多くんの裏で堅実に普通のバスケをして普通に勝ちに行っている水森くんに佐藤くん、涼太くんと泰山くんが偉いのだけれど。
ともあれ、54-46というスコアで二戦目も終了。
かくして、三組男子はバレー、バスケともに全勝。
女子もバスケ、バレー共に一勝したので、勝ち点的には三組が一歩リードした形だ。
「しかしまあ」
「ん?」
「すごい悔しいけど、泰山くんがかっこよかったなあって」
校庭への移動中、ため息交じりに前多くんにそう話しかけると、前多くんはくすくすと笑い始めた。
「渡来らしい感想だな。……ま、それを言うならオレも同じか。泰山って運動ができて、背が高くて、頭も悪くない。羨ましい」
「だよね」
「そう思われてたのか、おれ」
うん?
ってうお、いつの間にか泰山くんが後ろを歩いていた。
その表情はどうも複雑だ。
「おれとかからすると、お前たちの方が羨ましいんだけどな……」
「オレたちが?」
「ああ。お前らだって別に勉強がダメってわけじゃねえだろ。渡来はちょっと出遅れてる部分があるけど、そりゃ仕方が無いことだし……それに、出遅れてても平均くらいにはなってる。このペースなら中間考査では上位に食い込むだろ」
「ストレートに褒められるとむず痒い……」
ちなみに平均くらいになっている教科はたしかにあるけど、全然だめなままの教科もあるので、ピンポイントで上位に食い込むことはできても全体で見れば平均程度に落ち着くと思う。
洋輔は僕よりちょっと劣ってるから……うん。とはいえ、そこまで心配はしていない。何らかの手を打つようだし、本格的にダメなら僕と一緒に勉強会でもすればいいだけのことだ。
「で、なによりその体格が羨ましいんだよ。おれにはね」
「それ、皮肉?」
悪意はないみたいだけど。
「まさか。本心さ。……だってさあ。『四月に進学しました』って久々にあう親戚とかと話すじゃん。そん時、『ああ、もう紘一くんも高校生かあ』とか言われるんだぜ?」
「…………」
「…………」
なるほど、それはそれで結構やりにくいな……。
泰山くんは身長が170センチ台に乗っているどころか中盤と、中学一年生にしては高すぎるのだ。
決して老け顔という訳ではないけど、凛々しい部類だし。
ようするにかっこよすぎるのだ。
思春期の男子としては理想的な状況だと思う。
背が高くて運動ができて勉強もできる……やっぱり腹が立ってきた……。
ただ、確かにぱっと見で何歳くらいかなと聞かれたら、控えめに見積もっても十五歳くらい、中学校はもう卒業してるだろうなあと推測してしまうだろう。
ちょっと完成しすぎている感じがする。
「この声、なんだよなあ……」
「……泰山くんって、声変わりはまだなの?」
「そうだったら救いもあるんだけどさ。これでも昔と比べればかなり低くなってて……」
うわあ。
現状の泰山くんの声質は洋輔と同じか、ちょっと高いかといった感じ。
男性としてはかなり高め、まあ僕や前多くんのような低身長組と比べればまだしも男らしい声ではあるけど、男らしいというか男の子らしいというか、そういう微妙な所なのだ。
「まだ下がるとは思う、けど。これで落ち着かれた日には……はあ」
泰山くんは大きく息をついた。
うん……まあ、もしも今後も泰山くんの身長がすくすくのびて、中学生の間に180センチを超えても尚声が今のままだと、印象面で大きな錯覚を与えることになりそうだ。
まだわかんないけどね。
半年もあれば一気に声って低くなるらしいし。
「それでも、やっぱり背が高いのは羨ましいなあ」
「だよなあ。オレも」
「おれは背の低いお前らが羨ましいよ……」
「何を不毛な羨まし合戦してんだよ、お前らは」
と、呆れたような声音で差し込んできたのは水森くん。
おお、ふと気づいたらなんか疎外感。僕だけバスケに参加してないぞ、このメンツだと。
まあいい機会ととらえよう。
「まあまあ。泰山くんに限らず水森くんもだけど、バスケすごかったね。さすがはバスケ部って感じかな?」
「ん。まあ、頑張った」
誇らしげに水森くんは頷いた。
そんな表情を見ると、なんだか褒めた側としても嬉しくなる。不思議な子だよなあ、小学生のころからそうだったけど。
褒められ上手みたいな?
