50 - 前多葵の一番勝負
「まさに八面六臂の大活躍ってやつだな。みんなで見てたぜ。お前がちょこちょこ動く姿が、……えっと、今のなしで」
「涼太くん。怒らないから言ってみて?」
「本当に怒らない?」
「うん」
「えっと、お前がちょこちょこ動く姿がイタチみたいって話だ」
「そう……」
イタチ……イタチってあの小動物のイタチだよね、フェレット的な。
なるほどちょこちょこと動く小動物、そういうことか。ふむ。なるほどね。
よし。
「涼太くん。ありがとう、正直に言ってくれて」
「……どういたしまして。なんか笑顔が不穏なんだが?」
「そうだ。涼太くん、あの得点ボードなんだけど」
僕は暫定の得点板を指さすと、涼太くんの視線が自然とそちらに向かった。
ので、一気に近づいて腰元を抱え持ち上げ、そのままくるんと『縦に』一回転させておいた。
「ふう。満足」
「いや怖えよ! なんだいまの宙返りは!」
「涼太くんって宙返りできるんだね。すごいね」
「いやできねえから!」
「え、そんなにもう一度やりたい? なんならバック宙?」
「待って、いや待とう。待ってください。渡来くん。怒らないって言ってたよね?」
「怒らないとは約束したけど、激怒しないとは言ってないよ」
「あんまりだろ!」
だとしても身長を気にしている僕を小動物に例えた罪は重い。
むしろこの程度で済ませてあげているのだ、感謝してほしいほどである。
洋輔相手だったら普通に投げ飛ばしてるぞ。問題なく着地するだろうし。
「で、得点板がどうしたって?」
「ああ。今の宙返りさせるためのブラフだから気にしないで」
「…………。渡来って目的のためなら手段を選ばないタイプなんだな」
「手段のために目的を選ばないよりかは幾ばくかマシでしょ」
「どっちもどっちだ」
ごもっとも。
「しかしまあ、渡来の大活躍に触発されたらしいぜ」
「誰が?」
「前多のやつ」
と、視線を向けてみれば確かに、ストレッチをしている前多くんの姿が。
前多くんの出場予定競技は野球とバスケだから、次の競技、バスケで活躍が期待されている、と。
なるほど。
「前多くん、頑張ってね。応援してるよ」
「うん。さんきゅー。りょーた、いくぞー」
「あいあいさー。そんじゃ渡来、吉報を待っててくれ」
「うん。負けたらバック宙ね」
「なんでだよ!」
気分の問題だ。
二階のギャラリー部分へと移動して、あたりに視線を向けてみると、洋輔は……ああ、いたいた。
ちなみに村社くんは二試合を通して結構疲労がたまったようで、既にベンチを一個占有する形で横になっている。体力が無いというのは本当なのだろう。
ちょっとかわいそう。
「佳苗、お疲れさん」
「うん。……あれ? 蓬原くんと人長くんは?」
「人長ならあっち。蓬原は救護ブース」
うん? 救護ブース?
「って、そうか。蓬原くん、保健委員会だっけ」
「そういうこと」
納得。
ちなみに人長くんは一組の生徒が固まっているあたりにいる。部活で一緒の子なのかな?
「さっきのバレーの最中、なんか村社と話してたけど、何?」
「バレー部入らないかって勧誘」
「あー」
「前向きにね。検討するって答えた」
「そうか」
ま、そうだよな、と洋輔は呟いて、数度うなずく。
「前々から思ってはいたんだけど。遠慮のないタイプのお人よしだよね、佳苗って」
とは、僕と合わせて上がってきたらしい昌くん。
「剣道部に入るの断ったの、実はちょっと怒ってる?」
「まさか。対戦相手に礼儀が必要……って視点は、確かに必要だったし。残念ではあるけれど、でも、無理に佳苗を……とは、ちょっとね」
「そっか」
言いつつ、その表情はちょっと寂し気だ。
ううむ。たまには遊びに行くくらいのことはするか。
「ちなみにバスケの勝算はどれほどとみる? 三組の相手は、二組と一組だが」
「どうかな。参加者は六原、前多、水森、佐藤、泰山か」
「水森、と、たしか泰山もバスケ部だったよな。っていうか六原の仲良しグループがまとまってるな」
「そうだね……」
と、洋輔と昌くんが会話を進める。バスケ部が四人ってのは女子も含めてか。
そしてなんだろう、別に虚偽という訳ではないのだけど、なんか……。
「どうしたよ、佳苗。言いたいことあるなら言っちゃえ」
「いや。……なんか、『六原の仲良しグループ』の部分が変なニュアンスに聞こえたから」
嘘はついてない。虚偽ではない。
だけどなんか真実でもない、みたいな……?