「けど、一番頑張ったのは前多だよ。文句なしにね」
「好き放題やって楽しんでたもんね。おかげで相手もとても楽しそうだった」
「だろ」
僕の微妙なニュアンスの言葉を、水森くんはあっさりと理解したのだろう、嬉しそうに笑みを漏らしている。
「…………、」
そしてそんな僕と水森君のやり取りを見て、前多くんは訝し気な表情を浮かべてていた。
「どうしたの?」
「いや。渡来と信吾って、あんまり接点のあるイメージが無かったから」
「小学校同じだよ。おれと渡来は」
「え、そうなの?」
うん、と頷き返す。っていうか今更だな。前多くんには伝わってなかったのか。
「同じクラスにもなってる。けど、確かにあんまり接点はないよね」
「だなあ。別に仲が悪いわけじゃねーけど、特段仲が良いわけでもないっていうか。同じ班になったことが実はない」
確かに、言われてみれば。
クラブとか委員会でも被ったことが無いし、ある意味奇跡的にすれ違い続けている感じだ。
「背の順で並んでも、近いっちゃ近いけど、直近じゃなかったし。出席番号順でも遠いしね」
「うん。総じて中途半端な距離感っていうか」
「ふーん。オレとはそういうところ、結構ちがうなー」
確かに前多くんは同じ小学校の子と今でもものすごく仲が良いんだよね。
この違いは人徳かなあ。
まあ僕、人徳の類は無いし。
猫徳ならあるほうだと思ってるけども。
「ちょっと渡来が羨ましいかも」
「そう? 僕はむしろ、前多くんみたいな方が羨ましいけど……」
「そうでもないぜ。っていうか、扱いを聞いてもらえれば、渡来はきっとすっと理解してくれると思うけど。ほら、オレ小さいだろ? だから、マスコット扱いされてて」
「あー……。包丁とランタン抱えてつつきまわしたくなるよね」
「わかる。すっげえわかる。ハリセンボン飛ばすとかな」
やりたいね、という話をしていたら、なんとなく水森くんと泰山くんが距離をおいてきた気がする。
「もののたとえだから、なにもやりゃしないよ」
「いやわかってるんだけど、なんか危機感が……」
「そう思うならマスコット扱いをやめてくれよ。オレも渡来も、そういう扱いされると結構内心でムっとしてるんだからな。あんまり表に出さないだけで」
「表に出さない……?」
水森くんが深く考え始めた。
この様子だと前多くん、結構表に出してるのか……。
「いや他人事みたいに考えられてもな。渡来も大概だろ」
「まあね」
そしておそらく、逆もまた真なり。
僕たち背の低い組がマスコット扱いを嫌うように、背の高い組も彼らなりに苦労があるのだろう。
実際、目立つから待ち合わせ場所に指定されたりされてそうだ。
「はあ。なかなかどうして、コンプレックスってのは誰でも持ってるもんなんだね。水森くんが持ってるかどうかはわかんないけど」
「いやいや。渡来。おれだって劣等感の一つや二つ持ってるから」
「たとえば?」
「算数とか」
「……正直、本格的に小学校でも接点なかったし、そこまで水森くんについて詳しいわけじゃないんだけど。えっと、小学校の成績ってどうだったの?」
「通知表とかのやつか? 体育とか図工は5だったな。音楽も4はあった。家庭科も」
なんか実技ばっかりじゃない?
「……で、それ以外は全部2以下」
「…………」
えっと……うん。
そりゃコンプレックスにもなるよねって感じの成績だな……。
「何でもできる子なんて、そうそういないかあ……」
「だろうな。そもそも、なんでも平均くらいの奴ってのはそれはそれでコンプレックスになるだろ」
ああ、言われてみれば。
とか言ってる間に下駄箱に到着、それぞれ下履きに履き替えて、っと。
「ところで渡来、鶴来はどうした?」
「校庭の二競技、両方に参加するから、急いで校庭にいってたよ。あれでもサッカー部だから、いろいろ思うところがあるんじゃない?」
「ふうん。ちなみに鶴来のポジションは?」
「部活では全部試してるみたいだね。もともとサッカーやってたわけじゃないから、好きにやってる程度だし」
「今日はキーパーやるって言ってたな」
と、つぶやいたのは水森くん。
あれ?