「……佳苗ってなんか、妙に勘が鋭いよね?」
「そう?」
「おう。大概だぜ。……ま、お前にもいずれわかるさ」
いずれわかる、ねえ。
案外近いことを祈っておこうっと。
ま、今は試合が始まるところだ。そろそろ見に回った方がいいかもしれない。
「水森くんと泰山くんが、バスケ部。佐藤くんは陸上部だったよね」
「だね。六原はご存知の通り囲碁部で、前多は将棋部だよ」
「待って。僕、涼太くんが囲碁部なの初めて知ったんだけど……え、そうなの?」
前多くんが将棋部なのは知ってたけど。割と強めとも聞いている。
「うん。前多といい勝負できるくらいには指せるみたい」
「…………」
えっと……、囲碁と将棋で戦うのか?
想像が難しいぞ。まずどっちの板で戦うんだ。
碁盤で戦うとしたら将棋の駒は動けるのか?
っていうか将棋が有利じゃない?
「ごめん、言葉足らずだった。そもそも囲碁部は将棋部と部室を一緒に使ってるんだ。活動してるところも同じでね。人数も少ないから、大会は不足している方に助っ人をしたりするんだよ。だから将棋部の前多も並み以上には囲碁ができるし、囲碁部の六原も並み以上には将棋ができる」
「……あれ? 俺、この前先輩に『この学校のボードゲーム系は特にチェスが強い』って聞いたんだけど、チェス部ってあったっけ?」
「あると言えばあるよ。ただ、囲碁部と将棋部がそろってチェスを得意としてるからって意味だけどね」
もはや哲学さえ感じるな……。
わからないでもないけど。
将棋で有名な人って、チェスも強いイメージがあるし。
「話が盛り上がってるところ悪ぃけどさ、つまりあの二人、運動的にはどうなんだ? 体力テストんときは六原、平均的なところにいたとは思うけど」
「前多くんは……熱意は伝わるよね」
「確かに前多は運動が苦手だけど」
と。
昌くんは笑みを浮かべた。
「それ以上に運動が好きだからね」
「…………?」
好きこそものの上手なれとか、そんな感じのやつだろうか?
確かに好きなものは上手になる傾向があるけど。
でも運動部じゃないんだとすると、やっぱり辛い気がする。
とはいえバスケ部も二人か……なら、案外勝てるのかもしれない。
いざ、試合開始。
ジャンプボールは当然泰山くん。当たり前のようにボールを奪い取り、バウンドしたボールを受け取ったのは前多くんだった。
前多くんはドリブルをしようともせず、迷わずボールを下から大きく振り上げ投げる。
ボールはふわっと飛び、その瞬間には、
「ええ……?」
「おいおい……」
と、僕と洋輔の呆れる声が重なった。
遅れること二秒ほど、ボールは当然のようにゴールネットを揺らし、三点を先取。
何、今の。超前多くんが喜んでる声が聞こえる。
「破れかぶれシュート……いや、そりゃあ、たまには成功させてる動画とかもみるけれど……」
「初手であれは対応できねーよな……」
まったくだ。
「だから言ったでしょ。前多は『運動が好き』なんだよ。決して得意なわけじゃない。だからこそ、基礎をすっ飛ばして、基本もすっ飛ばして、『できたらいいな』って理想とか、『こうならいいな』って夢物語を、まずは試してみるんだ。できたらもうけもの、できなくても何かが変わるかもしれない。そんな曖昧な根拠でね。もちろん……滅多に成功はしないけど」
そうそう連続で成功されたらそれは運動が苦手とは呼べないと思う……。
けどなあ、なるほど。そういう好きもあるか。
王道や覇道を選ぶことが出来ないという自分自身の得意苦手を知ったうえで、自分自身のできる出来ないを見切ったうえで、全力で楽しむ。
それは……とても、理想的な形ともいえるかもしれない。
少なくともやってる本人はとても楽しいだろう。
「っていうか弓矢、お前、前多とは知り合いだったのか? 小学校が同じグループ……ってわけでもないだろ」
「うん。小学校は別。でも、小五から通ってる塾が一緒でね」
あ、そうなんだ。
「ぼくも前多ほどじゃないけど背は低い方だから。その繋がりで結構仲良くなったんだよね。懐かしいなあ、帰り道に焼き鳥食べに行ったり」