「よく知ってるね」
「そりゃあおれもサッカー出るし」
ああ、そっか。
ちなみにサッカーと野球、女子の場合はソフトボールだけど、この校庭で行う方の競技は選手の交代を最低でも一度やらなければならない。
また、スタメンも一試合目と二試合目で二人以上の入れ替えをしなければならないため、実質サッカーに参加するのは最低でも十三人、野球でも十一人である。
なんでそんなルールが、と思わないことも無いんだけど、『一人二回参加』の原則に合わせるためらしい。
面倒だ。
「オレはサッカー出ないな。渡来もだよね?」
「うん。泰山くんは……」
「おれはもう今日のノルマ終わってるから、あとは全部見学。けが人が出ない限りはな」
バレーもバスケもフル出場だもんな……そういえば。
「じゃあ、この四人だと水森くんだけか。頑張ってね」
「おう。頑張ってくる。応援よろしくなー」
そう言って元気にかけていく水森君を眺めて、と。
「ところで前多くん。水森くんと仲いいって涼太くんから聞いてるんだけど、その辺どうなの?」
「いい方だと思うよ。少なくとも嫌われては無いと思う……うん。この前ちょっと失敗した時は、さすがに怒られたけど」
「失敗って?」
「それについては聞かないでくれると嬉しい……」
「ふうん。まあ、別に無理にとはきかないけれど」
前多くんも大概、結構内緒ごとが多い部類なのかもしれない……いやそうでもないか。
そして応援用のブースに向かっている際、斜め後ろからボールが飛んできたのでキャッチ。
「危ないなあ」
「…………」
「…………」
「どうしたの、前多くん。泰山くんも」
「よく取れたなあ、って」
「まあ、気づけたからね」
飛んできたボールは野球ボール。
三年生の打撃が飛んできたようだ。となると勝手に取るのはまずかったかな?
「すまん! そこの一年……、一年、だよな? 取りに行くから」
「あ、投げるんで受け取ってくださーい」
大声でのやり取りを介して、ボールを力いっぱい投げて返すことに。
やっぱり普通の野球ボールは握りやすいな。
きっちりと矢印を参照して三年生の先輩、のいる場所にぴったり到達する辺りで手を放して、無事ノーバウンドで到着。
校庭の隅と隅とはいっても対角線上の最長距離ではないのだ、結構問題なしと。
「相変わらずの遠投だな……オレと体格的には大差ないのに。実は筋肉すごいのか?」
「そんなことないと思うけど」
体操着のシャツをまくりながら言うと、前多くんは特に遠慮なくおなかをつまんできた。
くすぐったい。
「あ、ほんとだ。だいぶ柔らかい……」
「腕とかもね。別に筋肉はすごくないよ。今の遠投だって、角度さえちゃんとしてれば誰にでもできるんじゃない?」
多分。
強化魔法も使ってないし。
「お前たち、よくもまあそんなことを校庭でできるな……」
「……いやべつに」
そしてそんな僕と前多くんの様子を見ていた泰山くんがどこか気まずげに言うと、前多くんも気まずそうにすっと手を放してきた。
うん?
「なんで? まあ、ちょっとくすぐったいけど、それだけでしょ?」
「いや……うん。あれ? 前多には通じたんだよな?」
「まあオレはほら。涼太と小学校が同じだったから、その流れで覚えたんだよ」
「渡来は?」
「覚えるって何を?」
「……えっと、」
「やめとけ、泰山」
と、泰山くんが何かを言いかけると前多くんがそこで待ったを掛けて、そして少し離れた場所を指さした。
そちらには笑みを浮かべた洋輔の姿が。
あ、珍しい。
洋輔が僕にそれとなくわかる程度じゃなく、他人にもそれと伝えるレベルで威嚇しているを見るのっていつぶりだろう。
「なんかすっごい鶴来のやつがこっちに笑いかけてきてるんだけど、あれ何?」
「威嚇だね。あの笑みは意訳すると『おい、黙れ』って感じかな」
「どんな意訳だよ」
いやでも、そういう顔してるし……ね?