「ふうん。意外なところでつながりがあるもんだな。弓矢も顔が広いってことか」
「どっちかというと世界が狭いんだと思うよ」
身もふたもないことを言っている間に、また前多くんにボールが転がり込んできた。
今度はさっきと比べればゴールに近い。けどまた何かやるよな、あれ。
とか思っていたら、前多くんはボールを床に強打した。
「うわあ……」
「えええ……」
「?」
その瞬間、またも僕と洋輔の声が重なり、弓矢くんは首を傾げた。
いやまあ、ベクトラベル持ちの洋輔と、それを視界的に見れる僕くらいにしかわかんないだろうけど……。
ボールは一度床にたたきつけられ、その勢いで二度弾んで、最終的にはゴールに入る。そんな軌道が見えている。
しかもボールに回転が掛かってるのか、妙なバウンドの仕方をするから、これは止めるにとめられないだろう。
とか言っていたら、五秒もしない間にボールは見事にゴールネットを揺らしていた。
「効率を考えない夢追い人、っていうか、なんていうか。楽しむことに集中すると、ああも面白いことが出来るんだね」
「狙ってやろうとしたらまず失敗するだろうけどな、ありゃ。大体、回転のかけ具合なんて、それこそ『勘』でしかねえだろ」
「まあ、確かに」
僕にはできないなあ。洋輔がベクトラベルの干渉まで使えば可能だけど、ってところか。
ちなみに二回目の成功に結構観客は沸いているけど、八回やって二回成功している程度だから、成功率は高くはな……いや高いよ。
あんな変態プレーで四回に一度も成功させるって。
「ただ言えることは」
「ん?」
「前多くんのあのバカげたプレー、結構効率的かも……って」
「いや、無駄が多いでしょ」
昌くんが洋輔の代弁をするように言って、実際洋輔もそんな表情をしている。
けど、だ。
「無駄は多いけど……ああいうプレーをされるばかりじゃ、『つまらない』」
だからだろう、相手のチームもそういう無茶なプレーがかなり多い。
普通にぶつかれば勝てるかどうかはわからない、微妙な試合だけど……これは。
「前多くんのプレーが目立てば目立つほど、相手チームはそれに対抗してくるし、けれどこっちは前多くん以外の四人がかなり堅実に攻めてる。だから、こんな結果にもなる」
得点は現状、32-12で三組が勝っている。
かなりの大差だ。
「前多くんがどこまで意識してるのかはわからないけど……ね」
「確かに、相手も勝ちに来てるんじゃなくて、楽しもうとしてるな」
「もしもそこまで含めて想定通りなら、大したものだけどね」
どうかなあ。
前多くんって結構考えてるところもありそうだけど、今回のコレは自分が全力で楽しむのを優先しているだけのようにも見える。
僕としてはこのまま勝ってくれれば万々歳なんだけども。
それにしても泰山くん、普通に上手だな……。
水森くんがそこそこバスケを得意としていたのは知ってたけど。
小学校が同じだし、水森くんは六年生の時に小学校のバスケットクラブでキャプテンをしていたほどなのだ。
そんな水森くんと大差ないか、それ以上に動きが鋭いって感じ。
背が高い上に素早いって、ずるいなあ……。
ちなみに佐藤くんはまあまあという感じで、涼太くんも同じくらい。
こう言っては失礼にも聞こえるけど、基本に忠実に、頑張っている感じがする。
そして前多くんがパスを受けるなり、ゴールを見ることもせずにそのまま大きく後ろに投げた。
「実は前多くんってすごいスポーツが得意なんじゃ……」
「スポーツが得意かどうかはともかく、空間認識能力は高そうだな……」
「え?」
そして三秒後、ボールがゴールネットを揺らす。
これで変態じみたシュートが三本か……。
「……佳苗もそうだし、鶴来もそうだけど、よくわかるね。そんな、早い段階で」
「まあ、入りそうだ……ってのがあるじゃん。それだよ。入らないときは特に何も感じねえし」
「ふうん……?」
まさか軌道が矢印で見えています、と説明しても信じてくれないもんね。
尚、一戦目は無事、64-41で三組が勝利した。




